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2018'07.12 (Thu)

高校生以上が、夏休みに読むべき課題図書とは? 左右の全体主義(ファシズム&コミュニズム)と闘った女性闘士の自叙伝(『スターリンとヒットラーの軛のもとで 二つの全体主義』&『独ソ占領下のポーランドに生きて 祖国の誇りを貫いた女性の抵抗の記録』)を読めば、共産主義とファシズムが同じ野蛮思想だと分かるはず!







高校生以上が、夏休みに読むべき課題図書とは? 左右の全体主義(ファシズム&コミュニズム)と闘った女性闘士の自叙伝(『スターリンとヒットラーの軛のもとで 二つの全体主義』&『独ソ占領下のポーランドに生きて 祖国の誇りを貫いた女性の抵抗の記録』)を読めば、共産主義とファシズムが同じ野蛮思想だと分かるはず!
(2018・7・12)





気がつけば、もう七月も中旬。学生は夏休みの季節到来? 最近、 「青春18切符」を買う暇も使う暇もない…。7・14・15・16の三連休の前後に休みをくっつけて…と夢想。それは無理でも3連休は…。「青春18」もいいが、 「北海道&東日本パス」も悪くはない…。

ともあれ、重厚長大本…。冬休み、春休み(?)前に読破すべき重厚長大本リストを本欄で掲げた記憶もあるが…。さてはて? 積んどく本は徐々にどこかに消えてゆき……新たな重厚長大本がどこからとやってきて、しばし、食卓や食卓脇のところに居並ぶ…。そしてまた、季節の移り変わりと共に…消えてゆき、また新たなる…。

ともあれ、ハーバート・フーバーの『裏切られた自由上下』 (草思社)は拾い読みはしているものの、引き続き……。そして、チャールズ・ビーアドの『「戦争責任」はどこにあるのか アメリカ外交政策の検証 1924-40』 (藤原書店)などはジキル本として大事。

そのほか、カロリナ・ランツコロンスカの『独ソ占領下のポーランドに生きて 祖国の誇りを貫いた女性の抵抗の記録』 (明石書店)は、ナイスな本だ(と思う)。

(こんな内容)→ポーランド西部のルヴフ(現ウクライナ領リヴィウ)の大学で美術史の教員をしていた筆者が、1939年のソ連侵攻から逃れた先で、次はナチスに捕らえられ、ドイツの強制収容所で過ごした日々を綴った回想録。ポーランドで大きな反響を呼んだ著書の待望の邦訳。

カロリナ・ランツコロンスカ(Karolina Lanckorońska 1898~2002)はこんな人→ 1898年、ポーランド人大貴族の家に生まれる。ウィーン大学で美術史を学び、1936年からルヴフ大学美術史助教授。第二次大戦開始後、ソ連占領下のルヴフで地下抵抗運動に参加する。1940年5月にドイツ占領下のクラクフに移り、傷病兵の看護や囚人支援活動に従事。1942年5月にナチに逮捕され、1943年1月から45年4月までラーフェンスブリュック強制収容所に収監される。解放後はイタリアに留まり、在外ポーランド人の支援活動や教育文化活動に従事する。

百歳以上長生きした人だ。にもかかわらず、「はじめに」では「私の死後出版されるはずのこの回想録は…」と始まる(正確には亡くなる前年に原著は刊行されたそうな)。

そもそも1945年~46年に書き上げられていて、二つの出版社に持ち込んだところ、 「その二つとも、『内容があまりにも反ロシア的だ』という理由で断ってきた。数年後、別の二つのイギリスの出版社に持ち込んだが、ここでも断られた。今度は、『内容があまりにも反ドイツ的てある』という理由からだった」とのこと。

ジョージ・オーウェルも、 『動物農場』を刊行しようとした時、「内容があまりにも反ロシア(ソ連)的だ」という理由で断った出版社があったかと。ゴランツだったか?
「戦勝国」側にいたソ連に媚びていた出版社があったことは恥辱モノというしかない。

そして、いま、「内容があまりにも反中国的である」という理由で刊行を拒絶されている「良書」もあるかもしれない。要注意。

こんな例もあるそうな?


中国の介入「日本も脅威認識を」 豪チャールズ・スタート大 クライブ・ハミルトン教授(2018/3/22産経配信)
 オーストラリアに浸透する中国の影響に警鐘を鳴らす書籍を2月に出版した豪チャールズ・スタート大学のクライブ・ハミルトン教授が20日までに、産経新聞の取材に応じた。教授は著作で、中国は「民主主義を利用して民主主義を破壊する」と指摘。取材には「中国が豪州に介入した手法は日本にも適用される。日本の人々は脅威を認識する必要がある」と訴えた。
 教授の著書「サイレント・インベージョン(静かなる侵略)」は、豪州に移住してきた中国系の富豪が与野党の政治家や大学に多額の資金を提供している実態を紹介。こうした政治家の発言や大学の研究が、南シナ海問題や自由貿易協定(FTA)などで、中国に望ましい方向に政策を誘導しようとした実態を明らかにした。また、富豪らが中国の国政助言機関、全国政治協商会議(政協)の代表を務めていたとして、共産党との関係にも疑いの目を向けた。
 著書は当初、契約した大手出版社から出版を拒否された。中国からのサイバー攻撃や在豪中国系市民からの訴訟を恐れたためだという。その後、2社にも断られ、ようやく出版にこぎつけた。これに対し、英紙フィナンシャル・タイムズは「自己検閲だ」と批判。教授は「言論の自由への抑圧に多くの豪州人が衝撃を受けた」と話す。


「レッドチャイナ」には気をつけよう?

