古本虫がさまよう 「一人電通」「一人電通&博報堂ほか」「石原慎太郎好き」「石原嫌い」などの自叙伝(BY1925年生まれ~1958年生まれ)はナイスですね?
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「一人電通」「一人電通&博報堂ほか」「石原慎太郎好き」「石原嫌い」などの自叙伝(BY1925年生まれ~1958年生まれ)はナイスですね?
(2016・1・18・月曜日)




1958年生まれの、みうらじゅん氏の『「ない仕事」の作り方』 (文藝春秋)を読んだ。これは大変面白い、ある種の自叙伝的仕事論。


デビューして今年で35年、「仏像ブーム」を牽引してきた第一人者であり、「マイブーム」や「ゆるキャラ」の名付け親としても知られるみうらじゅん。とはいえ、「テレビや雑誌で、そのサングラス&長髪姿を見かけるけれど、何が本業なのかわからない」「どうやって食っているんだろう?」と不思議に思っている人も多いのでは?
本書では、それまで世の中に「なかった仕事」を、企画、営業、接待も全部自分でやる「一人電通」という手法で作ってきた「みうらじゅんの仕事術」を、アイデアの閃き方から印象に残るネーミングのコツ、世の中に広める方法まで、過去の作品を例にあげながら丁寧に解説していきます。「好きなことを仕事にしたい」、「会社という組織の中にいながらも、新しい何かを作り出したい」と願っている人たちに贈る、これまでに「ない」ビジネス書(?)です。



「一人電通」ということで、一人でこれがブームになるかもと、人が関心を持たないようなところでも地道な研鑽(?)を続け、これ、面白いのでは?と売り込みもしていく。やがて編集者などの目に止まり‥‥と。みやげ物の中に、いやなみやげ物があったりすると、「いやげ物」ということで、かえって、それらを蒐集するようになっていく。

電子辞書の普及によって、紙の辞書を手にしなくなり、そのために、紙の辞書だと「目的の言葉を探したとき、自ずと隣の言葉が目に飛び込んできます。『インフレーション』を調べたのに、いつのまにか『陰茎』『淫乱』などをよみふけってしまった経験などは、おそらく皆さんにもあるでしょう。しかしその無駄な作業が、逆に知識を豊かにしてくれたものです。私はこれを『ぴあ現象』と呼んでいます」とのこと。なるほど‥‥。

といった発想のヒントが満載の本であった。

電通といえば、1925年生まれの川村清氏の『戦中・戦後九〇年 電通・博報堂・ニューヨーク』 (朝日新聞出版)を読んだ。
こちらは電通→博報堂などでサラリーマン人生を過ごした人。定年後もニューヨークにて仕事を継続したとのこと。さまざまな仕事や趣味を通じての内外の人々(結構ビッグな方々も)との出会いなどを淡々と時系列的に綴っている自叙伝。

「ソロモン群島ガダルカナル島で玉砕した兵団長、那須弓雄陸軍中将の辞世の歌」が紹介もされているが、ガダルカナルは、補給がとだえがちで敗北した戦闘ではあったが、一応、玉砕することなく、可能な範囲で、最終的には何万かの兵士を撤収することには成功したのだから、この「ガダルカナルで玉砕した」は「ガダルカナルで戦死した」が正しいのではないか?

それはともかくとして、徴兵逃れもあって、理系学部に進み、そこには小川宏(のちのアナウンサー)もいたりしたとのこと(それが縁で、のちにテレビの仕事でも一緒になったりもする)。戦後文系になるが、佐野学教授の講義は人気だったとのこと(そのとき、彼はすでに反共リベラルに転向していたかと。それでも人気とは? 当時の早稲田の学生はまともだった?)。

昭和26年に民間ラジオの放送も始まり、電通に入社した著者は大阪で、そうした放送のコマーシャル作成などを担当することになる。やがてテレビ放送も始まる。カゴメのコマーシャルを担当すると、打合せの席で、トマトジュースが用意されたりもする。だが、著者はトマトジュースが大嫌い。それでも仕事のために死ぬ気で飲んだとのこと(僕も赤いトマトジュースは大嫌いだ。でもトマトケチャップは大好き)。そのあと、電通から博報堂に転進したり、定年後もニューヨークに駐在したり‥‥。ロックフェラーと知り合い‥。妻を亡くし‥‥。そんな人生が綴られている。

