古本虫がさまよう
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「相棒」と「赤旗」の親和性?(2017・3・19・日曜日)




2017年3月19日号(実際の日曜日より早く刊行される)の「しんぶん赤旗」の記事9面(「北朝鮮がミサイル発射」「制裁と一体で外交交渉を」「核兵器禁止へ世界の結束こそ」)を読んでいたら、妻がやっぱりねという。「はて?」と思ったら、その記事の下に映画「相棒」の広告が出ていたからだ。

「相棒と共産党となんか関係あるの?」
「テレビの『相棒』はそれほどじゃないけど、映画の『相棒』は、この前も見たけど、なんとなく左翼臭いのよね」
「左翼?」
「たとえば、安保法制に反対しているニュアンスが見え見えの構成なのよね。戦争が一般人をいかに苦しめているか…なんて底意がプンプン…」

ふ~ん? 見てないからなんとも言えないけど、そういう制作者意図もあって、赤旗に広告が出ているのかな? そういえば僕がメロディも外見も好きな西村由紀江さんも、日曜版にエッセイを連載しているみたいだけど……。

まぁ、ともあれ、9面記事、金ミサイル連発に「日本共産党『暴挙に厳しく抗議」ともあるけど、朝鮮総連関連団体前でジグザグデモをしているわけでもなさそうだ。単なる声明というか「談話」の発表だけでは……。沖縄の米軍基地前でやっているのと同じぐらいに「厳しく」やるべきでは?  談話だけなんて、何の迫力もあるまい(ソ連のアフガン侵攻に関しても、談話だけの抗議だったかと。ソ連大使館前で何かしただろうか?)。そして、中国の外相の発言を麗々しく紹介(米韓軍事合同演習批判)。北朝鮮のミサイル発射基地を粉砕するしかないという考えも批判。

「国際社会が結束し、安保理で合意された経済制裁の厳格な実施と一体で、外交交渉を通じて北朝鮮に非核化を迫り、核・ミサイル開発の手を縛り、その放棄に向かわせるしかありません」との口先リベラル的な見解。まぁ、朝日的? そんなことを繰り返しても、効果がなかったから、「あらゆる手段」を考慮しなくてはいけない時ではないか。
また、目には目を、歯には歯を-ならば、暗殺には暗殺を…ということも考慮されてしかるべきだろう。スターリン、ヒトラー、もっと早く暗殺していれば…との歴史のイフはあまり意味がないかもしれないが、もはや、金王朝は諸悪の根源ではないか。

そういえば、この日曜版の5面などには「森友疑惑解明待ったなし」との見出しで、教育勅語などの暗唱が「教育基本法」から逸脱するとして批判しているが、さて、赤旗は朝鮮学校への公的資金の導入は批判していたっけ?  どっちもどっちと思うならいざしらず……。元共産党党員(除名)、元平壌特派員の萩原遼氏が刊行している『拉致と真実』 を赤旗関係者も熟読すべきだろう。共産党時代の回顧録も連載されている。どっちが「真実」を捉えているか……。良心的囚人ならぬ、良心的共産主義者なるものがあるとすれば、赤旗ばかり読まずに、元党員の「良心的出版物」にも目を通すべきだろう。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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40年前のこの日に大学入学のために上京
「恩師」死亡の報に接し……

(2017・3・18・土曜日)




本日(土曜日)は、日中はほどほどの「寒さ」。古本屋通いには平気の温度。高円寺も五反田も古書会館では古本市をやってないので、神田古書会館へ。久しぶりに神保町駅(九段下寄り出口)で下車。地上に出て歩きだすと、向かいのほうにある「ラーメン二郎」に長蛇の列が。午前10時20分すぎ。何時開店か知らないが、ご苦労なこと。行列までして食べたいとは思わない(そもそも食べたことがないが)。

途中、某新刊屋に寄ると、オーウェルの『1984』 (ハヤカワ文庫)が。帯には「トランプ政権誕生で再びベストセラー! 世界の今を予言した傑作古典」とある。

ハヤカワ文庫編集部は昔からそうだけど、なにかあると帯にこういう文句を書きつらねるけど、トランプより習近平や金正恩のほうがはるかに「現実」の「ビッグブラザー」であるとの認識を欠いているようだ。
ミサイルを連射して喜んでいる金こそ、ビッグブラザーではないのか。ありもしない戦争への恐怖を煽り立て、民生を犠牲にして軍事拡張にのめり込んでいる姿こそ、「1984」ではないのか。

脱北者を北に返す中共独裁者こそ、人でなしではないのか?
両者は選挙も経ていない独裁者。
トランプは選挙で選ばれ、大統領命令を乱発しても、それを裁判所が否定することもありうるシステムの中の政治指導者でしかない。この違いが分からず、単細胞的な帯文を作ることこそ、反知性主義の最たる行為というしかあるまい。


ともあれ、古書会館へ。 『田村茂の写真人生』 (新日本出版社)、風間丈吉氏の『雑草の如く ガンと対決する日共委員長の手記』 (経済往来社)を購入。二冊で600円。

そのあと、中野へ。ブロードウェイにある古本屋には立ち寄らず、屋根のあるアーケード街は混んでいるので、裏道を通って「古書案内処」へ。奥にエロスの間もあるが、真面目な古本も多い、ジキルとハイドの古本屋。あいにくと買いたいものはなし。それにしてもエロスの間。小さな紙袋を置いている。エロビデオやエロ本を購入する場合、それらをこの紙袋に入れてレジにお持ちくださいとの趣旨。ううむ、あまりの配慮の深さに脱帽? 大橋未久さんの初期のモノがあったが……。

その先にある「良心的ブックオフ」へ。高田馬場、江古田と並んで「古書」もあるブックオフだが、歌詞のある音楽を流しているのはマイナス。煩い清水某などの宣伝を流さないだけでも「良心的」ではあるが……。せめて歌詞のないジャズぐらいにすればいいのに、なぜしないのか?

