古本虫がさまよう 北朝鮮に何も言えないで憲法9条を守れと叫ぶ「容共リベラル」の論者の対談本はあまりにも反知性主義的内容というしかない。自称「平和主義者」の欺瞞を見抜くだけの知性は持ちたいものなり
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北朝鮮に何も言えないで憲法9条を守れと叫ぶ「容共リベラル」の論者の対談本はあまりにも反知性主義的内容というしかない。自称「平和主義者」の欺瞞を見抜くだけの知性は持ちたいものなり(2017・5・31・水曜日)





落合恵子氏&澤地久枝氏の『われらが胸の底』 (かもがわ出版)を読んだ。落合氏は1945年生まれ。澤地氏は1930年生まれ。


(内容紹介)→戦中・戦後どのように社会と時代に向き合ってきたか、本気で語り合った。今の政治に異議を申し立て、希望を捨てずにたたかい続けたいと決意。

はっきりいって、典型的な「容共リベラル」「左派リベラル?」による、単純な反戦対談本といった感じだ。

澤地さんは戦前の満洲で子供時代を過ごしたという体験もあり、「家に押し入ってきたソ連の将校にサーベルをつきつけられたことがある」とのことだが…。チェコの軍事介入も「侵攻」と表現もしているのだが、「過去完了」の共産主義の蛮行はクールに回顧はできるものの、現在進行形の「北朝鮮」「中国」の軍事的脅威や蛮行に関しては「沈黙」するしかないようだ。
本書では、北朝鮮の軍事拡大に対する批判や拉致問題などには全く言及していない(この本は2016年3月の刊行)。日本&アジアの平和を語る上で、これでは片手落ちというしかあるまい。

「今年八十五歳になる年長組として言いますが、こんなにひどい日本は、戦後七十年目にしてはじめてです」
「安倍首相以下、あきらかに憲法に違反しています。非武装・非戦の第九条は、いまも生きています。すでに改憲を実現させたような国会での安倍首相の言動をみていると、恥ずかしいと私は感じます。ひどい政治をもったものです」
「二十一世紀は、世界が戦争を封印して、平和で万人が飢えない平等の理想を目ざす時代の到来を告げていました。軍事力を強化して、威嚇によって大国でありつづけようというのは、時代に逆行しています。世界の求める答えのひとつが、日本国憲法であると思います」
「膨大な軍事予算で米軍を支える軍隊を持つだけではなく、いのちまでさしだそうというのです」


と澤地さんは強調する。
いやはや、おっしゃることに「正論」の部分もあると思うが、「 軍事力を強化して、威嚇によって大国でありつづけようというのは、時代に逆行しています」というのは北朝鮮や中共に対して、まずは向けられる言葉ではないのか。

「平和で万人が飢えない平等の理想を目ざす時代の到来」に関しては、日本は一応実現しているのではないか。北朝鮮は? 軍拡故に飢餓を発生させていたのではないか? 中共として、自称「大躍進」時代や文革時代など、飢餓が発生しても核武装に邁進した。そういう過去をもつ中共が、北朝鮮を「善導」できるとはとても思えないし、この両国に「第9条」を輸出しようといった意欲も、本書で述懐していない。

「非武装・非戦の第九条は、いまも生きています」と言うからには、この人は、9条解釈に関しては自衛隊違憲論者なのだろう。原理主義的? しかし、安倍首相提案の9条温存の上、新条項で自衛隊合憲になるような改正案については、「賛成」派が「反対」派をおおむね上回る世論調査の結果も出ている。少なくとも、澤地流「護憲論」は決して国民の多数の支持は得ていない。ひとりよがりの観念的平和論は尊重できない。

日本の政治にたいしてそこまで「自虐」的見解を述べる前に、もっと酷い国家の蛮行に関して、せめて一言だけでも見解を表明すべきではないのか?

