古本虫がさまよう もしもオーウェルやチャーチルが生きていれば、「EU」を「ビッグブラザー」と批判し、民主主義的手法による「鉄のカーテン」を設定した英国民の決断を評価しただろうか? 
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もしもオーウェルやチャーチルが生きていれば、「EU」を「ビッグブラザー」と批判し、 
民主主義的手法による「鉄のカーテン」を設定した英国民の決断を評価しただろうか?

(2016・7・2・土曜日)




英国国民の過半数以上がEU離脱を選んだことに関して、いろいろと論評が続いている。離脱賛成に一票を投じて後悔しているという人を探し出してきてインタビューして、もういっぺん選挙をやれば、残留派が勝つかもしれない…と? ヒマな報道をよくやるものよ?

この問題に関しては一日本人としては、さほどの関心を抱いていなかった。日本経済にも大きな影響を与えるであろうとはいえ、所詮はプラスマイナスゼロみたいなものだろうと。あれこれと案じても仕方なし。とはいえ、ジョージ・オーウェルが生きていれば、どう判断しただろうかとは思っていた。

知人に教えられたのだが、英紙「デーリー・テレグラフ」の元東京特派員コリン・ジョイスが、ニューズウィーク(日本語版・2016・6・28号)で、 「EU離脱に清き一票を」と題して、投票前に寄稿しているのを、投票後に一読した。

コリン・ジョイスの本はこれまで何冊か紹介してきた。日本に駐在したこともある。

それをまずは再録。

コリン・ジョイスはポール・ジョンソンの後継者たりうるか?
2012/07/06(金) 05:28:54
1970年生まれの英国人・コリン・ジョイスの『驚きの英国史』 (NHK出版新書)を読んだ。すでに何冊かの本を出している。『「ニッポン社会」入門 英国人記者の抱腹レポート』『「アメリカ社会」入門 英国人ニューヨークに住む』『「イギリス社会」入門 日本人に伝えたい本当の英国』(同)。いずれも面白く読んだ。

「ニューズウィーク日本版」「デイリーテレグラフ」東京特派員を経てフリージャーナリストになっている。日本の高校で英語教師をしたこともあるから、日本語もそこそこできる人なのだろう。

本書では、コベントリーのゴダイバ夫人&ピーピングトムの逸話やチェンバレン(宥和政策)の評価など英国史のさまざまなトピックスをコラム・エッセイ風に綴っている。

ハイゲート墓地にあるマルクスの墓も出てくる。レーニン、トロツキーはスターリンよりマシだった論に対して、「実際のところ、この三人が自国民に対して働いた暴力の程度や他国の政府に示した姿勢には、ほとんど違いがない。三人とも非人間的なイデオロギーにからめとられた残虐な男たちだった。リベラルな民主主義に触れたとしても、彼らの根本が変わることはなかった」との指摘はまっとうである。

日本の多くのソ連研究家や日本共産党などは、この程度のことも言えない。レーニンを疑い、否定しなくてどうする。スターリンは悪い、トロツキーはもっと悪い、でもレーニンは聖者だなんてことがありうるわけがないのだから。

コリン・ジョイスって、『インテレクチュアルズ』 (共同通信社)の著者であるポール・ジョンソンと似通ったところがあるのかもしれない。どちらもオックスフォード大学出身だし?
コリンさんは、前の本ではジョージ・オーウェルを好きだとも書いてあった。本書では英国王室への適切な批評(評価)もある(僕は英国王室は、植民地主義統治の親玉であり、ケッ! という印象を高校時代に持ってしまい、それ以来、好きでも嫌いでもない。スターリン、毛沢東、ヒットラーよりはマシ?)。



そうそう、コリン・ジョイスやポール・ジョンソンはオーウェル的なところがある人かもしれない。そのコリン・ジョイスが8つの理由を提示して「ニューズウィーク」にて離脱賛成論を展開していた。


僕の思うに、みんなが投票所で自分の胸に問い掛けるのは「経済に悪影響があるか」ではない。最後に問うのは「自国の主権をカネのために売り飛ばしていいのか」だ。

投票後にもこんなコラムを書いている。

特権エリートに英国民が翻した反旗、イギリス人として投票直後に考えたこと - コリン・ジョイス Edge of Europe
ニューズウィーク日本版 6月28日(火)15時45分配信

<EU残留派、離脱派の双方の意見は大きく食い違っていた。離脱派はロンドンのエリート層に対して怒りをおぼえ、彼らに指示されるのはお断りだと考えていた>

 イギリスのデービッド・キャメロン首相が2013年に、次回総選挙で自身の率いる保守党が勝利すれば、イギリスのEUからの離脱(ブレグジット)の是非を問う国民投票を行うと約束したとき、僕は単純明快にこう思った。本当にそんなことをすれば国民は離脱に投票するに違いない、と。EUはいいものだと言うイギリス人を、僕はほとんど見たことがない。むしろEUへの怒りや批判の声が大半だった。

 もちろん僕はジャーナリストとして、反対の「残留派」の意見をあえて聞く必要があった。探してみれば、残留派はけっこうちゃんといた。EUにまあまあ乗り気、という人もいるにはいたが、もっと多かったのは「概して」「仕方なく」「知った悪魔だから」EU残留のほうにしておこう、という声だった。

 印象的だったのは、ロンドンの人々(「残留派」)はエセックス州(僕の住んでいるところだ)の住人とはとても違う意見を言うことだった。どちらが正しくてどちらが間違っているとか言うつもりはない。ただ、双方の見方が大きく異なっていたということを言いたいのだ。議論を交わしたり相手の意見に影響を与えたりする共通基盤がほとんどないから、結局は話し合いは通用せず、どちらの人数が多いか、で競うことになる。