南紳坊氏の『面白くっても大丈夫 ウルトラ・ファイティング・エッセイ』 (ブロンズ社)を310円で購入。

東西線で高田馬場へ。ブックオフを覗く。古書マンガみたいなのが店先に沢山でていたが。ここも歌詞ある音楽を流している。やれやれ。買いたいものはなし。

そこからテクテクと早稲田大学に向かって歩く。新しい早稲田古書店街マップがあったので手にする。店舗なしを入れて20軒あるかないか。文英堂書店の店名が見当たらないなと思ったら、店主死亡につき閉店のようだ。ということを、馬場の行きつけの古本屋さんより伺った。天井の高い、古本がぎっしりと詰まった古本屋さんだったが……。跡継ぎ(男)がいなくて…とのこと。シャッターも閉まっていた(向かいの通りから眺めただけ。シャッターにそういう趣旨のことが書かれていたかは未確認)。

「休日」の日曜日なんか、遺族関係者がシャッターを開けて、店内を整理中とのこと。たまたま日曜日周辺を歩いていた人たちが、それを見かけて、処分価格で、古本を購入したりすることも可能とか? ううむ……。明日日曜日行くか? いやいや、明日は仕事もあるし、雑司ヶ谷で一箱古本市みたいなこともやっているようだし……。それにしてもご冥福を。
ここで、この前韓国で死亡(急死)した朝日の元主筆の若宮啓文さんが、同じリベラル仲間(?)に宛てた(謹呈署名入り)朝日選書の本を手にし、購入したこともあったなと思い出した(相手の方は今も存命中。亡くなって遺族が蔵書を処分して署名入りの本が古本屋に流れていくことはあるが…同じリベラルでも仲が悪いこともあるかしら?)。

そういえば、早稲田古本屋が中心にやっていた神田古書会館の新宿展も昨年末で終了。今は、高円寺の古書会館の古本市に有志数店が参加しているようだが…。

おもえば40年前の3・19に上京。青雲の志を持って(?)大学に入学したものの……。爾来、ジャスト40年。得たものは古本数千(数万冊?)と古女房ぐらいか……。

神田神保町古書街に比べて早稲田古本屋の数はかなり減ったのでは。ビッグボックスの大型古本市も縮小され、そして無くなった。いまや古本屋は20軒あるかないかの規模。神田神保町の古本屋全制覇なんて一日ではできないが、早稲田古本屋街の古本屋全制覇は土曜日午後の半日で達成可能だ(すでに何年か前に達成ずみ!)。

古書現世で、ニコラス・スノーデンの『戦場スパイの手記』 (工人社)を1000円で購入。スノーデン? どこかで聞いた名前。この本は昭和18年の刊行だが。

そのあと、テクテクと神社方面へ。江原書店も久しぶりに覗く。店内を覗いていたら、「ここに手芸の本がありますか?」とノーテンキに入口から声をかけている中年女がいた。見て分からないのか? 女店主、ちょっと耳が遠いみたいで、なにを言われているかとっさに判断できず。イライラした中年女、中に入ってきて大声で問いただしていたが……。何でも質問すればいいってものじゃないだろう、少しは目を開けて見て、自己判断力を養ったらどうだ、駅前のブックオフに行ったら--と言ってやりたかったが…。

それから、早稲田古書店グループに入ってなさそうな古本屋を覗くものの買いたいものはなし。正門の手前の門から構内に入る。早桜か? その下で学生服姿の高校生らしき男性が記念撮影をしていた。合格して4月から入学する人だろうか。再び40年前の自分を思い出す(僕の入った大学は早稲田ではないけど!)。早稲田大学の勉強会に出席。雑談など。会合のあと、軽く一杯やって帰宅。

メールで、大変お世話になった人が2月下旬(2・24らしい)に亡くなっていたとの連絡を受ける。ううむ……………。亡くなれば、新聞に訃報が出るレベルの人だが…。去年の8月に、こちらの人生上の岐路に関して電話で報告したのが最後の会話になった。すでに90歳を超えていたとはいえ…。

それはさておき、3・18の朝日朝刊に出ていた原武史さんの「退位の意向示され法律が作られる」「憲法に沿わぬ事態」「大多数の国民が一転して賛成」「終戦当時も今も」の見出しで述べられている天皇の退位をめぐる批判的見解には、きわめて(100パーセントではないが)共感を覚えた。「正論」ではないか。

