古本虫がさまよう 伊藤淳と佐々淳行が描く父親像の相剋――伊藤律はトロツキーだったのか?
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伊藤淳と佐々淳行が描く父親像の相剋――伊藤律はトロツキーだったのか?
(2016・9・1・木曜日)



あの「伊藤律」の次男である伊藤淳氏の『父・伊藤律 ある家族の「戦後」』 (講談社)を読んだ。


内容紹介→本書は30年の空白を経てふたたび結びついた家族の名誉回復、雪冤の記録であると同時に、「戦後」という時代の鮮烈な一断面を示すものです。
伊藤律(1913~1989)は戦中・戦後の共産党史において重要な人物であると同時に謎に包まれた存在でもありました。「ゾルゲ事件」で処刑されたリヒアルト・ゾルゲと尾崎秀実逮捕の端緒をつくった男、徳田球一の懐刀として中国に密航し北京機関で辣腕をふるった男、共産党組織を敵に売り渡した革命の裏切り者……すなわち「生きているユダ」「革命を売る男」。しかし、それらは日本共産党中央や、尾崎秀樹、松本清張などが誤った情報にもとづいて貼ったレッテルでした。冤罪だったのです。
伊藤律没後、21世紀に入って事実は次々と明らかにされました。ソ連邦の解体で極秘資料に光があてられ、仲間を売っていたのはじつは野坂参三のほうであったことが明らかにされるとともに、ゾルゲ事件の解明にも新たな進展がもたらされました。そしてもっとも多くの人に知られ、伊藤のイメージ定着に影響の大きかった松本清張『日本の黒い霧』(文春文庫)所収の「革命を売る男 伊藤律」の内容の問題点を版元の文藝春秋は認め、以下の対応を示すにいたりました。
・現行の文庫本は回収する
・新たな版では作品の歴史的位置づけ、時代の制約について、伊藤律回想録や朝日新聞の記事などから引用、スパイではないという証拠が出てきているという説明をし、伊藤律の冤罪を証明した『偽りの烙印』や『伊藤律回想録』等を参照してほしいという断り書きを添付する。 事実上の訂正と言ってもよいこの措置は各メディアに大きく報道されました。
名誉回復のために伊藤の妻と子どもは活動しつづけました。著者は北京まで父を迎えに行き、没するまで生活をともにしました。その母(伊藤の妻)は党籍を離れぬまま活動を続け、夫の冤罪を信じつづけてきました。それがどれほど苦しいことであったか、信念の行動であったかは、ある世代以上の人には容易に推察できることでしょう。 本書はイデオロギーと家族の絆が織りなすドラマでもあります。



伊藤律が中国で生きていて、そして帰国するといった事態が発生したのは、1980年のこと。当時、僕は大学生だった。横井庄一や小野田寛郎さん同様の「衝撃」が日本社会に走った? いや、僕にとって、当時は、所詮はコミュニストの「亡命」「帰国」程度の関心しかなかった。とはいえ、新聞や週刊誌報道に接し、また彼の書いた本(『伊藤律回想録 北京幽閉二七年』文藝春秋)なども一読した記憶はあるが……。

当時、大学の政治学の教授が、「この伊藤帰国問題の本質は、共産主義の恐ろしさですよ。気に食わない人間を他国に追いやって、殺しこそはしなかったが、何十年も幽閉するようなことを平気でする。日本共産党のこの恐るべき体質こそ、君たちは見抜かなくてはならない」という趣旨のことを発言し、それはその通りと思った記憶がある。

その家族(妻)のところに父親が中国で生きていて、帰国したがっているという連絡が入ったのが1980年9月3日のこと。残された家族である妻は共産党党員のまま。次男も共産党関係の病院に勤務する状態。母親の意思で、党ではなくまずは中国大使館に確認。そして、そのあと共産党にも相談に行くと、裏切り者トロツキー(?)の帰国に怯えてか、家族たちをいろいろと恐喝する。なにしろ野坂参三が自宅まで乗りこんできて、開口一番「キミ同志(注・奥さんの名前が「キミ」)はなぜ律と離婚しなかったのか」「これは許されないことだ」「なぜ党に事前の相談もなく中国大使館と連絡をとったのか。これは党にたいする裏切り行為であり許されないことではないか」と難詰してくるのだ。

