古本虫がさまよう 農協と寺院と古本屋と旧社会党が「消滅」する日?
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農協と寺院と古本屋と旧社会党が「消滅」する日?
(2016・1・23・土曜日)



最近、アマゾンの「お坊さん便」がいろいろと話題になっているようだ。NHKも2016・1・22の夜の特報首都圏で取り上げていた。この案件を初めて知ったのは、下記の朝日の記事だったように記憶している。そのあと、いろんな新聞の社会面の記事にも取り上げられていたとか。

生産者擁護の「組織」に安住する農協があって、それに抵抗して消費者のためのことを考える農協改革派の農家などはいじめられたりするものだ。このあたりの農協悪者論に関しては、中川八洋氏の『TPP反対が国を滅ぼす 農水省・JA農協を解体せよ!』 (PHP研究所)や岡本重明氏の『農協との「30年戦争」』 (文春新書)が参考になる。
宗教の世界も「組織」に安住するのがあって、改革に乗り出す勢力はいろいろと嫌がらせを受けるのだろう。昔からそう(といっても、改革派が「善」とはまた限らない?)。旧社会党とて、主流派がソ連や北朝鮮べったりで、論理的思考力を失って徐々に衰退してきている。ある意味で、因果応報であり、悲しむことではないのかもしれない。

僕などはコメ農家をある意味で甘やかす(いや収奪する?)農協が嫌いだから、米の消費量をことさら増やさないために近年「日本酒」をほぼ飲まないようにしている(米のご飯は普通に食べる。ただし、5キロで1500円以下のコメを買うのを原則にしているが。早くカリフォルニア米が食べたい?)。

NHKテレビでは、首都圏とはいえ、東京から「注文」を受けて、自家用車で片道何時間かかけて日帰りで出張するお坊さんが出ていた。宿泊したりしたら赤字になるとのこと。バス会社や運転手を笑えないハードワーク?

まだ、アマゾン経由で格安の「葬儀」を手配するだけでも、信心深いといえようか。僕などは、少なくとも自分や配偶者の葬儀に関しては「直葬(火葬場直送?)」がベターとおもっている。戒名不要、遺骨は田舎の墓に入れるか、とりあえず自宅? 散骨もいいかも?

先入観かもしれないけど、意味不明の念仏を聞いてもあまりありがたみは感じないし(でも、その時に「無念無想」になりつつ、故人を思うのは貴重なことかもしれないが)、御布施など、宗教だからということで「申告」していないから(してるのかな?)、坊主丸儲けなんて言葉も出てくるのではないかとも?
 競争原理の働きにくい業界に、競争原理を導入する視点からも、アマゾンなどの取り組みは一定の評価もできよう。それにアマゾンに登録している会社とて、一応ちゃんとしたお坊さんを派遣しているのだから(これがそれなりの「資格」がないアルバイトの派遣だと信用問題にもなろう)。バスの大型免許をもっていない人を運転手として派遣したら問題だろうが‥‥。

その意味で、鵜飼秀徳氏の『寺院消滅 失われる「地方」と「宗教」』 (日経BP社)は大変タイムリーな一冊(刊行は昨年5月)。著者はお寺の子として生まれ、僧侶の資格ももっているという。「寺院消滅」とならぬために、いろいろと多角化経営というのか、なんでもやる寺院も出てきているという。例えば、テレビでもやっていたが、本書にも、遺骨を「荷物」として送ってもらい、供養し合同納骨するお寺もあるという。あぁ、これはいいかもね。「直葬」やって、「直送」して‥‥?