「天皇(皇室)制度は尊重すれども天皇個人は崇拝せず」という姿勢が肝要。日本を「1984」にしないためにも。北朝鮮、中共は「他山の石」なのだから。「権威」(天皇)と「権力」(首相ほか)の分立が可能で、実際なされている日本の政治システムにあっても、「権威」の絶対化は危険なのだから。それはさておき本日17000歩。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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五キロ税込み1500円以下の安いコメはどこへ消えた?
(2017・3・18・土曜日)




NHK3・16 朝のニュースで、飼料米(家畜餌) 業務米(外食産業向け)、 家庭米などの中で、業務米の生産が急激に減って、飼料米へのシフトが進んでいることが報じられていた。国は補助金漬けの減反政策を見直し停止したかと思ったら、飼料米の生産に関して、新たに補助金を出していて、それ目当てに、そちらにシフトする農家が増えているとのこと。

ある農家の実例が出ていたが、まぁ、ニコヤカに嬉しそうに語る農民サマ。なんと受け取る補助金が年間600万円とのこと。ふうん。もちろん、売った金額も手元に入るのだろう。その金額は明示されていなかったが、専業農家であれ兼業農家であれ、ウハウハで結構なこと? 
虐げられる農民?  何処にいるのやら?  TPPをやったら、こういう補助金ウハウハ農民が「泣く」のではなく、もう少し「汗流して」頑張るようになるのなら、反対でもなかったのだが……?

業務米の生産が減っていて、そのため、コンビニなどのおにぎりの値段が高くなる可能性があるとのこと。値上げをしないなら、コンビニの可愛い小さなおにぎりをさらに小さくする策動もあるそうな? あんなもの、家庭で握ればまだ安いもの? 我が家の古女房も時々作ってくれるが(具はなし。回りにふりかけをふりかけるだけのシンプル。稀に梅干し一個)、体格に比例して大型おにぎり。コンビニおにぎりの2~3個分はありそうだ。おにぎりさえ「家作」ではなく、「メーカー製造」に頼るような情けないことは少し控えるようにするべきかもしれない。

この前、少し書いたが、最近、五キロで、税込み1500円以下で買えるコメがまったく見当たらなくなった。我が家の米びつもいよいよピンチになった2週間ほど前、某スーパーで10キロ、税込み2800円のセールをやっているのをチラシで発見。週末だったが、週末ギャンブルをキャンセルして我が古女房は自転車に乗って片道20分ほどかけて買いに走った。「あんたの稼ぎが少ないからよ、まったく」とのたまわりながら。

これでなんとか一息ついているが、その後、スーパー各店の特売を見ても、コメ5キロで税込価格1500円以下はまったく見かけない。「つや姫」だのが税抜きで1590円とか出ているが、冗談ではない! この背景には農協の陰謀があるのではないか? (と思っていたら、本日朝刊のチラシに5キロ1500円以下のコメが出ていた。ううむ…。20日(祝日)のみの発売か…)。

コメの消費をむやみに増やさないためにも、日本酒を飲まないようになって久しいが…。コメを食べるのを止めるわけにはいかないから…。といいつつも、週末ギャンブルに走る妻がいるので、週末、コメを炊くのが面倒な時、電子レンジでチンして食べられる「(インスタントパック)米」も若干常備。それに100円~200円前後のインスタントカレーをぶっかけ、100円前後の缶詰を開けて晩飯にすることもある……。昨夜もそうだった……。

結婚して30年余り…。「あんたに強制連行されて、時には慰安婦のような仕事もさせられて…」と嘆く我が妻。「事実は違う! 大学出ての進路についていけないならさらば!と、上野駅ホームで言ったのに、走っておいかけて来て、すがってきたのはお前のほうだ!」と。嘘も何度もいえば、事実を変えられてしまう? 気をつけよう、韓国政府と中共政権と我が古女房?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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森友学園と朝日新聞、森友学園と朝鮮総連、どこがどう違うのか? そしてサイコパス?
(2017・3・17・金曜日)




森友学園の問題がいろいろと論じられている。国有地の払い下げ価格が安すぎる? 幼児にまで安倍首相や教育勅語を礼賛する教育方針はおかしい…と。それがやかましく論じられていた時、仕事が忙しくてテレビニュースもチラリとしか見ていなかったので、印象が薄いのだが、運動会かなにかの宣誓だろうか、間違った歴史を教えている韓国や中国は心をいれかえてほしいとか、安保法制が通ってよかったとか学園系の施設で子供が述べるのには違和感をおぼえた。
というのも、朝鮮学校などでは似たようなことをやっているから…という共通した認識をおぼえたからだ。「祖国(血筋)」が北朝鮮だからといっても、日本にいて、金王朝に全幅の共鳴を覚えさすような教育をしているのは奇怪しいだろう。安倍礼賛が奇怪しいなら、金王朝礼賛も奇怪しいだろう。