 残留派は自分たちの考えが言うまでもなく正しいと考えがちだった。同意見の人とばかり付き合っており、離脱派に正しいことを教えてやりたいのは山々だが彼らを説得する方法が分からないと考えていた。一方の離脱派は、そうした「都会派エリート」に怒りをおぼえ、彼らに指示されるのなんかお断りだと思っていた。

 もう何年も前の話だが、EUで働く僕の友人が言っていたことがあった。イギリスがもしも単一通貨ユーロに参加したら、それによってイギリスが受ける経済的恩恵は、主権を犠牲にする損失を補って余りあるだろう、と。あのとき僕は、「イギリス国民はそんな事態は決して受け入れないだろう」としか考えられなかったから、無言で彼が話すに任せていた。イギリスはもちろん、ユーロには加わらなかった。でもこの友人の言葉で、ユーロを歓迎する人々は夢の国に住んでいるんだな、と僕は思った。

 国民投票に向けたキャンペーン期間中、僕の確信は揺らいだ。ほとんどの体制派は国民に残留を呼び掛けていたし、面白いことにオバマや安倍まで口出ししてきた。離脱したらヤバイぞ――ことあるごとにそう言い聞かせられたものだった。おまけに世論調査は、かろうじて残留が優勢だろうと伝えていた。市場ですら残留を見込んでいた。だから僕は結局のところ、現状維持になるのだろうと考えだした。

 ところが、僕の最初の直感は当たってしまった。

 EUの歴史を振り返っても、これほど度肝を抜く投票はあまりない。思いつくのは、EU憲法批准を拒否した2005年のフランスの国民投票くらいだ。でもそれだって、開票の前には薄々結果が分かっていたし、いずれにしろEU憲法はブリュッセルでの駆け引きの果てに立ち消えになった。

 イギリスの歴史に限定するなら、僕が考えつくのは1945年の選挙だ。

 ウィンストン・チャーチル首相は絶頂期にあった。ナチスを打ち負かして第二次大戦を勝利に導いたことで、国民からあふれんばかりの称賛を受けるはずの、並はずれた男だった。ところが、イギリスの有権者は静かにこの国の方向性を決め、チャーチルに背を向けた。福祉の充実を訴えた労働党が地滑り的な勝利をおさめ、福祉国家としての新たなイギリスが誕生したのだ。

 今回の国民投票に向けたキャンペーンは、不愉快な選挙戦だった。残留派、離脱派どちらもほめられたものではなく、双方が大げさな主張をして相手を侮辱した。1つの事例を取り上げるのはフェアじゃないかもしれないけれど、ガーディアン紙に掲載されたクリス・パッテンの記事は、特に腹が立った。

 パッテンは国民投票を実施すること自体がひどいアイデアだと書いた(「粗野なポピュリストの道具だ」「議会制民主主義への脅威だ」「次は何だ? 死刑制度の是非を問う国民投票か?」といった具合だ)。そして、反EU派の意見を「外国人嫌いの不快なイングランド的ナショナリズム」だと言ってみせた。

 パッテンは1992年の総選挙で国会議員の職を去るまで、公人として比類なきキャリアを築いていた。返還前の香港で最後の総督を務め、欧州委員会委員(素晴らしきブリュッセルの権力者の1人だ)として勤務し、BBCの監督機関であるBBCトラストの会長に就き、貴族院の議員を務めた。これらの役職全てが、権力(いくつかはとんでもなく強い権力だ)と名声と豪勢な生活(高給と恵まれた「特権」)を彼に与えてきた。そしてそのどれも、選挙不要で就くことができた役職だ。

 彼は今、オックスフォード大学総長を務めている。少なくともこの職に就くためには、選挙で選ばれる必要があった。それでも投票できるのはオックスフォード大学卒業生だけ。「エリートのお仲間」による選挙だ。

 だから僕は、イギリスが今まさに直面する最重要問題について一般国民が投票で意思表示をすることすらパッテンが認めないのは、あまりにひど過ぎる話だと思った。それはつまり、彼や彼の同類たちは、僕たち国民にとって何が最良なのかは、国民でなく彼らが決めるべきだと考えているということだ。

 記事を読んだとき、僕はムカついた。でも思い返せば、僕はパッテン卿が率直に胸の内を明かしたことを称賛すべきだった。まさにイギリス国民は、そんなお高くとまった国民蔑視に、反旗を翻したのだ。(コリン・ジョイス)




コリン・ジョイスがそういうのならそうなのだろう? ところで、ポール・ジョンソンは今回の問題で何か発言をしていただろうか? 1928年生まれだから、かなりの高齢。ロバート・コンクェスト(Robert Conquest, 1917年7月15日 ‐ 2015年8月3日 )は、はこの前死去。こういう人たちの発言は羅針盤として貴重なのだが。
ポール・ジョンソンがもし残留派だったりすると判断に困る?

中西輝政氏監修・監訳の『チャーチル名言録』 (扶桑社)の中に有名な鉄のカーテン発言の一節が出ている。


バルト海のステッティンからアドリア海のトリエステまで、ヨーロッパ大陸を横切って鉄のカーテンが降ろされた

今回の離脱により、英国は「鉄のカーテン」を、ドーバー海峡に降ろしたといえるのかもしれない。ソ連の軍事的威圧による領土拡張や東独の「ベルリンの壁」構築と違って、それは自国領域内の決定であり、尊重されるべきものであろうか。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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