古本虫がさまよう 朝日論説委員は、本当の「死刑大国」の惨状を無視して、自国の少数例の死刑のみ批判する「自虐史観」の持ち主なのかしら?
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朝日論説委員は、本当の「死刑大国」の惨状を無視して、自国の少数例の死刑のみ批判する「自虐史観」の持ち主なのかしら?
(2016・10・10・月曜日・祝日)





第57回神田古本まつり が、10月28日から11月6日まである。今年は少し長い? でも相変わらず「雨対策」はゼロのようだ。青空掘り出し市は「雨天中止」(途中から晴天になっても、 「晴天中止」なんてこともあったことは以前報告ずみ。あっと驚く官僚主義丸出しの運営をするから、ここは怖い?)。

「雨対策」の拠点となるべき、古書会館の「特選古書即売展」も、10・28~10・30の金、土、日の3日間だけ。金、土も夜6時で終了(日曜日は午後5時で終了)。せめて、もう一時間延長するぐらいのことができないものか? 駐車場スペースや二階も古本市会場として「拡張」するぐらいの発想が浮かばないものか? 11月4日~5日の通常の古本市も、11・3(祝日)からやって、拡張して、景気づけにやればいいのに、金、土の二日間の開催だけ。何を考えているのやら?といいたくもなる。最近、東京周辺にはよく台風がくるけど、古本まつりの期間中に台風がくればいいけど、いやいや、台風がこなければいいけど?

それはさておき、朝日新聞社説の奇妙な死刑廃止賛成論を一読し、ため息をついた。

昨日(2016・10・9)の社説「死刑廃止宣言」「日弁連が投じた一石」はこんな文章だ。

批判や反発、抵抗を覚悟のうえで、日本弁護士連合会が大きな一歩を踏みだした。
 福井市で開いた人権擁護大会で「2020年までに死刑制度の廃止をめざすべきだ」とする宣言を賛成多数で採択した。
 究極の刑罰に対し、日弁連はこれまで一貫して慎重な姿勢をとってきた。5年前の同じ大会では、「死刑のない社会が望ましい」としたうえで、廃止について広く議論を始めることを呼びかけている。
 そして今回、はじめて制度の廃止を正面に掲げた。20年には刑事司法の専門家が集う国連の会議が日本で開かれる。それを見すえ、具体的な目標時期まで打ちだしたのが特徴だ。
 会内で積みあげてきた協議と成果を社会で共有し、この道筋を確かなものにしたい。
 死刑は執行したら取り返しがつかない刑罰だ。だが人が裁く以上、間違いは必ず起きる。
 2年前、死刑囚の袴田巌さんの裁判をやり直すとの決定が出たのは記憶に新しい。それ以前にも4人の死刑囚の再審無罪が確定している。一方で、国内外の研究によっても、死刑に犯罪を抑止する効果があるとの仮説は立証されていない。
 国際社会では死刑廃止の潮流が定着し、140カ国が制度上あるいは事実上取りやめた。OECD(経済協力開発機構)加盟35カ国で続けているのは日本と米国の一部の州だけだ。国連の委員会からはくり返し是正勧告を受け、日本に注がれる視線は厳しさを増している。
 この問題を考えるとき、何より心を致さねばならないのは、最愛の人を亡くした遺族の存在だ。今回の動きに対し、犯罪被害者の支援にとり組む弁護士らが抗議の声をあげている。宣言は個々の弁護士の思想や行動をしばるものではない。存続を訴える活動は当然あっていい。
 そのうえで望みたいのは、宣言をただ批判するのではなく、被害者に寄り添い歩んできた経験をふまえ、いまの支援策に何が欠けているのか、死刑廃止をめざすのであれば、どんな手当てが必要なのかを提起し、議論を深める力になることだ。
 宣言には、刑務所での労働を強いる懲役刑や執行猶予制度の改革も盛りこまれている。かつて政府内でも検討された案で、受刑者らに最も適した処遇をするために、刑の選択の幅を広げようという提言である。
 刑罰のあり方も状況に応じて見直されてしかるべきだ。いまの姿に縛られ思考をとめてしまっては、時代の変化からも、世界の流れからも取り残される。



日本のすぐ隣国の北朝鮮や中国は、政治犯や経済犯に対しても「死刑」を執行する「死刑大国」。それには目をつぶりたいものだから、世界の趨勢を示すにあたって、「OECD(経済協力開発機構)加盟35カ国で続けているのは日本と米国の一部の州だけだ。国連の委員会からはくり返し是正勧告を受け、日本に注がれる視線は厳しさを増している」と書く。

「先進国の中で…」と書くと、中国と北朝鮮が「先進国」扱いされないことになり申し訳ないから、「OECD加盟国」というカテゴリーを出して論じたのかなと邪推したくなる。なかなか狡賢い?(まぁ、そういうデータを日弁連がご用意しているから、安易に使っただけかも?)。

でも、よほど悪質な人殺し以外、「死刑」になることのない日本より、北朝鮮や中国の人権に「より厳しい目」が向けられているはずだが、そういうほうに読者の視点が目移りしないように必死に論点をずらしているのかも?