この点は『拉致と真実』(第11号)で、佐藤悟志氏が『朝鮮学校は廃絶すべきだ!』という論文を書いている。
「独裁金王朝への絶対服従を在日の子弟に植え付ける、政治洗脳機関である」からと。その具体例も列挙されているが、あの左派的な辛淑玉さんでさえ、弟が朝鮮中高級学校にてリンチを受けた体験を綴っていて、その真相を隠蔽しようとする学校を手厳しく批判していたという。「朝鮮学校の生徒の人権を訴えていた教師」が、「まぎれもなく、弟を殴り続けた教師その人だった」とのこと。
佐藤氏はこうした朝鮮学校への公金支出に反対している。森友学園は、朝鮮学校ほどひどくはないと思うが、少なくとも、朝鮮学校への公的援助の停止に反対する新聞はちょっとヘンではあろう。民族差別でもなんでもなく、非常識な教育をするところには公金はちょっと与えないのは、区別でしかない。

もちろん、私立学校は一定の「偏った」信念を教えるのは間違ってはいないこともある。キリストなんて「邪教の親玉」と思う人もいるだろうが、クリスチャンの学校が、まぁ、朝会で、キリストさまへの賛美歌を唄うということはあってもいいのかもしれない(ただ、そういう学校には「公的資金」は与えないようにしてもおかしくはないと思う。出すほうも出すほうだが、受け取るほうも受け取るほうだろう? またキリストが邪教の親玉と思っている人は、そういう学校には子供を原則入れないだろう。だが、公立学校が、そういう特定の「宗教教育」を子供に押しつけるようなことがあれば、奇怪しいことになろう。もちろん、宗教学というか、宗教に関する知識教養を高めるための講座の設定や体験学習などはあっても許容範囲かもしれないが)。
公立図書館や市役所などの公的施設で、公金でクリスマスツリーを設置したりすれば、それは信教の自由を犯す恐れもあるかもしれない(門松もその恐れがあるかな?)。

ともあれ、国有地の払い下げに関して、やれ9億が1億云々になったのは奇怪しい、などと騒ぐ朝日をはじめとする大新聞サマたちこそ、本社ビルがそびえ立つ社有地は元国有地で、割安価格でもらっていたではないか。そのあたり、何かの本で読んだりした記憶があった。

マスコミ、朝日新聞批判の本だったよなと。俵孝太郎さんの『我、「朝日新聞」と戦えり』  (カッパブックス)だったか、福田恆存さん編の『新聞のすべて』  (高木書房)だったか、桶谷繁雄さんの『大新聞の虚像・実像』  (日本教文社)だったかと、いろいろと取り出してきてパラパラとめくるものの、該当個所が見当たらない。ふと、ネットで、国有地払下げ、大新聞とかで検索してみたら、こういうものが出てきた。

マスコミ不信日記リンク より

******************************

昭和40年代、大手新聞社は国有地を格安で購入し、そこに本社ビルを建てました。なぜ大手新聞社はそのようなことができたのでしょうか?もう随分昔の話ですがそのいきさつについて書いておきます。

(中略)

それでは、そのいきさつを(古本虫註→以下の文は、片岡正巳氏の下記の本からの引用になっている。154頁から159頁にかけて)。
 国有地を安く払い下げられる怪

 新聞社の体質が記者の体質を生んだか、記者の体質が新聞社の体質を形成させたか。
 
 朝日新聞はいま築地の一等地に新社屋を建設中であるが、読売、毎日のあのすばらしい社屋には目を見はらされる。しかも日経、サンケイを含めて、すべて一等地、国有地の払い下げを受けての新社屋である。
「超高層ビル、新聞の殿堂も結構ですが、公共機関であるということで、国有地を安く払い下げてもらうということで″社会の公器″としての立場を貫けるものか、どうか。破格の国有地と引替えに、新聞の存命にかかわる最も大切なものを失なわなかったかどうか」と評するのは日本国勢調査会の武市照彦会長である。
 同調査会の調べによると、各社の国有地払い下げの実態は次の通りである。
〔朝日新聞社〕
(中略)
 つまり、朝日新聞社は国に借金して都心の一等地を手に入れた。この地価は、昭和五十年当時、三.三平方メートル当たり二百万円はくだらないといわれた。 それが五十六万円という安さなのである。国は、交換した浜田山の土地に官舎を建てるということであった。ところが国と交換した後、浜田山の土地から縄文時代の古跡、通称「塚山遺跡」が発見された。遺跡が発見されると、文化財として保護しなければならない、いってみれば、土地を遊ばすことになる。この遺跡に ついては、相当古くからその道の人たちの間で存在がいわれていたらしく、朝日もそのことは知っていたはずである。とすれば、この土地交換は、いささかウサンくさい。国が″大朝日″″大新聞″を意識して・・・ということであれば、国民としては、新聞とは何であり、誰のためにあるのかと改めて問わねばならなくなる。

〔読売新聞社〕
(中略)
 つまり十年払い、これまた買戻特約、抵当権の設定で、国に金しばりになっているようなものであった。
 この土地は五十年当時、三.三平方メートル当たり六百万円といわれ、四十三年当時でも三百万円と評価されていた。それを読売はなんと八十三万円で手に入れているのである。しかもこの土地の払い下げについては、大蔵省を相手に産経新聞社と十年にわたる抗争を演じた上の獲得であった。この土地の払下げ申請のトップはサンケイであった。同本社の地続きだからである。読売は四十九番目、やがて申請は百件にものぼった。そして三十八年一月、大蔵省の省議で読売に払い下げることになる。そこでサンケイが猛然と横やりを入れる。かくして読売、サンケイのすさまじい争奪戦が展開されたが、両社とも自社の政治記者、大蔵省 詰記者からの情報をもとに、財界人、政府首脳を動かすものであった。