ともあれ、独とソ連に挟撃される形で、散々な目にあったポーランドの悲劇に関しては、たままた、出たばかりの『歴史通(ウィル増刊8月号)』で、5月にボーランドに共に出かけた河添恵子氏&江崎道朗氏が 『ポーランドに見る「歴史捏造主義」からの脱却 ヒトラー(アウシュビッツ)より酷い、スターリン(カティンの森)』 という対談をで取り上げていた。この対談と本書とは重なるところも多々あるようだ。カティンの森虐殺事件など…。

著者(カロリナ・ランツコロンスカ)も最初、そのカティン事件を知った時、ソ連がやったというのは「ドイツのプロパガンダがつくった身の毛のよだつような真っ赤な嘘だ」と思ったそうな。しかし……。

この体験手記(自叙伝)を見て、すぐにもう一人の女性のことを思い出した。彼女も二つの全体主義と闘った猛女だ。

マルガレーテ(マーガレーテと表記のことも)・ブーバー=ノイマンは、共産主義者として夫婦そろってナチスはむろんのことスターリンにも酷い目に遭う。生き残った妻である彼女は『第三の平和 第一部』『第三の平和第二部』 (共同通信社)という本を残した。この本は近年ミネルヴァ書房からも『スターリンとヒットラーの軛のもとで 二つの全体主義』として復刊された。僕は共同通信社の本を古本市で見つけて購入し、一読した。ミネルヴァ版も持っている。

(著者はこんな人)→ブーバー=ノイマン,マルガレーテ
1901年、ポツダム生まれ。著名な宗教哲学者マルティン・ブーバーの息子、ラーファエル・ブーバーとの最初の結婚のあと、ドイツ共産党員としての活動中にコミンテルン幹部ハインツ・ノイマンと知り合う。1935年、派遣されたスペインから二人して政治的誤謬を理由にモスクワに召還される。ノイマンは1937年に逮捕、そして粛清される。翌年、マルガレーテも逮捕され、カザフスタンのカラガンダ強制収容所へ送られる。1940年、ヒットラー・スターリン協定にもとづき、ナチス・ゲシュタポに引き渡され、ラーヴェンスブリュック女子強制収容所へ送られる。1945年、収容所から解放され、戦後は政治評論家として活躍。1989年11月歿


共産主義がファシズムとなんら変わらない野蛮な思想でしかない事実は、この二冊の本でも明らかだろう。スターリンの名前を息子につけるなんて、ヒトラーの名前をつけるのと同じ愚挙でしかない。スターリン批判の前だとしても、名付け親は、愚鈍だと批判されても仕方ない? 哀れ?

ともあれ、左翼全体主義(共産主義)と右翼全体主義(ファシズム)との類似性を学ぶ上で、この二冊の本はバイブルともいえよう。

ポーランド本といえば、2018・7・10毎日新聞夕刊で、西垣通さんが、有賀しのぶ氏の『また、桜の国で』 (祥伝社)という本を紹介している。

(こんな内容)→第二次世界大戦勃発。ナチス・ドイツに蹂躙される欧州で、〈真実〉を見た日本人外交書記生はいかなる〈道〉を選ぶのか?世界を覆うまやかしに惑わされることなく、常に真実と共にあれ。一九三八年十月一日、外務書記生棚倉慎はワルシャワの在ポーランド日本大使館に着任した。ロシア人の父を持つ彼には、ロシア革命の被害者で、シベリアで保護され来日したポーランド人孤児の一人カミルとの思い出があった。先の大戦から僅か二十年、世界が平和を渇望する中、ヒトラー率いるナチス・ドイツは周辺国への野心を露わにし始め、緊張が高まっていた。慎は祖国に帰った孤児たちが作った極東青年会と協力し戦争回避に向け奔走、やがてアメリカ人記者レイと知り合う。だが、遂にドイツがポーランドに侵攻、戦争が勃発すると、慎は「一人の人間として」生きる決意を固めてゆくが……

ノンフィクションノベルといった感じの本だが、ある程度の史実に基づいての物語。この本、500頁もある大著。読むと一気に読めそうだが……。樋口季一郎さんの名前も出てくる。

ノンフィクションとしては、河添恵子さんの『世界はこれほど日本が好き――No.1親日国・ポーランドが教えてくれた「美しい日本人」』 (祥伝社)もいろいろと教えられる一冊だった。
おや、どちらも祥伝社か…。

あと、2018・7・10の日経朝刊にワレサさんのインタビュー(丸々一頁)が出ていた。
一読したが面白かった。まだ74歳ではないか。信仰心は篤いようだ。いまでも働いているのは、働くのを止めたら「レーニンやスターリンのような悪党のいる場所」(つまり「地獄」?)に行くことになり、「共産主義を崩壊させたとしていじめられるのではないか」と真顔で話していたそうな。
そうそう、その通り。地獄には行きたくないもの?

2018年夏は、ポーランドに注目すべきか?

いやいや、ほかにも…。
鳥雲高娃氏の『満洲国の内モンゴル「知識人」の民族意識と思想』 (晃洋書房)などもあるが…。

ラッセル・カークの『保守主義の精神 - 上下』 (中公選書)も読まねば…。訳者の会田弘継氏の保守主義に関する本は何冊か愛読しているのだが……。
会田弘継氏の本は…『トランプ現象とアメリカ保守思想 崩れ落ちる理想国家』 (左右社)、 『追跡・アメリカの思想家たち』 (新潮選書)等々がある。

ただ、僕は「保守」主義者ではないので、そのあたりは……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
06:23  |  共産主義  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2018'07.11 (Wed)

喫煙者のおかげでゆっくりと拝見することのできた映画「ソイレント・グリーン」に北朝鮮の姿を垣間見た? 禍福はあざなえる縄のごとし? しかし、人迷惑な行為はほどほどに?