憲法9条擁護で、自衛隊の存在すらも危険視しているようだが、北朝鮮などの脅威に関して沈黙するのはどう考えても、偏った思想の持主でしかないだろう。北朝鮮の態度は、戦前の日本の軍国主義者にも似ていると僕は思うが、そういう比較見解を述べる「神聖な義務」があるにもかかわらず「沈黙は金」を通すのは、論理的でも知性主義的でもない。

澤地さんは、朝鮮戦争に関しても、 「朝鮮戦争がはじまった」「一九五〇年にはじまった朝鮮戦争が休戦する直前の頃」云々としか語れないのだ。
「北朝鮮が侵攻して始まった朝鮮戦争」とは、決して語らない。

大体、こういう左派リベラルな人は、「朝鮮戦争」に関して、主語述語を語る知的勇気を持てないのだ。昔の「岩波新書」の『昭和史」みたいに、南から攻めたとか言いたいけど、それを言ったら、お日様は西から昇るのよと同じことになることは認識しているから言えないのだ。
都合の悪いタブーには絶対触れようとしない。情けないというしかない。三木睦子さんの名前も出てくるが、彼女みたいに金正日にもノーベル平和賞を授与すべきだなんてノーテンキな「反知性主義」的なことはさすがに言わないが……。

落合さんは安保闘争の時、樺美智子さんが亡くなったと聞いて、 「国は、自国の市民をこうして蹴散らし、いのちすら奪うのかと。中間テストの最中で、翌日、学校を休んでしまった」とショックを受けていたそうだが、天安門事件や北朝鮮で、共産主義政権が、どれほど「自国の市民を蹴散らしてきた」かについての考察もゼロ。

澤地さんは、共産党の副委員長と対談して「しんぶん赤旗」に掲載されたことがあったそうな。それで「澤地はついにアカだった」と言われたりしたとか? そういう共産党アレルギーを批判している。落合さんも、そうそうという感じで「今もって『アカ』などという言葉が生きているのですね」と言うが、お二人のように、「平和」を語る上で、北朝鮮問題などをまったく無視して何の言及もしない、9条を擁護するくせに、そして9条が空洞化してきている、空洞化させている安倍政権を徹底的に批判しているくせに、その9条を隣国の中国や北朝鮮に普及させようという意欲をまったく表面しないようなお二人の態度は、「アカ」ではなくても、「容共リベラル」どまりの「知性」でしかないと判断して何が悪いのか?
自業自得ではないか。
「バカ」と言われてもおかしくない? いや、それは失礼候。

シールズのような「容共リベラル」(?)止まりの若者に期待を表明し、こういう青年たちの就職活動が阻害されがちなことを批判し、かつては経済同友会に さんなんかいたのにねぇと落合さんなんかは残念だっているが、この品川さんにしても、「容共リベラル」止まりの「知性」の持主でしかなかったことは、彼の著作を分析して指摘ずみ(末尾に再録)。

そういった欠陥が多々見られる対談本。もちろん、昭和天皇の戦争責任問題など、戦争の史実に関しての発言の中で、参考になるところもあるのだが…。

曽野綾子さんは1931年生まれ。櫻井よしこさんは1945年生まれ。それぞれ澤地さん、落合さんの年齢に対比できよう。曽野さんと櫻井さんの対談で『われらが胸の底』というものを読みたくなった。もちろん、澤地さんと櫻井さん、曽野さんと落合さんでもいい。

澤地氏と落合氏の本で称賛されている瀬戸内さんと櫻井さんとの対談本はあるのだから、決して不可能ではない?

それにしても、「容共リベラル」系新聞と見られがちな東京新聞(2017・5・30朝刊)にあって、長谷川幸洋さん(論説委員)同様(?)ハキダメにツルの(?)城内康伸記者(中国特派員)は、「在中国の北朝鮮国民」「ミサイル発射に賛否」「祖国守るため」「食料供給して」の見出し記事を書いていた。このお二人はどう読まれることだろう。

中国内の北朝鮮「人民」たちは、祖国の相次ぐ弾道ミサイル発射を当然のものと受け止める向きもあるが、同時に、 「そんな(ミサイルを連発する)カネがあるのならむしろ、国家はしょうゆやみそでも増産して供給してくれればいいのに」と語る人もいるとのこと。

GDP1パーセント程度の国防費を「膨大」とみなしてケシカランと騒ぐリベラル左派、容共リベラル派の面々は、こういう北朝鮮の「人民」「市民」の声をどう受け止めるのか。きちんと答えるべきではないのか。

日本を格差社会、貧困、大企業優先だと騒ぐ人たち(お二人の本の中にもこういう指摘がある)は、北朝鮮こそ、史上最悪の格差国家、軍部優先の軍国主義国家と決めつけるべきではないのか。にもかかわらず、そんなこと一言も明言しないとは?

