古本虫がさまよう 小島健一県議は、筒井康隆氏の『現代語裏辞典』 (文春文庫)を読んで「基地外」と発言したのか? 「反知性主義」とは、「右に傾いたものすべてに小児的反感を示す思想」なのか?
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小島健一県議は、筒井康隆氏の『現代語裏辞典』 (文春文庫)を読んで「基地外」と発言したのか? 「反知性主義」とは、「右に傾いたものすべてに小児的反感を示す思想」なのか?
(2016・5・27・金曜日)



伊勢志摩サミットも始まったようであるが、 「生オバマを見た」とか、キャーキャー言っている現地の、いい歳した大人を見ていると、ちょっと溜息をつきたくもなる。中学生ならまだしも……。政治家は歌手やスポーツ選手ではないだろうに……。こういうのを見ていると、非暴力的な形で反サミットデモを整然とする(人たちがいたとしたら、そちらの)面々のほうが「スマート」に見える? 伊勢神宮にはまだ行ったことがないから、長年積んどくしている『伊勢志摩歴史紀行』 (中村菊男氏著。秋田書店)を手にして、いつか行こうと思っていたが、もう行くのを止めようかと思いたくなる「民度」だった? また、ワイドショーならともかく、ニュース専門番組が、そんなのを何度も報じるのを見て、そのニュース報道感覚の低さにも唖然とさせられた。暇ダネ?

それはさておき、小島健一神奈川県議の「基地外」発言をめぐる「騒動・報道」を見ていて「おやおや?」と感じた。


朝日新聞デジタル
沖縄の基地反対運動は「基地外(きちがい)」 自民議員
2016年5月25日01時29分
 自民党の小島健一・神奈川県議(53)=横浜市青葉区選出=が8日に東京都千代田区の靖国会館であった集会で、沖縄県で米軍基地反対の運動をしている人たちについて、「基地の外(そと)にいる方ということで、『基地外(きちがい)』の方と呼んでいる。これは神奈川も同様で、大変苦慮している」と発言していたことがわかった。
 小島氏は朝日新聞の取材に発言を認め、「差別的な意図はない。イントネーションも(正しく)『基地外』と言っている」と話している。
 「沖縄県祖国復帰44周年記念日本民族団結靖国集会」のあいさつで発言した。小島氏は、沖縄と神奈川は米軍基地が多いのが共通点とし、「沖縄の基地の周りには基地反対だとか、オスプレイ反対だとか毎日のように騒いでいる人たちがいる」と述べ、「基地外」と表現した。
 また、沖縄の地元2紙について「明らかにおかしな新聞」「つぶれた方がいい」と話した。小島氏は現在4期目で、党県連の広報局長を務めている。 




「気違い」を「基地外」と表示するのは、作家の筒井康隆さんがよくやっていたと記憶している。差別語問題などによる断筆宣言をしていた時、彼のエッセイ本(たしか『断筆宣言への軌跡』 光文社)を読んでいたら「基地外」と書いてあったかと。今回は、基地の外での云々の省略形としての「基地外」なら、許容範囲か? いやいや、悪質な当てこすりだからケシカランというわけか?

そもそも、僕のパソコン、「きちがい」と打つと、「基地外」「キチガイ」とかなるけど「気違い」とはなぜか転換しない(自己規制?)。ということは、そもそも「基地の内外」ということで、「基地内」「基地外」という言い方は普通にしているのでは?(「きちない」と打つと「基地内」「キチナイ」となる……)。

「(米軍の)基地外に集まったデモ集団は、基地内に入ろうとして逮捕されました」といった言い方はテレビレポーターたちが、沖縄や神奈川の米軍基地前では普通にしているのでは? もっとも、「に」とか「が」とか、ちょっといい間違えると大変なことに?
でも、テレビニュースでも、沖縄の「強姦殺人事件」を報じるさいに「基地外」という字幕を何度か見た記憶がある。これにも抗議する必要がある? 「外人」は「害人」の発音と同じだから、「外国人」にすべきとか、「子供」は「お供え」的だから、「子ども」にすべきとか、言葉狩りもいろいろとあるようだから?

そういえば、筒井康隆氏の、ビアスの『悪魔の辞典』 (角川文庫ほか)ふうのスパイスが効いた『現代語裏辞典』 (文春文庫)という本を今トイレで「大」のたびにチビチビと読んでいるが、そこでは「きちがい」(気違い)の定義として、 「敵国で、基地外に出るやつ」となっていたので、ちょっと失笑した次第。やはり「基地の内外」というニュアンスでなら、「基地外」という言い方はあるのだ? いや、待てよ、これは筒井氏の深い意味が込められているのかも?
ちなみに「左翼」とは「右に傾いたものすべてに小児的反感を示す思想」とある。同感? もっとも「右翼」となると…(略)。

それにつけても、1994年4月19日の時点であれ、今であれ、「新聞雑誌をとり寄せることは、個人にとっても自由である。少なくとも一部のホテルには衛星放送の設備があり、香港や台湾の番組、香港のBBCニュースやNHKの衛星放送などを見ることができる。たとえば私が細川首相の辞任表明を知ったのは、日本の人々と同時であった。情報の鎖国状態は、もはや今日の北京にはない」と平気の平左で書きなぐるような人は「左に傾いたものすべてに小児的共感を示す思想」の持主ではあっても、「知性」とはまったく無関係の人だと思いませんか、と、当時(今も?)北京の街角で聞いてみたら、何割の人が「イエス」といっただろうか? 安倍内閣の支持率より、高かったのではないかしら?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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