古本虫がさまよう 編集者・山高登(新潮社)、野依秀市(実業之世界社)、二木秀雄(ジープ社)の波瀾万丈の「人生」から学べること多々あり
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編集者・山高登(新潮社)、野依秀市(実業之世界社)、二木秀雄(ジープ社)の波瀾万丈の「人生」から学べること多々あり
(2017・6・26・月曜日)






土曜日(2017・6・24)、知人と阿佐ヶ谷南口の某喫茶店で、ビールと共にカレーを食べていた時、彼が、 「ここ、阿佐ヶ谷に上林暁が住んでいて、生家はそのまま残っている」云々と話していた。

そのあと、帰宅して読んだ『東京の編集者 山高登さんに話を聞く』 (夏葉社)に、上林さんのことが出てきた。山高さんという人は、新潮社の元編集者。版画などもやっており、装幀なども。編集者時代の思い出話が収録されている。人気作家ではなく、シブい作家を好み担当していたとのことで、その中に上林さんの名前などが出てきた次第。脳溢血で倒れた日に自宅を訪問したりもしたそうな。山王書房の関口良雄さんとも、入院先で出会ったとのこと(それ以前に古本屋を訪れて面識はあったとのことだが)。

『赤毛のアン』も三笠書房から出ていたのを、新潮文庫に貰ったという。ううむ…。高校時代の愛読書だったが。新潮文庫で読んでいたか(角川文庫版もあったかと)。村岡花子訳は新潮。

ともあれ、昨日(日曜日)は午前中の雨も正午ごろにはやんだので、新宿駅西口地下イベント広場でやっている古本市に出かけようかと思ったが、あぁ、あそこは、たしか所沢彩の国の古本市同様、消費税二重取り疑惑の古本市だったかな?と思い出して、行くのをやめてしまった。

農協が嫌いだから、不必要にコメの消費量を増やさないこめに日本酒を飲まないとか、中国が嫌いだから青島ビールは飲まないようにするとか……、消費税二重取り疑惑の古本市には出かけないようにするとか……。もっともな理屈(?)だが、要は飲みすぎないように、買いすぎないようにするための「自戒」フレーズでしかない? 「主催者(生産者)には『妄言』失礼候?」

いやいや、信念? まぁ、どちらにせよ、金銭的出費を抑えることにはなろうか? いやいや、実は、昨日、読み出した本がわりと面白いので、外に出かけて中断するのはもったいないということで、出かけるのを止めた次第。もっとも西口古本市は日曜から始まっているのに、土曜終りではなく金曜日で終りみたいだから、平日てないと出かけられないが…。朝8時から夜9時までやっているから出勤前やアフター5に立ち寄ることは不可能ではないが……。

ともあれ、面白い本こと、加藤哲郎氏の『「飽食した悪魔」の戦後 731部隊と二木秀雄「政界ジープ」』 (花伝社)を読み進め一日で読了した。

内容紹介→731部隊の闇と戦後史の謎に迫る! 雑誌『政界ジープ』創刊、ミドリ十字創設、731部隊隊友会、日本イスラム教団――
残虐な人体実験・細菌戦を実行した医師がたどる戦後の数奇な運命
GHQと旧軍情報将校の合作による731部隊「隠蔽」「免責」「復権」の構造
731部隊で結核・梅毒の人体実験を企画・実行した二木秀雄。戦後GHQによって免責された彼は、故郷の金沢で時局雑誌刊行を始め、政財界にも人脈を広げる。個人の一生をたどりながら、戦後に連続した731部隊の隊員たちの活動と、医療民主化の裏側での医学者たちの復権をアメリカ公文書などの新資料から明らかにする。
●主な目次
プロローグ 歴史認識として甦る「悪魔の飽食」
第一部 七三一部隊の隠蔽工作と二木秀雄
第二部 七三一部隊の免責と『政界ジープ』
第三部 七三一部隊の復権と二木秀雄の没落
エピローグ 七三一部隊における慰霊、二木秀雄における信仰

三つの掟→一、郷里へ帰ったのちも、七三一に在籍していた事実を秘匿し、軍歴をかくすこと 二、あらゆる公職につかぬこと、
三、隊員相互の連絡は厳禁する



ジープ社といえは、ルイス・フランシス・ブデンツの『顔のない男達 アメリカにおける共産主義者の陰謀』 や与謝野秀氏の『その日あの日』 などを刊行している出版社として、その存在は認識していた。
『顔のない男達』は傑作。ソ連批判の本。

加藤氏も本書で指摘しているが、ジープ社の「政界ジープ」という雑誌は、当時の時局政治雑誌としては、共産党系の左翼雑誌「真相」に対抗する「反共右派」を代表するものだったとのことだが、『顔のない男達』もそうだろう。
そのほか、大沢正道氏の『恋と革命と』や、蕭英氏の『私は毛沢東の女秘書だった』なんて本も出している。いずれも積んどくだっけ? いや、『私は毛沢東の女秘書だった』は読んだような…。毛沢東の女好きを告発していた本だったか?

