古本虫がさまよう 「ユーラシア&民主主義」の視点を持てば「反知性主義」を打破できる
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「ユーラシア&民主主義」の視点を持てば「反知性主義」を打破できる
(2016・8・12・金曜日)





昨日(木曜日)は、「海の日」とやらで祝日? 「山の日」と「海の日」があれば、「河の日」(川の日)も必要になるのだろうか? ちょっと祝日が多すぎないか?

ともあれ、渋谷東急の古本市へ。昨日が初日で、混むだろうから、あまり行きたくなかったのだが、お盆休み中は某田舎にこもり「修行」の日々を過ごそうかと思っていたので、やむをえず、初日に出かけた。

午前10時半すぎに着いたが、結構混んでいた。会場も、去年より少し狭くなっているかな? ともあれ、こういう時に、自分の両手が自由に使えれば背中の荷物が場所塞ぎになろうが知ったことかという風情の「リュック姿の輩」は本当に腹ただしくも感じる。また、スーパーの買い物籠と同じものが大量買いの人のために支給されているようだが、これが足によくぶつかって痛い。
主催者も、こんな「角」のたつ買い物籠ではなく、透明のビニール袋などを配布して、それに買いたい本を入れるようにすれば、本の角がぶつかることがあっても、買い物籠の角よりはマシであろうに(そういう買い物袋を支給している古本市もあった)。天井からは、やや音声は絞られているものの、やはり「騒音」が垂れ流し(でも、まぁ、音量は低め。高円寺の某ルックなんとか商店街の騒音垂れ流しよりは良心的でマシ)。

島村喜久治氏の『院長日記』 (筑摩書房)を1000円(ここは税込表示の良心的?古本市でした。どこかの税抜き、消費税二重取り疑惑濃厚な某古本市とは違って?)で一冊購入しただけでさっさと退散。デパート内の店にも立ち寄ることもなし。渋谷古書センターも閉まっているかなと思って寄らず。

車中、楊海英氏の新刊『逆転の大中国史 ユーラシアの視点から』 (文藝春秋)をひもとく。

視点を北京からユーラシアに移すと、歴史は違って見えてくる――とのこと。本文地図にもあったが、南北を逆転した地図で、モンゴルユーラシアから中国を見れば、揚子江界隈のシナ人の元々の領土地域は小さく見える。万里の長城とやらも、そうした強大なユーラシア、遊牧民の侵入対策のためにつくられたものだったのだから。


序 章 中国の歴史を逆転してみる

日本人は、中国の歴代王朝を暗記し、夷狄を討つため辺境の地に赴任する兵
士の漢詩をまなぶ。しかし、じつは、夏かから現在の中国まで一気通貫に現在
の中国に歴代王朝があったかのような史観は間違っている。北京から世界を
観るのではなくユーラシアから中国大陸をみると世界はちがってみえてくる。

第一章 「漢民族」とは何か

「漢民族」という「民族」が古代からいて、黄河を中心に文明を周辺部にひろげ
ていった、と現在の中国でも日本でも信じられている。しかし考古学的、言語
学的な証拠によれば、そもそも「漢民族」とよべるような人びとはいなかった。
ユーラシアに興った諸文明が黄河流域に移動してくる。

第二章 草原に文明は生まれた

紀元前十世紀の中原地区に、殷周王朝が栄えていたのと同じ時期、シベリア
やモンゴルなどのユーラシア東部には、青銅器を鋳造する冶金文明が生まれ
ていた。ユーラシアの青銅器文明は紀元前三千年前まで遡ることができる。
さらに時代を遡った草原の遺跡に、古代遊牧文明が残した謎の鹿石がある。

第三章 「西のスキタイ、東の匈奴」とシナ道教

万里の長城は、「漢人」の文明をよく現している。城壁で囲った土地に縛ら
れる文明だ。その外にあった遊牧文明は移動する文明だ。その先駆者ともい
えるのが、西のスキタイ、東の匈奴だった。シャーマニズム的な価値観の遊
牧文明と対照的な形で、「漢人」たちは「現世利益」の道教にのめりこむ。

