古本虫がさまよう 90歳まで左翼と戦うのはなぜか?
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90歳まで左翼と戦うのはなぜか?
(2017・7・27・木曜日)



杉田水脈氏の『なぜ私は左翼と戦うのか』 (青林堂)を読んだ。
地方公務員として西宮市役所に十数年務めた体験から、職場における日本共産党の「赤旗」購読強要の実態などを告発。その後、日本維新の会から立候補し衆議院議員にもなる(いまは落選中)。保守派の女性論客として、反共リベラル的な視点から、内外のさまざまな問題についてシャープな見解を表明している。安易な難民受入れの問題点の指摘や、蓮舫さんの二重国籍問題や、単細胞的な男女平等論を批判したり…と。共感するところ大。

話は変わるが、女性議員(国会)といえば、高市早苗さんなどいろいろといる。最近、高市さんは離婚。もともと夫は「リベラル」なのに…と言われていた。政治思想信条が、同じ自民党議員といえども、少し違っていたのかもしれない。ご主人、村上誠一郎さんほど「ひどく」はないだろうが?

しかし、最近は「保守派」の間でも、いろいろと「格差」はあろう。ネオコンとコンサバ保守とは違うだろうし。天皇制度を支持するとしても、男系でないとダメという人と、女系でもいいじゃないの、存続するならという人もいるだろうし。
反ソ反中反北朝鮮でも福祉制度は拡充すべしという人もいるだろうし、原発大賛成でも天皇制度廃止論者もいるだろうし……。

でも、議会制民主主義を否定しがちで、少数デモによって多数派を繕うノイジーィマイノリティ型の画一的な左右の全体主義(右翼&左翼)煽動者には厳重警戒が必要だろう。その意味で「左翼と戦う」ことは大事。

まぁ、我が家は幸い、家族全員タバコを吸わないので…(そもそも結婚というか、女房と付き合いだした時に最初に相手に確認したのが喫煙するかどうかだったが…)。最低限度の共通する価値観は有している? 結婚したとき吸わない人だったのに、結婚してから吸うようになったので離婚するというのは正当な理由になるだろう(か?)。

それにしても、思想信条がほぼ一致しても、趣味が異なることもある。まぁ、人それぞれ。多様な価値観を容認しつつも、「あなた方とは価値観が違うんです」と言い切ることも大事だろう……。

その意味で、郡山史郎氏の『90歳まで働く! こうすれば実現できる!』 (WAC BUNKO・ワック)もいろいろと読者によって読後感が違う本かもしれない。面白く一読。

古女房からは、「あんた、稼ぎが悪くなったから、その分、70歳まで働きなさい」と言われ、ヤクルトが負けた翌日の夕食は作らない--と宣告もされているのだが、(よく負けた?)。こういう本を読むと、「その通り、90歳まで働きなさい!」といいかねない? 著者は元ソニーの重役(いまは「重役」という言葉は死語で「役員」というべきなのか? 僕なんかは源氏鶏太氏の『三等重役』なんて本を思い出すので。あの本は中学生の時読んだ。分厚い新潮文庫で)。自らの職業体験をもとに綴った人生・職業論。出井伸之と社長レースを争ったこともあり、NHK「プロジェクトX」にも登場したことがあるという。いまは傘寿を超えている。

以前、内館牧子氏の『終わった人』 (講談社)を一読し紹介したことがあった。以下一部再掲載。

内容紹介→定年って生前葬だな。衝撃的なこの一文から本書は始まる。大手銀行の出世コースから子会社に出向させられ、そのまま定年を迎えた主人公・田代壮介。仕事一筋だった彼は途方に暮れる。年下でまだ仕事をしている妻は旅行などにも乗り気ではない。図書館通いやジムで体を鍛えることは、いかにも年寄りじみていて抵抗がある。どんな仕事でもいいから働きたいと職探しをしてみると、高学歴や立派な職歴がかえって邪魔をしてうまくいかない。妻や娘は「恋でもしたら」などとけしかけるが、気になる女性がいたところで、そう思い通りになるものでもない。これからどうする? 惑い、あがき続ける田代に安息の時は訪れるのか? ある人物との出会いが、彼の運命の歯車を回す──。シニア世代の今日的問題であり、現役世代にとっても将来避けられない普遍的テーマを描いた話題沸騰必至の問題作。


冒頭書き出しは、63歳の役員定年で専務をやめてハイヤーに乗って自宅まで戻ることになる男の回想から始まる。なんだ、専務で退職するなんて恵まれているじゃないかと。しかし、東大法学部を出て、大手トップ銀行に入り、順調に出世街道を走っていたのに、50歳を前に社員30人程度の子会社に出向、そして退職転籍で、その子会社の専務止まりでサラリーマン人生を終える…というお膳立て。それでもまだ恵まれている? 退職するまで年収は1300万あったということだし……。
とはいえ、いかにもありそうな定年退職者の試行錯誤の生き方が、出身地(東北盛岡)と石川啄木の歌を交錯させつつ、うまく描かれている小説と感じた。新聞連載小説だったようで、「濡れ場」はとくにないのだが、そこそこの「不倫」も……。そういった定年退職者の男の「妄想と悲哀(?)」を描いた作品としては、霧原一輝氏の『息子の嫁』  (二見文庫)などもあったかと?
ともあれ、退職して、妻と仲良く温泉旅行でもしようと思ったら、片手間とはいえ、仕事をして忙しいので相手にしてもらえない……。お中元も激減…。そんな退職後の男の物語……。いろいろと定年後の「生きがい」を求めて右往左往しているうちに、思いもかけずに…と。

郡山氏は、そうした小説とは多少は似通った体験をしている。大企業の役員、子会社への出向…など。しかしそのあと「新入社員」となって再就職したり…波瀾万丈の後半人生を展開中のようだ。

20代、30代よ、人生後半戦は楽しいよ!
40代、50代よ、定年なんか怖くないよ!
60代、70代よ、君たちはまだ若いよ! ──と言いたい! とのこと。「終わった人」にはなるな--ということであろう。 まぁ、死ぬその時が、「終わった人」になるときだろうが…。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!


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