古本虫がさまよう 田原総一朗さん、豹変す? 百田尚樹さんからの訣別宣言!
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田原総一朗さん、豹変す? 百田尚樹さんからの訣別宣言!
(2017・2・24・金曜日)






百田尚樹氏&田原総一朗氏の『愛国論』 (ワニ文庫)を手にする。
単行本として出ていたものが文庫化されたもの。両者の「はじめに」(田原氏)と「おわりに」(百田氏)をまず読了。

田原氏は1934年生まれで、敗戦時の価値観の大転換に直面し、子供心から共産党のシンパになったが、1965年に取材でソ連に行き、言論の自由がないのを知って愕然としたという。心情左翼が圧倒的多数だった日本のマスコミにあって、それからは方針転換。韓国を評価するルポを書いたりしたという。そのため、韓国情報部から金をもらっただのと糾弾もされたとのこと。

とはいえ、そんな田原氏との対談企画に百田氏は、田原さんは「ばりばりの左翼」と思っていたので、話になるかなと疑問を抱きつつも応じたところ、左翼批判もあってエキサイティングな楽しい時間を過ごせたという。
ところが、最近の田原氏は再び左旋回していると、「おわりに」で糾弾している。これがまた面白い? 「国境なき記者団」の根拠なき「報道の自由度ランキング」を過信したりする対応を批判している。

田原さんは今もやはり、ばりばりの左翼だったのだ。「国の安全保障」や「日韓合意」よりも、「権力批判」こそが、彼にとって最も大事なものなのだ。私は軽い失望と同時に、若き日の「左翼洗礼」の強さをあらためて知らされた思いだった。機会があれば、また対談の場を持ちたいと思うが、おそらくもうその機会は訪れないだろう。


なるほどね。まぁ、人それぞれとはいえ……。1934年生まれなら、1956年に起こったハンガリー反革命の時は、物心はあったはずでは? 百聞は一見にしかずとはいえ、1965年まで共産主義の実情を気づかなかったのは、致命的な先天性想像力欠乏症であったとはいえようか。その後遺症は生涯取り戻すことはできなかった?

今からでも遅くないから、湯浅博氏の『全体主義と闘った男 河合栄治郎』 (産経新聞出版)を読むことをおすすめしたい? 全体主義には「左右」があり、共産主義とファシズムとはほぼ同じものという認識を十代のころから持っていれば、本当の意味での中庸な精神を持つことが可能になる?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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