古本虫がさまよう 大内兵衛より黒田寛一を、黒田寛一より田中美知太郎&竹山道雄を? ベストセラーやマルクス主義者や冷雨や台風や戦争なんか怖くない?
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大内兵衛より黒田寛一を、黒田寛一より田中美知太郎&竹山道雄を? ベストセラーやマルクス主義者や冷雨や台風や戦争なんか怖くない?
(2015・11・3・火曜日)





雨対策ゼロ、寒さ対策ゼロ(要は屋内施設での古本市の強化が必要なのにしてこなかった)神田青空古本祭りが終わった途端(最終日11月1日)、11月2日は朝からの「冷雨」が正午過ぎまでつづいた。。
あぁ、もう一日早かったら‥‥? 天譴となっていたのに?
いやいや、今年は見逃してやるが、来年の青空古本まつりで、雨対策・寒さ対策を怠れば、このような冷雨を、土日にぶつけるぞという天の怒りではないか? 
ということを、神田の古本屋経営者たちが、来年の教訓としてくれればいいのだが(無理かな? 神田神社にお参りして「青空古本まつりの時には、雨が降らないようにしてください」とお祈りすれば、それでいいと思っているのかもしれない?)。

ともあれ、読書論や書評エッセイ本など、時々手にする。どんな立場であれ、さまざまな本が紹介されていると、ふうん、そんな本があるのか、読んでみようかという気にさせられるものだ。


ということで、 『黒田寛一読書ノート第一巻』『黒田寛一読書ノート第二巻』(こぶし書房)を読んだ。

黒田寛一といえば、こういう人であった。

1927‐2006年。埼玉県秩父町に生まれる。東京府北多摩郡府中尋常小学校卒業。医師をめざして東京高等学校理科乙類に入学するが、1949年中退。療養しながら独学を続ける。1952年に処女作『ヘーゲルとマルクス』を理論社から出版。翌53年から「民科」(民主主義科学者協会)に出席。「正統派」唯物論者たちによるマルクス主義の客観主義的歪曲と対決し、論戦を展開。1956年のハンガリー労働者の蜂起にたいするソ連軍の弾圧を弾劾し、反スターリン主義運動を創造。1996年まで日本革命的共産主義者同盟全国委員会議長



要は、大内兵衛や向坂逸郎や日共従属文化人や進歩的文化人よりは「理性」があったといえようか。とはいえ‥‥マルクス主義者ならば‥‥。

本書の第一巻&第二巻に関しての出版社側のコメントは以下のようなもの。

読書することは、生きることであった。「僕の書斎には、現実的に革命の波は押し寄せてこない」――1948年3月、敗戦直後の思想的地殻変動のただなかで、孤独な病床に縛りつけられていた一人の青年が、ただひたすらに本を読むことをつうじて、社会と切り結ぶ思索を続けていた。
人間とは何であり、また何であるべきか。青年の思索は源流を目指す。若き黒田寛一の読書はマルクス・エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』へと辿り、人間存在の問いにつきあたる。マルクスを分解し、解体・再構成する精緻な読解は戦後マルクス主義把握の水準をはるかに超える



南原繁、天野貞佑、加田哲二などに関する言及が、ちょっとおやっと感じた程度。あとは知らない(読んでいない)人や書物や論文への言及(批判)が多く、なんともはや‥‥。

ともあれ、本書の巻末には、こぶし書房編集部の次のようなコメントが。

「この『読書ノート』は、黒田寛一個人の思想的・理論的形成過程をしめすものだけではなく、『主体性論争』をはじめとする諸論争と格闘した一青年の軌跡が、同時に敗戦後の沸騰する日本思想界を鮮やかに映し出す鏡となっているのです。まさに青年黒田の眼差しをとおした体験的戦後思想史として、普遍的な意義を獲得しているといえるでしょう」
「本を読むことに生命を賭けた苛烈な読書家であり、日本の稀有なマルクス主義者であった彼の足跡をたどる読者が、学ぶことの喜びを甘受し、広大な思想の世界へと関心を拡げられることを願ってやみません」