さすが、共産圏の人権抑圧には、見て見ぬフリをする甘い伝統をもつ朝日新聞だ。そうでなくては、論説委員にまで出世はできまい? 日弁連関係者にもそういう人が多いのだろう。中国や北朝鮮のような時の権力者による恣意的な死刑など、日本ではないのだから「時代の変化からも、世界の流れからも取り残される」とまで心配する必要はあるまいに。

そもそも死刑を廃止しても、代わりに「終身刑」を導入している「死刑廃止国」もあるはず。そういう事実もきちんと指摘すべきなのに省略する。日本では「死刑」はむろんのこと、「終身刑」も残酷だから、その導入にも反対する「人権派」が少なくない。「死刑」も廃止、「終身刑」も導入せずで、「無期懲役」という名の「懲役十年ちょっと」程度が最大の刑罰となったら、大変なことになるだろう。死刑もあり、終身刑もあり、終身刑には仮釈放のあるのとないのと両方あり…というのが望ましい。仮釈放のない終身刑があり、そういう犯罪者の刑務所労働の収益を被害者に少しでも還元するというようなシステムが導入されるなら、死刑を廃止してもいいかもしれないが…。

「死刑に犯罪を抑止する効果があるとの仮説は立証されていない」なんていうのは、月面にアポロは到達していないというようなものでは?
末尾に「死刑」が犯罪抑止に効果がある時もあるという一つのエピソードの紹介の再録をするが、そもそも、小田晋氏が『世紀末日本の精神病理』 (文藝春秋)でも指摘していたが、死刑をなくすと、殺し屋のボスが子分にあいつを殺せと命じ、オレの命令を聞かないとお前を殺すぞとなった場合、子分は親分の命令を無視したら殺されるが、命令どおりに行動しても死ぬことはないという状況になるから、死刑はあったほうがいいといった指摘をしていたかと。一理あるだろう。

朝日論説委員は犯罪者になったことがないので、犯罪者の心理が分からないのだろうが、下記のように安藤昇さんが指摘している犯罪者の心理をよくよく考えてみるがいい。机上の空論で、知ったかぶりで、「死刑に犯罪を抑止する効果があるとの仮説は立証されていない」と言い切るのは愚考というしかない。

朝日の記者である原裕司氏の『殺されるために生きるということ 新聞記者と死刑問題』 (現代人文社)なる本を昔読んだことがあるが、死刑囚がいかにかわいそうかと力説していた。いつ自分の死刑が執行されるかと怯え、看守の足音が近づくと「もうダメだ! 死にたくない。死にたくない。死ぬのはイヤだ!」と…。「いつ訪れるかも分からない死に直面した日々を送っている死刑囚たち。その恐怖感は、外部からは到底推し量ることのできないものだ」と記している。

でも、それって自業自得でしかない。こういう死刑囚に殺害された「被害者」本人の声を想像すれば、死刑も許されると考えるのが普通の人間の感情だろう。まれに殺害された被害者の中に、人を憎まずで、死刑を望まないなんていう声もあるから、それを「針小棒大」に取り上げて、死刑廃止論につなげようと躍起になる人権派もあるけど、見苦しいかぎり。原氏は、「死刑制度というのは、国家権力側が持つことが許された、国民に対する暴力装置だ」とまで言い切るタイプの人だが、とてもついていけない。

朝日にはこういうタイプの死刑廃止論を展開する人が少なくないのだろう。だが、あまりにも極端な論議では市民を説得できないので、マイルドに社説では書くけど、上に記したように「省略」する文脈からは「お里が知れる」といった矛盾した論理しか出てこないのだ。

安保法制などでは国民世論を無視している、多数決の横暴だと、一部新聞や弁護士たちは騒いでいたが、こういう時は、これまた死刑賛成多数の国民世論を無視し、少なからぬ死刑廃止賛成の弁護士もいるのに、全弁護士会員による賛否を問わずに、そそくさと「決議」することを批判もしない。まぁ、右も左も真ん中も、やる時はやるということでしょうか?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

(以下再録)
冤罪の恐れのない死刑執行をためらう必要はなし
(2015・12・19・土曜日)






2015・12・18朝日新聞夕刊の一面トップ見出しは「裁判員判決で死刑初執行」「川崎の3人殺害」「別の1人にも執行」というものだった。

冤罪の恐れゼロの凶悪犯に対して、裁判員たちが死刑判決を下し、それが確定し初めて執行されたというもの。これが一面トップなの?と思ったが、社会面では、「裁判員悩んだ末の極刑選択」「市民参加重い節目」‥となっていた。判決を下した時の記者会見で、当時大学4年生の男性は「判決は遺族感情や被告の生い立ちを十分に考慮した結果」だが、「人の命を決めるのは一般市民には重い決断。死刑が求刑されるような事件には、裁判員制度は適用しないで頂ければ」と語っていたそうな。

もし、僕がこの裁判の裁判員なら、「一刻も早く、この死刑判決が確定し、速やかに執行されることを祈りたい」とアッケラカンと答えたかも? 本人も認め、少なくとも、冤罪の恐れはないようだし。

