古本虫がさまよう 古女房の「愛」を古本市で裏切ってしまった……許せ!?
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古女房の「愛」を古本市で裏切ってしまった……許せ!?
(2016・12・18・日曜日)




昨日(土曜日)は、高円寺古書会館は古本市がなさそう。ということで、まずは五反田古書会館の古本市へ。そのあと、神田古書会館へ行くことにした。古女房は珍しく「週末ギャンブル」に出かけず、家で留守番。 「一カ所1000円以上使ったらダメよ!」との愛の言葉、いや罵声を浴びつつ家をあとにした。

五反田の古書会館(一階)では、雑誌「論争」が十数冊出ていたので全部購入。一冊200円。妻を裏切ることに……。「論争」は、遠山景久氏が出資し、大池文雄氏などが編集長をした雑誌。いままで買ったことがあったっけ? こんなにまとめて購入するのは初めてだと思う。ジョージ・オーウェルの『カタロニア讃歌』などを若き(当時まだ20代)菊谷匡祐氏が訳出している。1962年7月号掲載分は「2回目」のようだ。「スペイン内乱記」となっている。これってまるごと一冊全部訳出したのだろうか。1962年に刊行された筑摩書房の『世界ノンフィクション全集37』に、「カタロニア讃歌」が入っている(橋口稔訳)。一冊の単行本としては、現代思潮社から1966年に山内明・鈴木隆訳で、筑摩書房から1970年に橋口稔訳で出ているようだ。その年号からしても、「論争」のこの訳出は早めの快挙といえそうだ。

大池文雄氏の「新刊」が、風媒社から最近(2016年10月)、二冊(『「批評」復刻版』『ただ限りなく発見者』)刊行されているのを帰宅してから気づいた。都内の図書館では港区立図書館が所蔵しているようだ。だが、個人的にはこういう本は購入すべし? 大池氏の本については本欄で紹介ずみ(末尾に再録)。車中「論争」をぱらぱらとめくる。後の「自由」みたいな雑誌。ここから出ている本は何冊か購入している。クロスランドの『福祉国家の将来』やレイモン・アロンの『現代の知識人』やフィッツギボンの『キッスが終ったとき』や、大沢正道氏の『バクーニンの生涯』など……。大池氏や菊谷氏も近年亡くなったが、大沢正道(大澤正道表記もあり)氏はお元気のよう。回顧録も三一書房から来年早々刊行されるとの噂もあり。楽しみなり。

ともあれ、雑誌を抱え、そのほか、一階売り場では野依秀市氏の『なぜ? 共産党に反対か?』 (実業之世界社)を購入。
二階では、木村浩氏訳の、スターリン時代発禁だった、オレーシャの『羨望』 (集英社文庫)、今東光氏の『僧房夢』 (角川小説新書)、納賀顕豊氏の『ある海運人の自伝的時代史』 (牧羊社)を、あわせて900円で購入。4300円も使ってしまった(帰宅して、もしやと思って本欄を検索したら、納賀氏の本はすでに購入していた……。これは500円したから500円の損失!やれやれ)。角川小説新書といえば、司馬遼太郎氏が、一般推理小説として書いた『古寺炎上』も角川小説新書の一冊。これは絶版品切れで、復刊されることなく全集にも入っていないという。

以前、本欄でこの小説を紹介したことがある。「日本の古本屋」などで万単位で売られていた時もあったかと。そういえば、最近、文春新書から、司馬遼太郎氏の『ビジネスエリートの新論語』という本が出たそうな。本名で書いた幻の書が復刊されたとの広告を見た。それって、『名言随筆サラリーマン』 (六月社)のことだろうか? ともあれ、『古寺炎上』は、以前、千葉県立図書館の某館にあることを知って、武蔵野線に乗って現地まで行き借り出して読んだことがある。高知や京都が舞台の小説であったと記憶している程度だが、よほどのファンでもない限り、体裁もたかだか並製の新書サイズの本にウン万円も出してまで購入する必要はあるまい?  借りて読むので十分。

それはさておき、意気揚々(?)と神田古書会館へ行くものの、こちらは「古書」っぽい本が多くて、購入したい本はなし。2箇所で2000円の掟を破ってしまったが……。

そのあと、職場にちょっと寄って雑用を済ませて、夜は新宿で某サークルの「忘年会」。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!


(再録1)
大池文雄氏の『私の畸人録』は戦後の日本の出版史、左翼転向史を知る上で貴重な一冊  07/01/2011  

大池文雄氏の『私の畸人録』 (ぺりかん社)を読んだ。
著者は一九二八年生まれ。旧制水戸高校時代に梅本克己氏に師事し、中退後、日本共産党水戸市委員長、茨城県常任委員などを歴任するも、一九五六年のハンガリー事件をめぐり党中央と対立し除名されている。その後、「論争社」などを経て、平和相互銀行にも在籍し、ゴルフ場の経営にも手を出している。ゴルフ場に関しては『オーナーが語るゴルフ場の話』 (風濤社)という本があるが、僕はブルジョワ的スポーツは嫌いなのでゴルフには無関心だが、『私の畸人録』はそういう職業体験者故に、さまざまな畸人(保田與重郎、中河與一、岡潔、林房雄、遠山景久、小宮山英蔵、奥村綱雄)との出会い、エピソードが綴られており大変面白い本だった。
 
中河氏や藤田嗣治画伯に対する戦時中の行ないに関する批判に対して、保田氏は反論もしていたようだ。大池氏の友人でもあった遠山氏は、一時、河野一郎氏の側近でもあったようだが、その時はまだ左翼だったために、彼に猛烈な「洗脳」を行ない、「河野のソ連贔屓は僕(遠山)のせいなんだ。彼が農相時代に鳩山首相とモスクワへ行って、日ソ共同宣言に署名して来た。河野があのお膳立てを一生懸命やったのはそのせいなんだ」と語っていたこともあったそうな。
 
