古本虫がさまよう 「週刊誌ジャーナリズム」は復活するのか? それとも廃刊しつづけていくのか?――「週刊コウロン」から「朝日ジャーナル」「平凡パンチ」「週刊宝石」「週刊読売」……
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「週刊誌ジャーナリズム」は復活するのか? それとも廃刊しつづけていくのか?――「週刊コウロン」から「朝日ジャーナル」「平凡パンチ」「週刊宝石」「週刊読売」……
(2016・4・26・火曜日)





「本の雑誌」(2016年5月号)では「週刊誌の時代が再びやってきた!」という特集をしている。その中でも「週刊コウロン」(週刊公論))などが取り上げられてもいた。

だからというわけではないが、水口義朗氏の『「週刊コウロン」顚末記』 (中央公論新社)を読んだ。「週刊コウロン」というのは、古本市などでまれにみかけたことがあるような、ないような…。ほとんど目にした記憶がない。
新聞社系週刊誌に対抗して、週刊新潮が昭和31年(1956年)に刊行され、そのあと、週刊文春が昭和34年(1959年)に刊行。負けじということで、大手出版社から週刊ポスト(小学館)や週刊現代(講談社)なども創刊される。そして中央公論からは「週刊コウロン」が出たとのこと。著者は、中央公論に入社してすぐに配属され、廃刊になるまでの2年間の体験を中心に綴っている。当時の記事の回想やら、担当した作家などの思い出など、また嶋中社長&編集長の人となりなど――。

週刊誌や月刊誌の編集者、編集長の回顧録は、いろいろと読んでいるが、この本も面白く読了した次第。

当時、週刊誌の相場は30円だったのに、「週刊コウロン」はあえて20円にしたとのこと。安くすれば売れるかと思いきや、書店などは売上手数料が減るせいか、低価格週刊誌を歓迎しなかったという。

僕が自分のお金で週刊誌を買うようになったのは、昭和47年ごろか。中学生だったか。朝日ジャーナルだが、それが100円で一番高い週刊誌だったと記憶している。ほかの週刊誌は70円~80円ぐらいだったか(まったくあやふや)。石油ショックのあとは、紙の値段が急騰して、文庫なども10円、20円単位で跳ね上がっていったと記憶している。

ともあれ、週刊誌。今なお、そこそこ刊行はされているが。週刊読売はなくなった。週刊サンケイも「スパ」が後継誌といえるかどうか。週刊朝日やサンデー毎日は、高校別の大学合格者数を速報するぐらいしか芸がない? 部数は? 10万前後? アサヒ芸能や週刊実話や週刊大衆は、まだ頑張っている? 週刊プレイボーイも。
平凡パンチも朝日ジャーナルも週刊宝石も消えた。

自宅で「日経」と「産経」しか取らないでいると、この二つは、一般大衆週刊誌の広告が少ないから困る。プレイボーイやフライディーや女性誌の広告も載らない。書籍広告も少なめ。でも、まぁ仕方がない。得るものがあれば失うものがあるのだから。

水口義朗氏の名前が出てくる本があった。昔読んだ本だが、武田繁太郎氏の『沈黙の四十年 引き揚げ女性強制中絶の記録』 (中央公論社)。原稿のもとが「婦人公論」にて発表された時、編集部にいたからであろうか。
1945・8・15以降、満洲などで、ソ連がいかなる非道を行なったか。「シベリア抑留」とか言っているが、あれこそ「強制連行」だろう。「従軍慰安婦」が「性奴隷」とか騒ぐ人権弁護士たちが、満洲やドイツで、ソ連軍が戦後の「平和時」に於いて行なった女性への暴行の数々こそ「性奴隷」であるという事実を容認し、大きな声で批判したことがあるのだろうか? 武田氏の本は、そうした「性奴隷」となり、命からがら帰国したものの、「妊娠」し、「中絶」を選択せざるをえなかった女性の悲劇を扱った書だ。中公文庫は、水口氏の解説を付して復刊すべきだろう。

性奴隷」「レイプ国家」とは、戦時ではなく平和時になり、戦場もなくなった段階で、勝者の驕りから、敗者の女性などを集団レイプしたソ連軍・ソ連に対して、まず投げかける言葉であろう。
満洲やドイツで多くの女性が犠牲者になった。ソ連を「共産主義国の祖国」として幻想を抱いていた人々の中には、満洲での日本人婦女子への強姦の悲劇や国際法無視のシベリア拉致抑留も軽視しておきながら、戦時中の日本軍の捕虜虐待や慰安婦問題などを執拗に論難する人もいるようだが、少しおかしくないだろうか。