喫煙者のおかげでゆっくりと拝見することのできた映画「ソイレント・グリーン」に北朝鮮の姿を垣間見た? 禍福はあざなえる縄のごとし? しかし、人迷惑な行為はほどほどに?
(2018・7・11)






今夕は所要があって新宿御苑近くへ。用事を片づけて現地解散。ということで、「いなば」で久しぶりに、つけ麺(800円)。店内に入ると、あら冷水機が設置されているではないか。いままではカウンターに冷水器が置いてあったものだが。

食べたあと、これまた久しぶりに、行きつけのバーへ。ここは禁煙ではないが、まぁ、マスターとは昔からの付き合いがあるので…。開店と同時に入って、喫煙者が来たらスタコラサッサとあとにする…。でも、(いつも?)空いているから1~2時間、安心して一人で飲むことも多いのだが…。

しかし、今夕は店内に入って、おしぼりが出た段階で、新たなる客が…。マスターとは暗号で、その客が「喫煙者」か「非喫煙者」か、「不明」かを交わすようにしている。すぐに「喫煙者」と判明したので、さっと席を立って帰り支度…。喫煙者の客は、開店したばかりなのに、もう帰るの?--と、ちょっと不審に思ったようだが、見知らぬ人のタバコの悪臭を嗅ぎながら酒を飲むのはゴメンなので…(顔見知りの人の時は……)。

まぁ、このバーのためにだけ足を運んだわけではなく、所要をすませたついでだし、食事も済ませているのでさほどの被害はなし。飲み代はゼロだし。外はまだ明るい。

以前なら、行きつけのバー以外にも、近くに禁煙バーがあって、そこに退避することもあったが…(その禁煙店はあいにく廃業)。

さっさと帰宅して家飲みしていて、ふと、本日7・11はNHKの「ソイレント・グリーン」が放映されて、録画していたのを思い出した。いつも録画しては見ないまま過ごすことが多いのだが、あっ、見ようかなと思ってスコッチ片手に拝見。

この映画のことはこの前も触れたばかりだが…。こんな内容の映画。


(こんな内容)→『ソイレント・グリーン』(Soylent Green)は、1973年のアメリカ映画。ハリイ・ハリスンの小説『人間がいっぱい』をベースとした、人口爆発により資源が枯渇し、格差が拡大した、暗鬱な未来社会で起こる殺人事件とその背景を描いたSF映画。ストーリー[編集]

2022年、留まるところを知らない人口増加により、世界は食住を失った人間が路上に溢れ、一部の特権階級と多くの貧民という格差の激しい社会となっていた。肉や野菜といった本物の食料品は宝石以上に稀少で高価なものとなり、特権階級を除くほとんどの人間は、ソイレント社が海のプランクトンから作る合成食品の配給を受けて、細々と生き延びていた。そしてある夜ソイレント社の幹部サイモンソン(ジョゼフ・コットン)が殺害される。ニューヨークに住む殺人課のソーン刑事(チャールトン・ヘストン)は、同居人の老人・ソル(エドワード・G・ロビンソン)の協力を得て捜査に乗り出すが、様々な妨害を受けた後、新製品ソイレント・グリーンの配給中断による暴動のどさくさに紛れて暗殺されそうになる。

そんな中、自室に戻ったソーンは、ソルが「ホーム」に行ったことを知る。慌ててホーム=公営安楽死施設に向かったソーンは、真実を知ってしまったが故に死を選ぶしかなかったソルの最期を見届けることになる。草原や大海原などの映像とベートーベンの交響曲第6番「田園」の響きに包まれてソルが死んだ後、ソーンはその遺言に従い、裏づけをとるために死体を追跡する。そしてソルをはじめ多数の死体がトラックでソイレント社の工場に運び込まれ、人間の死体からソイレント・グリーンが生産されている事実を突き止める。その後、暗殺者の襲撃を受け、彼らを倒したものの自身も深手を負ったソーンは、病院に搬送されながら叫ぶ。

「ソイレント・グリーンの原料は人間だ。早く何とかしないと、今に食糧生産のために人間を飼うようになる。その前に何とかしなくてはならないんだ!」



1973年公開。冒頭、ライオンが吠える…。公害がらみのシーン…。日本の満員電車の光景なども。舞台は2022年のニューヨーク。人口4000万人…。高級マンションの室内で、一人の男が殺される。捜査する刑事。室内にはバーボンやら牛肉があってヨダレたらたら?

その刑事はまだ「個室」に住んでいるが、部屋を出ると、階段で寝そべる浮浪者だらけ。犯人は? 配給される「ソイレント・グリーン」の原材料は? 「ホーム」は、好みの色の部屋で、好きな音楽を聴きながら死んでいく…。死体は処理場に運ばれ…。

見ていて、なんとなく北朝鮮みたいな社会構造かなと思った。恵まれた階級は、エアコンのある部屋に住み、好みの女性を「家具」扱いで所有している。

体制を維持する警官は、まぁ、個室アパートが保障されている。

一般市民には、そんな個室はなく、階段や道端で寝そべっている。

今はともかく、核開発にきわめて躍起となっていた時、飢餓者が大量に発生した北朝鮮なら、「人肉」を食べるなんてこともあったかもしれない?

アンドリュー・S. ナチオスの『北朝鮮飢餓の真実―なぜこの世に地獄が現れたのか? 』 (扶桑社)なんて本もあったかと。

映画「ソイレント・グリーン」は、なぜ、2022年の社会が、こんな食料危機になったのか、格差が生まれたのかといった背景は特に描かれていないが、北朝鮮みたいな社会体制が続いたら、こんなになってしまうかなとも……。

ともあれ、せっかくアフター5(6)に、軽く一杯やって休息を得ようと思ったのに、すぐそばで人が飲食していても、「吸ってもいいですか?」と聞くこともなく、禁煙店じゃないからと当然の顔をして喫煙するようなマナーの人がやってくるという「禍」に遭遇したとしても、そのおかげで、思いもかけず早めに帰宅して、録画した映画を楽しめるというのは、不幸中の幸い、禍福は糾える縄のごとしといえようか。

でも、自分の身勝手な、単細胞的な愚挙で、人に迷惑をかけるのはほどほどにしておくべきだろう。

以前、日本でも、子供が言うこときかないからといって、車から下ろして、迷子になって捜索するのにかなりの人員と日数を「浪費」したことがあった。タイの洞窟で行方不明になったり、救出するのにかなりの「浪費」をこれまた強要するような事件もあった。禍福はあざなえる縄のごとしというが、他人に大きな迷惑をかけるような「禍」は閉口もさせられる。

少なくとも僕がタイのあのバカなふるまいをした子供たちの親なら、無事救出されて病室で回復したあと、抱きしめる前にほっぺたをぶってやるかもね。どれだけ多くの人に迷惑をかけたと思っているのだ、このバカヤローと。ダイバーも一人亡くなったんだぞと。

西日本で、突如として裏山が崩れて、その下敷きになって死んだ人に比べれば…。だから、タイのあの子供たちの救出のために、ボランティアなどをしてまで、何かしてやろうという気にはなれない。自業自得、因果応報があまりにも過ぎるのではないか?

