古本虫がさまよう 日曜の午後、安いスペインワインとビールを脇に置いて、読み出した『ぼくのミステリ・クロニカル』があまりに面白くて懐かしくて、仕事の書類をほっぽりだしてしまった
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日曜の午後、安いスペインワインとビールを脇に置いて、読み出した『ぼくのミステリ・クロニカル』があまりに面白くて懐かしくて、仕事の書類をほっぽりだしてしまった
(2017・6・12・月曜日)







昨日(日曜日)も、東京周辺はまずまずの曇天(一部晴天)。近所にちょっと出かけたほかは自宅にて過ごす。古女房は週末ギャンブルで富山か金沢に金曜から二泊三日で出かけており、古女房元気で留守でなにより。

仕事関係の書類を読もうかと思っていたが、ふと手にした本が面白くて止められなくなってしまった。中学高校時代、中間・期末テスト前日だというのに、面白い本を手にして試験科目を捨てるような心境?

その本とは、戸川安宣氏(空犬太郎氏編)の『ぼくのミステリ・クロニクル』 (国書刊行会)。

内容紹介→東京創元社で長く編集者として活躍し、伝説の叢書「日本探偵小説全集」を企画する一方で、数多くの新人作家を発掘し戦後の日本ミステリ界を牽引した名編集者、戸川安宣。幼い頃の読書体験、編集者として関わってきた人々、さらにはミステリ専門書店「TRICK+TRAP」の運営まで、「読み手」「編み手」「売り手」として活躍したその編集者人生を語りつくす。

最初、本を手にした時は、ミステリ作品の紹介をした本かと思っていた。近年、ミステリの類はあまり読んでないからな…と積んどくしていたが、パラパラとめくっていたら、 「辻村明」の名前。おやおや、 『新聞よ驕るなかれ』 (高木書房)の辻村先生ではないか…と。

東京創元社は、大阪にある創元社とも関係のある出版社ということは、関西のほうの創元社に在職していた高橋輝次氏の『ぼくの創元社覚え書』 (龜鳴屋)を読んだことがあるから認識していた。ちなみにこの本の読後感は以下に記したとおり(まずは再録)。


国会図書館にもない名著?(2015・1・27・火曜日)
高橋輝次氏の『ぼくの創元社覚え書』 (龜鳴屋)を読んだ。2013年10月刊行の本。
古本に関する古本エッセイ集などを沢山だしている高橋氏。 『ぼくの古本探検記』 (大散歩通信社)はこの前紹介したが、そのほかにも、燃焼社刊行の『古本屋の本棚 店主たちのこだわり』『古本屋の来客簿 店主たちの人間観察』などがある。
彼は、創元社という出版社に勤務もしていた。この創元社の東京支社でもあったのが戦後「東京創元社」として独立し今日にいたっているという。創元推理文庫を出しているところか。
大阪のほうにあった創元社も、カーネギーの『人を動かす』『道は開ける』などを刊行しているようだ。学生時代、愛読したもの。
現在も同根であるということで「姉妹会社」としての連帯はあるようだが、互いに大阪と東京を拠点にしつつそれぞれ独自の出版活動を展開しているようだ。
ともあれ、高橋氏自らの「職場体験」や、先輩社員などの書物を通じての創元社物語を綴ったエッセイ集。隆慶一郎氏が一時創元社(東京)に勤めていたことを、彼のエッセイ本で知って、それにからめていろいろと回想談が綴られたりもしている。
そのほか、関連資料本をかつて持っていたのに、処分したみたいで記憶に頼って書いていたかと思いきや、書き終えてからその資料が出てきて、追記を書いたり‥‥。小林秀雄や司馬遼太郎やら、いろいろと出版活動関連で名前やエピソードも出てくる作家なども沢山いて賑やか。楽しく読める一冊であった。(以下略)。


この高橋氏の本と比較して読むことも可能なのが、戸川氏のこの本だ。

立教大学でミステリ研究会を作り、それが縁で東京創元社に就職。

創元推理文庫は僕も中学高校のころはよく手にした。当時(石油ショックの前後)は文庫といえば定価で買っても200円前後だったか。200円の文庫本なら頁数は400頁はあった。石油ショックで文庫の値段が、数カ月単位で10円~20円刻みで値上げしていった。やがて200円の文庫本の頁数は200頁になり、いまは200円の文庫があるとしたら頁数は100頁以下か。

例えば、手元に2017年3月に刊行されたばかりの佐々淳行氏の『私を通りすぎた政治家たち』 (文春文庫)がある。本体価格は660円だが、頁数は330頁ぐらい。税込価格だと700円以上するわけだが、頁数は定価のお値段の数字の半分以下というのが相場となっているようだ。
なんだかんだといっても物価はこの40数年の間に大きく上がったわけだ。

ともあれ、戸川氏も指摘していたが、石油ショック以降の狂乱インフレを体験してからは、奥付にそれまで書いてあった「定価」が消え、「定価」はカバーにのみ明記されるようになっていく(こうしておけば、カバーを変えれば、「便乗値上げ」も可能になる?)。用紙の値上げを反映するために…。

さておき、アガサ・クリスティもの、ポアロなど創元推理文庫で中高校時代によく読んだものだ。懐かしい。ガードナーは社会人になってから読んだが、近年、全部処分(廃棄)した。もう再読することもないだろうから。

中学生時代(石油ショック前後)に、岩波、新潮、角川が牛耳っていた文庫戦線に、講談社、中央公論社、文藝春秋、集英社などが参戦してきたが、創元推理文庫は、そういえば、先進文庫会社だったのだ(ハヤカワ文庫は後進)。

