古本虫がさまよう 「原子力ムラ」と「ポチョムキン村」、「原発」と「北朝鮮」へのタブーは消えたか?
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「原子力ムラ」と「ポチョムキン村」、「原発」と「北朝鮮」へのタブーは消えたか?
(2016・3・4・金曜日)




あれから、5回目の3・11がまもなくやってくるということもあり、最近、原発関連の本を最近何冊か読んだ。

まずは、高嶋哲夫氏の『世界に嗤われる日本の原発戦略』 (PHP新書)。著者は理系の人で、日本原子力研究所に勤務した体験もある。作家として、原発事故やエネルギー問題をテーマにした小説をよく書いている。 『風をつかまえて』 (文春文庫)、 『原発クライシス』 (集英社文庫)や『M8』 (集英社文庫)などのシリアスな作品は紹介ずみ。

この本の内容紹介→福島第一原発の事故を受け、日本の電力政策は転換点を迎えたが、エネルギー問題はもはや一国の利害だけでは判断できない時代となった。全世界70億人には等しく豊かな生活を送る権利があり、今後も増え続ける膨大なエネルギー需要を、再生可能エネルギーだけで賄うのは難しいのが現実。今後も海外では原発建設が計画されており、日本のエネルギー政策は世界から取り残されている。そこで本書は、原発の安全対策を冷静に分析し、増え続ける核廃棄物に関しても具体的提言を行い、原発の必要性を考える。まさに、全人類が文明生活を享受し、世界が繁栄し続けるための原発論。
2015年4月中旬、高浜原発3・4号機(福井県)の再稼働を差し止めた福井地裁の仮処分決定(関西電力は決定取り消しを求める保全異議を申し立て)は、司法が初めて原発の再稼動を止めることを意味し、原子力規制委員会の判断はいったい何だったのか、政府・電力会社に衝撃を走らせた。このように、国内原発の再稼働への道はいまだ遠いが、安全対策から技術開発まで、日本には人類の未来に対する責任と義務がある!



原発対策技術などの進化によって、多くの難問も解決していくだろうという視点から、原発即ゼロ的な考えに異論を表明している。なるほどなぁ…と思いつつも、当面の「危機」を考えると、やはり「ゼロ」のほうがいいような……。

引き続き、読売新聞記者の笹子美奈子氏の『リンゴが腐るまで 原発30㎞圏からの報告 記者ノートから』 (角川新書)を読んだ。原発隣接地に住んでいた人々が避難を余儀なくされ…。「補償金」などをめぐるさまざまな人間模様なども追求している。最近の新聞などでも、思わぬ「大金(補償金)」が入り、別居生活から浮気やら離婚が発生したりといった人間模様が報じられたりもしていた。人生、得るものがあれば失うものがあり、失うものがあれば得るものがある…とはいえ、自発的なものではない要素が大きい力によって、勝手に左右されるのはあまりありがたくないものであろうか。

ある人の回顧として、放射性物質検査を受けており安全との福島県知事のメッセージ付きの福島在住の義父からのリンゴを食べることもせず、捨てることもできず、段ボールに入れたまま腐り始めてから処分した……という。
まぁ、その心境は分かる。僕だって……。料理屋が「当店の米は国産です」としか書かないのはおかしいと思っているから。3・11以降は「県名」を書くべきなのに、書いている料理屋を見たことがない?
僕が万が一、原発隣接地に住んでいて、避難を余儀なくされ、毎月何がしかの補償金をもらえるようになった50代後半の男だったら、再就職もままならず、ブラブラするのを余儀なくされたとしたら、少なくともパチンコ屋には行かずに、古本屋行脚か図書館行脚をして晴耕雨読の生活をするだろうが……。

それはさておき、猪瀬浩平氏の『むらと原発 窪川原発計画をもみ消した四万十の人びと』 (農山漁村文化協会)を読んだ。


3・11以降、「原発計画を止めた町」として全国から再注目を集めた高知県窪川町。第一次産業を中心とした地域づくりに取り組んできた町に、国策共同体が突如建設計画を持ち込むが、町長解職、住民投票条例可決といった8年間の「もみあい」の末、町議会は「原発問題論議の終結宣言」を可決するが、住民投票はあえて実施されなかった。本書は原発騒動の渦中のみでなく、騒動のはるか以前から、さまざまな問題に直面し、格闘し続け、騒動終焉後も格闘してきた農林漁家の人びとの歴史と「多数決を最善としない」むらの民主主義を語る。




