古本虫がさまよう 人はいかにして死ぬべきか?
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人はいかにして死ぬべきか?
(2016・7・31・日曜日)





読みかけだった阿川佐和子氏の『強父論』 (文藝春秋)を読了。阿川弘之さんはネコが嫌いで犬好きだったとのこと。それはよかった! 無宗教に近かったものの、お墓は衝動的に買って準備をしていたが、「欠陥」墓場だったとか? そんなエピソードが、後半綴られていた。

読みながら、そうそう、そういえば、知人の葬儀(通夜・たまプラーザ駅近くの葬儀場)に7年前参列した時、後ろに阿川夫妻がおられたものだった。当時は80代後半だったか。下らない正論は嫌いだったとのことだが、産経新聞の「正論」にはしばしば寄稿され、近年は、元旦の正論は阿川さんの原稿で始まることが多かったかとも。「正論」執筆陣の中で、阿川さんに次いで高齢者となると、大正15年生まれの三浦朱門さんか? 長生きしてください。

ところで、金子稚子氏の『アクティヴ・エンディング 大人の「終活」新作法』 (河出書房新社)を読んだ。
この人の夫は、金子哲雄さん(故人)。若くして亡くなった。その顚末が綴られた金子哲雄氏の『僕の死に方 エンディングダイアリー500日』 (小学館)は紹介ずみ。

再録的に記すと、流通シャーナリストとして活躍していた金子氏は10万人に一人といわれる「肺カルチノイド」という難病にかかり、その病気が発覚してから500日近い闘病生活を経て41歳の若さで逝去。本書は、難病に冒されて余命が幾ばくもないと知り、エンディングに向けて邁進する自分自身の心境を綴った「遺著」である。子供の時からの職業への思いや治療のための病院めぐりをする中で、自分を「人間」として扱ってくれた病院や医師と、自分の目を見ることもなく治癒率を下げるだけの治しようのない難病患者はお断りとの態度がミエミエの病院と医師の双方に出会ったそうな。後者のような医者の医師資格など剥奪しろと言いたくなるね。
遺書や葬儀場や埋葬の準備も整え、通夜にやってきてくれる人の食事なども手配する。仕事も可能な限りこなしていく‥。共働きで子供はいなかったようであるが、最後には奥さんが仕事を辞め、自宅で面倒も見ていく。奥さんも長めの「あとがき」を記してもいる。そういう体験も経た上での「終活」論。

そのあと、奥さんは『死後のプロデュース』 (PHP新書)という本を書いていた。妻から見た夫の「死」「死後」論。この本も、明日は我が身と思いつつ一読していたが、まだ時間的に余裕があるかなとも。

そして、今回の『アクティヴ・エンディング 大人の「終活」新作法』は、より、ハウツー的な色彩もある本。

内容(「BOOK」データベースより)葬儀や墓の準備より先に、するべきことがあります。あなた自身にしかできないことがある。それは人生の幕引きに向けた「生き方」を自分で決めること。それが新しい時代の“終活”です。そんなアクティブな生き方の準備を紹介します。



人間、どんなに強靱であっても、90歳を過ぎるとかなり衰弱もしてくるもの。躓いたり、病気をしたり……。還暦前から徐々に準備をしておくことも必要? とはいえ、まぁ、なるようになる?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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