こういう人たちに読ませたい。あなたたちのような人が天下を取っていれば、日本はこうなっていただろうという小説がある。井沢元彦氏の『小説「日本」人民共和国』 (光文社)だ。お二人の対談の中にも、いい人として名前の出てくる小田実サンなんかが独裁者の手先として出てきたかと。小田実サンとて『私と朝鮮』 (筑摩書房)や『「北朝鮮」の人びと』 (潮出版社)など、寺尾五郎サンの「後継者」として、北朝鮮讃美を展開した「容共リベラル」な人でしかなかった。

先の東京新聞の記事にも、「平壌市内に設置された画面で22日、中距離弾道ミサイル「北極星2」発射実験の様子を見る北朝鮮の人たち」という写真が掲載されている。

オーウェルの『1984』は映像化されているが、そこに出てくるシーンと同じではないか。テレスクリーンに映し出される映像を見守り、拍手喝采する「市民」たち。ビッグブラザーの言いなりに、歴史も写真も史実も改竄されていく。党機関紙はフェイクニュースばかり? 貧困国家の分際(?)で、民生を犠牲にして軍拡に挑み、民生向上に役立つこともない弾道ミサイルを矢継ぎ早に発射するしかノウのない政府。なぜ、こんな政治にも「ノー」と表明しないのだろうか?
不可思議というしかない対談本であった。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

(以下再録)

むのたけじさんと品川正治さんは、そんなに立派な「リベラル」なのか?
(2014・7・19・土曜日)


2014・7・4朝日朝刊一面に「政権追随物言わぬ経済人」というコラムが掲載されていた(安井孝之編集委員名義)。

経済同友会の終身幹事であった品川正治さん(故人)をヨイショした内容。戦争体験のある品川氏は「9条死守の覚悟」を終生見せていたとのこと。ところが、法人税減税を推進する安倍政権に対して、経済界は遠慮しているようだと見ている。かつて品川氏は「おねだりするな」と政権に近づく経済人らを批判したという。
「だが、今や減税や規制緩和を進めてくれる安倍政権に苦言を呈する経済人は見あたらない」と結語。

このコラムを読んで、経済人の中にだって、思想信条心情から、集団的自衛権行使容認論者だっているだろうに、単純に、企業としての利益(減税?)故にそれを覆い隠している人ばかりと読めるような議論は、ちょっとおかしいのではないかと感じた。
逆に労働界にだって、旧同盟系労組のリーダーの中には、集団的自衛権容認論者だっているだろう。朝日新聞出身者だって、川村二郎さんのように、慰安婦問題、朝日が謝りなさいという人だっている(「正論」2014年8月号)。所詮は、個々人の思想信条。集団的思考というか、単純に組織の論理で、物の見方考え方を単純化すべきではあるまい。

それ以上に、品川さんって、そんなに立派? というのも、以前、彼の本を読んで、その「容共リベラル」的な、共産主義に甘い認識は、ちょっとおかしいのではないかと指摘したことを思い出したからだ(それを以下再録する)。

また、品川氏と関連して、むのたけじさんが、リベラル左派系の日本ジャーナリスト会議の特別賞を受賞したとの報道に接した(2014・7・17東京新聞朝刊)。99歳。戦争責任を受け止め朝日を退社したあと、現在に至るまで戦争のない平和な社会の実現に向け、ジャーナリズムの姿勢を正させる活動を展開してきたことを表彰したとのこと。

しかし、むのたけじさんにも「容共リベラル」色が濃厚だということは、彼の本を何冊か読んだらすぐに分かることだ。本当の意味での「リベラル」なのかどうか、僕には疑問である。彼の本を評したコラムも以下再録する(一部略。文中の「後註」は、2014・7・19の時点での加筆部分)。


「ハンガリー進駐」と表記する経済人の自叙伝に、さほどの読後感を感じることはない… 取り戻すべきは「平和憲法の精神」か「日本の正気か」(2013・12・26・木曜日)

品川正治氏の『戦後歴程 平和憲法を持つ国の経済人として』 (岩波書店)を読んだ。リベラルというのか、いい意味での「リベラル」の範疇を越えて、「容共リベラル系」というしかない、左派経済人による自叙伝。

ウィキペディアによると、こういう履歴の人。
品川 正治(しながわ まさじ、1924年7月26日 - 2013年8月29日)は、元・日本火災海上保険(現日本興亜損害保険)会長で、経済同友会終身幹事、財団法人国際開発センター会長。新自由主義的な経済政策への批判、平和主義・護憲の立場から発言や運動を行っていた。「平和・民主・革新の日本をめざす全国の会」(全国革新懇)の代表世話人。

