古本虫がさまよう 「ドン・キホーテ」の精神――巨大な”風車”を相手に、既成の権威や常識を打ち破りながら、たとえ孤軍奮闘でも自らの理想のもと突き進んでいこう――が日本を救う?
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「ドン・キホーテ」の精神――巨大な”風車”を相手に、既成の権威や常識を打ち破りながら、たとえ孤軍奮闘でも自らの理想のもと突き進んでいこう――が日本を救う?
(2016・8・10・水曜日)





世間はなんとなくぼちぼちお盆休み……。重厚長大本を連日読破するはずが、兄嫁だの何だのといった暑いさなかに読むのには手頃な本ばかり……。これではいかんということで、桑原聡氏の『《ドン・キホーテ》見参! 狂気を失った者たちへ』 (水声社)を読んだ(「平年並みの暑さ」だった東京周辺も、昨日はさすがに「猛暑」「酷暑」。帰宅してすぐにシャワーを浴びれば扇風機で大丈夫と称していたものの、ついにギブアップして居間のエアコンをしばし点けて読書。ただし寝室は窓開けて扇風機で大丈夫。超熱帯夜というほどのことはなし?)。 


「高貴なる人生」を歩むには? 登場人物たちの、魂を震撼させる数々の名言を頼りにスペイン古典文学の金字塔『ドン・キホーテ』を再読、そのヒントを探る。
《不条理の雄叫びが,現代を打つ──「うねる憧れ」が,見事に描き切られている。ドン・キホーテの夢に,著者の生き方が共振しているに違いない。随所にきらめく熱い「祈り」が,この古典を現代に甦らせたのだ。恋する騎士に,わが脳髄は軋(きし)み続けた。》(著述家・執行草舟)


産経新聞に連載されていた時も少し読んでいたのだが、ついつい、飛び飛びになり、本になってから読もうと……。 『ドン・キホーテ』は岩波文庫か晶文社か何かの版を積んどくしたまま。桑原氏も1993年、35歳の時、スペインに出かけ語学学校で勉強をした時に、岩波文庫版にて『ドン・キホーテ』を読んだという。

そして…。三島由紀夫の「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行つたら『日本』はなくなつてしまうのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう」という自殺の前に遺した有名な言葉をしばし引用しつつ、キホーテとサンチョの大長編の「珍道中」から教訓というのか、今日の日本の「空気」にもつながる潮流を読み取り、俎上にのせつつ話しを進めていく。読了して、なんとなく『ドン・キホーテ』を読んだ感じにもなってしまうのはいけないのかもしれないが……。元「正論」編集長ならではの、現代への皮肉な風刺を垣間見ることができる面白い本だった。

この本を読み進めながら、ふと、スペインは数年前、カタロニア、サラゴサ、マドリッドなどを訪れたが、また行きたくもなった。直行便もできたようだし。

以前、桑原聡氏&山本博一氏の『酒とジャズの日々』 (医療タイムス社)も紹介ずみ。ちょっとタバコ臭い本(?)だったが、参考になった。

ところで、本棚を見ていたら、飯沢匡氏の『ドン・キホーテの国』 (平凡社カラー新書)なる本が出てきた。1975年7月の刊行だからフランコが生きていた時代に訪問したのであろう(フランコは1975年11月死去)。セルバンテスゆかりの地などを訪れている。カラー写真(富山治夫氏カメラ)も豊富だ。1975年当時で、新書サイズで550円だから、そこそこのお値段であっただろう。

ところで、今や日本で「ドン・キホーテ」と言えば? セルバンテスの作品ではなく、安売り店の「ドン・キホーテ」がまずは浮かぶのではないか? 本社ホームページで「社名の由来は何ですか?」という、よく受けるという質問に対する回答として「スペインの文豪、セルバンテスの名作「ドン・キホーテ」にちなんで名付けました。既成の常識や権威に屈しないドン・キホーテのように、新しい流通業態を創造したいという願いを込めています」が挙げられていた。スペイン人が日本にやってきて、「ドン・キホーテ」という店の名前を見てどんな感慨が浮かぶだろうか?  スペインに「三四郎」とか「坊ちゃん」なんて店があるようなものか?