そんな内部事情や、ミステリ作家にまつわるさまざまなエピソードなど、出版編集者ならではの回想の中に、活字好き人間の興味にまつわるエピソードが多々あり、面白く読めた。

日曜の午後、ふと手にして止まらなくなり、安いスペインワイン(500円)とビールを手にして、インスタント米(賞味期限が6月7日)にインスタントカレーをぶっかけ、そのほか、焼きとり缶詰の具を入れてランチしながらひもといた次第。

辻村明さんは、創元社の硬め本の編集会議などにやってきて、洋書の面白い本を見繕っていたとのこと。フロムの『自由からの逃走』を推薦。下訳をやったのではないかと。翻訳者は日高六郎だが…。そのほか、佐伯彰一さんの名前なんかも出てくる。会社の上司に「秋山」さんという人がいて、子供が朝日新聞社の政治部の記者をやっていたそうな。そしてのちに社長になったとか。え? 秋山耿太郎さんのこと? 孫の話は出てこないが?

本書を読みながら、創元ノヴェルズなんかもそこそこ読んだ記憶が甦ってもきた。ボブ・ラングレーなんかも何冊か読んだかと。 「イエローブックス」というのは記憶になかったが…。講談社の「ウィークエンド・ブックス」なんかも出てくるが、これは全冊所蔵はしているかと。

入社して初めて担当したのがヒルトンの『鎧なき騎士』とのこと。ううむ、これは愛読した記憶がある。ロシア革命が舞台だった。 『学校の殺人』というのもあった。ハヤカワ文庫からは『私たちは孤独ではない』も。そのほかには『チップス先生さようなら』『心の旅路』なども。ヒルトンはいいね!

エーコの『薔薇の名前』なんかも東京創元社から刊行されているが、その秘話なども収録されている。遅筆の翻訳家にかなり翻弄されたそうな。文庫化されないのもそこに一因が…。

あと司馬遼太郎氏にアンケートを取ったことがあったそうな。
その時「私は推理小説にはまったく関心がありません」といったつれない「返書」だったそうな。ううむ…。怪しい?
というのも、司馬さんが書いたとされる推理小説があるから。

『古寺炎上』 (角川小説新書)は図書館で借りて読んで、丸ごとコピーもしているが……。
この前、文春新書から、本名・名義(福田定一 )で書いた『名言 随筆サラリーマン ユーモア新論語』 (六月社)が、復刊(『ビジネスエリートの新論語』)されたが、この推理小説(『古寺炎上』)は、ご本人の復刊許すマジという意思(遺志?)があってか、一向に復刊される気配がない。

司馬さんには推理小説作品として、『豚と薔薇』 (東方社)もあるとのこと。
ウィキペディアで『豚と薔薇』を見るとこうなっている。



『豚と薔薇』(ぶたとばら)は、司馬遼太郎の長編推理小説。
概要[編集]
1960年7月から8月にかけて雑誌「週刊文春」に連載された。1960年10月に東方社から単行本が出版された(短編「兜率天の巡礼」併録)。1962年11月には、角川書店[角川小説新書]で出版された『古寺炎上』に、表題作と併録された。司馬は東方社版のあとがきで、この作品は自らすすんで書いたものではなく、これから後にも推理小説は書かないつもりでいることを明言している。文藝春秋の「司馬遼太郎全集」に収録されていない。また、文庫化もされていない。故に、本の装丁の点からも残りにくいこともあり、古書価格は双方とも大変高価である。


『古寺炎上』は、以前、数万円以上しているのを、東京駅地下街にあった古本屋などで展示されているのを見た記憶があるが…。今は「日本の古本屋」や「アマゾン」でも見当たらない?
国会図書館や千葉県立図書館(西部)にはある。千葉県立図書館なら借りて読むことも可能(僕は借りて読んだ)。著作権が切れれば、刊行可能になる。あと何十年? その時は、創元社から刊行されたし?

ともあれ、戸川氏によると、そのころは文庫の初版は20000部が相場だったと。たいてい、増刷になっていたとのこと。増刷は3000から5000部だったとのこと。今では文庫でも新書でも初版一万部ぐらいからスタートするのが多数派? いや初版8000ぐらいか?
講談社学術文庫やちくま学芸文庫なんていうのは、5000部以下? だから高い?
著者も昔と違って、重版が極端に減ったと嘆いている。そのため初版で元を取る必要があり、そういう値付けをすると定価も高くなってしまう。

著者は指摘していないけど、初版部数の低下、重版の減少の要因の中には、図書館の「充実」やらブックオフの進出などもあるだろう。

よく言われるはなしだが、当時は「娯楽」といえば「読書」ぐらい? スマホもパソコンゲームもない時代。マンガや文庫といった「活字」にお金を払う人が多かった。図書館はまだまだだったし、検索機能もさほどなかった。貸本屋や古本屋はあったにせよ、駅前大学ならぬ駅前ブックオフもなかった…。本を定価で買う人が今より多かったのだろう。

そのほか、早川書房の編集者の回顧録としては、生島治郎氏の『浪漫疾風録』 (講談社文庫)があったかと。遠距離電話を仕事でかける時、砂時計を当時の社長が目の前に置いたなんてエピソードが記憶に残っている。そのほか、福島正実氏の『未踏の時代 日本SFを築いた男の回想録』(ハヤカワ文庫)や、常盤新平氏の『翻訳出版編集後記』(幻戯書房)も懐かしい。大瀧啓裕氏の『翻訳家の蔵書』 (東京創元社)も先日読了して紹介したばかり。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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