もちろん、洞窟で死ねばよかったのに…とは思わない。でも、無事救出されることを祈る前に、まずは、救援のために危険なことをあえて行なう人たちの無事を祈るだろう。

「ソイレント・グリーン」を見終えたあと、NHKの夜10時からの番組が、このタイの救出劇を取り上げていた。現地から報告する女性記者が、子供たちやコーチを責める声はタイには「まったくない」といった趣旨の発言をしているのには驚いた。そんなバカな話があるだろうか? 死んだダイバーの家族も批判していないとか……。仏教国だから? 全員救出をただ、「美談」として取り上げようとするNHKのあまりに単細胞的な底意がミエミエのシナリオというしかない。少なくとも、「子供たちやコーチ」を責める声はタイにだってあるはず。ネバーセイネバーの原則を忘れた単純な人でないと、そんな妄言は吐けないだろうに…。

救出された子供たちやコーチは、生涯、己の身勝手な行為のために、一人のダイバーを殺したことを「罪」として自覚して生きていくべきだろう。人を殺しておいて、自殺などをするのは許されない。心改め、二度とそういう軽はずみなことをしないと誓い、人生に真摯に向き合って生きていくなら、まだ、禍福は…となることも可能かもしれないが……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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2018'07.11 (Wed)

ジキルとハイドの辞書論? 『広辞苑』より役立つ辞書とは? 学校図書館には幅広い語彙を習得するためにも、『広辞苑』より、『新修 隠語大辞典』を置くべきだ!?








ジキルとハイドの辞書論? 『広辞苑』より役立つ辞書とは? 学校図書館には幅広い語彙を習得するためにも、『広辞苑』より、『新修 隠語大辞典』を置くべきだ!?
(2018・7・11)




『広辞苑』より面白い辞書があるとのことで、 『新修 隠語大辞典』 (皓星社)を手にして拾い読みをした。900頁近い本。『広辞苑』よりは薄くて役立つ?

(こんな内容)→警察・検察関係の資料から雑誌資料まで、明治以降に出版された隠語辞典・隠語関連文献の各文献の見出し語を五十音順に改編した辞典。 見出し語は約20000件、総データ件数は約70000件を収録。 五十音順による配列で、同音の語は語釈をもとにしたグループ、年代順により配列。時代による語釈の変遷、文献による語釈の移動の比較が可能。また、資料として、通り符牒一覧と各種商人間の符牒を収録。

文字は広辞苑より小さい? 若い時でないと読めない辞典?

適当に広げて見ると…。 「あおかん」「ちちくりあう」はもちろん知っていたが、 「やちもろ」なんて初めて聞く言葉だが、いろいろとあるようで?
「風呂に入る」という意味(隠語)に、そんな深い意味があるとは? 「刑事として知っておくべき隠語」とか? 昇任試験問題に出たのか? 「風呂に入る」とはどう意味か? 「強姦」だそうで?

そのほか「おめさん」とは? ふうむ…なるほど。

とにもかくにも、頁を開くたびに知らない言葉が多々出てくる。お値段も高い辞典。小学校、中学校はともかく、高校には広辞苑と並んで図書館に置いておくべき辞典といえよう(?)。

あなたの愛読書とか、枕元に置いている本とは?と聞かれたら、これからは、 『新修 隠語大辞典』 と答えるようにしたらいいのではないか? 教養ある人物と思われること間違いなし?
永田守弘氏の『官能小説用語表現辞典』 (ちくま文庫)もナイスな本だが…。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
06:04  |  読書  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2018'07.10 (Tue)

『隣人。38度線の北』『隣人、それから。 38度線の北』 が写しきれていない北朝鮮の「真実」を求めて…








『隣人。38度線の北』『隣人、それから。 38度線の北』 が写しきれていない北朝鮮の「真実」を求めて…
(2018・7・10)



初沢亜利氏の『隣人、それから。 38度線の北』 (徳間書店)を読んだ(見た)。

前著『隣人。38度線の北』 (徳間書店)は以前論評ずみ。まずはそれを以下再録。



2013'02.18 (Mon)
蓮池薫さんと北朝鮮


昨日・今日(日・月朝)とNHKの深夜便で蓮池薫さんのインタビューが放送されていた。朝4時すぎからの放送…なので、昨日今日と「寝ぼけ眼」ならぬ「寝ぼけ耳」で起床前の寝床でところどころ聴いた。
彼が書いた北朝鮮回顧録『拉致と決断』 (新潮社)は大変優れた著作であったことは、以前本欄で紹介したとおり。ラジオでも、先に夫婦で帰国し、日本に残ることを決断したものの、子供を取り戻すのに一年以上の時間が経過し不安に思ったものの、自分の親から、俺たちは24年待ったんだぞと言われた云々の回顧には、ふむふむと。

ところで、初沢亜利氏の写真集『隣人。38度線の北』 (徳間書店)を読んだ。
著者は1973年生まれの写真家。基本的に北朝鮮当局の「容認」したところを撮影した写真集である。日本に帰国したら公安調査庁の人(女性)が話を聞きたい云々との接触もあったそうな。そのやりとりは、公安に対して批判的に記されている。
一方、朝鮮総連などには取材の便宜をはかってもらったりもしているが、向こうでは人情ある対応をしてくれる関係者もいたそうな。平壌ばかりでなく田舎も写したいと要求したりして、一部叶えられたりもしたという。このあたりちょと「二重基準」を感じないでもない。

また、日本政府は「対話と圧力」といいながら、圧力一辺倒ではないかと批判もしたりしている。
そして、北の田舎の農地を見て、「これだけの農地がありながら全国民約2400万人に食料が行き渡らないのは、やはり干ばつや水害のせいなのだろう。農業インフラの設備さえ整えばこの国に餓死者が出ることもなくなるのではないかと改めて考えた」と記すのは、いかがなものか?

