古本虫がさまよう 「反知性主義」に囚われることなく古本屋行脚?
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「反知性主義」に囚われることなく古本屋行脚?
(2016・1・24・日曜日)







昨日(土曜日)は全国的に「厳寒」。東京周辺も寒かった(とはいえ、夕方以降は小雨程度で、夜10時すぎまで都内を徘徊したけど、傘はなんとかささずに済んだ。雪になるとの天気予想は外れ? それにしても、1~3月は暖冬の予想を年末にして、あわてて、今月は「厳寒」との予想を新たに出している「反知性主義」的な気象庁には困ったもの。本当にやる気があるのだろうか?)。

ともあれ、先週はトイレの突然の糞詰まり(?)故障のために、古本市に行けなかったが、まずは神田古書会館へ。何冊か購入する(ものの、あとで買った高円寺古書会館のものとごちゃまぜになって、どこでどれを買ったか思い出せず?)。

そのあと、古本屋街へ。 「いもや」(天丼屋)も相変わらず「閉店(休業?)」中。近くの焼き肉屋(950円で食べ放題?)には行列が出来ていたが‥‥。未亡人古書店も、久しぶりに寄ったが、すっかり棚は空白。3割引き。 『尾崎秀実著作集1~5』 (勁草書房)や『矢部貞治日記』 (読売新聞社)などが目に止まったが‥‥。何も買わず。

神保町から大手町を経由して銀座へ。松屋銀座の「第32回銀座古書の市」へ。正月にやっている古本市。ちょっと「古書」めいた本が多く、あまりなじめないところがあるのだが、近年、都内のデパートも古本市をやらなくなってきたので貴重な存在?
伊勢丹も小田急も京王もそごうもやらなくなった。辛うじて宇都宮東武と池袋(筑波)西武と、この松屋銀座ぐらいか。32回というと、僕が社会人になったころから始まったのか? ここも規模は宇都宮東武同様、「縮小化」してきている感じ。時計やらお皿などの「市」と同時開催だし。

それにしても、デパートのエスカレーターは、どうして、「歩数」を増やすのを我々利用者に強いるのだろうかといつも疑問に思う。同じ階からエスカレーターに乗ろうとする人と、エスカレーターに乗ってきて、そのまま、乗ろうとする人と「衝突」させないために、区分けというのか、「遮断」的な棒を設置しているのだろうが、混み合う時ならまだしも、昨日だって、空いていた。衝突するなんてまぁあるまい。バブル時代に、こんなものが設置されるようになったと記憶している。正月の初売りの「袋」を買い求めるために走るなんて時なら「有効」かもしれないが。

見ると、取り外したり、伸び縮みもできるような代物。空いている時は「カット」してほしい。エスカレーターに乗り、すぐに次のエスカレーターに乗れるのを妨害するような「装置」はまったく不要な代物だろう。デパートの類に出掛けるたびに、余計なものを設置しているなと呆れる。年寄りの人にとっては(?)、そういう「数歩」もくたびれるモトとなるだろうに。

ともあれ、特に期待せずに会場へ。古本市関係者も暇なのか、数人が、会場内で、たむろして雑談している。棚がちょっと見にくくて邪魔だなと思うけど、気が弱いから何も言えず? 特に買いたいものはなしということで、さっさと退散。

銀座から新高円寺へ。高円寺駅(JR)へ向う商店街、相変わらず、煩い音楽を垂れ流し。でも、ミシェル・デルペッシュの「青春に乾杯」が流れていたので、それはちょっと「評価」? 古本市を見終えて外にでれば、古本市関係者が3人ほどいて路上喫煙。嫌だなと思っても気が弱いので何も言えず? 鼻をつまんで退散?

結局、昨日買った古本は、原田佐久氏の『女の見たソ連』 (河出書房新社)、ジョージ・パパシヴィリの『やれば、なんとでもなる』 (緑園書房)、劉紹唐氏の『北京の落日 新聞記者の見た中国革命』 (国際文化協会)など。

『女の見たソ連』は、桶谷繁雄氏の推薦の一文が帯にある。まともなソ連記であろうか?
『やれば、なんとでもなる』は、「あるロシヤ移民のアメリカ放浪記」となっている。著者略歴によると、「現在のソビエト連邦のジョージア共和国で生まれた」とある。おお、この本は1954年の訳出刊行だが、「グルジア」ではなく「ジョージア」とすでに書いているではないか? 感心した次第?
『北京の落日』も面白そうだ。著者は、共産党員で新華社の報道員となるのだが、内部矛盾に耐えられなくなり、香港に亡命し、その内実を書いたものらしい。1955年の訳出刊行。この本の奥付裏の既刊広告には、ミロシュの『囚われの知性』がある。この本、もっているし読んでいる。後に共同通信社から新装版も出ているが、そのあたりの経緯については、以前も指摘したことがある(末尾再録)。

