古本虫がさまよう 『いつも積んどくばかりの日々』だけど、『ときには積ん読の日々』をなんとか読了?
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『いつも積んどくばかりの日々』だけど、『ときには積ん読の日々』をなんとか読了?
(2016・3・18・金曜日)






1957年生まれの吉上恭太氏の『ときには積ん読の日々』 (トマソン社)を読んだ。


50歳から歌いはじめたミュージシャン、吉上恭太。生業は翻訳家、これまでに雑誌社や児童書版元で働いたり、フリーのライターとしてさまざまな仕事をしたりしてきたなかで出会った人たちのこと、立ち止まって考えてきたこと、つねに傍らにあったギターと音楽のことなどを、飾らない人柄そのままの筆致でつづるエッセイ集。



僕より少し年上。小学高学年か中学生の時、自宅でマックスウエル・ケントンの『キャンデイ』に出会ったという。清水正二郎氏訳の浪速書房版(これは持っている。行方不明だけど)。

表紙などのコピーには「待望の世界のキャンデイ嬢日本に登場! アメリカの性革命が生んだ異色作品……」「ひたむきにセックスを与える女子学生」とあったそうな。
角川文庫版だと、テリー・サザーン(ケントンの別名義)の『キャンディ』。

著者は、10代の時に、その本を家で見つけ、「両親がいないのを見計らっての読書の日々になった。こっそりと仕事部屋に入り込み、本棚からさっとキャンディを抜き、急いで読む。短時間の行動なので熟読するわけではなく、それらしきシーンを抜き読みする。まあ、キャンディは、ほとんどがそのようなシーンばかりだから、すぐに読みたいところが出てくるのだ。生まれて初めて読んだポルノグラフィ、これは刺激的だった」……。

ううむ、その気持ち、よく分かる?  あのころは週刊明星や週刊平凡などの若い女性の人生相談、性の悩みなどのコーナーすら、小学生高学年~中学生にとっては刺激的だったからなぁ。僕は『キャンディ』に出会ったのは後年(そもそも、この本「積んどく」では? 映画も見てない。 『イマージュ』は、ハヤカワ文庫を高校生の時読んで、映画も見た(かと)。同じハヤカワ文庫のルイス・ギルバートの『フレンズ』『続フレンズ』は、吉上氏が『キャンデイ』に遭遇したころに僕が遭遇した作品・映画。ポルノではないが中学一年生ごろの当時の少年にとっては、青春性作品だったといえる。エルトン・ジョンを知ったのも、その主題歌を歌っていたから)。

「本」の話ばかりではなく、音楽やらいろいろと。ジェイムス・テイラーなんかは僕も後年好きになったが……。

政治家と軍人は嫌いだとか。僕も空想的軍国主義者は嫌いだし、日教組所属の教員はあまり好きではないが……。こんな両者は似通っている? いや、大分違う?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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