李佑泓氏の『どん底の共和国 北朝鮮不作の構造』 (亜紀書房)はかなり昔の本であるが、農業を進める上で根本的な誤解が北朝鮮当局にあるが故の不作であるとの構造的欠陥も見落とすべきではない。李氏は北朝鮮現地に出かけ、専門家として観察している。北当局の「説明」の嘘を見抜くだけの専門的知識も持っていた。少なくとも、干ばつや水害だけが理由で餓死者が出ているわけではない。
また核開発などしなければ、それこそ「農業インフラの設備」なんかもっと早く完成しているだろう。コスト的にも。
日本も含めて諸外国の援助もえられただろう。にもかかわらず、今日、あまりにも北朝鮮が非常識な愚鈍国家になっているのは、すべては指導者の独善故ではないか。「対話」を拒否して「圧力」(核武装推進)ばかりやっているのは、日本ではなく北朝鮮のほうであるという簡単な図式を無視してはいけない。

この写真集は昨年12月に上梓されているが、「テレビのニュースで金正恩第一書記の現地視察の映像が流れた」「日本では数十秒しか見たことはないが、実際には30分近くも延々と細かく報じるのだ。それまで強面だったドライバーが箸と茶碗を持ったまま、我が子の活躍を見守る父のような微笑みで、画面に吸い寄せられるように見入っていた。昨年の訪朝時、金正日総書記の現地視察の映像を見る人たちは、皆背筋を伸ばし緊張した表情だったことと比べると、新しいリーダーが国民にとって親しみやすい存在であることが読み取れた」という。

しかし、こういう褒め方はあまり論理的ではなかろう。日本でも首相や大臣が地震被害者を見舞うなんてことはあるし、天皇陛下が行かれる時もあるが、ニュースではちょこっと流れるだけ。そういうものだろう。それを延々30分も流す? 「画面に吸い寄せられる」? 「親しみやすい存在」?

物は言いようではあろうが、所詮は「独裁者」。核実験に邁進し、同じ民主主義後進国の中共からさえも注意を受けるありさま(中共だって、毛沢東時代に、人民が餓死してでも核開発に躍起となったものであるから偉そうなことがいえるはずがない。北朝鮮は中共を見習って後をついてきているだけ?)。

「異常」な事態に対しては、「異常」と言い切る知的勇気を持ちたいものだ。迎合することなく!

戦前戦時中の日本にも「明るさ」があったのと同様に、北朝鮮にもこの写真集で紹介されているようなニコヤカな表情があるのも否定できない事実であろう。しかし…である。部分的現象の一般化は無理である。といっても、著者はその点は読者に強要はしておらず、「この写真集にも一定の偏りがある。そのような前提で見ていただいた方がむしろ安全であろう」と記している点は同感する。

また映画「めぐみ」「ディア・ピョンヤン」「クロッシング」を見たとのこと。僕も見ている。「ディア・ピョンヤン」は本ブログでも少々「酷評」したが、所詮は自業自得というか、因果応報であり、恵まれた帰国者たちの贅沢な私的な悩みをもっともらしく作品化しただけである。ちょうどこの写真集に出てくる北朝鮮の成分のいい人たちの家の中(テレビなど揃っている)を見せられたようなものである。

「クロッシング」が描いたような北朝鮮の悲惨な事実(韓国では無料配布されるような病気のクスリが買えず手に入らず中国に出稼ぎに出かける夫、そして妻の病死、息子の脱北の失敗…)は、残念ながら、この写真集には出てこない。あまりに大きな「偏り」であるというしかない。

そういえば、遊園地ですれ違った美女を撮影し、それから一時間後に再び遭遇して「運命の再会」とばかりに声をかけ、夢中で撮影したとのこと。ふうむ?
その美女の 指にはピンクのマニュキュア。着ている服にしても、手にしているバッグにしても肩に掛けているバッグにしても、「素人」には見えない?
北朝鮮という国は、こういう外国人カメラマンの撮影のためにモデルコースに「モデル」をさりげなく「配備」するのはお手の物でもあるかもしれない。偶然の出会いと思ったら大間違いであることもありうる。

以下は『拉致と決断』の書評の再録。蓮池氏が北朝鮮で「見た」食料を求める子供たちの姿やアパートのベランダでさえ、鶏やアヒルを飼っていた例は、この写真集には出てこない。蓮池さんが生きていた北朝鮮といまの北朝鮮とは違うということもありうるが……。


北朝鮮による拉致被害者である蓮池薫氏の『拉致と決断』 (新潮社)を読んだ。感涙の書。お兄さんがすっかり、北朝鮮に甘い、あっちの陣営(?)に行ってしまった感があり、弟さんは?と思っていたが、この本は今年(2012年)読んだ本の中でもベスト3に入るぐらいの重みのある本だった。

まず、こういう北朝鮮「抑留記」は、体験した人でないと書けない。日本人でも、シベリア抑留記などは沢山刊行されているし、そのほか、共産圏から脱出した亡命記なども多々出ている。学生時代から、そういう本を蒐集し読破してきたが、その中にあっても、本書は特殊である。

というのも、この人は全くの平時、平和な時代に、あまりにも理不尽の日本国から北朝鮮に恋人と共に強制拉致連行されている。心の準備もなにもないままである。
そして北朝鮮では「強制収容所」にこそは入れられなかったものの、「招待所」で隔離されての軟禁生活。「翻訳」などの仕事に従事させられている。やがて恋人とも結婚し、子供も生まれる。しかし、両親が日本人であることを知らせると、いろいろと成分が悪いということで差別されるから、在日帰国の朝鮮人のようにふるまう。子供にも拉致の事実を明かせないまま過ごすことになる。
それだけでもかなりのストレスであろう。

現代の日本社会にあって、さまざまなストレスが喧伝されている。パワハラの上司、セクハラの上司、受験や就職試験に落ちた、街中にはびこるマナーの悪い喫煙者、締切りや納期を守らない業者相手…。
だが、蓮池氏の北朝鮮での「孤独」と「ストレス」を思うと、日本に於ける日常茶飯事のストレスなど屁でもあるまいと思わずにはいられなかった。