ともあれ、二木は、反共右派米軍人のウイロビーなどとの接触も多々あったようだ。
『政界ジープ』の右傾化に抗議して退社した社員が、 『政界アサヒ』なんて対抗雑誌を作ったりもしたそうな。しかし、装幀も中身も酷似していたとか。そんな出版エピソードも出てくる。似たような分裂劇は、過去にも最近もある?

ともあれ、加藤氏は、この出版社の元締めだった二木秀雄(医師。元731部隊所属)に焦点をあてて、その足跡を「追及」している。ちなみに、二木(ふたき)という人はこんな履歴(ウィキペディア)。

経歴[編集]
石川県立金沢第一中学校(現石川県立金沢泉丘高等学校)卒業(34期)[1]。
1936年3月から1937年12月まで、金沢医科大学 (旧制)(現金沢大学医学部)細菌学教室講師を務めた[2]。1938年11月18日、論文「家兎神経系黴毒に於ける脳髄の組織学的検索」で金沢医科大学 (旧制)より医学博士号を取得[3]。
のち大日本帝国陸軍技師となり、731部隊(関東軍防疫給水部本部)に所属[2]、第一部第十一課[4]結核班(二木班)班長。
1945年頃、金沢市で与論社を創設し、雑誌『パブリックオピニオン』を発行。1946年上京し、雑誌『日本与論』を発行した[5]。同年、ジープ社社長として、右翼系政界誌『政界ジープ』を創刊[6][7]。素粒子堂病院院長[6]。
1950年11月、日本ブラッドバンクの設立発起人となり、重役に就任[6]。のちミドリ十字取締役。
1953年4月、第3回参議院議員通常選挙に石川選挙区から無所属で立候補、3位で落選。1956年、大企業・銀行・政治家などを対象とした暴露記事による恐喝事件「政界ジープ事件」を起こし、19社から6435万円を脅し取ったとしたとして逮捕、起訴され、1969年、最高裁判所で懲役3年の刑を言い渡された[8]。1970年代初め、宗教法人日本イスラム教団を設立、患者をすべてイスラム教に入信させたとしてアラブ産油諸国から援助金を得たが、入信が偽りであったことが発覚し大問題になった[9]。


「731部隊」「政界ジープ」「開業医」「ミドリ十字」「エイズ」「イスラム教徒」…と波瀾万丈の人生を歩んだ人だ。
731部隊に関しては、ソ連などの資料(ハバロフスク裁判)に関しては、さて信憑性かどれだけあるかは疑問だし(スターリン時代の粛清裁判や、シベリア抑留者に対する苛酷な対応ぶりなどを見ても、共産主義者の非人道性は、日本の軍国主義者以上のものがある)、この問題を『悪魔の飽食』 (カッパブックスほか)で追及した森村誠一氏にしても、その本の巻頭(グラビア・口絵写真)のこれが731部隊の解剖写真云々といったものが、まったくの無関係の「ニセ写真」だったことが、刊行直後、日経新聞によってスクープされ、肩すかしをくらった記憶も生々しい。
加藤氏の本でも、森村氏のこの作品のことはしばしば登場する。だが、僕の見落としがあったかもしれないが、「ニセ写真」騒動のことにはノーコメント(のようだ)。だとしたら、ちょっと片手落ち?


杉山隆男氏の『ニセ写真で曝かれた出版スキャンダル--「悪魔の飽食」虚構の証明』 (「諸君!」1983年2月号)、 『森村反論・虚構の証明』(「諸君!」1983年3月号)への言及もない(ようだし)。索引に「杉山隆男」さんの名前もないから。

それはさておき、この本は、「ジープ社」という出版社の歴史を知る上で、とても参考になる本。 「実業之世界社」という出版社を起こし、反共雑誌「実業之世界」や「帝都日日新聞」で健筆をふるった野依秀市なる人物の軌跡を追求した、佐藤卓己氏の『天下無敵のメディア人間 喧嘩ジャーナリスト・野依秀市』 (新潮社・新潮選書)はすでに紹介ずみだが、そういう視点からでも楽しめる一冊。この前、亡くなった自由社の石原萠記さんの名前も登場する。

参考文献というか、照合する文献は、そのつど、言及した頁の片隅に掲載されているが、「一覧」としてあると、尚便利だったかと。いろいろと、そういう本があるのか、読みたいなというものもあった。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ

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