高知県の窪川原発は知恵で止めた 明治学院大・猪瀬准教授が著書
2015年11月29日08時06分 (高知新聞)
 旧高知県高岡郡窪川町(現高知県高岡郡四万十町窪川地域)の窪川原発計画をめぐる住民の動きを研究していた、明治学院大学・猪瀬浩平准教授(36)=文化人類学=の著書が出版された。タイトルは「むらと原発 窪川原発計画をもみ消した四万十の人びと」。東京電力福島第1原発事故を機に窪川原発を研究し、四万十町を度々訪れた猪瀬さんは「30年前の窪川のものの見方で今を見ると、民主主義のありようなど、われわれに批判的な問題提起をしてくれる」と語る。
 2011年3月11日、東日本大震災が起きた日に、猪瀬さんはタイ・バンコクで、窪川原発反対運動をリードした四万十町本堂の農業、島岡幹夫さん(77)と出会った。共に、日本の市民団体が援助するタイの農業塾に参加していた。
 猪瀬さんは「津波や原発が爆発した映像をタイで見ながら、かつて窪川で原発を止めた話を、島岡さんから聞いた。震災後の世界をどう生きていくか、具体的な知恵や希望が、この話の中にあると感じた」。これがきっかけで約3年間、四万十町に通い、窪川原発の取材を重ねた。
 窪川原発は1980年、当時の窪川町長が誘致を表明し、1988年まで、賛成・反対をめぐって窪川町を揺り動かした。
 猪瀬さんは当時の窪川について、こう指摘する。「都市の人間が見る『町が二分された』というイメージで語ってはいけない。窪川の住民には、もともと(農作業などの場面で)折り合いを付け、関係性を決裂させない知恵があった」
 また、原発に反対した「郷土(ふるさと)をよくする会」(野坂静雄会長=故人)もさまざまな立場を超えた多様性を持った組織として描き、「一枚岩じゃない強さと包括性があった」と語る。
 一般的に、窪川原発の反対運動は、日本初の原発建設の賛否を問う住民投票条例を作ったことが評価される。
 しかし、猪瀬さんはこの定説を「住民投票条例はあくまで最後の切り札。拙速に決めると、最悪のシステムになりかねない。窪川の住民は、地域の集会所などで原発について丁寧に学習会を重ねた。条例を使うところまでいかなかったプロセスこそ重要だった」と見る。
 反対運動は1986年のチェルノブイリ原発事故でさらに勢いを増し、1988年、窪川町議会に「窪川原発問題論議の終結宣言」を全会一致で可決させるに至った。遺恨が残る議決ではなかった。
 猪瀬さんはこの結果を、文中で〈もみ消した〉と表現する。
 「『もみ消す』って否定的なニュアンスだけど、私はポジティブに捉える。住民同士で丁寧に意見をもみ合って、みんなの合意を得ながら原発を追い出した。これってすごい知恵ですよ」
 そんな知恵は、現代の私たちが生きる社会にも、民主主義の在り方や決断の手法を問い掛ける。猪瀬さんは取材に対して、大阪都構想の住民投票や安保関連法案の決議などを挙げ、「学習や議論もなく、数で決め、徹底的に一方の側をつぶす。拙速だった」と語る。
 自分たちの暮らしは自分たちで守る―。猪瀬さんは、そんな旧窪川町民の思いをくみ取り、著書をこう結ぶ。
 〈多様性をもち、それゆえに葛藤をはらみながら、決定的に決裂させなかったことこそが、窪川原発反対運動の要点であり、またそれを生み出した窪川という地域の凄(すご)みである。背景には、原発騒動のはるか前から、窪川の農村に生きる人びとが、農業生産だけでなく、暮らし全体のあり方を議論する場が存在していた〉

 

高知の窪川という地に原発を作ろうとした政府や電力会社。その誘惑?をいかにして撃退していったか。賛成、反対の当事者に取材しながらの「原発内戦」ともいうべき窪川村住民の原発に対する対応の変遷を詳細にルポしている。読みごたえのあるノンフィクションだ。 「原子力ムラ」という流行の言葉にも疑義を表明している。なるほどと感じた。

「内戦」といえば、すぐに浮かぶのは、スペイン内戦だが(?)、銃の撃ち合いはなくとも、「票」の奪い合い(町長解職リコール投票など)などの争いといえども、いろんな遺恨を残す「内戦」でもあったようだ。スペイン内戦では、家族間でも、フランコ派、共和派との対立があったというが、同じような「内戦」が窪川でもあった。
試行錯誤を経て、柔軟思考(?)で、一件落着(原発計画「もみ消し」)したわけだが、とはいえ、すぐ近くの愛媛に伊方原発がある以上、安閑とはしていられないだろうが……。

僕はこういう原発問題に関する「反対派」の動きがよくわかる本を読むと、昭和34年ごろの北朝鮮への帰国運動に抵抗した人や、まさか「地上の楽園」国家北朝鮮が拉致をするわけがないという「新聞世論」などが圧倒的に強かった時に地道に拉致問題を追及していった「市民運動家」へも思いを寄せる。どちらも、間違った結論を押しつけようとする「体制」と闘ったといえるからだ。電力会社の伊方などへの見学ツアーなどは、北朝鮮など「ポチョムキン村」見学ツアーにも匹敵する「虚構」だろう。ポチョムキン村については、鈴木俊子氏の『ポチョムキン村 ソ連社会と「自由」』 (民社研叢書)を参照されたし。

原発礼賛同様に、「地上の地獄」北朝鮮を楽園と報じた寺尾五郎氏(『三十八度線の北』新日本出版社)や小田実氏(『私と朝鮮』筑摩書房『北朝鮮のひとびと』潮出版社 )に対して、鋭く北朝鮮を告発した関貴星氏( 『楽園の夢破れて』全貌社)などもいた事実を忘れてはいけない。

3・11と9・17によって、「原発」&「北朝鮮」への「幻想」が剥がれたことは不幸中の幸いではあったが…。その犠牲を克服するのはどちらも困難だ。少なくとも同じ過ちをしないためにも、やはり「原発」「北朝鮮」には警戒の眼を向け続けることが肝要だと思う。油断大敵!放っておくと「復活」するよ(原発は復活しつつある。再稼働して、トラブルが発生しては急停止もしているようだが、これを「天譴」と感じて、やっぱり再稼働はやめよう…となぜならないのか。北朝鮮をいまだに庇う人がいるのと同様に、解せない)。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

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