遠山氏のラジオ関東買収や論争社創設などの裏話は面白い。古本屋で論争社の本は大概揃えたが、ユニークな本が刊行されている。結構な専門書だ(クロスランド『福祉国家の将来』 、西尾末広『新党への道』 、レイモン・アロン『現代の知識人』等)。遠山氏は論争社の前にも出版社をやっていて、その時は大井廣介氏の『左翼天皇制』『革命家失格』などを刊行していたという(これらの本も以前購読した覚えがある)。
 
雑誌「論争」を創刊する時、編集を大池氏と救仁郷氏に任せると言いながら、小山弘健氏にも任せるという二股を遠山氏が取っていたという。小山氏にも『戦後日本共産党史』 (芳賀書店)などの本があるが、反代々木とはいえ、まだ左翼臭のある人だと僕は思っていたが、遠山氏は小山氏を編集長にして、大池さんたちが補佐するという折衷案を出してきたが、それを拒絶し、両者が直接対決論争し、それを聞いた上で最終的判断を下すことになったそうな。テーマは「現代資本主義論」。小山側には浅田光輝氏も加わって、遠山家でやったが、「大池、救仁郷組の勝ちだな」という判定が下されたとのこと。それは良かった。小山・浅田両氏が「論争」を運営していたら、実際よりもう少し左寄りになっていたことだろう。
 
平和相互銀行時代は、さまざまな銀行改革案を発案し、そうした路線を支援してくれたものの、後にスキャンダルにまみえた小宮山氏を擁護もしている。夜七時まで窓口を開けていた平和相互銀行はユニークな存在だったことしか記憶していない。学生時代住んでいた町にも平和相互銀行はあったが、すでにカード時代だったために特に利用するということはなかった。
 
大池氏は、論争新人賞で入選したこともある日本経済新聞社の記者(太田哲夫氏)にも依頼して、当時、平和相互銀行などがフルに活用していた通信回線の一元的管理、要するに「独占」を企図していた電電公社の法案を葬るために一肌脱いでもいる。日経の月曜論壇に法案反対、民間の創意に任せよというオピニオンを野村証券の奥村綱雄氏に書かせたのである。また、平和相互銀行総合企画室編で『岐路に立つ情報革命 通信回線の全面開放を求む』 (徳間書店)なる本も刊行したという。
 競争を否定する銀行業界にあって、ヌードカレンダーなども作っての話題作りも行ったようだし、アイデアマンとしても活躍したようだ。平和相互銀行の小宮山氏は、NHK出身で民主党の小宮山洋子代議士の祖父にもあたるという(自民党の小宮山重四郎氏は実弟)。
 
その他、文字通りの畸人(?)であった岡潔氏の愛国者的エピソードなども面白い。吉田茂氏が没後洗礼を受けクリスチャンになったのがケシカランとのこと。大池氏の前で「あれは日本人の誇りを傷つけ、日本人の精神的針路をあやまらせます。その罪は許せません」「とんでもないことです」と叱責し、インクビンの箱にあったGペンを鷲掴みにして、畳にブスっと突き刺したそうな。ううむ。


(再録2)

まともな左翼人は誰か?--丸山真男、鶴見俊輔、佐藤昇、梅本克己、安東仁兵衛、いいだもも  07/03/2011  

小島亮氏編の『大池文雄著作集1954 61』 (ぺりかん社)を読んだ。前述したように、共産党員としてハンガリー蜂起に衝撃を受け、この事実を直視しようとしない党本部に対して反旗を翻した大池氏のその当時の赤旗への投書や評論などが収録されている。鶴見俊輔程度の知識人は当時、ソビエトがあそこで軍事力を発動して押さえつけたことは正しいが、しかし、相当誤ったものが含まれているといった日和見的な発言を「中央公論」でしていたという。その程度の知識人に比べると、大池氏はもっと根源的にハンガリー蜂起を捉えていた点で優れた知識人であったというべきであろう。
 
引き続き、大池文雄氏の『水戸コミュニストの系譜』 (ぺりかん社)を読んだ。旧制水戸高校中退で日本共産党水戸市委員長、同国際派全国委員会委員、同国際派・所感派統一後茨城県常任委員などを歴任した著者による「水戸コミュニスト」を論じた一書。旧制水戸の先輩でもある梅本克己と、茨城県鹿島郡鉾田町を本拠とする常東農民組合の書記時代に面識を得ていた安東仁兵衛を中心とした評伝でもある。そして「反・反共」、非マルクス主義者を自称していた丸山真男や、いいだももに対する痛烈な批判の書でもある。

 国際派や所感派といっても、イスラム教徒のスンニー派、シーア派同様、僕にはどっちもどっちであって、定義を聞いてもすぐに忘れてしまう。何処がどう違うのか、所詮は同じ穴の……でしかない。
戦後の混乱時の共産主義者の実態がよく分かる本だった。僕などは佐藤昇氏などは高く評価するが、安東・梅本両氏の本はあまり読んでいないので、大池氏がそれほど評価するなら手にしてみようかという気にはなった。

「“丸山なんてマルクスにも行き切れず、さりとて訣別もできないまま、晩年にはスコラ的韜晦を図った学者”と思っています。インテリは皆紳士で暴言を吐きませんが」というのには同感。丸山政治学などは単なる「偶像」でしかあるまい。いや「虚像」か。いや「屁」か?
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