この略歴を見ても、単なるリベラルではなく、「容共リベラル」といっても差し支えないだろう。経済同友会終身幹事という肩書もあるけど、寺尾五郎の北朝鮮ヨイショ・トンデモ本(『三十八度線の北』)を刊行したことでも知られる新日本出版社からも本をだしているそうだし。

自分自身の戦争体験を絶対視して、「9条」を死守すべきという堅い信念を持って戦後を生きてきたようだ。それはそれで立派である。それはまだ尊重すべき一つの考えだと思う。

三校時代に同級生が軍部を揶揄する発言をして、退学になるのを見て、自らも退学して陸軍の一兵卒に志願するという正義感の持ち主でもあったようだ。それはそれで、これまた立派な態度だと思う。

中国戦線の前線で戦い、生き残り、戦後、帰国船の中で、9条を報じる新聞を読み、感動したという。その気持ちもまだ分かる。当時として、そういう考えを持つことはありうる。

日本に戻り、運良く東京大学に復学というか進学し、下宿するのだが、その下宿先の奥さんは彼より9歳年上で3人の子供がいた…というあたりを読んで、ふうむ、もしかして…と思ったら、何と、品川さん、ご主人からその奥さんを奪い取るのだ! 奥さんは、夫と3人の子供を捨てて、年下の学生と結ばれてしまう(1948年5月1日に結婚)。
戦後は姦通罪もないのだから、人妻を奪うのも「合法」だ。遠慮することはない!?(後註→NHKの村岡花子物語でも、いま、リベラル学生と有閑マダムが駆け落ちに成功するかどうか、興味津々の山場を迎えている。がんばれ!?)。

フランス書院文庫には、よくあるパターンだが、現実の世界で、昭和20年代にもこういう世界があったとは…。
中里恒子の小説『綾の鼓』 (文春文庫)にも匹敵する人妻ドキュメントともいえる? いや、思わずオーエンの『人妻だけに恋した男』 (戸山書房)を思いだした(もっともオーエンの作品は共産圏を風刺した小説であるが)。

急に品川氏に対する評価が上がってしまった?

といっても、奥さんも超リベラルな方だったそうだ。官僚の亭主の保守性に物足りなさを感じていた時に、リベラルな学生の情熱に目覚めたのかもしれない。なにしろ、結婚してから、夫婦一緒に左派系の労働学校に通ったりもしたそうな。

また著者の当時の友人に小森良夫という共産党の中央委員にまでなる人がいるのだが、その息子さんが、なんと、あの小森陽一さん。なるほどね…。そういう知的というか左翼リベラルサークルがあったのだ。

奇跡的な試験の受け方(?)で、大学をギリギリながらも無事卒業し、日本火災に就職。資本主義の典型な組織に属することになるのだが、まぁ、そのあたりは軽く触れて葛藤というほどの悩みを持つことはなかったようだ(結局社長にまでなってしまうし…この背景に何か戦略的なものがあるのやら?)。

会社員として仕事をしつつ、労働運動にも従事。組合専従にまで一時なってしまう。その時、1956年11月。当時、ハンガリー動乱が発生しているが、本の中ではなんと 「ソ連軍のハンガリー進駐」(51頁)と表現している。ふうむ…。「進駐」とは…。 「侵攻」とは表記したくなかったのだろう。このあたりは、やはり「容共リベラル」の限界見たり!というしかあるまい。

スターリン批判もあったというのに、それへの感想は特にない。内心動揺したであろうに…。

56年のハンガリーの悲劇も見て見ぬフリなのかどうかは知らないが、反米の信念はますます強くなり、組合専従時代に日米安保改定反対闘争に奔走したとのこと。

「私はこの六〇安保闘争に、ただ参加したというのではなく、その闘いの先頭に立った一人であると自負している」とまで書いているから、ただ者ではない?