それにしても「知性」といえば、最近流行りの「反知性主義」。それを批判している人たちこそ「反知性主義」に陥っているのではないか? そんな感じを持つ本(『「開戦前夜」のファシズムに抗して』かもがわ出版)を車中読んだ。

何人かの進歩的文化人が登場し、いまの日本の政治は「開戦前夜」のファシズムだと批判している。中国の軍拡に辛うじて疑問を表明する人もいるが、北朝鮮の核武装に関しては「沈黙」。見て見ぬフリをする。「アベ政治を許さない」といいつつ、言論弾圧を平然とやっている中共や北朝鮮に対して、「シュウ政治を許さない」とも「キム政治を許さない」とも声高に言うことはない。「開戦前夜のファシズム国家」は中共や北朝鮮のほうではないのかしら?
「過去」となった共産主義の「暴走」(文化大革命やクメール・ルージュ)は一言例示する人もいるが、「現在形」「現在進行形」の「共産主義の暴政」を例示することは拒絶している(ようだ)。
帯には「『アベ政治』を退場させる力に満ちた水準と陣容の本だ!」として、鳥越俊太郎氏が顔写真入りで推薦しているが、あまり知性を感じることもない本だった。

『北京の落日 新聞記者の見た中国革命』といった本は、今日でも書かれることが可能なテーマである。右翼全体主義(ファシズム)と左翼全体主義(共産主義)の反知性主義にもっと関心を寄せるべきだろう。そもそも、ここの筆者たちは、ファシズムとコミュニズムとを「反知性主義」の思想潮流として同じものだと見なすことを拒絶するだろうが、右翼全体主義と左翼全体主義は「双子」みたいなもの。どっちも嫌だと思うのが、普通の「知性主義」だろうに。


ともあれ、新宿で、「知人」を偲ぶ会があり、そこに移動。反知性主義の横行を嘆きつつ一献を傾けて終わり?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!

2011/12/27(火) 04:09:04

 関口時正氏&沼野充義氏編の『チェスワフ・ミウォシュ詩集』 (成文社)を読んだ。詩集はたまに読むのだが、文学的才能はないので、美術作品同様、よく理解して一読できているわけではない。でも、こういう本を時にはひもとくことも人生には必要だろう。
 2011年はミウォシュ生誕100周年だったという。それを記念して、ポーランド大使館の援助もあって、本書は編まれたとのこと。ファシズムとコミュニズムという二つの全体主義に対峙し、その興亡を看取った詩人・文学者としての「観察」があるといえようか。

 我が家にはシェスラウ・ミロシュの『囚われの知性』(国際文化協会・麻生隆義氏訳)という古ぼけた本が一冊ある。昭和29年に刊行された本だ。最終頁に「藤井書店・吉祥寺」のシール(売値315円)が貼られている。吉祥寺に今もある藤井書店で買ったのか、それとも藤井書店が古本市に出品していたのを買ったのか記憶はない。売値を見る限り、消費税が導入されてからの購入(かつ5%になってから)のようだ。
98頁目に「しおり」の形で以下のような断り書きが入っている。

「おことわり 本書の九九頁と一〇〇頁が脱落しておりますが、これは校正の誤りでありまして、本文に異常はありません」

 確かに九八頁の次は101頁になっているが、文章はちゃんと続いている。落丁ではなく「のどかな校正ミス」?

 本書の奥付裏書籍広告にはペトロフの『シベリアの果て』、リランド・ストウの『謀略 恐怖による征服』、ゴディンなどの『粛清の歴史』、スコットの『共産主義批判』などが収録されている。これらの本も古本屋で入手しているが、当時、こういった反共リベラル本を訳出していた国際文化協会なる組織は何者であったのか? 関心があるのだが、よくは知らない。国際文化研究所、鳳映社といった社名で、こうした類の本を出している「兄弟」出版社らしき出版社もよく見かける。何らかの関係があるのだろう。今日でも蒐集する価値ある本を刊行していた。
 この後、共同通信社から、この本は新訳(チェスワフ・ミウォシュの『囚われの魂 』)が出た。

