古本虫がさまよう 君は『ヴェノナ』と『日本人が知らない最先端の「世界史」』を読んだか?
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君は『ヴェノナ』と『日本人が知らない最先端の「世界史」』を読んだか?
(2016・7・8・金曜日)






読みかけだった福井義高氏の『日本人が知らない最先端の「世界史」』 (祥伝社)を読了。「正論」に連載されているものに加筆修正などを行なってをまとめたものであるが、コミンテルン、スパイなどの現代史に於ける謀略行為が、いかに歴史を変えたかを論じていて大変考えさせられる本だ。そうした謀略策略にひっかかる「間抜け」に関しても、批判も加えている。

僕も何度か言及しているジョン・アール・ヘインズ&ハーヴェイ・クレアの『ヴェノナ 解読されたソ連の暗号とスパイ活動』 (PHP研究所)なども紹介しているが、さらに訳出されていないインテリジェンス関連書も縦横無尽に紹介されており、知的興味を大変高められる本だった。

マルクス主義者や、その亜流の知識人たちは「修正主義」というのは正統マルクス主義を汚すものでお嫌いということで、なんでも「修正主義」というレッテルを貼って、ベルンシュタイン以下をおとしめようと躍起だった。その習性は今日でも残っているのだろう。ローゼンバーグやヒスやホワイトはスパイではないという「正統史観」を覆す『ヴェノナ』などの新しい史料には沈黙したり無視したり歪曲したり矮小化したり軽視したりして誤魔化そうと躍起だ。そういう反知性主義的な態度を取らず、謙虚に「史料」「資料」と向き合って常に検証していくといった「歴史検証主義」こそが大事であろう。
そして、そういうスパイの世界は、21世紀でも存続している。中共のスパイが日本の政財界マスコミの世界で皆無のはずはなかろう(アメリカのスパイも?)。スパイにまでいかなくとも「洗脳」的な工作を受けて、間違ったイメージを抱き、あこがれ、反日的な行為をする人もいるかもしれない。

くれぐれもよく考えて行動しなくては。そのためには、こういう本(もちろん立場の異なる本も含めて)を熟読するのが一番。佐々淳行氏の『私を通りすぎたスパイたち』 (文藝春秋)なども面白い。こちらはゾルゲ、尾崎など昭和・戦前のスパイたちとの「直接体験」から話は始まるのだから。

中西輝政氏と西尾幹二氏が本書(『日本人が知らない最先端の「世界史」』)を推奨しているのも当然の一冊。本書で引用もされているが、この前紹介した佐々木太郎氏の『革命のインテリジェンス ソ連の対外政政治工作としての「影響力」工作』 (勁草書房)と並ぶ力作といえる。

その意味で、 『ヴェノナ 解読されたソ連の暗号とスパイ活動』 (PHP研究所)は必読の一冊だがすでに品切れのようだ。アマゾンではなんと中古本が35000円前後で売られている。「日本の古本屋」では検索にもひっかからない。 『ポルの王子さま』でも一万円前後だから、それより高い価格がついている。
2010年に出たばかりで品切れ状態とは。よほど初版部数が少なかったのか? PHP研究所はなにをしている。さっさと復刊するか、新書か文庫で上下二冊にするなりして再刊すべきだろう。PHP研究所が復刊しないなら、ちくま学芸文庫あたりが復刊してはいかが?
ステファヌ クルトワ&ニコラ ヴェルトの『共産主義黒書〈ソ連篇〉』  (ちくま学芸文庫)は分厚い一冊本で1836円だったから、2000円ぐらいで出せるのでは?
ブックオフならもしかして200円(216円)コーナーにあるかも? 掘り出し物? 幸い、一部の図書館にはあるみたいだから、借りて読んでもいいかもしれないが。

あと蛇足だが、 「大波小波」(2016・7・7東京新聞夕刊)は、ドイツで二百四十万人を動員したデヴィッド・ヴェンド監督の映画『帰ってきたヒトラー』が、日本で封切りされた(原作となった同名の小説はドイツで二百五十万部を売り上げた)という話から始まり、彼(ヒトラー)が「私を怪物だというのなら、怪物を選んだ人々を責めるんだな。(略)君たちは私から逃げられない。私は人々の一部なのだから」というセリフを引用。

そして、1932年の選挙でヒトラーを選んだ投票行動と、今回の英国のEU離脱とを比較し、 「感情に翻弄されないためには、感情を客観化し、相対化する必要がある。映画や文芸には、そういう社会的役割がある」と指摘している。短文のコラムなので言い尽くせないところが、筆者にもあるのかもしれないが、ちょっと疑問を感じた。

なんとなく、離脱賛成派とヒトラー賛成派とを同列視しているように感じたからだ。ヒトラーの選挙の時は、ヒトラー派によるさまざまな暴力的な工作もあったと聞いている。国会での授権法の制定にしてもしかり。

そういう時代の国民投票や国会決議に比べて、今日の民主国家においての国民投票などは、賛成派反対派双方の主張は自由に表明されている。政党や議員もそれぞれの党議や良心(?)に基づいて投票する自由が保障されている。少なくとも、英国の今回の国民投票をナチス時代のそれと比較して「同等」とみなそうとするのは奇妙な言論というしかないのでは?

この前紹介したコリン・ジョイスの離脱賛成論が、「感情に翻弄された」ものとは思えないし。
でも、「大波小波」によると、帰ってきたヒトラーは、「ネオナチとは反りが合わず、むしろ「緑の党」と相性がいい」とのこと。ふ.うむ、なるほど。ちょっとそのあたりの「皮肉(風刺)」(?)を感得するためにも見てみたい映画かな?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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