古本虫がさまよう 劉暁波さんや上林暁さんの夢は実現したのだろうか? いつ実現するのだろうか?
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劉暁波さんや上林暁さんの夢は実現したのだろうか? いつ実現するのだろうか?
(2017・7・16・日曜日)





昨日、紹介した、劉暁波氏の『最後の審判を生き延びて 劉暁波文集』 (岩波書店)は2011年刊行だが、もう品切れ絶版なのだろうか? アマゾンでは中古しか出ていなくて、定価の二倍の価格が提示されていた。発行人は、山口昭男さん。当時の岩波の社長。まだ「良心的」だった人。北朝鮮バンザイ路線の従来の「世界」路線を若干なりとも修正した時に「世界」の編集長をしていた人でもあるから訳出されたのだろうか?
しかし、訳者が、ノーベル平和賞の意義などを低下させる余計な一言を書いているのがマイナスだが? 共産圏の政治権力者に遠慮する物言いには辟易? ともあれ緊急復刊するのかな? 岩波現代文庫で出す? だったらみっともないから、訳者あとがきは「修正」したほうがいいね?


それにしてもこの一節…。

「愛する妻よ、君の愛があれば、私はやがて下される審判に穏やかな気持ちで向き合うことができ、自分の選択を悔やむことなく、明日という日を楽観的に待ち望むことができる。私は、自分の国が自由に意見を述べることができる場所になることを待ち望んでいる。そこでは、国民一人一人の発言がすべて同じように大切にされるのだ。そして、異なる価値、思想、信仰、政治的見解……それらがお互いに意見を闘わせながらも平和的に共存できる。多数意見と少数意見のいずれも平等に保障され、特に権力者の政治的見解と異なる意見が十分に尊重されて守られなければならない。あらゆる政治的見解は陽光の下で明らかにされ、民衆からの選択を受け入れて、国民の一人一人が何の恐れもなく政治的見解を発表することができ、異なる政治的見解を発表したために政治的迫害を受けるようなことが決してあってはならない。私は、自分が中国で連綿と続いている言論弾圧の最後の被害者となり、今後は言論を罪に問われる人が二度とないように望んでいる」

「私は、自分が中国で連綿と続いている言論弾圧の最後の被害者となり、今後は言論を罪に問われる人が二度とないように望んでいる」との夢はまだ実現しないだろう。第二、第三の劉暁波が出てくるのは必至。

ともあれ、昨日(土曜日)は、朝は午前4時前に起きて、若干仕事(書類整理)をして、それから冷凍水と共に外出。神田の東京古書会館では買いたいものはなし。
車中、上林暁氏の『故郷の本箱』 (夏葉社)を読んでいたのだが、住居のあった阿佐ヶ谷界隈、中央線沿線の古本屋や古本市を散策した時のエッセイが大変面白い。ということもあって、久しぶりに荻窪へ足を伸ばした(あいにくと、高円寺の古書会館では古本市もなかったこともあり)。

荻窪駅で下車して、ささま書店などに向かいかけると、地上に出てすぐのところに「青空喫煙所」がある。以前は完全に「青空」で、そこで吸う悪臭が、駅構内にまで漂いかねないものがあった。いまは、ガラスの仕切りを若干しているが「ルーム」でもなく「建屋」のレベルにも達していない。さらにその少し先にバス停がある。バス停でバスを待つ間も、風向きによっては「悪臭」を嗅がされる恐れが大。杉並区役所は何を考えているのだろう。こんな「青空喫煙所」など、ナンセンスということがわからないのか? もう少しマトモなものを作れといいたい。せめて、バス停よりもっと、阿佐ヶ谷寄りのほうに作るならまだマシだろうが。「非喫煙者」の心情を理解しないにもホドがある。

ともあれ、ささま書店など覗くが買いたいものはなし。

近くの地下道を通って反対口へ。ブックオフに行こうとするとこちらのバス停にも青空喫煙所が。バスから降りると目の前にある。ここは仕切りもない。なんでこんな不特定多数が行き来するど真ん中に喫煙所を設置するのだろう。バスを待っている間利用出きる? 区民じゃないので、図書館カードも作れないし、一瞬通りすぎるだけだからまだしもだが(?)、非喫煙者でタバコの悪臭が苦手な住民だったら、毎日利用するところにこんな「建屋のない青空喫煙所」が跋扈していたらタマラナイだろう。

