古本虫がさまよう 「憲法9条」は「203高地」なり? 
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「憲法9条」は「203高地」なり? 
(2016・8・17・水曜日)





昨日(2016・8・16)は午後10時すぎに就寝。黒磯とはいえ、台風はいつになったら来るのだろうか?と、不安に思ったが、「未明」に目覚めると、さすがにそこそこの「風雨」になっているようだった。ラジオを点けると、台風関連のニュースも流れていた。ふむふむ、やってくる時間は若干ズレがあったが、台風が関東周辺を襲ったのは紛れもない「事実」のようではあった。

どうやら、台風は「速度を早めて」とずっといっていたのに、いつまでたっても「時速30キロ」。そのあたりに予測違いがあって、思ったより「遅く」関東に接近したため、昨夜は早期帰宅の必要もないのに、気象庁の「予想」を信じた会社は、早く帰れとやってしまったのだ。そんな大雨の中でも、雨音にまじってだが「カナカナ…」とひぐらしが啼いている。ううむ、生命力の逞しさを感じないでもない?

そんな午前4時過ぎに「地震」があった。ラジオはなかなか地震のニュースを流さない。気象庁も台風で忙しいようだ? やっと、震度〇〇、津波の心配はありません--とのニュースが、番組途中に挿入された。地震のほうがなんとなく不気味なこのごろだが、この台風で水不足もほぼ解消だろうか。人的被害がなく、水不足が解消すれば、恵みの「大雨」でもあるのだが……。満遍なく、すべての分野で「プラス」ヤ「マイナス」になることばかりではないだろうが。金正日やスターリンやレーニンや毛沢東やポルポトやヒトラーだって、何かいいこともしているのと同じ意味において…。

それはさておき、櫛田克巳氏の『人・心・旅 ある学芸記者の記録』 (法政大学出版局)を拾い読みした。

以前、櫛田克巳氏の『マルクスとドイツ民主共和国』 (日本DDR友好協会連絡会議)を200円で購入(元の値段は350円。1983年刊行)。向坂逸郎の推薦文があるから、どの程度のレベルの本かは自明? 櫛田民蔵の長男で、元朝日記者。大佛次郎の『天皇の世紀』の担当(運営?)をしたそうな? ちょっとした自叙伝『人・心・旅』 (法政大学出版曲)もあるようだから、読んでみたくはなる――と書いた。ということで手にした次第。

朝日新聞の学芸記者として,あるいは個人的に接した人々を語る人物論をはじめ,父櫛田民蔵の回想,大佛次郎『天皇の世紀』を担当した頃の回顧,旅行記等を収める――といった内容。


父親と大内兵衛が、不況時のドイツで、マルクス関連の古書を買い求めているシーンはいささか微笑ましくもある?

父親の手紙の一節。

「ここへ来て二カ月。プロイセンの総選挙も中部都市やハンブルグのコミュニストの暴動もよそに、古本屋という古本屋の階段を上ったり下りたりしている。飢えた人の食を求むる如く、むさぼり買った。選挙にもデモにも暴動にも泰然として古本屋の塵にまみれている。千、二千、三千、かれこれもう一万冊の古本を手にしただろうか、次第に本を買うのが厭わしく、時には反感をさえもつ。昨日着いた小包にはクロチウスの原本が入っている筈だが、今日も小包を解こうともしない……」

第一次大戦が終わったあとだから「円」で沢山の本が格安で買えたからこそ。

右であれ、左であれ、真ん中であれ、古本蒐集記は読んで楽しい?

だが、本書の最後に収録されている「社会新報」(日本社会党の機関紙)のエッセイは噴飯もの。「歴史の証言 戦後民主主義の衰退」と題して1980年7月から9月にかけて書かれたものだが、冒頭、江藤淳氏の「諸君!」(1980年8月号)の論文を批判している。江藤氏は、米国外交界の長老のジョージ・ボールが「日本に二隻の大空母を建造させ、それを合衆国海軍が借り受けて使用する」という提案を是認し、9条2項を改正せよと主張していることを批判している。

一方、大内が日本国憲法はブルジョア憲法であるけれども、ブルジョア憲法としてはもっとも民主的であるから、この「憲法9条は堂々たる二〇三高地である」「死んでも、これを守るべきである」と主張しているのを是としている。岩波新書の「迷著」こと『社会主義はどういう現実か ソ連・中国旅日記』の著者でソ連中共を礼賛した人でもあり(岩波書店はいつになったら、この「迷著」を復刊してくれるのだろうか?)、ソ連大好き人間の大内だが、日露戦争は帝政ロシア相手だから、まぁ、そういう比喩もいいのだろう。それにしても、そうか、平和運動屋たちにとって、9条は「二〇三高地」なのか? だから詭弁を弄してでも「死守」しようと躍起なのだ。やはり、なんとしてでも、それを乗り越えていくしかない?

まぁ、朝鮮戦争の勃発に関しても、「主語」を明記することもできない櫛田さんの知的レベルは典型的な左翼人というしかない(もっともこの前紹介した米原いたる(米原 昶)氏のように「アメリカ国務省顧問ダレスから激励を受けた『韓国軍』は、六月二十五日、三十八度線の全線において、侵略戦争を開始しました」と、書きたくても書けないぐらいには知的に向上しているというわけだろう)。

それはともかくとして、それ以外は、一人の学芸記者としての足跡を辿れるエッセイ本としてそこそこ面白く読んだ次第。それにしても、「歴史の証言 戦後民主主義の衰退」は、テレビ支配が進んでいるとか、元号法制化の動きは危険だとか、まぁ、典型的な容共リベラルというか進歩的文化人というか、主流の朝日文化人的主張が展開されている。昨今の鳥越サンなどに見られる主張の原型がここにあるといえようか。彼らは30数年間進歩することなく同じことを言い続けているようだ。元号廃止はもう主張していない? 今上天皇がちょっと「リベラル」だと、天皇制度も容認する? 都合のいい「政治的発言」は容認する?
アメリカ副大統領のご発言(日本国憲法はアメリカが書いた)に対してはどうする? 沈黙の彼方?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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