古本虫がさまよう 「容共リベラル」「反共リベラル」「美女のからだの上」を通りすぎた人たちの興味深い人生とは?
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「容共リベラル」「反共リベラル」「美女のからだの上」を通りすぎた人たちの興味深い人生とは?
(2017・7・5・水曜日)





北朝鮮がついにICBMを持った? それは、トランプさんもびっくりする金正恩のフェイクニュースなのかも? ともあれ、イラク戦争で、フセインを打倒しておいた分、中東での核拡散は若干ストップした感がある。もし、90年代の前半、クリントンが同じように北朝鮮をちゃんと攻撃していれば、今日のような問題は生じなかっただろうに……。残念な限り。

ともあれ、いまだに「憲法9条」を「非武装」を規定したものとみなしたいと内心思っている「容共リベラル」「共産主義者」たちのノーテンキごっこはもう限界なのでは?

さっさと9条を改正しようではないか。「加憲」? それでもいいから、とにもかくにも、自衛隊(国防軍)を合憲と明確に規定し、自衛隊を「違憲」だなとノーテンキな解釈をもてあそぶような憲法学者などは一掃できるように改憲すべきだろう。

それはさておき、宮田昇氏の『出版の境界に生きる 私の歩んだ戦後と出版の七〇年史』 (太田出版)を、図書館で借りて読んだ。

内容紹介→受け継がれるべき出版人の遺伝子。 「本を生み出す」という目的のために、様々な障壁をものともせず、未来へとつながる道を切り拓いた人々がいた──。 編集者、翻訳権エージェント、著作権コンサルタント、児童文学作家として歩んだ著者による、個人史としての出版史。 様々な出来事に直接間接に関わってきた著者がはじめて明かす「そのとき何が起こったか」。 混迷の時代を一歩ずつ踏み分けてきた先人たちの足跡は、大変革期の真っ只中にある現在の出版界への大いなる指針となる。
著者について→1928年生まれ。編集者、翻訳権エージェント、著作権コンサルタント、児童文学作家(「内田庶」名義)。戦後、「近代文学」編集部を経て、52年から早川書房の編集者となりハヤカワ・ポケット・ミステリを創刊。55年に退社し、チャールズ・E・タトル商会で翻訳権エージェントとなる。67年、矢野著作権事務所創立に関わり、70年、日本ユニ・エージェンシーと改称して代表に。91年、日本ユニ著作権センター創立。99年に『翻訳権の戦後史』で第21回日本出版学会賞、2002年に第23回著作権功労賞を受賞。 おもな著書は、『翻訳出版の実務』(日本エディタースクール)、 『翻訳権の戦後史』『図書館に通う』『敗戦三十三回忌――予科練の過去を歩く』『戦後「翻訳」風雲録』『小尾俊人の戦後』(以上みすず書房)ほか。


前半はある種、自叙伝。「はじめて明かす?」。いままで同じテーマで何度か書いてきたのでは?
『翻訳権の戦後史』 (みすず書房)や『戦後「翻訳」風雲録―翻訳者が神々だった時代』 (本の雑誌社) などは以前一読したが、記憶はかなり薄れているものの……。

「近代文学」「南雲堂」をへて早川書房入り。そしてタトル商会で翻訳権業務などを。そして日本ユニ・エージェンシー…と。そのあたりは、最近、読んだ書籍編集者の回顧録などと重複するところもあり興味深いものがあった。
明治大学中退だが、口利きで出版社に入ろうとしたら、平凡社は東大文学部の5番以内に入らない奴は要らないとのことだったとか。河出書房は中退者はダメと。ううむ…。こういうのはやはり学歴社会の弊害? 早川書房はそんな態度ではなかったので採用されたとのこと。翻訳の裏舞台などに関しては、当時の開拓者でもあり、そのあたりは、この人でないと書けない分野でもある。ただ、後半は「講演録」などをくっつけて一冊にした感が否めない。

