古本虫がさまよう 気象庁の天気予想を信じて古本市に出掛ける時は忘れずに――車内読書用の一冊とマフラー?
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気象庁の天気予想を信じて古本市に出掛ける時は忘れずに――車内読書用の一冊とマフラー?
(2016・3・6・日曜日)






昨日(土曜日)は気象庁がいうほど東京周辺は「暖かく」はなかった。つい、土曜朝の天気予想でもそういうから油断して、マフラーを置いて出たのがいけなかった。セーターは普通のを着用。ジャケットは少し薄め。だが、午後3時ごろ、乗り換えの千葉の某駅ホームでは風もそこそこあって、17度(東京)といっても、体感温度は少し寒かった。千葉は最高気温で15・4度だったようだし。しかも、電車が遅れていて十分弱、寒いホームに滞在することになった。寒かったなぁ……。

都合が悪い時は、見かけの温度を強調し、風量や「体感温度」は無視して誤魔化すのが気象庁のいつものやりかたであろう。夕方以降の気象コーナーでも「今日は首都圏は暖かかった」情報を強調していたが、実感はウソではないか。おかげで今朝(日曜)は朝から体調悪し。風邪か? いや、アレグラ切れの花粉症的鼻水か? いずれにせよ、気象庁が悪い? いや、そこまでは…?そういえば、日曜も雨とか週末の天気予想ではいっていたみたいだけど……。洗濯しないほうがいいのかな? それとも? もう少し的確に予想できないものやら?

ともあれ、昨日は古本市へ。ところが、年に一回程度やるのだが、読もうと思っていた本をカバンに入れるのを忘れてしまった。

読もうと思っていて、食卓の上に「積んどく」していたのは以下の通り。

①阿羅健一氏の『日中戦争は中国の侵略で始まった』 (悟空出版)
②國學院大學研究開発推進センター/編・阪本是丸氏責任編集の『昭和戦前期の「神道と社会」』 (弘文堂)
③橋口譲二氏の『ひとりの記憶 海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち』 (文藝春秋)
④ロバート・サーヴィスの『情報戦のロシア革命』 (白水社)
⑤フイ・ドゥックの『ベトナム:勝利の裏側』 (めこん)
⑥トラヴィス・マクデードの『古書泥棒という職業の男たち 20世紀最大の稀覯本盗難事件』 (原書房)
⑦ジョージ・ソルトの『ラーメンの語られざる歴史』 (国書刊行会)
⑧保昌正夫氏の『保昌正夫一巻本選集』 (河出書房新社)
⑨白川哲夫氏の『「戦没者慰霊」と近代日本 殉難者と護国神社の成立史』 (勉誠出版)
⑩太田尚樹氏の『尾崎秀実とゾルゲ事件』 (吉川弘文館)
⑪『トランプ自伝 不動産王にビジネスを学ぶ』 (ちくま文庫)
⑫ロバート・エルドリッヂの『オキナワ論 在置きな海兵隊元幹部の告白』 (新潮新書)
⑬鈴木昭典氏の『日本国憲法を生んだ密室の九日間』 (角川ソフィア文庫)
⑭吉上恭太氏『ときには積ん読の日々』 (トマソン)
⑮ダニエル・アラルコンの『夜、僕らは輪になって歩く』 (新潮社)
⑯ジャン・クリストフ・ブリザール&クロード・ケテルの『独裁者の子どもたち スターリン、毛沢東からムバーラクまで』 (原書房)
⑰フアン・ゴイティソロの『スペインとスペイン人 (スペイン神話)の解体』 (水声社)
⑱王力雄氏の『黄禍』 (集広舎)
⑲長澤克治氏の『小児科医ドクター・ストウ伝 日系二世・原水爆・がん治療』 (平凡社)
⑳劉震雲氏の『人間の条件1942 誰が中国の飢餓難民を救ったか』 (集広舎) 
21新藤朝陽氏の『憧れセイカン』 (双葉文庫)…。


よし、『憧れセイカン』にしようと決断したのに、カバンに入れるのを忘れてしまった。

駅のホームに着いて、ふふふ、さぁ、楽しいエロス本を取り出そうとすると空っぽ。ううむ……。電車に乗って、網棚に新聞か週刊誌でも落ちてないかと見回すがない。仕方ない。ふて寝?

神保町界隈、軒先などを見ていくが買いたいものはなし。東京堂で「図書」 (2016年3月号)をとりあえずゲット(無料)。
古書会館に入るが、なんと買いたい本がなし。これも半年に一~二回程度のことだが。

御茶の水駅から高円寺駅へ(御茶の水駅前で、昔ながらの左翼反戦団体がおなじみの雄叫びを挙げていた)。選挙で選ばれたわけでもない「党大会」みたいな「疑似シャンソン大会」をたまにやって国政の指針を決めるようなどっかの独裁国家と違って、言論集会の自由がある日本はいいね。応援やカンパはしないけど、頑張ってくださいと心の中でエール。

車内では「図書」を読む(しかない?)。あまり面白いエッセイはないなと思っていたら、津村節子氏の夫、吉村昭さんのことを書いていた「最後の手紙」が興味深く読めた。遺言などの内容を紹介している。シンプルな葬儀を希望していたようだ。「一刻も早く葬儀社の車で遺体を火葬場に運び、荼毘に付すこと」「遺骨は、遺影とともに一年間、家に置くこと。無宗教なので、法事は一切なし」など。ううむ、同感!「直送・直葬・ノー坊主」がベスト!