朝日新聞社から刊行されている『舞台・ベルリン 占領下のドイツ日記』 (アンドレーアス・フリードリヒ著)を読めば、満洲と同じ悲劇がドイツの婦女子にもあったことが分かる。戦時ではないのだ。平時なのだ。戦後の悲劇なのだ。より大きな悲劇として見るべきなのに、相手が戦勝国の共産主義の理想国・ソ連だと、日本のみならずドイツでも長年見て見ぬフリをしてきたのだ。この本、今手元にないが、ドイツ人女性が、ナチスの言っていたことにも事実があった、負けたらソ連が女性に酷いことをするだろうという予想は当たった云々と述懐するところがあったと記憶している。

日本の戦争責任に関してリベラルな姿勢を取る若槻泰雄氏でさえ、シベリア抑留を軽視しソ連を擁護する日本の進歩的文化人を手厳しく非難していた(『シベリア捕虜収容所』明石書店もしくはサイマル出版会(上下))。
ソ連などの蛮行には沈黙し、それに比べればの話だが、、まだ「小さな戦争犯罪」にばかり関心を寄せるのはおかしい。

話を雑誌回想録に戻すと、類書としてこんな本も(以下再録的)。

佐々木崇夫氏の『三流週刊誌編集部 アサヒ芸能と徳間康快の思い出』 (バジリコ)。書名通り「三流週刊誌・アサヒ芸能」中心の回想録。

長尾三郎氏の『週刊誌血風録』 (講談社文庫)。週刊現代など、さまざまな週刊誌での体験記。
高橋呉郎氏の『週刊誌風雲録』 (文春新書)。「女性自身」などの週刊誌での体験記。
ツルシカズヒコ氏の『SPA!黄金伝説1988~1995』 (朝日新聞出版)。
久田将義氏の『トラブルなう』 (ミリオン出版)。『実話ナックルズ』などの編集長を務めている。
 小長井信昌氏の『わたしの少女マンガ史  別マから花ゆめ、LaLaへ』 (西田書店)。集英社に入社し、マンガ畑の編集者となり、『少女マンガ』の編集長などを歴任、子会社の白泉社創立に参加し社長にもなった人。

 西村繁男氏の『さらば、わが青春の「少年ジャンプ」』 (幻冬舎文庫)。
内田勝氏の『「奇」の発想 みんな「少年マガジン」が教えてくれた』 (三五館)。
峯島正行氏の『現代漫画の50年 漫画家プライバ史』 (青也書店)。著者は「漫画サンデー」の編集長だった人。
掛尾良夫氏の「『ぴあ』の時代」 (キネマ旬報社)。著者は、キネマ旬報社の社員であったことから、『ぴあ』との接点があった。その体験から、『ぴあ』の創業者である矢内廣氏らを中心にした人間ドラマをこの作品で描いている。
恩蔵茂氏の『FM雑誌と僕らの80年代「FMステーション」青春記』 (河出書房新社)。

小林祥一郎氏の『死ぬまで編集者気分 新日本文学会・平凡社・マイクロソフト』 (新宿書房)。新日本文学会は共産党系団体で『新日本文学』の発行元。マイクロソフトではデジタル百科事典云々などで参画し、あの成毛真氏との接点もあったようだ。「太陽」の編集長もやっているが左傾化?

平凡社の「挫折」に関しては、すでに1927年生まれで1952年(昭和27年)平凡社入社の大沢正道(大澤正道)氏(大原緑峯氏名義)の『平凡社における失敗の研究』『平凡社における人間の研究』 (ぱる出版)という本が刊行されている。大澤氏はまもなく90歳だが、お元気なようだ。

小林氏が、大沢氏の本で自分が批判されていることへの反論を若干してあった。たしかに大沢氏が、名指しやらイニシャルで小林氏を批判している箇所があった。「K氏問題のお粗末なてんまつ」(失敗の研究)などがそれである。
日本軍の信賞必罰を無視した恩情人事と同じことを平凡社が小林氏に対して行なったとの批判である。ううむ、このあたり、元日共党員小林氏とアナーキスト大沢氏との対立も遠因としてあるのかも? 一読者としては、双方の書を読み比べるしかないのだが……。

大沢氏は、その後も活発な言論を展開しており、『くたばれ!朝日新聞 国民を欺く卑怯なメディア』 (日新報道)や『戦後が戦後でなくなるとき』 (中央公論新社)、 『忘れられぬ人々』 (論創社)などは大変面白く読んだ。アナーキズムはコミュニズムよりは評価できるなと思うのも、大沢正道氏が存在するからでもあるのだが。

池永陽一氏の『学術の森の巨人たち  私の編集日記』 (熊本日々新聞社)。講談社出身の編集者による回想録。講談社学術文庫などを担当。

安保反対闘争に参加し、チベット弾圧をしていた中共にもあこがれていた元岩波書店社員の長島陽子さんの『中国に夢を紡いだ日々 さらば「日中友好」』 (論創社)も貴重。

藤脇邦夫氏の『出版アナザーサイド ある始まりの終わり 1982-2015』 (本の雑誌社)。白夜書房出身。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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