古本虫がさまよう 「容共リベラル風の『戦後民主主義(疑似左翼全体主義)』への懸け橋」を爆破した偉人とは?
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「容共リベラル風の『戦後民主主義(疑似左翼全体主義)』への懸け橋」を爆破した偉人とは?
(2016・1・15・金曜日)



佐々淳行氏の『重要事件で振り返る戦後日本史』 (ソフトバンク新書)を読んだ。


(内容紹介)→◆大事件をもとに戦後史を通観し、自国の根幹を知る!
あさま山荘事件、東大安田講堂攻防72時間、ひめゆりの塔事件――
「ミスター危機管理」こと、危機管理のエキスパート佐々淳行氏が指揮をとり、
鎮圧した数々の難事件、重要事件を中心に激動の戦後史を振り返る。



「おわりに」によると、東大名誉教授の伊藤隆氏は佐々氏をこんなふうに評しているという。

「佐々さんは、戦後日本社会を支えた重要人物。一度ばかりか二度までも、世の中の危険な流れを変えた人だ」「一度目は、マルクス・レーニン主義の世界観に基づく共産主義革命が起こっても不思議ではなかった1960年代、反戦と反帝国主義を掲げた。あの凄まじい動員力のあった運動は、くすぶり続けた火種が『東大安田講堂事件』で発火しそうになるのだが、文字通り、水をかけて初期消火したこと」
「二度目は、左翼革命闘争が先鋭化してトロツキズムに走り、武力による世界革命を主張する新左翼によって、『あさま山荘事件』や爆弾テロ事件などの凶悪な事件が猖獗を極めた時」で「それを命懸けで食い止めているうちに、革命の手段を誤った新左翼過激派は自滅する」「ふたつの途方もない変革、日本の危機を食い止めたのが、佐々淳行である」
と…。


たしかにその通りだろう。ただ、残念なのは、もし、佐々淳行さんが政界に打って出ていれば……。本書でも少し触れているが(より詳しくは『私を通りすぎた政治家たち』文藝春秋刊行)、日本新党から立候補する可能性もあった(民社党からも)。

警察官出身者で、佐々さんの「上司」であった秦野章氏や後藤田正晴氏など何人かが政治家になっている。細川護煕さんも悪くはないが(いや悪い?)、国家基本問題研究所の櫻井よしこ氏や石原慎太郎氏などと共に「国家基本党」などを結成していれば、少なくとも「公明党」並の議席は確保し、自民党との連立政権、いや、社会党の村山さんだって首相になれたのだから、国家基本党からも首相をだすことは可能だっただろう……。そうすることによって、日本の「第三の危機」が救えたかもしれない……。いまからでは、ちょっと佐々さんは体力的に演説などの先頭に立つのは無理かもしれないが(櫻井氏はまだ古稀。70歳になったばかりだからまだまだやれる?)。

いまの中・高校生はいいね。僕がそのころの歳だったころ、朝鮮戦争は韓国などによる侵略戦争だなんて書いている、岩波新書の『昭和史』レベルのモノしかなかったが、いまは、戦後史を学ぶ上で、こういうちゃんとした本もあるのだから。

伊藤隆氏といえば、『大政翼賛会への道 近衛新体制』 (講談社学術文庫)を最近読んだ。中公新書などからも出ていたかと。「大政翼賛会」というと、ものすごい右翼独裁政党組織、日本のナチ党のようもに思われがちだが、そうともいえないこともわかる本。離合集散というのか、さほどのリーダーシップもない近衛さんやらいろいろと。

なにしろ、楠精一郎氏の『大政翼賛会に抗した40人 自民党源流の代議士たち』 (朝日選書)や、大政翼賛会主導の選挙を違憲と断じた裁判官も当時いた(清水聡氏『気骨の判決 東條英機と闘った裁判官』新潮新書)ことを思えば、今日の中共より、戦前戦時中の日本のほうが、はるかに民主主義があったと見ることも可能だろう。
東條なんて、ミッドウェーの敗北の実態もよく把握できず(海軍には手を入れられず)、サイパンが陥落したら首相を退陣するのを余儀なくされた程度の「半独裁者」でしかなかった。スターリン、ヒトラーや毛沢東など見て分かるように、独裁者とは「死ぬとき」まで権力を保持するもの。

戦前の日本の体制はせいぜいで軍国主義体制であり(でも、その「せいぜい」でも、民主主義体制に比べたら、軍国主義体制は抑圧的で好ましいものではもちろんない)、ファシズムやコミュニズムといった左右の全体主義体制ではない。 「運動」や「思想」としての「ファシズム」や「コミュニズム」は無論あった。それは英国や米国にもヒットラーかぶれ、スターリンかぶれの思想家や政治家はいた。だが、「体制」としてのファシズムやコミュニズムは英国や米国では「体制」として確立されることはなかった。日本も同様である。

にもかかわらず、共産主義的単細胞史観で、資本主義国家をファシズムであったといわんばかりの屁理屈を強弁する学者たちが、あれやこれやと難癖をつけて、戦前の日本は上からのファシズム国家であった、天皇制ファシズム国家であったとみなし、その影響を受けた人が少なくなかった。
そもそも、ファッシズムは×だが、コミュニズムは〇(△?)というのが、丸山真男以下の日本の進歩的文化人の共通した認識だった。ジョージ・オーウェルや河合栄治郎のように、「左右の全体主義」に対して、等しく闘うという気概はなかった。

丸山の『戦中と戦後の間 1936-1957』 (未来社)は、昭和11年に書いた「政治学に於ける国家の概念」から始まり、今やソ連のスパイであることがほぼ推定されているハーバート・ノーマンを追悼する「E・ハーバート・ノーマンを悼む」までが収録されている。
「政治学に於ける国家の概念」では、「今や全体主義国家の観念は世界を風靡している」としているが、「弁証法的な全体主義を今日の全体主義から区別する必要が生じてくる」(「今日の」に丸山による傍点あり)として、共産主義的全体主義にほのかな愛着を示しているかのようではあった。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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