高円寺古書会館では、半澤健市氏の『財界人の戦争認識 村田省蔵の大東亜戦争』 (制作・世織書房)を500円(税込)で購入。この本、バーコードも「定価」もない。

著者は元銀行員。定年退職してから大学院で勉強。司馬史観にも難癖をつける(?)中村政則氏(『「坂の上の雲」と司馬史観』岩波書店を参照されたし)などの指導を受けての博士論文でもあるようだ。


ウィキペディアによると、村田省蔵(むらた しょうぞう、1878年9月6日 - 1957年3月15日)とはこんな人だ。

日本の実業家、政治家。
東京府尋常中学校(東京都立日比谷高等学校の前身)、国民英学会を経て、1900年高等商業学校(一橋大学の前身)卒業。
1900年大阪商船(商船三井の前身)入社。同副社長等を経て、1934年同社長就任。1939年貴族院議員、1937年日中戦争の勃発に伴い、海運の戦時体制確立を主張し、海運自治連盟を結成して、自ら理事長に就任した。

1940年逓信大臣兼鉄道大臣、1942年大日本帝国陸軍第十四軍(フィリピン占領軍)最高顧問、1943年初代駐フィリピン特命全権大使、1945年運輸省顧問等を歴任も、1946年公職追放及びA級戦犯容疑にて巣鴨拘置所入所。
1951年外務省顧問、1952年社団法人如水会理事長。1954年比島賠償会議担当特命全権大使。昭和研究会委員、日本国際貿易促進協会初代会長、大阪ロータリークラブ初代副会長等も務めた。国貿促会長として1955年訪中、周恩来首相と会談して信頼関係を築き、同年結ばれた日中貿易協定に日本側委員長として調印した。
逓信大臣時代に電力国家統制を手がけ、日本発送電・八配電会社体制を実現させた。また海の記念日(のち海の日)を創設した。



高円寺を出たあと、所要があり、あちこち移動したのだが、車中では、この本しかないので、せっせと読む。普通は、古本市で買った本の多くは積んどくになるのだが……。

ウィキペディアの説明通りの人のようだ。戦前戦時中は普通(?)で、戦後、巣鴨から出たあとはちょっとリベラル? もっとも、戦前戦時中のそういう職歴というか履歴故に「戦犯」扱いとなり、笹川良一などと同じ臭い飯を喰う仲間ともなるのだが……。

要は、村田の評伝のような本である。彼の日記や知人の証言などをもとにしながら跡を追って、「財界人」としての彼の戦争観や、戦後の贖罪意識などを追跡追究している。

僕のシンプルな理解だと、いわゆる財閥や財界は、戦前とて、国際協調あっての商売故に、少なくとも英米との戦争は望んではいなかったと。財界財閥が戦争経済で大儲けしようと思って、好戦的であったというのは、悪しきマルクス主義者の妄想かなとも思っているのだが、それはともかくとして、もし、村田氏がいま生きていれば、己の中国認識、ちょっと甘かったと反省するのではないだろうか。
少なくとも、今の中共がやっていることは、かつての軍国日本と五十歩百歩、いや、もっと悪いことをしているというしかあるまい。他・異民族支配、軍事力の威嚇による領土拡張主義……。「反知性主義」ではなく理性・知性があれば、当然、「かつての軍国日本のようなことをするな」と中共に直言するであろう。

中共に対して、そういう直言しようとしない日本の進歩的知識人や容共リベラルの面々には呆れるしかない。いつまでも贖罪意識を持ち続けるのも愚というものだ。

電車で読み、帰宅してからも読み、一読して、村田さん、あなたはどう考えているのやら?と聞きたくもなった。ともあれ、知らないことを教えてもらい参考になる本だった。ちなみに、この本、アマゾン(中古)や「日本の古本屋」で2000円ちょっとぐらいで売られてもいるが、都内の図書館だと「目黒区」が所蔵しており、貸出もしているようだ。借りて読むことが可能だ。都内でも周辺県でも、近くの自分の住んでいる図書館でリクエストすれば、目黒区から取り寄せて読むこともできるのではないか。

本書によると、石原慎太郎氏が『亀裂』の中で、この村田らしき人物をモデルとした財界人を進歩派気取りとして激しく揶揄しているそうな。その小説は読んでないが、これまた読んでみたくなった。

本というのは、いろんな視点からのものがあるわけで、知らない分野のことをいろいろと教えてもらい、ふうん、そんな人がいるのか、そんなテーマがあるのか、そんな視座があるのかと刺激をもらいつつ、時には共感し、時には眉に唾をつけつつ、読んでいくのが楽しいもの。

今回も、『憧れセイカン』をカバンに入れ忘れ、買ったばかりの、いつもなら「積んどく」になる古本を一読、読了し、知的刺激を受けた次第。得るものがあれば失うものがあり、失うものがあれば得るものがある…。読書もそういうもの。そもそも車内で読む本を持って出かけていれば古本屋古本市で血眼(?)になってまで古本を探さなかったかもしれない。この村田評伝本も目に止まらなかったかもしれない。止まっても買わなかったかもしれない。止まっても500円ではなく1500円だったら買わなかったかもしれない。買わずに書名だけチェックして図書館で借りたかもしれない。そう考えると人生も古本選びも配偶者選びも就職も転職も「イフ」「イフ」「イフ」の連続劇ということになろうか? なるようになる? やはり、人生は、後は野となれ山となれ?

次は、劉震雲氏の『人間の条件1942 誰が中国の飢餓難民を救ったか』 (集広舎)か、 阿羅健一氏の『日中戦争は中国の侵略で始まった』 (悟空出版)なる本を読んでみるか?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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