ちょうど死刑執行が行なわれた朝、この日の各紙朝刊では、俳優の安藤昇氏が死去したとの報道があった。

産経2015.12.18 00:13更新

元「安藤組」組長、俳優の安藤昇さん死去
 元「安藤組」組長で作家、俳優の安藤昇(あんどう・のぼる)さんが16日午後6時57分、肺炎のため東京都内で死去した。89歳。葬儀は近親者で営む。後日、お別れの会を開く予定。
 安藤さんは大正15年、東京生まれ。戦中は海軍の特攻隊員となり、復員後の昭和27年、愚連隊がもととなる安藤組を結成。東京・渋谷を拠点に活動を始めた。同組は、実業家の横井英樹氏(後に、火災を起こした「ホテルニュージャパン」の社長)を襲撃する事件を起こし、組長だった安藤さんは恐喝容疑で逮捕され、服役したこともあった。
 出所した同39年に、組を解散。その後は映画界に転身し、同40年に自伝をもとにした「血と掟」で俳優デビュー。50本以上の作品に出演したほか、映画プロデューサーとしても活躍した。また作家としてエッセーなど多くの作品を発表した。主な出演作に「網走番外地 吹雪の斗争」「昭和残侠伝 破れ傘」「新仁義なき戦い」など。主な著書に「激動」「自伝 安藤昇」など。



死刑執行のニュースと安藤昇死去のニュースを見て、ふと思い出したことがある。

週刊文春(昭和62年5月14日号)の、「安藤昇が語った『武井遵と私』」「彼は私にニセ札の束を見せた」というインタビュー記事だ。

武井遵というのは→ウィキペディアによると‥‥。
北原 綴(きたはら つづる、1938年 - )は日本の作家。本名は武井 遵(たけい じゅん)。詩人の金素雲は父。歌手の沢知恵は姪。
1938年に群馬県群馬郡榛名町(現・高崎市)で生まれる。2歳の時に両親が離婚し、日本人の母の手で育てられる。大人になってからはバンドマン、宝石ブローカーなど職を転々とした。作家としても活動をしており、童話小説や少女性愛小説を書き、童話小説が全国学校図書館協議会推薦図書となったこともある。一方で成長過程で朝鮮人差別を受けたことで高校時代に傷害事件を起こして退学し、その後に暴力団員になっていたという裏の一面もあり、わいせつ罪、銃刀法違反、重過失傷害、恐喝、詐欺、通貨偽造罪などの逮捕歴があった。1976年2月にはベルギー人の宝石商から宝石を奪うために偽札を使ったり銃で殺そうとしたことで懲役8年となるなど、何度も犯罪に手を染めていた。
1987年に26億円に及ぶ偽札事件(和D-14号事件)と宝石強奪強盗殺人事件の首謀者として指名手配され、逮捕。1989年に無期懲役が確定した。


武井が安藤氏に盗んだ宝石の換金を依頼した云々と新聞に報じられ、その真意を週刊誌に語ったもの。その中で、安藤氏が犯罪を犯した武井についてこういう風に語っていた。

「再犯の人間は普通、強盗殺人はやらない。バタンコ(死刑)になることを知っているからね。殺して、物を盗ったら十三階段(死刑台)だぞ、ということを知っている。強殺は初犯者がやるもんだよ。俺はあいつは再犯だから、半信半疑だった。再犯の奴は絶対しないんだよ。ここまでやったら十年ですむ、とか考えるもの」

「俺の所に来る時は、いつも、勇気と優しさを持って生きていく、と誓った童話作家の面しか見せなかった。ジキルとハイドの二面性が、年中、交代で出てくるんだな。で、その変わり身が早過ぎる」

ううむ‥人間、ジキルとハイド‥とはいえ、二面性がありすぎると、社会の秩序を破壊することにもなるのか‥‥。気をつけなくては。童話作家でもわいせつ罪を‥‥。

それはともかくとして、死刑は犯罪の抑止にはならないとよく言われるけど、元「犯罪者」の安藤氏が、犯罪者は死刑にはなりたくないから、再犯する時は「普通」手心加える‥と語っているのだ(もちろん例外はあるわけだが)。これでもし、「死刑制度」がなくなると、強盗をいくらやっても捕まっても死刑にはならないなら、やりたい放題‥になる可能性も出てくるだろう。ヤクザの親分が子分に「あいつを殺してこい。命令が聞けないならお前を殺すぞ」と脅したりしたら‥‥。死刑制度がないと、命令を聞いたほうが得にもなる。

こんな簡単な人間の常識・心理を理解せずに、死刑を廃止せよ、死刑は犯罪抑止にならないと真顔で主張する自称犯罪専門家や「人権」弁護士ほど、反知性主義的な人はいないのではないか? 

せっかく市民による裁判員が「死刑」と断じたのに、それを破棄して無期懲役止まりに変更する高裁・最高裁の裁判官もちょっと反知性的かも?六法全書ばかり読んでいて、人間の常識や理性的感情を理解できなくなって、刑罰の「相場」しか理解できなくなっているのかも?
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