しかし、安保が改定されてしまい「この敗北がもたらした、対米従属から抜け出せないこの国の姿、日米安保から日米軍事同盟に深化していった歴史、全土の基地化、さらには沖縄の人たちをアメリカ軍の奴隷のような状態に置きつづけたこの国の非情を考える時、あの六〇年安保闘争での敗北の重さを否定しえない」と綴る。このあたりはいささかステレオタイプではないだろうか。

ここまで、単純な反米観を提示されると、唖然とするしかない。

この人、今年の夏に亡くなっているけど、ソ連や中共の「植民地支配」の実態(バルト三国、中央アジア、チベット、ウイグル、南モンゴル…)をどう評価していたのか?
チベット侵略も「チベット進駐」と見る人なのであろう。「ハンガリー進駐」というぐらいだから。
普通、「進駐」というのは、戦争が終わって(敗北して)、占領軍がやって来るのを「進駐」というのであって、戦争するために侵攻するのを普通の言語感覚を持っている人なら「進駐」とはいわない。戦争でなくても「話し合い」で双方納得同意してなら「平和進駐」という言葉もありうる。日本も「仏印進駐」をしている。あれはたしかに「進駐」の範疇に入るだろう。

しかし、ソ連に愛を感じる人でないと「ハンガリー進駐」といった、そんな特別な言葉の使い分けはしないだろう。知的に不正直でないと使えない用語だ。
日本が、中国に「進出」したか「侵攻」「侵略」したかで問題になるのに、ソ連だと「進出」や「進駐」でいいことになるのだろうか。

日本の教科書でも、以前、独ソ協定でポーランドを相互に侵攻し分割した時、ナチスドイツがポーランドに攻めていくと「侵攻」で、スターリンソ連がポーランドに攻めていくことを「領土を得た」とか使い分けしたものがたしかあったが、その教科書執筆者と同じ精神構造の持ち主であるというしかないだろう。こういう人を、知的に尊敬することは僕にはできない。

ちなみに『岩波国語辞典第三版』では「進駐」とは「他国の領土に進軍し、そこにとどまること」となっている。

「進軍」とは「軍を進めること。軍隊が進むこと」となっている。
「侵攻」とは「他国、他の領土を攻めおかすこと」となっている。
「進攻」とは「(遠くまで)進んで行って攻めること。攻めこむこと」となっている。
品川氏の筆致だと、日本軍も中国に「進駐」したことにもなるのだろうか?


品川氏は、仕事の関係で、 「東欧経済研究所」を作り、東欧諸国の人々との交流もあったそうな。ワレサとも面識があったというが、民主化闘争が起こっていた時の回想時にも、ワレサが「ポーランドの民主化、ソ連邦からの完全独立を唱えた時、ソ連軍がワルシャワに進駐するには、その土地を通らなければならない…」といった風に表記しているところがあった。本当に共産圏相手には「進駐」という言葉を使うのがお好きなのだ。裏切られたとはいえ、かつての愛する「祖国」への思いからなのか?

「東欧人民社会主義の政治、経済は『人間の目』から見れば、結局、失敗であった」と思ってはいるのだが、 「アメリカに従属する日本にとって、チトーに率いられたユーゴスラビアがソ連邦とどう対決したかは、今でも顧みられるべきことであり、ハンガリー事件、ポーランド事件、プラハ事件では、国家の主権を人民が取り戻すことの難しさをも知った」(82頁)と書いている。

東欧諸国を「ソ連邦、その衛星国」と書いている(82頁)が、 「衛星国」というのはこれまた「進駐」同様に、まだ表面を繕う筆致。日本がアメリカに従属しているというのなら、東欧諸国など、 超従属国家のはずなのに?

ハンガリーなどの民衆の抵抗に関しては「蜂起」や「反革命」のみならず「動乱」という言葉さえあまり使いたくないようだ(51頁には「ハンガリー動乱」という言葉が辛うじて出てくるが…)。「事件」? ふうむ?

それにチトー、ユーゴには「憲法9条」だの「非武装中立」だのといった暢気なものはなかった。武装国家として、ソ連に対峙し、その分、国内の言論の自由とて、基本的にはない国家だった(とはいえ、学生たちが自由世界に留学したりするのは、ソ連東欧諸国よりはまだ自由だったかと)。ただ、民族的にソ連に楯突いただけではないのか? 楯突くために、何が必要だったのかを冷静に見ていないのはおかしい。

中国の文革にしても、 「私には、簡単にあれは独裁政権特有の現象であり権力争いだとは思えなかった」そうな。「革命を起こした以上、それは永久に革命を続けなくてはならない」とのこと。こういった信念は、普通のリベラル派の感覚を超えている。お里が知れる?