 蓮池氏と僕はほぼ同世代。二十歳過ぎから40代にかけて「異国」で強制的に生きていくことを余儀なくされた。ノンポリだったということで、北朝鮮側の「洗脳映画」などを見せられていろいろと感じることもあったという。
 招待所では「最低限度の文化的生活」を営むことは可能であったようだ。餓死するような心配はなかった? しかし、地方に旅行した時、食料を求める子供たちの姿に心を痛めたこともあったという。また格差のないはずの共産世界で、あからさまな差別意識を持つ「党員」の姿や「党員」になるために必死になる若者の姿などに疑問を持つこともあったという。勿論、シベリア収容所にも気のいいロシア人がいたのと同様に、北朝鮮にも心優しい人々もいたそうな。

巷では食糧危機故にアパートのベランダでさえ、鶏やアヒルを飼っていた例もあったそうな。蓮池氏でさえ、食料事情が悪化した90年代以降はトウモロコシが一粒落ちていても拾うようになったという。

それはさておき、翻訳の仕事のために手にした日本の新聞に、拉致被害者救出活動の記事が出ていて、そこに自分の親の姿(写真)を見たこともあったという。たまに放映される国際スポーツ試合で、日本が勝った時の喜び…。
平和な日本に過ごしていると、僕のような人間でさえ、国家や家族の絆云々などを煩わしく思うことさえあるが、北朝鮮に拉致された蓮池氏にとっては、そうした新聞記事の写真やスポーツ大会の結果が辛うじて祖国と家族の細い糸、絆であり、それにしがみついて生き抜いてきたともいえよう。また孤独に一人、ゴルフボールの代用品などを作ったりしてその遊びに興じたりすることも…。その心情たるや、想像するだけで切ないものを感じる。

一方北朝鮮側は拉致を認めるしかなくなってきた時、蓮池氏に、拉致されたのではなく、浜辺にあった無人のモーターボートにふと乗って海原をめぐっていたらエンジントラブルになり漂流し死の恐怖にとりつかれたところを、北朝鮮の船(工作船)に助けられて北に行き、幸せに暮らしました…云々ということにしようと提案されたという。

蓮池氏はそんな論理の飛躍した話は通用しないといったものの、向こうは「納得させる必要なんてない。決めたものを貫き通せばいい。最終的に日本側は認めざるを得ないのだから」と開き直ったという。そのストーリーを記者会見で話すための練習を繰り返し「嘘の経歴が本当に思え、自然に話せるようになった。正直、そんな自分が怖かった」と述懐している。

共産主義者が怖いのは、こういう嘘を平気の平左で強要したりしゃべったりすることだ。南京大虐殺云々は無論のこと、拉致問題や北朝鮮問題ではそういう嘘(「地上の楽園」論など)を垂れ流し、日本国内にもそれに順応する進歩的知識人が小田実以下輩出したものだった。
招待所には日本語図書も多々あったという。それを読むことを義務づけられてもいた。「早く勉強すれば、早く日本に帰れるかもしれない」という指導員の言葉もあり、安井都などの北朝鮮賛美本を手にしたという。

「不思議なことに、読んだ私はこの人たちへの嫌悪感よりも、ほのかな安心感を覚えた。反日の権化のような北朝鮮もすべての日本人を憎み嫌っているのではないということがわかり、この身の安全と、ひょっとしたら日本に帰れるかもしれないという淡い期待を持ったからだ」と。
バカとハサミは使いようというが、バカと進歩的文化人も使いようか? 

北朝鮮での生活が長くなると、それなりに対応もし、官僚的対応をする一部の地方役人に対して、あたかも特権のある外国人旅行者のような顔をして、対抗する術を持ったりもしている。

ともあれ、人生、ジキルとハイド、得るものがあれば失うものがある、失うものがあれば得るものがある…とはいえ、自己責任でも因果応報でもなく、一方的に拉致され北朝鮮での生活を余儀なくされた蓮池氏の半生は何とも言えない「内容」である。
奥さんの手記や、他の拉致された人々の手記なども合わせて読みたいものだ。横田めぐみさんは無論のこと。拉致被害者の一刻も早くの帰国を、奪還を!(以上転載再録終了)



初沢氏の今回の写真集はその続編。前著に対して持ったのと同じような感慨を抱いた。冒頭、市民男女。みんな金バッジを胸にしている。顔自体はにこやかだが? 女性は中年以降。化粧している感じはない。文革時代の中共の女性と瓜二つ? そのあと、若い男女のカップルやら商店ガールなどは、ちょっと化粧もしていて「美人」? 裕福な帰国者一家の子供の部屋には、日本のサッカー選手(在日?)のユニフォームなども壁にある。 モデルコース? 地方もちょこっと…。

2016~2018年に滞在して、撮影した写真集のようだ。空港でスマホを没収されたそうな。その中には、前著を刊行したあと、接触してきた日本の公安関係者の連絡先などもあったそうな…(不注意?)。

まぁ、そういうことはともかくとして、「案内人」つきの取材撮影であることはいうまでもない。

彼らは「通訳」「行動の監視」「トラブル回避」のための要員であったと記している。「人を撮ることが禁じられているのではない。写された人が不愉快になり起こりだすような撮り方が駄目なのだ」との説明はちょっと疑問。


安倍首相は拉致問題などは「自らの政治家としての成功に利用するネタに過ぎないのではないか。周辺国が朝鮮半島の平和への舵を切る中、対応策が見つからないのは、北朝鮮をはじめから国家として見ていなかったからだ」し,「日本は周辺国の対北外交において、蚊帳の外にすらいなくなった」と断定するのは単純すぎる見方でしかあるまい。

「ここ数年で私が取り組んだ東北の被災地、沖縄での撮影には一切の制限がなかった。北朝鮮での撮影は逆に制限しかない。ガタガタ道を走る車内で汚れた窓の内側から撮影した写真も多い。構図を選ぶひまもない」「制限下での瞬間芸に近い撮影では両面の細部を制御できないことのほうが多い」とのこと。

「撮影には一切の制限」がないという日本の民主主義にもう少し感謝したほうがいいのではないか?と思った。

こういう写真集は、たとえば、オウムの富士山そばのサティアンを撮影した「写真集」にも匹敵するものではないかとふと思った(そういうのがあるかどうかは未確認)。

あそこをオウムの監視下で撮影したならば、どんな写真集ができるだろうか?

