古本虫がさまよう 福島原発事故:「炉心溶融、使うな」東電社長が指示――があるなら、「某大新聞論説主幹・編集局長が指示」「中国軍艦領海侵入、使うな」――もありかも?
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福島原発事故:「炉心溶融、使うな」東電社長が指示――があるなら、「某大新聞論説主幹・編集局長が指示」「中国軍艦領海侵入、使うな」――もありかも?
(2016・6・19・日曜日)






昨日(土曜日)はかなりの暑さ。首都圏でも猛暑になったところも。東京も最高気温は33度とか。冷凍水をカバンに入れて出陣。まずは五反田古書会館へ。

木村艸太氏の『魔の宴』 (朝日新聞社)、浜田常二良氏の『特派員の手記 大戦前夜の外交秘話』 (千代田書院)、ルイス・ブッシュの『おかわいそうに 東京捕虜収容所の英兵記録』 (文藝春秋新社)、駒場英之氏の『女スパイ第1号』 (ルック社)を購入。

『おかわいそうに 東京捕虜収容所の英兵記録』は持っているのだが……。

いつもなら五反田から高円寺古書会館に向かうことが多いのだが、この週末はやっていないようなので、御茶の水へ。神田古書会館へ。吉岡徳次氏の『港の運動40年』 (笠原書店)を購入。この人は総評系の人。同盟系の海員組合のリーダーだった和田春生氏の「天敵」のようであるが……。戦後の労働運動史を知る上で参考になるかと思って購入した次第。

そのあと、某所で一服して夕方某所へ。いろいろと懇談。そのあと、まもなく「閉店」になる某「王将」に行き、冷し中華と餃子。王将って、焼きそばと炒飯と冷し中華と餃子ぐらいしか食べたことはないが……。暑くてその周辺にあるブックオフにすら寄る気が起こらず帰宅。ビールとラフロイグ(オンザロック・一杯)。

ところで、一昨日(2016・6・17・金曜日)の朝日朝刊一面左トップは、「東電社長」「炉心溶融使うな」「福島事故」「第三者委、隠蔽は否定」

各紙にも似たような見出しの記事が出ていた。要は、東京電力福島第1原発事故で、核燃料が溶け落ちる「炉心溶融(メルトダウン)」の公表が遅れた問題で、東電の第三者検証委員会(委員長・田中康久弁護士)は16日、清水正孝社長(当時)が「炉心溶融」の言葉を使わないよう指示したとする報告書をまとめ、東電に提出したとのこと。首相官邸のほうから、「炉心溶融に慎重な対応をするように要請を受けたと(清水氏が)理解していたと推定される」と指摘したという。要は「事実」に「蓋」をかけて、ミスリードしようとしたわけだ。

そういう見出し記事を見て、ふと、 「朝日社長」「林彪失脚書くな」「文革」…とか、 「朝日論説主幹」「中国軍艦領海侵入使うな」「航行使え」……。

そんなこともありうるかな?と思った。

まぁ、朝日論説委員の中で、そんなやりとりがあったことを、将来、誰かが明らかにする時があるだろうか?

以前、元朝日論説主幹の松山幸雄氏の本をこのように紹介した。



元朝日論説主幹の松山幸雄氏の自叙伝のどこが「いけない」のか? (2014・1・ 8)
『いける本 いけない本』 (2013 冬 19号・ムダの会発行)という小冊子はこの前ちょっと紹介したが、その中で、ある英文学者が、松山幸雄氏の『国際派一代 あるリベラリストの回顧、反省と苦言』 (創英社)という本を「いけない本」だとして、 「別に今さら出さなくてもよかった本。これまでさまざまな賞を取ってきたジャーナリストが、何でこんな書物を出そうと思ったのか不可思議」と酷評していた。

なんで、そんなに松山氏のその本を酷評するのか? ということで松山氏の本を一読。僕にとっては、とっても「いける本」でした?

松山氏は元朝日新聞論説主幹。 『しっかりせよ自由主義』 (朝日文庫)など、以前読んだこともある。「はきだめにツル」とまでは言わないが、まぁ、朝日にあっては、中庸な思想の論説委員で、その人が論説主幹になった時は、ふうむ、朝日も変わったかなというか、少しは論調がマシになるのではないかと感じはした。

今回の本でも、自叙伝的に聞き語り的に、東京生まれ(いまの江戸川区)の幼少の頃から始まって、東大進学、朝日入社…今日までのジャーナリスト生活が回想されている。
基本的に、右も左も極端なのは嫌いで、朝日時代も、社内での中国に迎合する一部報道に辟易もしていたそうな。

「私は、朝日新聞にも若干の違和感を抱くようになっていました。朝日が『自民党批判』『米外交批判』の立場をとるのはもちろん必要、かつ望ましいことです。私もさんざんやりました」「社会主義圏のことを熱心に報道することも有意義なことです。しかしその過程で、ややもすると『朝日新聞は社会主義を目指している』といった誤解を生みかねないような記事が出ることに、若干の苛立ちを感じていました」

