古本虫がさまよう フォーサイスは35歳の伯爵夫人に筆下ろし? 中共第五列がウヨウヨの沖縄は明日のマレーシア?
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フォーサイスは35歳の伯爵夫人に筆下ろし? 中共第五列がウヨウヨの沖縄は明日のマレーシア?
(2017・2・27・月曜日)






昨日(日曜日)は久しぶりの休日(というわけではなく、出社はしないものの「書類」整理は山ほどあり!)。だが、ふと、積んどくしていた、フレデリック・フォーサイスの『アウトサイダー』 (角川書店 )を読みはじめるといやはや面白い。

まずは、物書きはアウトサイダーたれのコメントから始まる。なるほどと。そして、独身時代の父親がマレーシアにて仕事をしていた時、日本人大工の息子の急病(虫垂炎)を救う(息子をオートバイに背負って百キロ以上離れた病院に運んだ)。そのお礼にといって、密かにマレーシアから早く出たほうがいいと助言をもらったとのこと。その時、1936年。婚約者をマレーシアに呼ぼうかと思ってもいたが、その助言に従って帰国。1938年にフォーサイス誕生。その時、マレーシアに残った仲間たちの多くは、1941年の太平洋戦争で、日本軍につかまり、ほとんどが捕虜収容所で死んだとのこと。

マレーシアといえば、こんな報道もあった。

「少なくとも6人の内通者が日本2015.3.1 09:11更新 【戦後70年】
(産経)マレー作戦「日本、完璧な諜報」 英秘密文書「最悪の降伏」
 第二次大戦で「東洋のジブラルタル」といわれたシンガポールが日本軍によって陥落して73年。チャーチル英首相が「英国史上最悪の降伏」と嘆いた作戦の背景に、「第五列」など「完璧な諜報活動」があったと、英国側が分析、評価していたことが英国立公文書館所蔵の秘密文書で判明した。事前に地理や軍事力の情報を収集し、植民地支配から現地人を独立させるため、支援して協力させていたの侵攻を手引きした」と指摘、さらに同7月23日付で「MI6」高官がMI5海外担当責任者にあてた書簡で、「ここ数年日本は想定を超えて驚くべき『第五列』活動を毎日のように行った」と指摘して現地人を味方につけた「第五列」を「敗因」とした。
 そして、マレーでは、全てのマレー人が積極的か潜在的に「第五列」に参加しているとの見方が広がるほど、日本が活動を活発化させたにもかかわらず、「英国側が重大に受け止めず官僚的態度に終始し、英将校らが不用意に重要事項を公然にしたことが悔やまれる」(42年7月30日、MI5幹部報告書)としている。
 日本の「第五列」活動が成功したことに関連して、「アジアを通じて日本の仏教の僧侶たちが頻繁に情報収集しながら、反キリスト教の汎アジア主義を訴えた」(42年6月6日報告書)と、欧米白人の植民地支配からの解放を訴えたことを記している。 (編集委員 岡部伸)


【用語解説】マレー作戦 日本軍は1940(昭和15)年夏ごろから軍、外務省、民間企業や台湾総督府、南方協会などが協力してマレー半島からシンガポールに至る地理や英軍の軍事状況、衛生防疫などを徹底調査し、海南島で上陸訓練まで行った。真珠湾攻撃の数時間前にマレー半島北端に上陸した日本軍は、55日間で1100キロを進撃し、42年2月8日、ジョホール海峡を渡ってシンガポール島へ上陸し、15日に英軍が降伏した。

【用語解説】第五列(fifth columnあるいはQuislings)
 自国の中に存在する仮想敵国および敵国に味方する勢力、裏切り者、スパイ、反逆者。有事の際は敵国に呼応して自国で破壊工作、情報詐取、攪乱(かくらん)、世論醸成、文化侵略などを行う。スペイン内戦で4個部隊を率いてマドリードを攻めたフランコ派のモラ将軍が市内にも呼応して蜂起する5番目の部隊(第五列)がいると言ったことが起源。


なるほどねぇ。当時の日本は、やるべきことをやっていたわけだ。その大工さん、もしかして、単なる大工ではなく? 日本のスパイだったかも。情けは人のためならず、というが、フォーサイスのお父さんが、英国人にありがちな、尊大な人物ではなく、使用人レベルの日本人大工の子供のために一肌脱いだおかげで、一命を取り留めたともいえそうだ。

という書き出しで始まり、読み進めていくと面白い(それにしても、今の日本、とりわけ沖縄には、中国中共の「第五列」がうようよ。沖縄は、明日のマレーシアかも?)。

フォーサイスの作品は『第四の核』 (角川文庫)、 『キル・リスト』 (角川書店)など、何冊か読破している程度だが、10代の時フランスやドイツにホームスティなどしては、語学をマスター。さらにはスペイン語も。スペインでは、自分の倍近い年上の35歳の伯爵夫人に「筆下ろし」までしてもらっている。
空軍パイロットになりたくて、歳をごまかして資格を得たりもするものの、ジャーナリストに転向。田舎新聞で修業をして、ロンドンで新たな職探しをしようとしたら、たまたま入ったパブで、同じ田舎新聞で修業した体験のある先輩と遭遇(面識はなし)。その紹介で、気がつけばロイター通信の見習い社員。そして、フランスのパリ副支局長が病気になり、その代役として派遣されることになる。フランス人もびっくりするほどのフランス語遣いであったことも奏功した……。といった半分ぐらいまで読んだところで、花粉症が酷くなり一休み……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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