古本虫がさまよう 日本を「カエルの楽園」にしないためにも、ナショナリストの「平和論」には賛成できない
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日本を「カエルの楽園」にしないためにも、ナショナリストの「平和論」には賛成できない
(2016・3・29・火曜日)







安保関連法が施行されたということで、2016・3・29の朝刊夕刊は、各紙「個性」的に報じていた。日経、産経朝刊は自宅で読んだが、まぁ、そういうところだろうと。日経も「アジアの安定日本に責任」(一面・秋田浩之編集委員)との論説を掲載しかろうじて(?)自由世界の一員の立場を堅持したといえそう?、読売も……。
朝日、東京、毎日は…はまぁ、そういう御立場であろう。

でも、ちょっと酷いなと思ったのは、東京新聞(3・29夕刊)一面のある婦人のコメントだった(記事見出しは「この日常ずっと」「安保法施行」「廃止あきらめない」「ママたち国会前で」)。

国会近くで、「メガホンや鳴り物で大きな声を響かせるデモとは趣を異にした集い」があったそうで、女性たちが、レジャーシートを敷いて手作りのクッキーや弁当を囲んで「戦争はいやだみゃん」とのポスターを置いての抗議活動をしていたのを記事にしている。

その中で、大学生の娘がいるという52歳の女性が、 「政府は根拠のない危機をあおってばかりで、法についての説明は場当たり的で、ごまかしばかりだ」と批判しているのを読んで唖然とした。

「根拠のない危機をあおっているばかり」? 中国の軍事増強はむろんのこと、北朝鮮の核実験や日本海向けてのミサイル発射や、さまざまな人権弾圧の実態や日本人拉致の事実を見て、この女性は不気味と思わないのだろうか。別の女性は「子どもを持って、自分の子だけでなく、どの子も殺されてほしくないという気持ちが強くなった」とも。

あぁ、そのセリフ、百田尚樹氏の『カエルの楽園』 (新潮社)にもよく出てきたものだ。

東京新聞を読み、百田氏の本を思い出し、いろいろと考えることのできる言論出版の自由があることは有り難いものだ(と思う)。

それにしても、戦時中の日本の「空想的軍国主義」を嫌うからこそ、いまの北朝鮮のあの宣伝臭さ漂うニュースの映像や軍事的威嚇行為の数々を嫌い、危険なものだとみなし、万が一の備えを怠らないのは当たり前ではないのか。かつてのソ連やいまの中共の独裁主義的国家体制も、かつての日本にも似た不気味さを感じないではいられない。70年以上昔のもうなくなった「日本軍国主義」の復活や亡霊に怯えるのなら、現在進行形の、同様の「軍国主義」の現実に存在する脅威の姿に、もっと怯えるというか警戒するのが普通の想像力と知性のある人間ではないのか?

それにしても、ジョージ・オーウェルだったか、軽蔑すべき意味でのナショナリストというのは、同じ強制収容所や同じ人権弾圧、同じ侵略行為でも、「味方」がやったとなると、見て見ぬフリをしたり、痛痒を感じないものだという趣旨のことを綴っていたかと。

ほぼ同じ時期に、フランスが大気核実験したらタヒチまで飛んで行って反対デモに加わるけど、中共が同様のことをやっても天安門に行こうともしない政治家が、かつて日本にもいたかと。軽蔑すべき意味でのナショナリスト政治家というしかあるまい。そんな偏った精神構造、脳構造を持った反知性主義的な人間にだけはなりたくないものだ。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!


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