古本虫がさまよう 表彰式でうなだれるバカ&猛暑の中の甲子園開催を批判できない朝日論説委員たち
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表彰式でうなだれるバカ&猛暑の中の甲子園開催を批判できない朝日論説委員たち
(2016・8・11・木曜日)





オリンピックも甲子園もなんの関心もないのだが、テレビの音声が入るラジオがパソコンの隣にあり、ふと、点けたりするといやでも、日本人選手が金メダルを取ったなんてことを知ってしまう。ほぉ、旧敵国を抑えて金メダルか。それはスポーツナショナリストではない僕でもちょっと嬉しい? 

表彰式を見て、国歌君が代を聴こうかとテレビを点けると、おやおや、銀メダルまでとっているのに、表彰式で顔をあげることもなくうなだれたままの柔道選手がいた。日本人ではなかったが、かつて、日本の柔道選手にもそんな手合いがいたかと? いくら悔しくても哀しくても、そういうのは無礼だろう。スポーツバカの典型というしかない。悔し涙でも、顔をあげて、次のオリンピックではみていろというぐらいの気概を見せろといいたいね。悔し涙や嬉し涙を抑えることはできなくても、頭を垂れることなくあげることぐらい理性ある人間ならできるだろう。意思の力でコントロールできることはコントロールすべきだ。こういうスポーツバカがいるから、あまりスポーツ試合は見たくないのだ。

それにしても、2016・8・7の朝日新聞社説「甲子園開幕 感動呼ぶ熱戦を期待」を遅ればせながら一読し唖然とした。

自社主催の甲子園大会を自画自賛するのはいいとしても、かつて戦争の影響で中止になったからということで、「大会の開催そのものが平和な世の証しであることを、改めて心に刻みたい」とまずは説教? はいはい、条件反射的な小言ですね。早坂隆氏の『昭和十七年の夏 幻の甲子園―戦時下の球児たち』 (文春文庫)を読んでいるので、そんなことはもちろん承知してます。その時の大会では主催者が朝日ではなく国家になり、戦時下ということもあり精神主義、精神力が強調され、最後まで戦うのだということで、ちょっと記憶があやふやだが、選手交代も制限がついていてままならなかったとか?

「目標に向かって負けずに前身する姿は、逆境にある人に活力を与える。高校野球のもつそんな力を改めて思う」とも。道徳教育そのものだが、まぁ、それは正論です。

さらに、社説はいろいろと話題の出場校があり、熱戦が楽しみだと紹介したあと、ラストになって「甲子園は暑さとの闘いでもある。地方大会では熱中症で選手が倒れた試合もあった。常にベストコンディションで、そしてフェアプレーで、新たなドラマの誕生を期待している」と結語。

いくら主張のない「解説記事」の多い社説とはいえ、まるで高校生(以下)の作文レベルではないか? 日頃の批判精神はどこに行ったのか?  

僕が朝日論説主幹なら、論説委員がこんな社説を書いてきたら、「おいおい、ラストはこう書けよ」と赤字を入れるだろう。

「だが、この時期の日中での試合は、未成年の高校生には酷というものであろう。選手のみならず観戦客にも熱中症で倒れる例もあるときく。プロ野球でもサッカーでも北海道ならいざしらずこの時期、日中試合はしない。当然、日中の試合は中断し、早朝や夜間を利用しての試合開催がベターではないか。開会式は甲子園でやり、そのあとは大阪ドームも活用し、準々決勝から甲子園でというやりかたもあるのではないか。主催者関係者の賢明な決断を強く期待したい。万が一の死傷者が出てからでは遅すぎるのだ。戦時中の幻の甲子園で見られたような精神力強調ばかりで熱戦を期待するなんていうのはもはや時代錯誤と認識すべきだ」

日頃の朝日論説委員の言い放し、捨てゼリフ程度の批判的精神では、これほどまでに具体的な改革案をともなう建設的な提言は書けないかもしれないけど? 東京新聞の論説委員なら、これぐらいの「正論」が書けるのでは?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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