「(外報部時代に)いちばん苦労したのは、いわゆる『中国報道』です。朝日新聞が北京に好意的な記事を書き続けたために、世の『朝日嫌い』を元気づける形になってしまった。『朝日新聞は中国にベタついているから嫌いだ』という評価が、だいぶ長いこと続くわけです。朝日新聞が日中友好促進の尖兵として『北京へ』という旗を振ること自体には、私は反対でなかった。ただ、その過程において、『日中友好に反するような報道はしない』という過度の自主規制をしたのは間違いだったと思います」

「不思議なのは、『日中友好に反する報道はしない』という方針が、別に編集局や論説委員室の壁に張られていたわけでもないし、プリントが回ってきたわけでもないのだけれど、いつのまにか山本七平氏の言う『空気』が出来てしまった」

「文化大革命についても、朝日は概して評価が甘かった。当時の論説委員の中には、『文化大革命は人間精神の歴史的実験だ』と甘い見方をする人がいる、との話を耳にしましたけど、私は紅衛兵の活動など、まったく評価する気にならなかった。それから、林彪が失脚したにもかかわらず、『まだ林彪は失脚していない』という原稿が出たり、そういうミスがときどき起こるのを、不快な気持ちで見ていました」

「外報部デスクとしての私の抵抗は、北京から中国べったりの記事が送られてきても、それを『しようがないねえ、また』と言いながら預かりにして、机の引き出しにしまって整理部に出さない、といった程度のものでした」「北京から抗議の電話がかかってくる。どうせ電話は盗聴されているのだから、抗議の電話をかけたことで北京特派員のメンツは立つのだろう…といった調子の繰り返しで、悪名高い北京電はあれでも結構ボツになっている」

「私がとくに苛立ったのは、革新陣営の政治家の態度です」「ベトナム戦争についてはギャアギャア言っていたくせに、ソ連のチェコ侵入については、多少は批判しても、そんなにむきにならないのですよ」

いささか、証文の出し遅れ(?)の感はするが…。

当時、社内の中国迎合報道にもっと果敢に抵抗した朝日新聞の「週刊朝日副編集長」だった稲垣武氏は、閑職に飛ばされ、定年を早めて退職した(その経緯は、『朝日新聞血風録』文春文庫に詳述されている)。それに比べると、松山氏はまだ上手く(?)対応したおかげで、後に論説主幹(取締役)にもなっている。

まだ論説委員になってまもないころ、尖閣問題で中国を批判した社説も書いたそうな。そのために、朝日と協力して日本で公演する予定だった京劇が中止になったという。

そのことに関して、外務省の文化事業部長が「中国はすごいことするねえ。松山さんに社の上層部からお咎めはなかったの?」と聞かれたこともあったそうな。論説主幹は何か言われたらしいが、ご本人には何も言ってこなかったとのこと。
中ソの大使館から招待されたこともなかったという。朝日退職後、女子大の教授にもなったが、そもそも美人局の心配もなかったタイプ?

進歩的な人々のダブルスタンダード(西側の人権抑圧は非難するくせに、東側の人権はあまり論じない…)も俎上にのせて批判もしている。

若干の限界を感じるところもあったが、総じて、いい意味でのリベラル派に属しているのは間違いない。「容共リベラル」派ではない。

この本のどこが「いけない本」なのか、僕には理解できない。しかし、「いけない本」だと紹介してくれたおかげで一読できた次第。こういう本が去年出ていたことも全く知らなかったので感謝?

ともあれ、かくも、「いける本」「いけない本」も、読み手によって、評価は大きく変わるもの。自分自身の目で確認することをお勧めしたい。


尖閣に関して、「挑発」とか「侵入」とか「軍艦」とかといった表現を緩和して書くクセが朝日の記者や論説委員にはまだ残っているとしたら、この時代の後遺症というべきか? 早く完治しておいたほうがいいだろうに。


元朝日記者による「内部告発」的な本はいままで何冊も出ている。

長谷川煕氏の『崩壊 朝日新聞』 (ワック)や、永栄潔氏の『ブンヤ暮らし三十六年 回想の朝日新聞』 (草思社)や、稲垣武氏の『朝日新聞血風録』 (文春文庫)や、川村二郎氏の『夕日になる前に だから朝日は嫌われる』 (かまくら春秋社)や、大谷健氏の『問題記事 ある朝日新聞記者の回顧』 (草思社)や、木村明生氏の『知られざる隣人たちの素顔 ユーラシア観察60年』 (防衛弘済会)や、佐々克明氏(佐々淳行氏の実兄・故人)の『病める巨象 朝日新聞私史』 (文藝春秋)、塩田陽平氏の『朝日新聞への遺書 初めて明かす密室の紛争秘史』 (日新報道)、烏賀陽弘道氏の『「朝日」ともあろうものが。』 (河出文庫)……。

この前、亡くなった元朝日論説主幹の若宮啓文氏はイマイチで、 『新聞記者 現代史を記録する』 (ちくまプリマー新書)などは物足りない内容だったが、慰安婦報道で「勇み足」があった事実を認めていただけでも、少しはまだマシなほうだった? でも、その系列の人が、「領海侵入」と書かせないで、「領海航行」と書かせているのではないかしら?

しかし、文革礼賛のころの朝日に比べれば、今日はまだまともな記事も時々掲載されてはいる。少しは進歩しているのだろう。さらなる「一歩前進」(右傾化?)を期待したいものだ。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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