一方、1937年生まれの康芳夫氏の『虚人魁人康芳夫 国際暗黒プロデューサーの自伝』 (学習研究所)を読んだ。いわゆる「呼び屋」というのか、トム・ジョーンズやアリ&猪木戦などの興行を行なったのが著者。その自叙伝。なかなか面白い。石原慎太郎氏と仲良くやって、ネッシー探検隊を組織したこともあったそうな。あぁ、なんかそんなこと、やっていたかのような。
トム・ジョーンズが女を世話しろ、複数、3人とか‥‥。そんな内幕も書いている。
独立する前の会社時代には、その会社が、人気のあったソ連のボリショイサーカスを招き、いかに儲けたかなど。ボリショイサーカスは昔見た記憶があるが‥‥。さて、いつのことやら? 1980年ごろ? 国交回復前から扱っていたそうで、その背景には、自民党の某首相の懐刀のシベリア帰りの、ロスケのスパイがあったからこそだそうな‥‥。そんなことが書かれている。
著者は、父親が中国人で、母親が日本人だとのこと。ハーフは劣化が早いとかいう人もいるそうだが、いやいや、ハーフには「虚人」「巨人」が多いというべきか?

『虚人のすすめ 無秩序を生き抜け』 (集英社新書)という本も出しているが、これは学研の上記の本のダイジェストのような内容であった。ほぼ同じ。

さらに、1936年生まれの司修氏の『Ōe(おおえ):60年代の青春』 (白水社)を読んだ。


内容紹介→大江健三郎作品の装幀を手がけ、同時代を伴走してきた著者が、六〇年代の大江文学と向き合い、現代への鮮烈なメッセージを摑み取る!

《装幀を手がけた大江健三郎作品の秘密》

大佛次郎賞を受賞した『本の魔法』では、実は著者と最も関係が深いと思われる大江健三郎について言及されていなかった。370ページを超える本書に目を通せば、読者はその理由がわかるだろう。
著者が手がけた装幀で、最多を誇るのが大江の作品である。二人はほぼ同世代。大江10歳、著者9歳のときに敗戦を経験し、同時代を歩んできた。1970年に『叫び声』の装幀を依頼されて大江と出会い、以来、作品の深い読みが反映された装幀で大江の代表作が次々と世に送り出された。
大江作品は、小松川高校事件(女子高生殺害事件)、安保闘争、浅間山荘事件、狭山事件、原爆と原発事故による被曝、沖縄、在日朝鮮人の問題など、常に実際の事件や社会問題と想像力が結びついたものである。本書で大きく取り上げる『叫び声』と『河馬に嚙まれる』には、大江が追究してきたテーマのすべてが網羅され、不気味なほど現代につながる。
著者は装幀をした時代を振り返り、大江作品を改めて多方面から精読し、国家や組織などと対峙する「個人」の魂の声に突き動かされながら、小説からだけではわからなかった事実を引き出していく。著者ならではの視点と感性で大江文学から現代への鮮烈なメッセージを摑み取る、渾身の書き下ろし!



若かりし無名に近い売り出し前のころ、石原慎太郎氏から、挿絵を著書に描いてほしいとの指名があり、それがきっかけにメジャーデビュ―(?)したようだが、 「一九六八年七月の参院選で石原氏がトップ当選したとき、自民党とは考えが違うので、今後、仕事を下さらぬようにとてがみに書いた。その後彼からの仕事はいっさいなくなった」とのこと。なかなか、信念に忠実な御方のようだ? 先述の、石原慎太郎と親しい康さんとは大違い? 

だからか、もっぱら大江健三郎氏の装幀などを担当するようになる。そんな体験やら60年代~70年代の革命テロリストたちへの思いなどを綴った本。
著者には『赤羽モンマルトル』 (河出書房新社)という自叙伝的作品もあるとのこと。読んでみようかなとも? 古い本だが、以前なら古本屋で探す?なんてことをするしかなかったが、いまは図書館で借りることもできるようだから便利。その分、古本屋の売り上げが減る? ファンなら買って読もうとするでしょうが?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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