古本虫がさまよう ルーズベルト礼賛に基づく「東京裁判史観」を修正しなくては
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ルーズベルト礼賛に基づく「東京裁判史観」を修正しなくては
(2016・9・29・木曜日)







江崎道朗氏の『アメリカ側から見た東京裁判史観の虚妄』  (祥伝社新書)を読んだ。 

内容紹介→戦前の日本を戦争犯罪国家と断じた東京裁判史観を容認できないとする勢力は日本国内では根強いものがあるが、アメリカ国内には皆無であり、国際的な共感を得るのは不可能だと思っている人も多い。だがアメリカの世論も一枚岩ではなく、保守派の中には、東京裁判史観に疑問を持つグループもいる。 近年のヴェノナ文書をはじめとする新史料の公開によって、民主党のルーズヴェルト政権の内部にソ連のスパイが入り込んでいて、アメリカの国益を損なう外交が行なわれたことは揺るぎようのない事実となってきたことから、ソ連と中国共産党の台頭をもたらした第二次世界大戦と、日米開戦の責任は、ソ連とルーズヴェルトにあるする勢力が大きくなっている。 彼らは、日本の大東亜戦争が正しいと考えているわけではない。が、日本だけが悪かったとする東京裁判史観に対しては違和感をもっている。そのような歴史観を持つアメリカの政治勢力があることを我々は正確に理解すべきであり、彼らと連携することで、国際世論を盛り上げることも可能である。

出版社からのコメント→アメリカでは近年、メディアが伝えない保守派の中から、歴史観を見直す動きが顕著であり、少なくとも、「悪の日本VS正義のアメリカ」という東京裁判によって確定した構図は、打ち破られつつある。 アメリカの保守派の中には、東京裁判史観に疑問を持つグループが三つある。ソ連・中国の膨張主義に対抗するためには、日本の軍事行動は容認されるべきだったとする派。東京裁判自体が、実定国際法に反しているとする派。そして、ルーズヴェルト政権の内部に入り込んでいたソ連のスパイが対日戦争を誘導したとし、戦争の責任はソ連とルーズヴェルトにあるとする派の三つである。とりわけ一九九五年の「ヴェノナ文書」の公開によって、第三の勢力が確実に強まっている。 こうした実態が日本で報じられることはないが、我々はアメリカの実情を、正確に理解すべきであろう。



本欄でもしばしば指摘している『ヴェノナ』をはじめとするアメリカの保守リベラルさまざまな関係者や資料に基づいて、持論を展開している。
おおむね同感、共感を覚える内容だ。先に紹介した福井義高氏の『日本人が知らない最先端の「世界史」』 (祥伝社)同様、正しい意味での「歴史修正主義」「歴史検証主義」的な著作と言える。新書サイズの本なので、高校生あたりから歴史教育、政経(公民)教育の副教本としても利用可能な本だ。もちろん、高校教師なら、バランスをとる上で、岩波新書や集英社新書あたりから出ている「戦後史」関係の本とともにあわせて紹介するといいだろうが。

江崎氏の本で、なるほどと思う点は多々あるのだが、とりわけ一点、戦前のアメリカの対日世論が急速に悪化してきた背景に、コミンテルンなどの策謀があったという指摘には膝をうった。共産主義者がオモテにでるのではなく、その傀儡というか、彼らに操られて人道主義者のような面々たちが、日本の侵略を許すな云々の声を高めていく。

最近、鎌田銓一という軍人(陸軍中将)について書かれた、山田秀三郎氏の『罪悪と栄光 敗戦時の裏面秘録』 (大日本皇道会総本部)という本を読んだ。書名ではピンとこないが、鎌田氏の生涯を描いた評伝といえる。この本を読むまで、鎌田氏のことはよく知らなかったが、戦前、日本の技術畑出身の工兵系軍人としてアメリカの理系学部に留学し軍事研究をし、現地での米国人と交流もしホームスティもしている。そのとき、感じたものは、日本に対する同情と理解であったという。満洲事変などが発生しても、日本は小さな国なんだから無理もない…と温かい目で庶民から見られることが多かったという。それが徐々に反日的になっていく。もちろん、日本の行動をこころよく思わぬ人が自然と増えたこともあるだろうが、やはり人工的に作り出されたという側面も多々あったのだろう。

彼は敗戦時、中国にいて、自決を考えていたが、急遽、日本に戻れとの命令をうける。というのも、米国留学中には、向こうの軍隊に参画し、アメリカ人の部下を掌握していたこともあり、マッカーサーとも一度だけだが面談したこともあって、その当時の米兵の部下たちが、なんと、マッカーサーの先遣部隊として厚木にやってくることになり、その接遇をする役目を担うようにといわれたのだ。そして厚木での再会……。
やはり同じ釜の飯を食べたという人間関係は、数年以上のブランクがあっても、一時的な敵対関係や勝敗の悲劇を超えて、一瞬にして復活するものだ。そういう劇的な出会いもあり、戦後の日本の占領政策に関して、皇室護持に関して、さまざまな動きを展開したとのこと。なかなか面白い。軍票をストップしたのも彼だったという。告示直前、深夜にマッカッサーの側近に直訴して事なきを得たという。占領時期の裏面を知ることができる本だった。
古本のネットを検索してみると、この本、そんなに高くはないようだ。図書館に置いてあるところもあるようだ。また、このご子息である鎌田勇氏が存命中で、父親の活躍や想い出を綴った『皇室をお護りせよ! 鎌田中将への密命』 (ワック)という本がまもなく出るようだ。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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