品川氏と同じように中国文革に憧れた元岩波社員の長島陽子氏の『中国に夢を紡いだ日々 さらば「日中友好」』 (論創社)は読んだことがないのだろうか? 長島氏のほうが、少なくともこの点では、品川氏より、はるかに知的であり、冷静であり、素直であり、正直である。月とスッポンというしかない。

品川氏は、西ドイツのシュミット首相との交友を強調もしているが、反核運動に冷淡で、そうした抗議を無視してパーシングⅡの配備を行なった彼の行為に関しては、回り廻った表現(アメリカを批判しつつ?)で、中距離核全廃を実現したとして評価しているのにも苦笑を禁じ得なかった(155頁あたりの筆致)。ご苦労さまというしかない。

ジョナサン・カー『超大国のはざまで 西独の名首相ヘルムート・シュミット』(メディアハウス出版)を見てもわかるように、彼は政治家になってから国防軍に志願して予備役の「兵士」になった体験もある。「9条死守」を唱える品川氏とは、軍事観や共産主義観に関して根本的な思想の違いがあることを見落とすわけにはいかない。
二重決定を品川さんは当時肯定していたのだろうか? シュミットが反核運動に迎合していたら、あの軍縮は実現しなかっただろう。その意味でも、僕は、シュミットは尊敬する(ヘビースモーカーである点は評価しないけど、それと政治的見識とは別次元)。

西独社民党が、東独の共産党などに対してどのような嫌悪感を歴史的に持っているのか、品川氏はご存じなのだろうか。
だからこそ、これから先は分からないが、少なくとも、ドイツ統一後も、地方政府は別にして、国政レベルでは、ドイツ社民党は、東独系の共産党、旧共産党とは連立政権を組んだことが一度もないのである。「緑の党」や「保守党」と連立を組んでいるのにである。なぜか? 共産主義と社会主義(社会民主主義・民主社会主義)とは全く異なる政治思想だからである。

そのあたりの西独社民党の東独共産主義者に対する嫌悪感や、東独の歴史、東独に於ける社会民主主義(民主社会主義)弾圧の歴史は、仲井斌氏の『もうひとつの ドイツ ある社会主義体制の分析』 (朝日新聞社)、 『西ドイツの社会民主主義』(岩波新書)、 『激動の東西ドイツ』 (毎日新聞社)、 『現代ドイツの試練 政治・社会の深層を読む』 (岩波書店)や佐瀬昌盛氏の『戦後ドイツ社会民主党史 政権への歩み』 (富士社会教育センター)に詳しい。

品川氏は岩波書店刊行の雑誌「世界」を創刊から愛読しているとのことだが、仲井氏の論文や著作などは目にとまらなかったのだろうか?

容共リベラルだった筑紫哲也氏などもワレサを賞賛したりしたことがあったが、品川氏の自叙伝を一読し、「容共リベラル」派たちの知的限界を見る思いだ。

数年前に公開されたソ連のハンガリー「進駐」を描いた映画「君の涙ドナウに流れ」でも紹介されていたハンガリーのマライ・シャンドールの詩が、下村徹氏の『ドナウの叫び ワグナー・ナンドール物語』(幻冬舎)本書の冒頭に引用紹介されている。

「自由の国に生まれた者には、理解出来るまい。私たちが、繰り返し噛みしめる自由は、全てに勝る贈り物であることを」

品川氏には、日本程度の自由すらも、ソ連東欧中国などでは存在しないことを知らなかったのだろうか。政府批判や米国に従属するとか、あれこれ煽動的な言葉を書き殴るのも言論の自由であるからいいのだが、もう少し井の中の蛙になることなく、広い視野をもって「平和」を追求すべきだったと思う。

平和を保つためには、単純な非武装ではなく、もっと戦略的に行動することも必要だ。そして、そんなに「平和憲法」を愛するなら、なぜ、中国や北朝鮮にまっさきに「輸出」し定着させる努力を、あなたがたのようなリベラルな人はしないのだろうか。それが不思議でならない。

ところで、品川氏の本にはそういう欠陥があるものの、企業人としての体験談など、いろいろと「へぇ?」と面白く読めるところもある。糸川英夫氏を個人的な顧問にしたことがあったそうだが、なんと一分間の話を聞くのに一万円払う契約をしたとか。十分話したら十万円! いやはや?