 ことに読売の務台社長は田中角栄(四期)、福田赳夫、水田三喜男(二期)の各大蔵大臣に何度も接触し、池田、佐藤両首相に直談判して、強引とも見える獲得ぶりであった。ついに政府は、両社のいずれにするか決めかね、大蔵省第四号合同庁舎をその土地に建てることにする。これを告げられた務台社長は、それこそ″闘魂の人″となって政府とわたり合う。務台社長は時の福田蔵相に会い、読売に払い下げるのが当然だと主張した。
「サンケイの稲葉社長が業界紙を呼んで、読売が来るのは困る、俺のところは先願だ、もし読売に決まるようなことがあったら行政訴訟を起こす、俺は社長の職を賭してやる、といっている。あんた、ナンセンスだよ。先願が何だ、行政訴訟が何だ。(中略)それから、もし読売へ払い下げたら、自民党への資金網を切ってしまう、とは何ごとだ。水野(当時サンケイ会長)は財界の一部と相当なつながりがあって政商ともいわれている。とにかくそれを利用して政府を動かすとなると、これは金権政治だ。そこで読売新聞社としては、一国有地の問題を離れて、一部財界の野心家のためにそういうことをやるという、政治のあり方に対して、全紙面を動員して闘う。佐藤内閣と闘うということを決めた。読売新聞は政治の実態とその正否を国民に訴え、はっきり勝負をつける」(松本一朗著『闘魂の人-人間務台と読売新聞』大自然出版刊)

 サンケイのやり方にも憤りを覚えるが、務台氏のほうも、これでは脅迫になりかねない。公共性を主張するその紙面と国民をダシにして自社の利益を果たそう としていると、国民の側からいえるのではないか。もし読売が財界と癒着した政治を国民にあばき、その正否を問うなら、なにもこの土地にからんでキャンペーンしなくても、いくらでもできるだろう。紙面と国民を、自社のために利用したとしか言いようがない。

 務台という新聞人は、いったい新聞をなんと考えているのだろうか。そして彼は、この土地問題で、二言目には、新聞の公共性ということをいっているのであ る。そして遂には、読売新聞社の部長会の席上、土地問題について佐藤総理と約束があると前置きして「務台は微禄ものだが、読売新聞社の代表取締役として、 五百万の読者を代表している。相手は総理である。もしこの約束が反古になったら、日本の政治はおしまいだ。信義のない政治とは何だ。そうなったら佐藤内閣と一戦まじえるつもりである」(『闘魂の人』)と豪語する。

 大手町の国有地が読売に払い下げられるかどうか、読売五百万の読者にとって、それほど重大なことであったろうか。こうして結局、この土地は読売に払い下げられ、現在の偉容を誇る新社屋が出現した。

 紙数がないので後は簡単に書くが、神田一ツ橋の毎日新聞社敷地、二千九百三十一平方メートルも大手町一丁目のサンケイ新聞社の四千七百八十六平方メート ルも、そして日本経済新聞社の大手町一丁目の敷地千四百十六平方メートルも、これすべて国有地の払い下げである。いずれもご多分にもれず、当時の地価をはるかに下回る価格であった。こうした考え難いほどの有利な条件で国有地を手にした各社は、そのために、時の総理、大蔵大臣をはじめ自民党有力議員に折衝 し、事を動かして来たのである。新聞のもつ力を、特権として駆使したことはいうまでもない。かくして「新聞社はみなオレが面倒みたようなものだから、一声 かけりゃ、どうにでもなる」と田中角栄(当時首相)をして言わしめるほどの政府と密着した新聞になったのである。

 朝日にせよ読売にせよ、国有地取得の問題は、国会で追及されて然るべきものである。しかし一切問題化しなかったのは、野党もまた新聞をおそれているからだろうか。 

出典:1979(昭和54)年 日新報道刊 片岡正巳著「新聞は死んだ」



引用終わり。以下拙文。

片岡氏のこの本のサブタイトルは『驕り、偽善、エゴを衝く』となっている。
ネットで「中略」となっているところ、
「つまり十年払い、これまた買戻特約、抵当権の設定で、国に金しばりになっているようなものであった」の前にはこう綴られている。



大蔵省から払い下げを受けた国有地は、中央区築地五丁目、海上保安庁水路部跡で、五丁目二番一号の一万三十五平方㍍および五丁目二番二十五号の四千六百四十五平方㍍、計一万四千六百八十平方㍍である。登記簿によると、五丁目二番二十五号地は、昭和四十八年一月二十三日、朝日が所有していた浜田山グラウンドと交換によって朝日の手に渡っているが、この分については、この日から十年の期間で”買戻し特約”が設定されていて、買戻権者は大蔵省。売買代金は十七億二百七十一万八千二十円と記載されている。またこの土地には「国有財産払い代金延納」を理由として抵当権が設定されている。債権者は二十九億五千八百九十万円。抵当権者は大蔵省。