明るく「サリン」を製造している(もちろん、何を製造しているかは、その時は明らかにされずに…だが)女性の笑顔やら、日焼けした青年の顔や、瞑想して修行に励む人たち…。いかにも、この北朝鮮の「表面」をなぞっただけの、そこそこ明るい、そこそこ躍動するオウム真理教の信者の姿が写し撮られることだろう。だが、そんな写真集は、所詮は表向きだけのモノ。監視人が脇について撮影しているカメラマンを見れば、北朝鮮の「市民」たちも身構えて、にこやかにもなり、表情もひきしめたりするだろう。

どう見ても、「記念撮影」レベルのものが多いと感じるしかない。

一方、ネットにはこんなものが…。

21枚の写真で見る、金正恩氏が見せたくないであろう北朝鮮のリアルな ...www.businessinsider.jp/post-168510 - キャッシュ
2018年6月4日 - 金氏は、この隠者王国を軍事力、原子力、反欧米感情のよりどころとして世界に示すべく奮闘しているが、日々の生活の実情は厳しい。 大半の国民が貧困に喘ぎ、数万人が政治犯として拘束され、政府は生活をあらゆる面で厳しく管理している ..-----こんな写真もあるようなので、こちらも見るといいかも。

人民大学習堂を利用する人たち--の写真には、 「インターネットへのアクセスも少ない —— 人々は、平壌のこの図書館を含むほんの一握りの場所からのみ接続可能なクローズド・ネットワークを利用している」というキャプションも。

初沢氏の写真の中でも、通勤電車などの中で、スマホみたいなのを手にしているのがある。でも「完全オープン」なものじゃないことでしょう?

同じ著者の写真集『バグダッド2003』 (碧天舎)と読み(見)比べると…。イラク戦争前後のバグダッドが撮影されている。北朝鮮同様、独裁者がいて、選挙になると全員当選、百%投票の国家でも、出てくる写真はかなり異なる。

開戦直前の時期、「原則的には、監視人が同行する形でしか外国人は街を歩けないはずだった」が、ホテルから出ても「誰かが後ろをつけてくる気配はなく、軍人に出くわしても怪しまれるもなかった」という。
「カメラを片手に人々の群れに飲み込まれていく。すれ違う者は例外なく満面の笑みで語りかけてくる。『ハローミスター』『ウェルカム』街を挙げての大歓迎だ。この陽気さはどういうことか?」

だからこそ、この写真集のほうには、ナチュラルな市民生活の様子が写し出されている。北朝鮮の市民の、かしこまった、人工的雰囲気が漂う写真とは大違いだ。生気のあり、なし。

戦後のバグダッドにも出かけている。

「街中を車で走っても、爆撃された建物はほとんど見当たらない。省庁をはじめとする政府の建物だけが見事にピンポイントで破壊されていた。石油省だけが一切無傷であり、アメリカ政府の露骨な意図が感じられる」とのこと。

まぁ、そういう時には「アメリカ政府の一般市民に対する温かい配慮が感じられる」とも書いたほうがベターでは?

北朝鮮に対しても、そういうピンポイントで「悪」のみを除去して独裁者を追放できればよかっただろうが…?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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2018'07.09 (Mon)

『PTA不要論』 を言うならば『給食不要論』も言うべきかな? どちらも「選択の自由」を行使しても大丈夫なはずだから? 『PTA不要論』 を読んだら,次は関連書としては、 『ある日うっかりPTA』 『お色気PTA ママたちは肉食系』 『PTA 担任教師と母娘』 を読むべきか?







『PTA不要論』 を言うならば『給食不要論』も言うべきかな? どちらも「選択の自由」を行使しても大丈夫なはずだから? 『PTA不要論』 を読んだら,次は関連書としては、 『ある日うっかりPTA』 『お色気PTA ママたちは肉食系』 『PTA 担任教師と母娘』 を読むべきか?(2018・7・9)



黒川祥子氏の『PTA不要論』 (新潮新書)を読んだ。


任意団体に過ぎないのに、強制加入のように思われ、共働きで多忙なのに、つまらない会議ばかりやっていて、時間を取られ大変な思いをしている女性が多い…と告発した感じの本。

産経新聞の土曜日の書評欄に、担当編集者が自分が担当した本を紹介推奨するコーナーがある。この黒川さんの本を少し前のその欄で紹介されているのを読んだ記憶がある。ただ、少々変だったのは、担当編集者が「匿名」だったこと。この本を担当した人も、女性で、自ら体験したPTAに関する不愉快な思いを著者にも伝え、活字化されているので、名前を出すと拙いと判断してのことだったのかもしれない。

ともあれ、昔から、PTAは「パーとトンマの集まり」と思っていたので、著者の言い分にはふむふむなるほどと思うところも多々あった(このイニシャルの当て字って、川上源太郎さんの『学校は死んだ』や『親の顔がみたい』に出てきた話だったか? ちょっと記憶が曖昧だが)。

ただ、個人的にはあまり評価していない(?)木村草太さんのような憲法学者に依拠しての論の進め方にはあまり感心はしないけど?

それとPTAに参画しない、この組織に「一円」も払わないと決断したなら、PTA主催の大会などにも原則参加しないという「孤高」を親も子供も貫くべきだと思うが、そういう時には、「差別待遇」云々で裁判沙汰にまでするのを肯定する筆致にはちょっと疑問を抱いた。

労働組合に加入しなければ、当然、労組が主催するサークルなどには参加しないというポリシーを持ってしかるべきだと思う。まぁ、そういう労組が会社と労働条件を交渉して決まった賃上げ等々に関しては、労組員も非労組員も同様の措置を受けるというのはありえると思うが……。

また、『PTA不要論』 の次には『学校給食不要論』もあっていいかと思うが、PTAがそういう給食見直し論を展開しているのには、著者は疑問を表明もしている。

また、PTAにもいいところがあるというのは教育勅語にもいいところがあるというのと同じ理屈であり、ナンセンスだという識者の意見を肯定しているかのようだ。でも、それはちょっと言い過ぎかもしれない。スターリン、金日成にだって、いいところは消費税率ぐらいはあったかもしれないから。教育勅語にだって、いいところもあるだろう。なかなか百%悪というのはありえないのでは…。麻原も? うううむ…。