ともあれ、なるほど、ということで積んどくしていた安田隆夫氏の『安売り王一代 私の「ドン・キホーテ」人生』 (文春新書)を手にして一読した。自叙伝的我が経営論。
一応(?)慶応大学法学部を5年かけて卒業しているが、勉強はさほどできなかったとのこと。鶏口牛後ということで、大学を出て那須で別荘地を売る不動産会社に就職。原野商法というわけではなかったが、いささか不明朗な土地販売に嫌気を感じつつも、歩合制で給与も沢山もらえていたが、石油ショックであえなく会社は倒産。そのあと、マージャン稼業などで生活費を稼いでいたとのことだが、一念発起して「泥棒市場」なる安売り店をオープン。それが試行錯誤しながら、今日の「ドン・キホーテ」につながっていく。

本書でも店名の由来を、目立ちやすく覚えやすいものにするため、セルバンテスの名作にあやかったと書いていた。

「流通業界という巨大な”風車”を相手に、既成の権威や常識を打ち破りながら、たとえ孤軍奮闘でも自らの理想のもと突き進んでいこう…気負った青臭い表現で、自分でも照れてしまうが、本気でそう思っていたのは事実である」

セブン・イレブンでさえ、文字通り、朝7時から夜11時までの営業時間の時、さらなる深夜営業をやっていたそうで、そういうあたりが斬新だったとのこと。

ううむ、あのゴミゴミした陳列も、「圧縮陳列」と称している。横浜黄金町界隈の知人宅に寄った時、「ドン・キホーテ」があった(いまは撤退)。時々寄ったが、僕の基準点(ビールの値段など)からして、そんなに安売りの殿堂というほどのことはないと感じた。そこらのスーパーに比べてもさほど安いとは思えなかった。たまたまかもしれないが……。その店はいつのまにか撤退したようで、別の店になってしまったが。ほかにもたまに寄るドンキ店もあったが、なんとなくゴミゴミした感じで、すぐ近くにないということもあり、あまり利用したことがない。

著者は代表権のない名誉職になったということで、ソフトバンクの孫正義さんに比べて「クール肩書」の感じもするが……。世襲も否定している。

「権力と権威は似て非なるものであり、はっきり峻別しなければならない。たとえば、権力は、クーデター等により一夜にして崩れ、いとも簡単に奪取されることがある。それに対して権利は、短期に醸成されることは決してない。逆にそれゆえ、一夜にして失墜するようなこともまたあり得ない」

「創業家であり大株主でもある安田家は、自らの責務として、明確に権威を有する存在になるべきだと思う。ただし、権力を持つべきではない。ちなみに私は、日本の創業家は天皇家だと認識している。天皇家に政治的な権力はないが、最高の権威と品格が備わっている。もちろん、恐れ多くも、ドンキと安田家ごときをそれになぞられえるような、不敬、不遜な気持ちは微塵も持ち合わせていない。ただし、謹んであやからせていただきたいものだとは思っている」

このあたりの権力と権威の分立認識……。慶応大学法学部出身者ならではの見識・良識ではないか? というのも、これは慶應大学教授の中村菊男政治学を学んだ「教え子」ならではの見解だからだ。法学部卒業というが、法律学科か政治学科かどちらかは不明だが、授業には出ないで、バイト稼業に精出し、試験は学園紛争時ゆえに、ほとんどレポートだったから、5年とはいえ、なんとか卒業したと記しているが、中村菊男氏の「政治学」の授業だけは出ていたのかもしれない? 中国進出にも慎重であり、戦略的思考力を持っている点も評価できようか。


「ドン・キホーテ」を見直した!?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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