となっている。これに「つまり、朝日新聞社は国に借金~」と続くのである。

ここまで書いた時、「反日勢力無力化ブログ」というところでも、この片岡氏の本が、より詳細に引用されているのを拝見。

さらに維新の丸山穂高議員が、国会で、この片岡氏の本を挙げつつ、新聞の国有地払い下げ問題を追及していることも知った。「丸山穂高 片岡正己」で検索すると、こんな文章が出てきた。以下引用。




■動画
丸山穂高 超神回「朝日新聞や朝鮮学校も怪しいぞ!」蓮舫 民進党はなぜ追及しない マスコミにブーメラン!森友学園問題 維新 足立康史さんもビビる神質疑 爆笑 国会 最新の面白い国会中継
https://www.youtube.com/watch?v=jXV6uFg8Z3s
――――――――――
【文字起こし】
(前略)
6:30~
丸山穂高議員
森友の件、しっかりやっていかなければいけない。

しかし、国有地の売却については、他にも怪しい案件が沢山ある!
例えば、この件を追及しているマスコミ、この『新聞は死んだ』という本なんですけど、これによると朝日新聞は今の築地の一等地に新社屋をつくるに当たって昭和50年当時1坪あたり200万を下らないと言われている土地に対して56万円の安さでその国有地を購入している。

読売新聞も同じです。
昭和50年当時1坪あたり600万円の土地を読売新聞は83万円で国有地の売却を得ている。
それでね、こともあろうに、読売新聞の社長は、田中角栄さん、福田さん、水田大臣、池田、佐藤両首相に直談判して、この交渉を強引に進めたと書かれているんです。
森友学園の件、直談判あるんじゃないかと追及されていますが、マスコミも国有地を政治家に直談判しているんじゃないですか?
マスコミも国有地をこういうふうにやっているんじゃないですか?

理財局長
大変古い話で、既に保存文書の期限が過ぎていますので事実確認出来ない状況です。

丸山穂高議員
森友学園と全く同じ構図ですよね。
しかし、新聞社側には、こういう資料をしっかり残しているので、 朝日新聞の渡辺社長と読売新聞の白石会長と山口社長を、森友学園と同様に同じタイミングで参考人質疑をお願いしたい。
どうですか委員長?

委員長
理事会で検討いたします

丸山穂高
同時にね 公有地ってまだまだ怪しいのがあるんですよ。
それがね、朝鮮学校です!
例えば、大阪市の東成区の土地を大阪朝鮮学園へ、半世紀以上、50年以上、土地を格安貸与して、その後売却している。
公有地ですよ。
公有財産がそうなっている。
兵庫県の尼崎市も兵庫朝鮮学校に、同様に相場が年間2600万円の土地をですね、年間26万円(100分の1)、その後年間260万円という10分の1で貸しているんですよ。
東京都の土地も、東京朝鮮学園に20年間無償貸与して、最終的な譲渡、市価の10分の1の1億7000万円で売却してる。
これ東京の場合も、ゴミの処分地だったということで、おそらく適正な価格で考慮したら市価の1億7000万円(10分の1)だったということで。
同様の案件が国有地、公有地で起こっている。
北朝鮮との関係も聞きたいので、朝鮮学園の校長もしくはTOPの方も同時に参考人質疑に呼びたいのですが、委員長どうですか?

委員長
理事会で検討いたします

丸山穂高
しっかり、このタイミングで、公有地、国有地の国民の財産、野党側は1円でも無駄使いを許さないと言っているわけですから、しっかり全体の問題として確認していかなければならないと思う。

(その後、安倍首相も、朝鮮学校への補助金の問題や公有地の売買や教育内容などの問題について説明を求める必要性を認めた!)
(以上引用)

(以下拙文)
国会でも、ちゃんとまともな議員が、森友学園と大新聞、朝鮮学校の問題とリンクして追及していたのだ。しかし、産経新聞とて、この土地問題はあまり書けない? 大手町の土地などにもゴミでも出てきたのだろうか? こういう己自身の国有地払下げ疑惑に関して、今からでも遅くないからきちんと、森友学園の手法とどこがどう違うのか、新聞やその系列というか資本関係のつながりもあるテレビも検証してしかるべきではないか。片岡さんはすでに故人。講演などをうかがったことがある。高知県出身者であったが、温厚な感じのしゃべり方をする人だったと記憶している。

ところで、中野信子氏の『サイコパス』 (文春新書)が20万部売れているとのこと。

内容紹介→平気でウソをつき、罪悪感ゼロ ……そんな「あの人」の脳には秘密があった!