 以前、トニー・ジャットの『記憶の山荘 私の戦後史』 (みすず書房)を紹介した時に、ミウォシュのことも出てきたのであわせて以下のようなエッセイを書いたことがある。

本書(『記憶の山荘 私の戦後史』)は、奇病故に若くして昨年亡くなった学者のエッセイ集。
1948年生まれから見た戦後ロンドンの貧しい時代の回想、1968年前後の左派学生時代に東欧での「プラハの春について、ましてやポーランドの学生蜂起について、私たちの熱っぽい急進的な討論のどこでも言及された覚えがないという事実は、六八年五月の思い違いについて何を示しているのだろう」「われわれは中国の文化大革命やメキシコの激変、それにコロンビア大学の座り込みについてさえ、深更にいたるで長々と論じることができた」「が」「誰一人として東欧について語る者などいなかった」と。
そういう自省から中庸穏健な社会民主主義者として「成長」していくわけだ。日本の左翼学生も同じような軌跡をたどって成長した人もいるかもしれない。だが、多くは反省のないまま自治労や日教組や総評や弁護士や一部マスコミ人になり、未だに社会的害悪を流し続ける手合いもいるようだが。1968年の段階で東欧の政変、学生の反乱に無関心を決め込んでいた手合いの語る言葉には当時も今も説得力はなかろう。80年代にワレサが登場してきて、さすがに1956ハンガリーや1968チェコの時のように無視はできず、あわてて関心を寄せた進歩的な人々もいたようだが。

 平凡社から、1968年プラハにいて、ソ連東欧諸国連合軍の「侵攻」を受けた時の衝撃の写真を密かに撮影していたジョセフ・クーデルカの『ジョセフ・クーデルカ プラハ侵攻1968』 が刊行された。それを眺め読むと剥き出しの軍事力に対峙するチェコ国民のある種の矜持、誇り、躊躇い等々さまざまなものを感得することができる。これらの侵攻時の写真は撮影者が海外に持ち出し1969年には撮影者秘匿のまま公表されていたとのこと。解説を小森陽一氏が書いているのがちょっと興ざめであるが? ソ連兵士の銃の前に素手で立ち向かう人々を見るにつけ、安保闘争などは子供のお遊びであったというしかないだろう。1956年のハンガリーでもこの1968年のプラハと同じ光景が見られたはずだ。1956年のハンガリー蜂起の実態は知られていなかったにせよ、1960年の日米安保の選択はハンガリーの悲劇を日本にもたらさないためにも必要な選択だった。

 それにつけても、東北沿岸で東日本大震災支援のために活動した空母ロナルド・レーガンが佐世保に寄港した際にも反対運動をした人々がいたというのは、日本の自由さを示すものではあろうが、あまりにも非常識だ。我々は少なくマシなトモダチ、同盟国を選択した。
 しかしチェコはミスを犯した。だがチェコ共産党当局はこの侵攻を批判した。軍事介入など依頼していないとも。「今、私たちの町は歴史上初めて同盟国、友好国の軍隊によって占領されています」(チェコ共産党プラハ市委員会)との悲劇を味わうことがなかったのも日米安保という選択があったからこそであろう。同じ共産党でもどこかの国の共産党とは違う?

 彼(トニー)がしばしば言及しているポーランドの亡命知識人であるチェスワフ・ミウォシュの『囚われの魂 』にしても共同通信社が1996年に訳出したが、それ以前の1954年に国際文化協会から『囚われの知性』として訳出されていた。僕はかつてその本を古本屋で購入していたが、そういうマイナーな共産主義批判の書を早い段階で日本に紹介し、そういう本を読んで共産主義、左翼全体主義の本質を見極めていた人も日本にはいたことだろう。そういう人を反共主義者とバカにしていた左翼人がもっともバカであったのは間違いない。

 共同通信社版では訳者の工藤幸雄氏が秀逸な訳者あとがきを書いている。そこでも指摘されているがミウォシュには『ギル教授の孤独』 (鏡浦書房)という本も1958年に訳出されている。これもかつて購入したことがある。

 鏡浦書房というと、ジキルとハイド的出版社ではあった。こういう反共リベラルな優れた本も刊行しているのだが……。この経緯に関しては、この出版社の編集者をしていた藤井章生氏が『飯田橋泣き笑い編集記 出版脇街道好人録』(並木書房)という本を書いているが、参考になる。そういう固い本はアメリカのその筋(大使館文化情報局)からの提案(印刷用紙代負担など)があって刊行されたとのこと。同じことはソ連や北朝鮮もやっていたことだろう。
 だが、共産圏のそうした宣伝本の多くは独裁者ヨイショ本やらポチョムキン村礼賛記。アメリカの方も玉石混淆だったかもしれないが、鏡浦書房や時事新書の翻訳本の中にはこのように今日でも輝くものが少なくない。
北朝鮮にせよ、中共にせよ、ソ連にせよ、東欧諸国にせよ、真摯にその実態を追求した著作はリアルタイムで刊行もされ訳出されていたのだ。その時から何十年が経過しても「古本虫」のように各地をさまよえば入手可能だ(いまはネット社会だから尚更である。図書館も活用可能)。

 トニーの本を一冊読み、いろいろと回想やらが進んだ次第。読書の楽しみはこういう連想の楽しみでもある。


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