古本虫がさまよう あの時、トルーマンが日本に原爆を落としていたから、こんな「平和(ボケ)国家・日本」になったのなら、あの時、トルーマンが北朝鮮に原爆を落としていれば、「帰国者の悲劇」も「拉致」も、昨今の「チキンレース」も起こらずにすんでいたといえるのか?
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あの時、トルーマンが日本に原爆を落としていたから、こんな「平和(ボケ)国家・日本」になったのなら、あの時、トルーマンが北朝鮮に原爆を落としていれば、「帰国者の悲劇」も「拉致」も、昨今の「チキンレース」も起こらずにすんでいたといえるのか?
(2017・5・7・日曜日)





この前、筒井康隆さんが、ツイッターで、韓国の日本大使館前の「慰安婦像」に対して、「暴言」を吐いたとかでちょっと話題になった。そのことを少し論じたが、その際に紹介した彼の本(『現代語裏辞典』文春文庫)「トルーマン」のところにこんな「定義」がしてあった(トイレで用を足す時にチビチビと読み進めているのでまだ読了せず)。

「トルーマン」→「北朝鮮に原爆を落そうとした人。あの時落していれば…」(365頁)

ううむ…? 朝鮮戦争の時、北朝鮮に原爆を落とすべしと主張したのはマッカーサーで、それは駄目だということでトルーマンに解任されたのでは? だから、トルーマンが「北朝鮮に原爆を落そうとした人」ではないのでは?

しかし、あの時、もし落としていれば…。
その後の「帰国者の悲劇」や「拉致」は起こらずにすんだといえるのかも? 中共の文革もなかった?
まぁ、なかなか結論の出ないテーマ。
イラク戦争の時、フセインを叩いたために、いろいろと問題が発生しているけど、あの時、叩いていたおかげで、まだ核を持つ独裁国家が中東に生まれていないという見方も可能だろうか?
少なくとも、日本がほぼ降伏を受け入れる準備をしていた時に、とどめをさすかのように「原爆を投下」したことによって、日本は完膚なきまでに「敗北」したとの意識をより強く植え付けられ、少なくとも戦後、自衛戦争すら許されないという思いを持つ「平和(ボケ)国家」になった事実を見れば(?)「あの時落して良かった」と思っているアメリカ人(日本人も?)少なくないのでは?

ともあれ、「トルーマン」→「北朝鮮に原爆を落そうとした人。あの時落していれば…」の定義で、前半部分「北朝鮮に原爆を落そうとした人」というのは正しいのだろうか?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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