しかし、直葬というのも、普通は「病院や施設で遺体を引き取ると、すぐに葬儀屋に引き渡し、納棺だけを済ませるとダイレクトに火葬場に送る。通夜や葬儀は実施しない。僧侶とは火葬場で待ち合わせる。霊柩車が火葬場に到着するや僧侶は炉の前で、一〇分ほどの短い経を読んで、『お別れ』が完了する。僧侶は、火葬自体には立ち会わない。読経が終われば『それでは失礼します』と言って足早に消えていく。これを俗に、『釜前読経』と呼ぶ」とのこと。

ううむ、なんだ、直葬といっても、「僧侶」が関与するのか? それも無くしたいものだが? ダメ? 無理? いやいや、本人の意思が‥。いや、本人は死んでいるので、せいぜい、「完全直葬(坊主一切不要。全面禁煙ならぬ全面禁坊主)」を望むとの「遺言」をしておかないと‥‥。直葬するなら、坊さん不要はそこまで徹底すべきだろう。

ともあれ、さまざまな「改革」の動きも本書では紹介されている。演出的であろうとも、説明責任を果たす様な形での葬儀などをやろうとするお坊さんもいるようだ。まぁ、‥‥。

古本屋も、消費税の二重取り疑惑を続けているようではダメ? 神保町にもブックオフがやってきて、ちゃんと午前10時に開店し、午後10時に閉店するような商売をやってくれれば、神保町界隈の夕方以降の(とりわけ夏場の)早々「青空シャッター通り」も改善されるのでは? 
以前、北沢書店のビルに入るという噂もあったが‥‥。秋葉原と飯田橋まで進出しているブックオフ、あと一歩(一駅)前進されたし? 古色蒼然たる「業界の壁」を破るには、新進気鋭の力が必要? ブックオフがくれば、逆に古本屋店主&店員が一丸となって、「せどり」に励めばいいのだし?

それにしても、この前の軽井沢のバス事故のような形で子供が死ぬとなると「直葬」というのもいかがなものかと思わないでもない。あくまでも、そこそこ長生きしたら、あとは野となれ山となれ‥でいいのだから、年寄りの葬儀は質素に簡便に済ませるほうがいいのではないかとの人生観に基づくもの。
それにしても、その人生観というのか人間観というのか、子供の葬儀に関して、親のコメントを見るにつけ、社会の歪みにまで目を向けてのリベラル的な視点を展開する親もいたし、さまざま。

まぁ、道を歩いていて酔っぱらい運転の車にはねられて死んだ例に比べると、運転者と乗客のそれぞれの「責任」の比重が若干複雑なものがなきにしもあらずではあるが‥‥。シートベルトをつけていれば‥とか、運転手のみならず会社の責任とか‥‥。安かろう悪かろうを選んだ責任とか? いやぁ、それはないよなぁ。
飲酒運転をした男が、仮に失業者だったりしてやけ酒を飲んで暴走したからといって、社会の歪みとはいえまい。秋葉原でトラックか何かで突っこんだような手合いも、社会のひずみのせいにするのはおかしい。加害者本人の「自己(事故)責任」だろう。軽井沢のバス事故にしても、まずは責任があるのは運転者であり、会社であろう。政治とはいえまい。

僕は子供であれ妻であれ、ああいう形で死んでも、社会がどうのこうのとは言わないだろう。主たる責任の持主を免責するわけにはいくまい。もっとも、自宅に自衛隊機か米軍機やセスナ機が落ちてきて家人や(自分が)死亡したりしたら、日頃の信念は信念としても、責任追及はおろそかにはしまい。悪いのはパイロットであり、運航を司る会社(軍)であるから。被害者には何の落ち度もない。

それにしても、アマゾンのサービス。空き家ならぬ空き寺の促進を促すことになるかもしれない。すでに町の本屋消滅に一定の役割を果たしているのは間違いない事実だろう。こことの付き合いも慎重にすべきではあろう。反アマゾンも出てきて当然だろう。でも、アマゾンでカリフォルニア米(5キロ)が、配達料込み、税込で1500円以下で買えるなら国産米をスーパーで重い思いをして買うこともしなくなるけど?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!