外見はクールで魅力的。会話やプレゼンテーションも抜群に面白い。しかし、じつはトンでもないウソつきである。不正や捏造が露見しても、まったく恥じることなく平然としている。時にはあたかも自分が被害者であるかのようにふるまう。 残虐な殺人や善良な人を陥れる犯罪を冷静沈着に遂行する。他人を利用することに長け、人の痛みなどこれっぽっちも感じない。
……昨今、こうした人物が世間を騒がせています。しかも、この種の人々を擁護する人も少なくありません。
もともとサイコパスとは、連続殺人鬼などの反社会的な人格を説明するために開発された診断上の概念です。しかし、精神医学ではいまだ明確なカテゴリーに分類されておらず、誤ったイメージやぼんやりとした印象が流布していました。
ところが近年、脳科学の劇的な進歩により、サイコパスの正体が徐々に明らかになっています。脳内の器質のうち、他者に対する共感性や「痛み」を認識する部分の働きが、一般人とサイコパスとされる人々では大きく違うことがわかってきたのです。
しかも、サイコパスとは必ずしも冷酷で残虐な犯罪者ばかりではないことも明らかになってきました。大企業のCEO、政治家、弁護士、外科医など、大胆な決断をしなければならない職業の人にサイコパシー傾向の高い人が多いという研究結果もあります。
また、国や地域で多少の差はあるものの、およそ100人に1人の割合で存在することもわかってきました。そればかりか、人類の進化と繁栄にサイコパスが重要な役割をはたしてきた可能性すら浮上しているのです。
最新脳科学が、私たちの脳に隠されたミステリーを解き明かします。


積んどくしていたが、森友事件の発覚とともに、ううむ…もしかして? と思って読もうと思ったら、妻が、「私の身近な人に、これにピッタリの人がいるのよね」と言って、本を拉致してしまって返してくれず手元にない。まだ読み終わらないようだが……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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谷沢永一さんのお墨付き、やはり富島健夫は「性愛文学」の巨匠!
(2017・3・16・木曜日)




荒川佳洋氏の『「ジュニア」と「官能」の巨匠 富島健夫伝』 (河出書房新社)を読んだ。


(内容紹介)→ 「ジュニア小説」というジャンルをひらき「官能」の巨匠であった伝説的作家の波瀾万丈の生涯と強烈な個性をえがく初の評伝。
1月下旬に出たというのに、アマゾンではまだレビューが出ていない(3・16朝の時点)。なんということだ? 忘れられた作家なのか? ブックオフに行っても、富島さんも、川上宗薫も、宇能鴻一郎さんの作品もめったに見かけなくはなっているが……。図書館横断検索をすると杉並区や世田谷区や足立区ではそこそこ蔵書があるが、ほかの図書館は数冊あるかどうかの程度。

そういえば、この前、宇能鴻一郎氏の『女教師淫行日記』 (ケイブンシャ文庫)を読んだ。


内容(「BOOK」データベースより)
あたし、中学の理科教師なんです。夏のある夜、昔の教え子に、理科室の実験用テーブルで生体解剖されたんです。両脚を思いきり開いて、ピンセットで、あたしのあそこをつまんでみたり、硬く大きくなった自分のものを、押しつけたり―。あたし、すごく興奮して、たちまち絶頂に…。好評日記シリーズ第六弾!!


教え子が大学生になって、女教師宅(アバート)にやってきて……というお話。最後が、ちょっとわからない構成だったが…。ちょっと物足りないストーリー展開であったが……。

ともあれ、ウィキペディアによれば、富島さんは、こういう作家だ。


当時日本領だった朝鮮の京城に1931年に生まれる。1945年敗戦とともに引揚げ、福岡県立豊津高等学校に学ぶ。1951年早稲田大学第一文学部仏文科入学。在学中に丹羽文雄の『文学者』同人となり、1952年同人誌第二次『街』を創刊、創作活動に入った。
1953年12月、『街』の代表として応募した『新潮』同人雑誌推薦特集に「喪家の狗」が掲載され、文壇にデビューする。同作は芥川賞の候補になった。卒業後、河出書房に勤務の傍ら、1956年に処女長編『黒い河』を同社より刊行する。1957年、河出書房の倒産を機会に、作家生活に入る。
『雪の記憶』『故郷の蝶』『七つの部屋』『恋と少年』などの純文学書下ろし長篇を発表後、1960年代からは青春小説、ジュニア小説に着手する。性の問題を回避して青春の文学は成立しないと主張し[1]、それまでタブー視されていた10代の性の問題を正面から扱い[2]、1969年『ジュニア文芸』(小学館)に連載された『おさな妻』はテレビや雑誌等で賛否両論を呼んだ[3]。
1973年『初夜の海』[4]を発表以後、作品は官能的な傾向を強め、1980年代には川上宗薫、宇能鴻一郎とともに“官能小説御三家”とも称せられた。大河長編に『女人追憶』がある。
自伝的長編に『青春の野望』(5部作)。エッセイ集も多数あり、1998年に66歳で没するまでに刊行された著書は700冊に及ぶ[5]1980年から翌1981年にかけて、各時代の代表作を集大成した『富島健夫小説選集』全22巻(実業之日本社)が刊行されている。
『黒い河』『雪の記憶』[6][7] 『明日への握手』(映画「高校三年生」)[8]、関根恵子というスターを生んだ『おさな妻』[9]、3本のにっかつロマンポルノと、1950年代から1980年代まで、それぞれの時代の代表作が安定して少なくとも12本映画化されている。
競艇ファンとしても知られ、1970年代から1980年代にかけて、関東地区競艇場開催の四大特別競走(現在のSG競走)優勝戦中継のゲストとして常時出演していた。


早稲田時代から、丹羽文雄などの推奨を受けて、同人雑誌などで活躍。芥川賞候補にもなる。石原慎太郎登場以前の時代故に、学生作家としては「第一号」? もしその時芥川賞を取っていれば、彼の作家としての歩みも少し異なったものになったのかもしれない。しかし、当時の選評では、無視する審査委員も少なくなかったという。著者(荒川氏)によると読んでいない人もいたのではないかと指摘もしている。


富島作品といえば、 『花を盗む』 (サンケイ出版・徳間文庫)があったかと。これは名作?(この作品を杉並区と墨田区は「蔵書」として所蔵している。偉い!?)