給食だって、ありきたりの「平等食事」はいやだ、アレルギーもあるからという家庭があってもいいではないか。昔に比べれば効率のいい炊飯器や電子レンジもある。コンビニ弁当だってある。弁当を作る手間隙は激減。昔は子供も多かった。何人もいる子供の弁当を作るのは、タイマーもない炊飯器では大変? でも、今はせいぜい、一人、二人、三人…。

親が作った弁当やコンビニ弁当が「学校給食」(大阪堺などで、よく食中毒などを発生して、児童を殺したこともあったよね?)より不衛生で危険だと決めつけるのは、PTA絶対必要論者同様、観念的な独善主義者の可能性が高い。

我が家でも妻が「長」のつかないレベルのPTAの役員をやったことは1~2回はあったそうな。パート労働者だったので、本書で出てくるようなフルタイムの女性労働者に比べれば、さほどの負担ではなかったのかもしれないが…。

まぁ、「パーとトンマの集まり」には、最初から参加しませんというのは一つの手ではあろう。一応入っていて、どうしても強要されそうになったら、脱会しますと言えばいいのかも。

ただ、会長なんかになりたがる人もいるようだ。政治家になろうと思う人なんかは、箔付けにもなるし、人脈形成にも役立つからか? そういうヒマ人で構成されればいいのだが。

本書でも、不動産収入があって、日中、汗水流して働かなくてもいい、余裕のある人が参画する例も少なくないという。松戸で誘拐殺人犯として逮捕され裁判中の男の話も本書には出てくる。この前、死刑を求刑されたのに無期懲役が地裁で下った(僕が裁判官なら、こんな奴、もちろん死刑判決を下すが…)。この人、保護者会の会長という立場だったそうな(PTAと保護者会とはちょっと違うようで?)。

こういう、「ブルジョワ」みたいなオッサンが会長なんかにうってつけの人物であるそうな。

あと、おや?と思ったのが、占領時代とPTAについて論じているところで、この『教育情報局(CIE)』が、PTAを奨励して普及していったと論じているところ。

この『教育情報局(CIE)』が「反共・反ソの立場を取る」と著者は指摘している。まぁ、教育基本法を強制したりしたのだから、「反ソ反共」といった決めつけもいかがなものかなと。イールズ旋風のイールズが顧問をやっていたから、共産主義者や容共リベラルたちは敵視しているのかもしれないが…。 「反ソ反共」なら、普通は「ナイス」では?

そういった、ちょっと単純な左巻き的(?)な決めつけが随所にある本だけど、まぁ、「パーとトンマの集まり」に参画したくないという気持ちは理解できないことはない…。

僕も高校や大学で、「パーとトンマの集まり」みたいな(?)民青や創価学会なんかに勧誘されても入らずにすんだし。あれも「任意」サークルだろうし……。強制加入はいかんよね。

「大学生協」だって、入る入らないは自由だったか? 民コロ、いや、特定「左翼」政治勢力と結びついているところの大学生協は「入会金」も高くて、割引率も低くて嫌だったけど、我が母校はそうではなく、わりと会費も安くて書籍の割引率もよかったかと。雑誌は15%引きでしたよ。だったら入ってもいいかと入ったものだった。

そのほか、ボランティア活動やクラブ活動も同様。あれも、青春の思い出として精を出すのが有意義だと見る向きがあるけど、そんなのしたくもないと思う人もいていいはず。

僕なんかタダ働きでしかない(?)ボランティアや、どうでもいい、集団徒党としてのサークル活動をする暇があれば、家で好きな音楽を聴いて、本を読んでいるほうがいいと思う性分。ツマラナイ「同調圧力」には屈しないほうなので…。その点のみ、著者の主張に若干の共鳴を抱くけど……。それ以上のものはなし。

学校での清掃活動とか、そういう全員参加型の「義務」の履行はもちろん大事なこと。だけど、アフター5ならぬアフター3(午後3時以降)は、塾に行こうが、クラブしようが、まっすぐ帰宅しようが自由なはず。高校生がクラブ活動をしないのはおかしいと息巻くリベラルな同級生が当時いたが、冗談はよせよと思ったものだった。

昔、社会人になってから寮生活をしていた時、どうでもイイことをアフター5に、議論し合おうなんていうのが好きな奴がいて、閉口したことがある。議論しても意味のないようなことを議論しようとする人が世の中にはいるのだ。本書でも、PTAの会議などがそんな感じだったようだ。その点は同情も覚えた次第。

まぁ、こういうマジメなPTA論の本を読んだあとは、霧原一輝氏の『お色気PTA ママたちは肉食系』 (二見文庫) でも読んで、お笑いでも?

(こんな内容)→赴任二年目の新任教師・崇士は、小学校のPTAを二分する派閥争いに巻き込まれることに。清楚な美人妻・慶子派とワイルドな社長夫人・珠実派──各陣営のお色気たっぷりな母親たちからさまざまな形で誘惑され、PTA行事の議決に圧力をかけられるが……。豊満な肉体が行間で躍りまくる書き下ろし官能エンターテインメント!

なかなか面白そうではないか?

グレッグ・オーアの『PTA 担任教師と母娘』 (フランス書院ノベルズ) もいいかも?

知らなかったけど、「PTA」って、「兄嫁」「未亡人」「女教師」「看護婦」「スチュワーデス」ほどではないけど、一定程度の「職業(分野)」として、「特定嗜好分野」の小説の世界では、流通しているようだ。

安達瑶氏の『暗黒調書: 闇猫・冴子』 (徳間文庫)は、PTAを舞台にしたサスペンス小説、杉江松恋氏の『ある日うっかりPTA』 (角川書店)なんてノンフィクション本もあるそうな。そのほか…映像部門ではもっと楽しそうな作風も?…。一冊の本を読むことによって、枝葉のように関心が広がっていく…。読書は愉しい?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

06:25  |  教育  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
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