編集者としての自叙伝としては、戸川安宣氏(空犬太郎氏編)の『ぼくのミステリ・クロニクル』 (国書刊行会)、高橋輝次氏の『ぼくの創元社覚え書』 (龜鳴屋)、大澤正道氏の『アはアナキストのア さかのぼり自叙伝』 (三一書房)のほうが面白い。早川書房出身者の自叙伝だと、生島治郎氏の『浪漫疾風録』 (講談社文庫) や、常盤新平氏の『翻訳出版編集後記』 (幻戯書房)などが、早川書房時代の編集生活を振り返ったところもあったかと。

それはともかくとして、1928年生まれの宮田氏とほぼ同年齢の、1927年生まれの小沢信男氏の『通り過ぎた人々』 (みすず書房)を読んだ。

内容紹介→花田清輝に見いだされ、学生のころから新日本文学会の事務・編集に携わり、2005年3月の解散時まで半世紀にわたって在籍した著者が、そこで出会った人々の思い出を書き残しておきたいと綴った。井上光晴、小野二郎、菅原克己、藤田省三ほか、とりあげられた18名はすべて物故者。
「自主独立的に誇り高い人々であったなぁ。団体なのに独往邁進、ではなくて、独往邁進する連中の団体が、あるときあり得たり、あり損ねたり。そんなおかしな空間と時間が、とにかくあった証拠の18例です。あぁ、おもしろかったなぁ。しょせん時勢はくそいまいましいまでにせよ、こんな人と時代があったことを、いささかお汲みとりいただければ、もって瞑すべし」
新日本文学会とはなんだったのか。軽妙なタッチでペーソス豊かに描かれた追悼録から、戦後日本を代表する文学運動体の盛衰が浮かび上がる。
出版社からのコメント→花田清輝に見いだされ、学生のころから新日本文学会の事務・編集に携わり、2005年3月の解散時まで半世紀にわたって在籍した著者が、そこで出会った人々の思い出を書き残しておきたいと綴った。井上光晴、小野二郎、菅原克己、藤田省三ほか、とりあげられた18名はすべて物故者「自主独立的に誇り高い人々であったなぁ。団体なのに独往邁進、ではなくて、独往邁進する連中の団体が、あるときあり得たり、あり損ねたり。そんなおかしな空間と時間が、とにかくあった証拠の18例です。あぁ、おもしろかったなぁ。しょせん時勢はくそいまいましいまでにせよ、こんな人と時代があったことを、いささかお汲みとりいただければ、もって瞑すべし」(「あとがき」より)
新日本文学会とはなんだったのか。軽妙なタッチでペーソス豊かに描かれた追悼
録から、戦後日本を代表する文学運動体の盛衰が浮かび上がる。


北朝鮮贔屓というか、北朝鮮の代弁者でしかない、このクソバカ野郎なんていう編集者も出てくるが、まぁ、左翼人、アナーキストなど、僕も自叙伝を積んどくしている、興味を持っている人なども何人かが登場。そういう、一家言のある人たちとの交友の一端を垣間見ることができる本。残念ながら、大澤正道さんは出てこない?

新日本文学会といえば、共産系? ともあれ、そこにいた人の回想録としては、1928年生まれの小林祥一郎氏の『死ぬまで編集者気分 新日本文学会・平凡社・マイクロソフト』 (新宿書房)を以前本欄で紹介したこともあった。

自叙の伝はそれなりに面白いものがあるのだが、「通り過ぎた人々」というと、佐々淳行氏の『私を通りすぎた政治家たち』『私を通りすぎたマドンナたち』『私を通りすぎたスパイたち』 (文藝春秋)が想起もされる。 『私(の体)を通りすぎた年下の男たち(年上の女たち)』なんて本もどこかにあるかと…。以前、水沢アキさんが、『週刊現代』で、「私を通り過ぎた男たち」と題し、これまでの男性遍歴を暴露したことがあったそうな?  加筆して講談社文庫にでもならないものか?  

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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