野坂によって中国に投獄されたとの伊藤証言を中国で聞くことになる次男だが……。

ともあれ、そうした帰国騒動や帰国してから亡くなるまでの期間、家族たちと律がどう過ごしたか、またスパイ説などに関しての反証が綴られている。その当否は別にして、身内のものでないと書けないエピソード満載の書だ。子供のころ、警察の尾行がついたことも記憶しているという。

このあたり、全然状況が異なるが、佐々淳行氏の『私を通りすぎたスパイたち』 (文藝春秋)を思い出した。どちらも「淳」がつき、次男坊だ。佐々淳行さんの父親・佐々弘雄さんは、伊藤律のようなコミュニストではないが、リベラルということで、河合栄治郎のようにいろいろと右側から批判されていた。権力からも尾行というか監視があって、自宅にもいろいろと憲兵がやってきたりしたという。ゾルゲ事件の尾崎秀実とも親しく、尾崎ゾルゲが逮捕された時から数日間の佐々家の葛藤(兄・克明氏も登場)は、伊藤家の「葛藤」にも似た状況でもあったといえるかもしれない。

ともあれ、伊藤律が亡くなった時、葬儀(お別れ会)に対して共産党は「葬儀に参列するな」との「禁足令」をだしたという。昔の封建社会でも「村八分」程度なのに、共産主義者は、葬儀参列も許さない?

また棺におおわれていた「赤旗」を長男が剥ぎ取ったら、「同志」の渡部富哉さんが、またかぶせたところ、また剥ぎ取ったりしたとのこと。最終的に棺に「赤旗」はかぶせられたのかそうではなかったのか、関係者の記憶も曖昧とのこと。

共産主義者から民主社会主義者や反共リベラルなどに転向する人は少なくないが、伊藤律は別に転向したわけではなさそうだから、棺を赤旗でおおうのは間違っていないような感じがするが……。長男としては複雑な思いもあったのだろうか。

著者は高校時代に尾崎の『生きているユダ』を読んだという。裏切り者伊藤律、尾崎を権力に売った奴という内容の一冊でもある。母親は「ほとんどウソよ」と答えたとのこと。

尾崎のこの本は、朝鮮戦争は韓国側の侵略によって始まったという認識を示したりしていて、いささか共産党(細胞)らしい筆致には若干辟易とした。ところどころに傍線を引きながら、 「そんなアホな!?」という文句を書き加えたりした。
しかし、「裏切り者・伊藤律」に対する恨みというか不信から、兄秀実の実像を探求しようとし、病身で生活保護を受けながら執念で書き上げたノンフィクションとして、それなりに面白く読める一冊ではあった。

もっとも、伊藤への批判に関しては、尾崎ゾルゲ事件では当てはまらないといった視点からの批判本も何冊かあるようだ。
加藤哲郎氏の『ゾルゲ事件 覆された神話』 (平凡社新書)や、渡部富哉氏の『偽りの烙印 伊藤律・スパイ説の崩壊』 (五月書房)など。

「ほとんどウソよ」(一部は本当?)と子供には答えた、その妻も伊藤が処分された時、絶縁声明を出すのを余儀なくされていた。

伊藤律に対する日共処分に関して、私は「絶対支持し、心からの憤激をもって、今後ますます強まるであろう米日反動の政策に対して闘うことを誓います」と。

こういう声明を配偶者に強要する全体主義的権力組織を、僕は「絶対支持しない」。口先だけきれいごとを言いつつ、党指導者に対する選択的選挙もない独裁組織を「絶対支持しない」。それでも、やはり、ネバーセイネバー?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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