第四章 唐は「漢民族」の国家ではなかった

現代中国の新疆ウイグル自治区やチベット自治区でなぜ、大規模な抗議運動
が二一世紀になってもしばしば発生するのか。ウイグル帝国とチベット帝国
と唐が鼎立していたユーラシアの歴史をいま一度振り返る必要がある。しか
し、唐ですら、そもそも「漢民族」の国家ではなかったのである。

第五章 三つの帝国が鼎立した時代

現在の中国の歴史教育では唐が九〇七年に滅亡したあと、混乱の五代十国時
代をへて「漢民族」による「宋」が再び中国を統一したことになる。しかし、
ユーラシア全体に視点を移すと、この時代は、モンゴル系の「遼」、チベッ
ト系の「西夏」、「宋」の三つの王朝が鼎立していた時代ということになる。

第六章 最後のユーラシア帝国、清

ハーンを頂いた大帝国「元」は一三六八年「漢人」朱元璋に滅ぼされ「明」
が建国。ユーラシアの人々は明のリーダーを皇帝と呼び「ハーン」と呼ばな
かった。17世紀、「明」にとってかわった満洲人の国「清」のリーダーは、遊
牧社会の伝統にそって玉璽をゆずりうける儀式をへて、ハーンを名のる。

終 章 現在の中国は歴史に復讐される
「逆転の中国史観」によって洗脳をとくと、現在の中国の問題が鮮明に浮かび
上がってくる。そもそも文明は鼎立していた。チベットやモンゴルを同じ中国
とすること自体に無理がある。分裂の導火線となるのは、漢族以外で育まれて
きたイスラム教、仏教などの宗教だ。



ううむ。中国三千年だの四千年だのといった「歴史」は針小棒大で、「漢民族」なるものも実は存在せず、漢人(シナ人)は、遊牧文明の支配下に置かれていた時代も長かったそうな。遺跡の発掘やらいろいろと分かってきたことは、遊牧文明によって支配され栄えた時期が長く、漢人(シナ人)は揚子江界隈の「中原」周辺に潜む(?)少数民族であったようだ。ただ、「漢字」のパワーがあったがために、生き長らえてきた……。
とはいえ、唐にしても、漢人の政権とは言えないそうな。このあたりの「世界史」は、高校時代、あまり勉強していなかったこともあるが、そうだったのかと目から鱗が落ちた次第。

それにつけても、尖閣周辺にやってくる中共支配下の公船や漁船の数々。鄧小平ごときの戦略(策略)にのせられて尖閣問題を棚上げにして、日中平和友好条約などを安易に締結した愚かさには唖然とさせられる(そもそも拙速に国交回復したのも愚作だった)。田中角栄ブームだそうだが、今日の中国の増長を促す元を作り上げたも同然の、あんな愚鈍政治家のどこがいいのか? 三木武夫のほうがまだマシだったような気もする。

そういえば、英国労働党党首のコービンさん、三木武夫さんのように、いろいろと党内からの反発を受けて、新たに党首選挙をするのを余儀なくされているようだが、結構頑張っているようだ。党首になった後の補選(下院)だって連続して勝利しているではないか。アメリカ民主党のサンダースといい、僕自身の政治的立場からは両者はちょっと離れている感じだが、なんとなく親近感を覚える。自国の国防軍に対して否定する福島瑞穂さんよりはマシだし、党首選挙もなにもないで選出されている共産党の志位某さんなどよりははるかに修羅場を体験し、民主的に選出されているのだから。

それにつけても、自民党の総裁任期規定を見直すのはケシカランと言いたくて世論調査の項目にまで入れて、任期延期反対論多しと囃し立てる一部マスコミには呆れる。ついでに、公明党や共産党の「党首」選びは、まったく選挙がありませんが、どう思いますかと聞いたらいかが。この政党に対する「拒否度」が高いのは、そういう独裁的な体質があるからだろう。中共の指導者選びと同じ構図体質があるからだろう(中国共産党はトップのみならず、「議会」に集う面々も、自由な選挙を経ていない)。「民主主義の視点から」もう少し日本政治を見直す「知性」を持つべきだ。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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