ソ連を愛するあまりに、ハンガリーへの侵攻は、「進撃」「進駐」になるのだろうか? (2014・1・1・水曜日)

昨日の大晦日、近所を少し歩いただけで、古本屋に寄ることもなく、むのたけじ氏の『99歳一日一言』 (岩波新書)を読んだ。

著者は、戦前戦中朝日記者だったが、1945・8・15、戦争責任を取る形で朝日を退社。その後、週刊新聞「たいまつ」などを創刊し、 『たいまつ十六年』 (現代教養文庫)などを刊行している。
「リベラル」なジャーナリストとして知られる。最近も特定秘密保護法批判者として、東京新聞(2013・11・28)に顔写真入りで大きく登場していた。

しかし、 「秘密保護法を制定する目的は戦争以外考えられない。米国の国際戦略で日本、自衛隊が利用されるということ」「かつての戦争突入時に似ている」と感じているそうな…。

このあたり、同じく秘密保護法に批判的だった保阪正康氏でさえ、半藤一利氏との対談本『そしてメディアは日本を戦争に導いた』 (東洋経済新報社)で、むの氏の戦後の生き方を批判的に捉えていたものだった。

また同じくリベラルで憲法96条改正などに反対しているにもかかわらず、特定秘密保護法制定には賛成している東大教授の長谷部恭男氏は、2013・12・ 20の朝日新聞で「特定秘密保護法で日本が戦前に戻るというのは非常におかしな議論です。今にも戦争が起きると言わんばかりの報道で人々をおびえさせるのはそろそろやめて、次のステージに移った方がいいと思います」と指摘していた。

この皮肉なコメントは、むの氏に東京新聞でのコメントに向けられた言葉といえるかもしれない。

『たいまつ十六年』 はかなり昔に読んだ本なので細かいことは覚えていないが、やはり「容共リベラル」臭さの残る本だったと記憶している。

久しぶりに取り出して見ると、昭和25年の項目では「六月二十五日朝鮮戦争が勃発した」「いま必要なことは、先に手を出した者をたしかめることではない。いまその議論をすれば、水かけ論でなくて油かけ論になる」…と。

しかし、お言葉であるが、当時から北朝鮮が南に侵攻・侵入したのは明々白々だったと思うが、仕掛けたのが北朝鮮・ソ連の側だと、いろいろと拙いので、確かめたくなかっただけなのではないかと思えるのだが…。

昭和31年の項目では、スエズ運河国有をめぐって「英仏軍のスエズ侵入」との表記もあり、これには深い関心を寄せているようだが、ソ連のハンガリー侵攻に関しては、 「二個師団以上といわれるソ連軍がハンガリアへ再進撃していた」と記す程度。

そして続けては、 「歴史が動くときはこういうものだろうが、一番問題なのは、英国がなぜ唐突な武力行動に出たかということだ」「英仏軍が強大な武力でどんなにエジプトの国土をふみにじっても、彼らの力は政治的にはもう限界にきてしまった。蛮勇をふるっても、追われるものは英仏である。言葉を換えていえば大国主義の崩壊だ。どんな大国であっても、理に合わないふるまいをしたのでは、どんな弱小国をも決して屈伏させることはできないのだ。そういう歴史が、スエズで明確に証明されたことが、日がたつにつれて一層思いかえされることであろう」と、英仏批判オンリーに徹していた。

この項目、なぜか会話体で記されているが、むの氏のホンネを綴ったものであろう。しかし、不可思議である。ハンガリーについてはほんの一言触れているが、 「再進撃」とは? 「再侵攻」「再侵入」となぜ表記できないのだろうか。

そして延々と英仏、英軍のスエズ「侵入」「武力行動」「領土をふみにじっても」「理にあわないふるまい」「決して屈伏させることはできない」と何度も批判しているのに、ソ連相手にはそんなコメントはないのだ。

少なくとも、当時の、むの氏は、ほぼ同じ時期に発生したソ連の蛮勇と英仏の蛮勇、ソ連のハンガリー侵攻と、英仏のスエズ侵攻とを同じ比重で等しく批判しなかったのは、まぎれもない歴史的事実というしかないだろう。

しかし、英仏は未だに存在しているが、「ソ連」はなくなった。

ハンガリー以降も、ベルリンの壁構築やチェコ「進撃」やポーランド危機などを引き起したソ連は消滅した。

ハンガリ-反革命というか、ハンガリー動乱の時に、 「大国主義の崩壊だ。どんな大国であっても、理に合わないふるまいをしたのでは、どんな弱小国をも決して屈伏させることはできないのだ。そういう歴史が、ハンガリーで明確に証明されたことが、日がたつにつれて一層思いかえされることであろう」と、むの氏が指摘していれば、ノストラダムスも驚く大予言適中となっていたことだろう。残念至極!?