(「BOOK」データベースより)
高校1年の夏休み、親友の別荘に避暑に行ったぼくは、美しい人妻の姉・初江さんに誘われるまま、林の中で、彼女の個室で甘美な初体験。若い人妻の手ほどきで心身ともに解放されたぼくは、同級生のなお子に対しても、思いやりをもって接することができるようになったし、大学で偶然に再会した幼なじみの芳子にも、率直に恋の手ほどきができるようになった…。爽やかな青春官能傑作。


これは『おもいでの夏』 (角川文庫)に匹敵する「年上の女」文学であった?

ともあれ、政治的主張もよくしていたそうで、ベトナム戦争反対、金日成・文革礼賛発言もしばしばだったという。人生相談などで、女子高校生にストライキのすすめもしていたそうな。そういう時期に書いた小説の中での毛沢東礼賛などの記述を「修正」することもあったという。


~と認定しても、それは自分自身のことであって、毛沢東だって文句は言えないはずである(1976年、集英社文庫コバルトシリーズ141頁)

~と認定しても、それは自分自身のことであって、孔子や釈迦だって文句は言えないはずである(1997年 自選青春小説2 161頁)


そんな「改竄」もあったという。逆に、あとの文章が先にあって、文革時代、孔子批判もされていたから、あわてて、前の文に改竄する作家もいたかも?

ともあれ、そんな富島さんの「作品」を高く評価したのは谷沢永一氏だ。そのことは、この本でもしばしば触れられている。本欄でも、谷沢さんのそういう富島エロス文学評価をこういう風に紹介したことがある。


ジキルとハイドこと谷沢永一氏の性愛文学論に拍手 06/18/2011

この前亡くなった谷沢永一氏の『性愛文学』 (KKロングセラーズ)は傑作。 富島健夫氏の『処女連盟』などの作品を性愛文学の傑作と高く評価。そして「舌に関して言及しないのが、純文学。舌の無際限な効用に言及するとき、それは、大衆文学、と貶められるのを覚悟しなければならない」との名言もある。


富島さんは、猥褻罪で摘発されたりもしたが、「賞」の権威がないがための側面もあったのかもしれないとのこと。当時、筒井康隆氏は、 「ポルノ度において川上、富島氏に劣らぬものを書いている他のポルノ作家が槍玉にあげられないかと考えた場合、宇能鴻一郎氏は芥川賞をとってるし泉大八氏は新日本文学会といううしろだてがあるというように、決して文壇内で孤立することはないと思える背景が考えられる」と指摘もしていたという。

晩年は一流文芸雑誌からお呼びがかからなくなり二流雑誌に書くことも多かったという。逆に、ジュニア雑誌で書いていた時に「週刊朝日」から連載小説の依頼がきて嬉しかったそうな。ジュニア小説を小馬鹿にする文壇の雰囲気もあったという。

ふと、星新一氏の評伝(『星新一 一〇〇一話をつくった人』最相葉月氏。新潮社)を思い出した。

細かい話は忘れたが、ジュニア小説同様、どちらかといえば、軽く見られていたSF小説を書いていた星さん。文藝春秋から本を出したいと思っても断られていた時期があり、それを残念に思っていたとか……。星さんは晩年になるにつれ、「文豪」となっていったが……。同じような境遇を味わった時期が、富島さんにもあったのではないかと。

ともあれ、この前、古本市で買った富島健夫氏の『女遍歴の日日』 (双葉社)を読んで読後感を綴ったことがあった(以下一部再録)。帯に「愛の黙示録」「男と女の華麗なる妙薬」とあるが‥‥。
大学一年生の童貞男が主人公。高校時代のテニス部の先輩で年上の女子大生にまず手ほどきを受ける。その後、彼女の友人を紹介されたり、恩師でもある女教師と結ばれたり、さまざまな年上の女性との遍歴が描かれている。
年上の女性との性遍歴を綴った小説といえば、神崎京介氏『女薫の旅』シリーズ(講談社文庫)は、最近読まなくなってしまったが、これは高校生の時から始まっていたっけ? 昭和と平成の違いか? 
富島氏のこの本、「週刊大衆」の昭和62年3月16日号から63年5月16日号に連載され、新書サイズの本として刊行されている。奥付の日付は「昭和64年1月10日」になっている。昭和天皇の崩御は、昭和64年1月7日の朝。従って、昭和64年1月10日は、本来、歴史的に存在しない日付。ということは、昭和時代に出たエロス本としては最後のエロス本(実質平成の世となって刊行された最初のエロス小説といえるのかもしれない。その意味で歴史的にも貴重な一冊‥?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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