古本虫がさまよう 昭和45年以前の本は一切貸してやらない中央区立図書館、『女教師』を所蔵し貸出している八王子図書館、そして沖縄の図書館には……。『誰だハックにいちゃもんつけるのは』から『誰だ「女教師」にいちゃもんつけるのは』まで
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昭和45年以前の本は一切貸してやらない中央区立図書館、『女教師』を所蔵し貸出している八王子図書館、そして沖縄の図書館には……。 『誰だハックにいちゃもんつけるのは』から『誰だ「女教師」にいちゃもんつけるのは』まで
(2016・9・15・木曜日)





先週週末金曜日あたりの一週間天気予想では東京周辺で晴れ間が見えるのは土曜日(9・10)だけで、あとは、曇り雨の日々が続くとのことだったが? まぁ、日、月、火曜にしても、そこそこ晴れ間もちょっと覗いていたところもあったかのように記憶しているが、水曜(9・14)はところによって違うかもしれないが、午後3時すぎにはまぶしいまでの太陽がくっきりと都内周辺では覗きましたなぁ? 雲も黒雲はなくなり白雲ばかり。「天気予想はまたはずれ?」 洗濯物も外に干しておけば急速に乾いたのに、「天気予想」を信じて室内干しにしていたために乾かず?
ちなみに14日付け産経朝刊によると、「14日」は、「関東も雨が降りやすい」となっていた。東京は雨&曇りの予想。最高気温は27度の予想。でも、実際は雨は特に降っておらず(地域によっては別だろうが)、午後からは徐々に晴れ間が見えてきたということで、正確には「雲のち晴れ」では?
ネットで確認すると、気象庁サマは、14日午後2時発表で「東京地方 14日は曇りで雨の降る所があるでしょう。15日は曇りで明け方から朝は雨となる見込みです」となっていた。午後2時の発表なら、せめて「東京地方 14日は曇りで晴れる所があるでしょう」とでもしておけばよかったのに? にもかかわらず、この日の夕方の天気予想屋さん(気象予想屋)さんたちは、今日も天気イマイチでした…と「情報統制」。実感を無視しての気象庁追随…。

ともあれ、中央区立図書館が、図書館なのに本を貸したくない図書館ワースト1であることは本欄で何度か指摘してきた。昭和40年以前の本は一切貸し出ししてやらない、分館までも配送してやらない、読みたければ本館まで来い、そしたら館内で読ませてやるぞ…と。

ところがふとホームページを見たらこうなっていた。

2016年1月5日
京橋図書館の所蔵図書のうち、明治期から昭和45年までに発行された図書資料につきましては、館外貸出を禁止いたします。
これらの資料につきましては、発行時から相当の期間が経過しているため、資料自体の劣化が進行してきていること、資料の代替や買換えが困難となっていること、などにより資料の保存を考えて、館外利用の禁止(禁帯出資料)とするものです。なお、利用につきましては京橋図書館内での閲覧のみとなります。
閲覧は京橋図書館のみとなり、予約が必要です。
予約の申込みは、各図書館カウンター又は電話で受付けます。
詳しくは、京橋図書館へお尋ねください。


なんといつのまにか、昭和40年以前ではなくて、昭和45年以前の本は一切貸し出ししてやらない--となっていたのだ。この図書館、きっと昭和64年以前の本も貸し出ししたくないんじゃないかしら? 仕事が増えるのが嫌なんだろうか? 都内23区内図書館で、ここまで露骨に官僚主義的に貸し出し規制をしている図書館はないんじゃないかしら? 中央区在住の人たちは、ちょっと抗議の声をあげるべきではないか。 戦前の本が、紙質などで「資料自体の劣化が進行してきている」という事実はあるだろうが、昭和40年前後の本なんかまだまだ紙質は大丈夫なはず(その証拠に、ほかの図書館はいくらでもそのころの本を貸し出ししているではないか)。

ともあれ、山口真也氏の『図書館ノート 沖縄から「図書館の自由」を考える』 (教育史料出版会)を読んだ。書名などからして、なんとなく、急進的リベラル左派的な図書館関係者による、よくありがちな単純思考(単細胞思考)による「図書館の自由」論が展開されているのかと危惧したのだが……。
ギリギリセーフというか、ちゃんとした視点からの「図書館の自由」論であり、参考になった次第。ただ、千葉の某市図書館での、保守系筆者の本を「焚書」にした案件などが取り上げられていなかったのは残念?