こういうふうに、同じ侵略、侵攻であっても、相手によって「再進撃」「進駐」と平気で言い換える人を、僕は「リベラル」とも思わないし、尊敬することもできない。

こういう人たちと、「退却」「敗退」を「転進」、「全滅」を「玉砕」と言い換えた戦時中の「空想的軍国主義者」と、その精神構造性において、何処がどう違うのだろうか?

単細胞的な空想的平和主義者も空想的軍国主義者も「同根」というしかない。その証拠が、こういう言葉の奇妙な言い換えであろう。

とはいえ、今回の本の少し前の2008年に刊行した『戦争絶滅へ、人間復活へ 九三歳・ジャーナリズトの発言』 (岩波新書)では、むの氏は「レーニンと毛沢東を裁く」と題して、両者を批判はしている(少し遅すぎるが一歩前進?)。

2011/10/24(月) 04:19:55
 1915年生まれの、むのたけじ氏の『希望は絶望のど真ん中に』 (岩波新書)を読んだ。著者は敗戦の日に朝日新聞を退社したことで知られるジャーナリスト。その点はケジメをつける人として立派にも感じるが、以前『たいまつ十六年』 (現代教養文庫・岩波現代文庫)を読んだ時に、その左翼的体質にいささか辟易とした覚えがある。
 
 中国に対しても本書(岩波新書)では一党独裁をいましめる提言などは若干なされてはいるが、著者の本質はさほど変化はしていないように思える。

「日本軍に殺された中国人民は2000万人であった、と中国政府は発表したが、これに対して日本国と日本国民はどのような償いをしたか」と大上段に構えている。

 だが、2000万人という数字を鵜呑みにしたり、6兆円のODAなどの援助が償いにならないと考えているのだろうか?
 戦前の日本の軍国主義体制などを批判するのは当然としても、それと同じような体制を今日でも確立している北朝鮮に関しては無関心のようだし、それと五十歩百歩の中共の一党独裁・植民地支配体制に関しては、おおらかな見解を表明しているだけ。物足りない?

「私は中国に人口と面積だけでなく、何よりも心の働きの大きな、おおらかな国になってほしい。それが中国の天地に最もふさわしい姿ですな。そのために一党独裁の解消です。西欧流の間接デモクラシーのくたびれて腐った政治方式への移転なんかではない。まだどこでもやっていない直接デモクラシーの、人民が真に主人公である直接デモクラシーの実現へ進んでほしい。もう一つ、少数民族の問題です。五五の少数民族が中国の全人口の六%ということですね。その人たちに100%でなく一五〇%の行動の自由を保障し、その営みの中で新しい連合体を組むべきではありませんか。この改革を中国は必ずやれますね」

 自由世界からの圧力なしでは、やれないでしょうね。民族自決の原則尊重はむろんのこと、周辺国家の領土領海領空侵犯・武力の威嚇による外交推進などもやめない国に、こんな甘言を言ってもナンセンスであろう。

 むのたけじ氏の本と、以前紹介したこともある元岩波書店社員の長島陽子氏の『中国に夢を紡いだ日々 さらば「日中友好」』 (論創社)と読み比べるといい。同じ長老で中国に幻想を抱いた人でも、目覚める人目覚めない人、さまざまな人生模様を知ることができる。どちらを参考にすべきかは言うまでもない。ソ連中共北朝鮮キューバベトナム(北欧)などに夢を紡ぐのももうほどほどにすべきだろう。

 以前も紹介したフランク・ディケーターの『毛沢東の大飢饉 史上最も悲惨で破壊的な人災1958▷↑1962』 (草思社)によれば、1958年から1962年にかけて大躍進政策によって4500万人が本来避けられたはずの死を遂げたという。むのたけじ氏は、その頃毛沢東の来日を望んでいたかもしれないが、確かに彼が中国を離れたら、人民はひといきついていたかもしれない。日本軍が殺したという(?)2000万の2倍以上を毛沢東が殺戮した「事実」を直視すべきだろう。
 こうした事実を無視する進歩的文化人の氏の本と同時に、長島氏の本やこういう本も手にすべきであろう。歴史を学ぶためには複眼的視野を持つことが必要なのだから。


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