(朝日新聞デジタル)お坊さんネット手配「中止を」 アマゾンに仏教会要請へ
佐藤秀男
2015年12月26日03時02分

 ネット通販大手のアマゾンジャパンで申し込むことができる僧侶の手配サービスが始まった。このサービスが「宗教行為を商品化している」として、全国の主要宗派などでつくる全日本仏教会(全仏)が年明け、米アマゾン本社に対して文書でサイト掲載の中止を申し入れることが分かった。

 アマゾンは今月上旬、葬儀社紹介サイト運営の「みんれび」(東京)が提供する僧侶の手配サービス「お坊さん便」をサイトに掲載しはじめた。サービス自体はみんれびが2年前に始めたもので、定額・追加料金なしで僧侶を法事や法要に仲介する。登録する僧侶は約400人で、主な宗派をそろえているという。仲介の実数は公表していないが、2014年は前年の3倍の受注があったとしている。

 みんれびはサービスを広げようとアマゾンに「出品」した。売買されるのは僧侶の手配を約束するチケット(手配書)で、基本価格は税込み3万5千円。クレジットカード決済もできる。アマゾンやみんれびの手数料を除いた分が僧侶に「お布施」として入る。アマゾン経由でみんれびに10件以上の申し込みがあった。

 これに対し全仏は24日、斎藤明聖(あきさと)理事長名で「宗教行為をサービスとして商品にし、宗教に対する姿勢に疑問と失望を禁じ得ない」との談話を発表。斎藤理事長は25日、朝日新聞の取材に「イスラム教圏であれキリスト教圏であれ、宗教行為を商品化している例はない。申し入れをアマゾンとの対話のきっかけにしたい」と話した。

 アマゾンジャパン広報は「現時点でお答えできることはなく、コメントは控える」としている。(佐藤秀男)

     ◇

 仏教界が神経をとがらせるのは、宗教行為の「商品化」や「ビジネス化」が広がると、宗教法人へのさまざまな税制優遇の根拠が揺らぎかねないと懸念しているからだ。

 現状では、宗教法人が得るお布施は喜捨(きしゃ、寄付)とみなされ、法人は消費税を払わなくていい。僧侶個人が得たお布施は所得税の課税対象になるが、法人に入った場合は法人税が非課税だ。「お坊さん便」では、手配サービスを手がける「みんれび」側の所得は課税対象だが、僧侶側が取り分を納税するかは、僧侶側に委ねているという。

 最近でも、都心のビル型納骨堂に東京都が固定資産税をかけたのに対し、宗教法人が「墓地と同様に非課税」と主張して都を提訴するなど、宗教とビジネスの課税上の「線引き」をめぐって税務当局と宗教法人は緊張関係にある。

 全仏は、2009年に葬儀業に参入した大手スーパーのイオンが10年に寺院を紹介するサービスを始めた際も、「お布施が『ギャラ』のように表示され、寺が戒名を売買している印象も与える」などとして、料金表示の中止を申し入れた。現在イオンでは、対象は菩提(ぼだい)寺のない人に限ったもので、お布施は「目安」とホームページ上で明記。口頭でも説明している。

 一方、「お坊さん便」への好意的な見方もある。川崎市の自営業の男性(67)は今年11月、92歳で亡くなった父親の葬儀で「お坊さん便」を利用した。普段、寺と付き合いがなく、葬儀社には「僧侶を呼ぶと20万円以上かかる」と言われたが、半額以下で済んだ。「お経は聞いても意味が分からないし、しっかり供養してくれたら誰に頼んでも大差ない。友達にもすすめたい」と話す。

 サービスに前向きな僧侶もいる。中国地方の寺で住職をしている40代男性は、数年前から首都圏に部屋を借り、「出稼ぎ」に来ている。「お坊さん便」だけでなく、知り合いの僧侶や葬儀社から声がかかれば、葬儀や法事に出かける。過疎が進む地元では経済的にやっていけないからだ。檀家(だんか)は数十軒しかなく、葬儀は年に1度あるかないか。地元にいるのは1年のうち3分の1ほど。「田舎で家族と暮らせればいいが、それではとてもやっていけない」と嘆く。

 みんれびに登録する曹洞宗見性院(埼玉県熊谷市)の橋本英樹住職(50)は「異論は承知の上。批判にさらされることで、仏教界に必要なことが見えてくる」と前向きだ。みんれびの秋田将志副社長兼COO(30)は「経済的に苦しい僧侶が多いと肌で感じており、利用者のニーズも高い。仏教界とは共存共栄していきたい」と話す。



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