とはいえ、沖縄の大学にいて、沖縄の図書館がアメリカ海兵隊の機関誌(「大きな輪」)を置いてあるのに反発した人たちがあって、それをどう思うかとの取材を地元新聞から受けたこともあったそうな。その機関誌にはアメリカ海兵隊員、女性を救うといった記事があったという(おお、これが事実でないなら問題になるだろうが、沖縄の地元二紙が報道しないような事実を報じていたら、多様な言論を保障する上でも貴重な雑誌として図書館が所蔵して何の問題もないのではないかと僕は思う。それを問題視する市民や、それを後押ししようとする地元新聞の「民主主義」感覚はやはり異常では?)。

著者は、電話取材を受けたようで、その時、記者の話では「住民から図書館に対して『県民感情とかけ離れている』という批判があったとのことだが、どのような立場から書かれた資料であるとしても、図書館は資料に対して中立的なスタンスを取るべきであるし、市民感覚とかけ離れているとしても、あるいはかけ離れているからこそ、この雑誌は沖縄の問題を考えるうえで貴重な研究資料になるはずである。蔵書に加えることには何の問題もないし、反対のスタンスを取る団体のチラシや集会資料なども積極的に集めることで蔵書のバランスを取りながら、市民の学習の場としての機能を保つべきだろう。寄贈された残部を図書館のロビー等に置くことについても、『思想と情報のひろば』『資料提供の自由』という図書館の機能をふまえて考えれば、あらゆる思想に対して開かれた場として機能しているのであれば、特に問題はないと思う(公共施設での宣伝目的でのチラシ類の配布を禁止する条例・規則等があれば別だが)。----これが電話取材に対する私の回答だったのだが、記者は批判的な意見を求めていたようで、電話口からはやや落胆したようすがうかがえた。そして、翌日の新聞には私のコメントは掲載されなかった」という。

ううむ、こういう偏った新聞は、つぶしたほうがいいのか? いやいや、そんなことはあるまいが、代りにどんなコメントが掲載されたのか気になるところ。図書館の自由をわきまえない単細胞的な口先リベラルの「民主主義者」の尊大な反米コメントのみが掲載されたのでなければいいのだが?

僕も愛読したことのあるナット・ヘントフの『誰だハックにいちゃもんつけるのは』 (集英社コバルト文庫)も俎上にのせられている。『ハックルベリー・フィン』が黒人差別を助長するとして、高校の図書館で所蔵貸し出しするのはよくないことだ、いやそんなことはない云々というテーマの作品。

普通に考えても、日米安保や海兵隊や自衛隊を肯定する本、否定する本があれば、双方を所蔵するのが図書館の役目だろうに、イデオロギーの亡者になると、どちらの側にせよ、片方の本を焚書にしたがる傾向があるようだ(上述の千葉の某市図書館関係者は、左翼イデオロギーの亡者だったのだろうか?)。

『はだしのゲン』の貸出規制問題や、百田尚樹氏の沖縄新聞批判や、ツタヤ運営の図書館問題や、『アンネの日記破損事件』なども取り上げられている。

いわゆる「嫌韓本」「嫌中本」などに関する考察もある。この問題に関しては、単細胞的なリベラルな人たちが、ことさら問題にしているのではないかと僕は思っている。著者が勤務する大学の書籍フェアに、そういう本が陳列されていたことに苦言を呈する人もいたそうだが、「読書の目的はいろいろだから、学生は批判的な立場からその言論を知りたいと思ってリクエストした可能性もある。フェアコーナーにある嫌韓本は、有名な著者や出版社のものだから、学生なりに考えて選んだ跡も見られる。そもそも出版点数が多く、書店でベストセラーになっているジャンルの本が、一冊も図書館にないことの方が不自然である」と指摘しているのは正論だろう。

もっとも、編集者の責任であろうが、本書の139ページに「書店に溢れる嫌韓本・嫌中本」のキャプションで、書店の棚に並んでいる本の写真が掲載されている。もちろん、このキャプションが「ヘイトスピーチに溢れる嫌韓本」となっていれば、それだけで問題になろうが、まぁ、「嫌」がどういう定義になるかはともかくとして、写真を見ると、元中国大使の丹羽宇一郎氏の『中国の大問題』 (PHP新書)も載っている。この本、積んどくしているのでなんとも判断できないが、丹羽さんは別に反中派ではないはず。もちろん、この本、アマゾンのレビューなどを見ると、いろいろなコメントがあるし、広い意味で中国の問題点を指摘もしていて、ある意味で「、「嫌中本」と言えるのかもしれないが、世の中、朝日新聞などが言いたげな意味での「嫌中本」とは一味違うのでは。この写真とキャプションはちょっと不適切?