ともあれ、ブックオフへ。人口密集地ということもあるのか、フランス書院文庫はじめエロス文庫の棚は充実している(?)が、特に買いたいものはなし。古着コーナーも見るが、特に買いたいものはなし。古着コーナーは、関内や渋谷や辻堂や町田のブックオフのほうが、広くて充実している?

それから五反田古書会館へ。

宇都宮徳馬氏の『七億の隣人 日中問題を現実的に考えよう』 (東潮社)、俵孝太郎氏の『日本共産党首脳部』 (太陽)、乾孝氏の『ある戦後 心理学者の自伝的回想』 (思想の科学社)、乾孝氏の『ある幼年』 (いかだ社)、榎本隆一郎氏の『回想八十年 石油を追って歩んだ人生記録』 (原書房)、河上光一氏の『中国から見た日本』 (日本教文社)、井上正蔵氏の『私のシュトゥルム・ウント・ドラング 「詩と真実」から』 (新日本出版社)山口健助氏の『青春無頼』 (非売品)、暁剣氏の『滄桑 中国共産党外伝』 (中国書店)を購入。バカスカ買ってしまった?

そして帰宅。仕事の書類を読む気力もなく、テレビニュースを見たり、ビール、スペインワイン、ニッカ…。あと、上林さんの本を読了。山本善行さんの編纂ということもあってか、古本エッセイが大変良かった(そういえば、山本さんがやっている、京都大学近くの古本屋「善行堂」も数年前に一度寄ったきり)。

山王の古本屋の「おやじ」(関口良雄さん)のことも出てくる。当時は荻窪の「古物会館」というのがあって、そこで古本市もよくあったそうな。郷里に本を送り、余生(残生)を故郷でそれらを読むのを楽しみにしたりとか…。

病気療養中、午前執筆、午後昼寝、夜散歩の生活をしていて、散歩がてら「古本屋に立寄って、一冊二冊の掘出物を抱えて帰るのを、唯一の慰めにしている。現在の私には、是非買いたいと思う本、欲しくてたまらぬ本が、別にあるわけではない。ただ、漫然と、古本屋へ寄るのである。戦争前も、戦争中も、戦争後も、古本屋歩きは、私の最大の道楽だった。ことに空襲下の東京に踏み留まっていた時は、古本漁りが救いでさえあった」とのこと。僕も「最大の道楽」。

そして昭和16年に書いたエッセイで、「若し仮りに僕が老後のたのしみを予想するとすれば、少年の日に愛読した本をもう一度読み返したり、愛読したいと思いながら果さなかった本を読んでみたりすることであるかも知れない。そしてそのために、これから集めようと思う本が役立つにちがいない」と書いていた。30代終りの頃のエッセイ。

喜寿まで生きていたから、その夢は実現したのだろうか? 僕が「少年の日に愛読した本をもう一度読み返す」となると、 『女教師』 (フランス書院)とかになるのか? いやいや、 『ヘルマンとドロテーア』 (新潮文庫ほか)とか、『ヘンリ・ライクロフトの私記』 (新潮文庫ほか)とか、 『河合栄治郎全集』 (社会思想社)とか?
ピーター・ヴァーテルの『少年の日』 (角川文庫)は「文字通り少年の日」の物語。ふふふ? でも読んだのは中年になってからだったか? 『おもいでの夏』(角川文庫)以上に、戦争と未亡人と少年の物語。カバーイラストが刺激的で秀逸なり。フランス書院文庫や双葉文庫もびっくり? この『少年の日』は都内図書館だと、目黒区と杉並区とが所蔵しているようだ。是非借り出して読まれるといい? さきほど「日本の古本屋」をみたら、500円で出している古本屋が二軒あった。安いではないか。買ってもいいかも。名作なり。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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