古本虫がさまよう なんたってアイドルは強し――「戦線文庫」から「話のチャンネル」まで?
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なんたってアイドルは強し――「戦線文庫」から「話のチャンネル」まで?
(2016・7・27・水曜日)


押田信子氏の『兵士のアイドル 幻の慰問雑誌に見るもうひとつの戦争』 (旬報社)を読んだ。


内容紹介→戦中、戦争の労をねぎらうために内地(日本)から戦地の兵士に送り届けられたのが、「慰問雑誌」である。 軍部・民間を問わず、数多くの類が発行されたなか、戦中の7年間、一度の休刊もなく発行され続け、グラビアには女性アイドルたちの輝く笑顔が載っていたという慰問雑誌をご存じだろうか。
原節子、田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、李香蘭ら、現代のAKBと肩を並べるような人気だった彼女たちが誌面を飾り、読者を「兵士」に限定して無償で配布されていた雑誌『戦線文庫』である。戦時中の言論統制を考えれば、異次元のような娯楽大衆性と内容量を備えた稀有な雑誌であり、さらに、戦後には忽然と姿を消したゆえに幻の雑誌とも言われ、発行の背景や詳しい内実が公にされることはなかった。
今ここに、隠れていた戦争の新たな姿と事実を、あなたに公開する。元祖アイドルとも言える彼女たちが結んだ、戦地と銃後の絆とはいったいなにか。あの時代の人間の姿と営み、社会と世論、女性たちの生きざま、国民を戦地に動員した政府と軍部の思惑など、
語られることのなかった真実と現代につながる様々なことが見えてくる。慰問雑誌『戦線文庫』の影の生みの親といわれる菊池 寛、近代女流文学界の大御所と呼ばれた長谷川時雨も登場する。<ノンフィクション/貴重なカラーグラビアも収録>

第1章 元祖アイドルと幻の慰問雑誌
第2章 慰問雑誌発行の背景
第3章 新体制運動とアイドル像の変容
第4章 戦場に飛び出したアイドルたち
第5章 慰問雑誌の終焉とアイドルのラストステージ

戦地の港に船が着き、日本からの荷物が届けられる。
何日も何日も心待ちにしていた、兵士たちの一番嬉しいときだ。
汗と泥にまみれた青年たちの手に一冊ずつ渡されたのは、美しく、可憐な女性が表紙に描かれた慰問雑誌である。
ウオー!
誰からともなく湧き上がる大きな歓声と天にまで届くような拍手。
彼らが生きて、戦うために必要な命の水がその雑誌にはたっぷりと詰めこまれていた。
表紙には鮮やかな真紅の文字で『戰線文庫』と書いてあった。(はじめにより)



この内容紹介に尽きる一冊。そうした慰問雑誌に登場した当時のアイドル(原節子ほか)で、生きていて直接インタビューできたのは明日待子さんぐらい。あとは、紙上回答をもらった月丘夢路さんぐらいではあるが、月日の経過を考えれば無理もない。雑誌編集に関与した関係者としては矢崎泰久さんも登場(父親の矢崎寧之氏が直接関与)。

「戦線文庫」といっても、「岩波文庫」「新潮文庫」といった文庫本ではなく、普通の雑誌。プロマイドのような女優たちの写真も収録されていたようだ(本書口絵参照)。国民の寄付金などをもとに軍の支援で刊行されたもの。まぁ、兵士向けの慰問宣伝雑誌。

早坂隆氏の『戦時演芸慰問団 「わらわし隊」の記録 芸人たちが見た日中戦争』 (中公文庫)などでも、こういう兵士向けの慰撫として、芸人たちを軍が活用し戦地に派遣した事例が紹介されていた。

この前、紹介したモリー・グプティル・マニングの『戦地の図書館 海を越えた一億四千万冊』 (東京創元社)も、そうした兵士向けの慰問活動の一種と見ていいだろう。人生に娯楽は必要だし、いわんや戦場では…と。エログロナンセンス的な煽情雑誌にはならないだろうが、ある程度のお色気は必要と日本軍もみなしていたのだろうか。

僕だって、中学生のころは「月刊明星」「月刊平凡」だったか、そういう芸能娯楽雑誌を、「朝日ジャーナル」と並んで愛読していたものだった?(その他に「話のチャンネル」もあったかな? 中学生で、よく買っていたものだ? いや、いくらなんでも「話のチャンネル」などは高校生の時か……?)。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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