古本虫がさまよう 原発はテロと隕石と宇宙人には勝てない?
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原発はテロと隕石と宇宙人には勝てない?
(2015・11・7・土曜日)




片山杜秀氏の『大東亜共栄圏とTPP 片山杜秀の本-7』 (アルテスパブリッシング)を読んだ。

衛星デジタル放送「ミュージックバード」で放送中の「片山杜秀のパンドラの箱」から十一回分を活字化したもの。2011年9月から2013年4月まで。

音楽番組なので、いろいろと話したあとに、その内容に関する音楽を流しているそうな。さすがにCD付き本ではないので、音楽は曲名だけの紹介に終わっているが‥‥。

そのなかで、ロシアに隕石が落ちたときの話をしているのが目に止まった。2013年2月のことだから、2年以上昔のことだが、ウラルのチェリャビンスク州に落ちたのだが、へぇ、これってジョレス ・.メドベージェフの『ウラルの核惨事』 (技術と人間)で有名なソ連の核関連施設集中地帯だったんだということを知った次第。たしかあのときは、タクシーみたいに自家用車の前に備えつけているビデオカメラが、隕石が落ちてくる一部始終を撮影しているロシア人が多くて、映像的には迫力あるものが見られたかと……。

しかし、一歩間違えれば、再び『ウラルの核惨事』となっていたことやら?

チェルノブイリ、フクシマ以前には、世界最大の核惨事の事故があったと言われているのが、このウラル地域。ソ連時代の、地の果て(?)のような奥地での事故ゆえにあまり知られていない。

(ウィキペディア)→ウラル核惨事(ウラルかくさんじ)は、1957年9月29日、ソ連ウラル地方チェリャビンスク州マヤーク核技術施設で発生した原子力事故(爆発事故)。また、後年にかけて放射性廃棄物に起因して発生する事故等も包括することも多い。

ウラル核惨事における核施設
キシュテム事故により汚染された地域‭(‬東ウラル‭)‬‬
ウラル核惨事(ウラルかくさんじ)は、1957年9月29日、ソ連ウラル地方チェリャビンスク州マヤーク核技術施設で発生した原子力事故(爆発事故)。また、後年にかけて放射性廃棄物に起因して発生する事故等も包括することも多い。

1950年代当初のソ連では、一般には放射能の危険性が認知されていない、もしくは影響を低く考えられていたため、放射性廃棄物の扱いはぞんざいであり、液体の廃棄物(廃液)は付近のテチャ川(オビ川の支流)や湖(後にイレンコの熱い湖、カラチャイ湖と呼ばれる)に放流されていた。やがて付近の住民に健康被害が生じるようになると、液体の高レベルの放射性廃棄物に関しては濃縮してタンクに貯蔵する方法に改められた。

放射性廃棄物のタンクは、絶えず生じる崩壊熱により高温となるため、冷却装置を稼働させ安全性を保つ必要があるが、1957年9月29日、肝心の冷却装置が故障。タンク内の温度は急上昇し、内部の調整器具の火花が、かさが300立方メートルのタンクにあった結晶化した硝酸塩と再利用の際出て来た残留物も一緒に爆発を起こし、大量の放射性物質が大気中に放出される事態となった(East Urals Radioactive Trace)。その中には半減期が長い同位元素例えば‭、‬90Sr (‬29年‭)‬,‭ ‬137Cs‭ (‬30年‭), ‬239Pu‭ (‬24,110年‭)‬ があった。核爆発ではない、この化学的爆発の規模はTNT火薬70t相当で、約1,000m上空まで舞い上がった放射性廃棄物は南西の風に乗り、北東方向に幅約9km、長さ105kmの帯状の地域を汚染、約1万人が避難した。避難した人々は1週間に0.025-0.5シーベルト、合計で平均0.52シーベルト、最高0.72シーベルトを被曝した。特に事故現場に近かった1,054人は骨髄に0.57シーベルトを被曝した。‬‬‬‬‬‬‬

マヤーク会社と官庁によれば、事故後、全体として400‭ ‬PBq‭ (‬4×1017 B‭)‬の放射能が2万平方キロメートルの範囲にわたって撒き散らされたという。‬27万人が高い放射能にさらされた。官庁が公表した放射能汚染をもとにして比較計算すると、事故により新たに100人がガンになると予想される‭。[2]‬‬‬‬

国際原子力事象評価尺度ではレベル6(大事故)に分類されている。これは‬1986年のチェルノブイリ原子力発電所事故と2011年の福島第一原子力発電所事故のレベル7(深刻な事故)に次いで歴史上3番目に重大な原子力事故にあたる。ミュンヘンのヘルムホルツ・センターによればキシュテム事故はこれまで過小評価されていたという。

事故は旧ソ連で起こったために極秘とされたが、1958年には「何かがあったらしい」程度の情報がアメリカ国内にも伝わることとなった。概要が明らかになったのは、1976年11月にソ連から亡命した科学者ジョレス・A・メドベージェフが英科学誌「ニュー・サイエンティスト」に掲載した論文による(彼はその後『ウラルの核事故』(日本語訳有り)を出版する)。この告発をソ連は真っ向から否定した。原子力を推進する立場の人々からは、このような事故はあり得ず、これは単なる作り話であるとされていた。これは、当初流布された噂では、核爆発に達する臨界事故が起きたとされていたためである。

このため、1989年9月20日、グラスノスチ(情報公開)の一環として、外国人(日本人5人)記者団に資料が公開されるまで真相は明らかにされてこなかった。また地域住民に、放射能汚染が正式に知らされたのはロシア政府発足後の1992年前後であり、対策は後手に回り被害を拡大させる一因となった。



中共のウィグル、シルクロード周辺地域での大気核実験跡より酷い? 五十歩百歩? 中共がソ連のように崩壊したら、この核惨事の事実はより解明されることになるだろうが……。
こいつら、学校のプールに入って水泳していて、小便をそのまま中でしてしまっても平然としているガキより始末が悪い?

ともあれ、そうそう、原発はテロの脅威のみならず、隕石の衝突なども考慮すべきであり(宇宙人の襲来攻撃も?)、その観点からもやはり廃絶が好ましい? アリナミンのようなものを一錠飲めば、数時間は放射能汚染から肉体を守られるなんて薬ができたとしても、隕石を防ぐミサイルを開発するのは大変だろうし‥‥。

とにもかくにも‥‥。ネバーセイネバーの精神を持つことが大事。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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