ともあれ、韓国の個々人ではなく、政府や学校が、竹島問題で、小学校レベルの生徒に日本の国旗を足蹴にするような絵を書かせて展覧したりする様を「品性下劣」だと評したりする程度は言論の自由の範囲内であり、ヘイトスピーチとも無関係であろうと僕は思う。それすらも「ヘイトスピーチ」だという人がいれば、言論の自由の破壊者だろう。

ともあれ、著者の視点は「多様な言論」を保障する場としての「図書館」の意義を高く評価しており、それは同感。

昔、あるところで、資料室の資料蒐集を担当する図書委員みたいなことをしていたことがある。ある人は、講談社学術文庫は素晴らしいので、これは出次第、全冊購入するといいですねと。まぁ、正論ではある。あるリベラル左派の女性は、こんな失礼なことを僕に言っていた。「古本虫さんは、右寄りだから、そちら系統の本ばかり集めたりしないか心配なんですが」と。「いえいえ、お嬢様、右寄りの本は少数意見ですので、貴重ですから全部買ってでも読みます。リベラル左派の左寄りの本は、買ってまで読みたいと思わないので、資料室でどんどん購入していきましょう」と回答したものだった? 30数年前の話。

それはさておき、元少年Aの『絶歌』 (太田出版)の図書館での扱いに於ける「差」についての考察も参考になる。蔵書として蒐集する図書館もあれば、しない図書館もあったり。貸出の年齢制限をすべきかどうかなど。『絶歌』も積んどくしていて読んでないが、こういうテーマで僕がすぐに連想するのは、図書館はなぜフランス書院文庫などを蒐集しないのか?と。

さすがの著者も、この分野の本の蒐集・貸し出し点の考察は本書ではしていない。「言論の自由」とは関係のない、大人の趣味の分野だから? いやいや、言論の自由に関して、ロレンスの『チャタレー夫人の恋人』など無視できない重大問題のはず。
ちなみに都内図書館を調べてみると、フランス書院の本を蔵書として持っている図書館は少数派。フランス書院の別会社のプランタン出版のボーイズラブ的な本を持っている図書館はいくつかある(その分野の本を目黒図書館は134冊、町田図書館は285冊も所蔵しているのは異常?。八王子図書館はフランス書院の翻訳モノ『女教師』『芽生え』『十六歳の夜』『生娘』を所蔵。そのほか、『熟女の「愛し方・愛され方」』も所蔵。この本は持ってない?)。国会図書館はヒット数は5395にもなる。さすが国会図書館?

ともあれ、リクエストなどで、「すみません、私は「未亡人」の研究をしている者ですが、フランス書院文庫の新刊の神瀬知巳氏の『僕と五人の淫未亡人 僕の母、義母、兄嫁、ママ、彼女の母…』 を研究目的のために読みたく思っていますので、購入をお願いします」と近所の図書館に言ったら、どうなるだろうか? 著者がいる大学図書館にリクエストしたら購入してくれるだろうか? 購入不可の理由を文書で要求し、その理屈を研究するのもいいかも? 未成年者も利用する図書館なので、という公立図書館もあるかもしれないが、貸出の際、年齢制限を加えればいいのかも?
あと、八王子市民の一部市民たちが、図書館に詰め寄って、フランス書院のエロ本を何冊も所蔵しているのは、市民として恥ずかしい、焚書すべきだと圧力を加えたりしないか心配だな? 『誰だ「女教師」にいちゃもんつけるのは』なんて本も書けるかも? 目黒や町田図書館にもプランタン出版の本が多すぎるとクレームがついたりしたらどうなる? だって、ツタヤ運営の図書館に東南アジアプレイガイド本なんかがあるのけケシカランという声もあったかと(でも、その手の本、都内の図書館にもあった。二枚舌はよくない?)。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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