なるほど‥‥。そのあたりは、後の巻であるハンガリー「動乱」あたりの「読書ノート」を読んだ上で判断したいもの。

引き続き、入江敦彦氏の『ベストセラーなんかこわくない』 (本の雑誌社)を読んだ。一昔前の「ベストセラー」(「『日本沈没』『積木くずし』など」を取り上げて、いろいろと雑感を綴った本。

「本の雑誌」に2011年から4年にわたり連載された「ベストセラー温故知新」を再構成し一冊にまとめた、ベストセラー嫌い、あるいはベストセラーを読まない人のためのベストセラーガイド。
ビジネスマンの虎の巻として全世界で千五百万部以上を売り上げた未曾有のロングセラー、D・カーネギー『人を動かす』から、『日本沈没』『ノストラダムスの大予言』『積木くずし』などの社会現象化した小説、トンデモ本、ノンフィクション、そして戦後最大のベストセラー『窓ぎわのトットちゃん』まで、ほとんどの本を初めて読んだ著者は、あるときはあまりの紋切型なエピソードの羅列に怒り、あるときは意外な密度の高さに唸り、またあるときは売れすぎた作家に同情さえ覚えます。
概要から時代性、なぜ売れたのかの分析、そして本としての値打ちまで、切れ味鋭いイケズな文体でばしばしと解読し、新たなベストセラー像を浮かび上がらせる画期的な一冊です。



こちらは、先の黒田氏が触れている本よりは、身近な本が多かったが‥‥。

ところで、昨日(2015・11・2)の産経新聞の正論欄に、平川祐弘氏が寄稿していた。

「台風を放棄する」と憲法に書けば台風が来なくなるのか? 危惧抱く教養主義の衰退 
 「台風を放棄する」と憲法に書けば、台風は日本に来なくなりますか、と田中美知太郎は問うた。世間には「戦争を放棄する」と憲法9条に書いてあるから戦争がないような言辞を弄する者がいる。田中は戦争被害者で焼夷弾で焼かれた顔は恐ろしかったが、そう問うことで蒙を啓く発言には笑いと真実があった。
 《今も通じる竹山道雄の判断》
 55年前、国会前は「安保反対」で荒れた。多くの名士はデモを支持した。だが大内兵衛、清水幾太郎など社会科学者の主張は傾向的だったものだから今では古びて読むにたえない。ところがギリシャ哲学者、田中の発言は古びない。今年の国会でも維新の党の議員が「台風放棄」説を引用した。
 興味あるのは論壇名士の賞味期限だ。人民民主主義を擁護した社会科学者の期限はとうに切れたが、田中は違う。複数の外国語に通じた人文学者の常識-プラトンの対話を講ずる一見、浮世離れの田中の論壇時評のコモン・センスを私は信用した。
またドイツ語でマルクスを読んで有難がる社会科学者よりも、東独からの逃亡者と生きたドイツ語で会話する竹山道雄の判断の方を信用した。私はいま竹山の往年の新聞コラムを本に編んでいるが、その安保騒動批判は今でも通用する。「米軍がいると戦争が近づく、いなければ遠のく-、多くの人がこう考えている。しかしあべこべに、米軍がいると戦争が遠のくが、いなければ近づく」と考えるのが竹山だった。
 習近平中国の露骨な膨張主義に直面して日本人の考えはいまや後者の方に傾いた。半世紀前は新保守主義とか教養主義とか揶揄された田中や竹山だが、どうしてその判断は捨てたものではない。
 そんな大正教養主義世代を敬重するだけに、日本の高等教育における教養主義の衰退に危惧の念を抱く。かくいう私はlater specializationを良しとした。ところが近年、文部科学省はそんな専門化への特化を先延ばしする教養主義を排し、早く結果の出る専門主義を推している。
《外国語による自己主張の訓練を》
 教養教育批判が出るについては、従来の教養部に問題もあったろう。しかし私は教養主義を奉じた旧制高校で学び、新制大学では教養学部の教養学科を出、教養学士の学位号を持つ者だ。おかげで80代でも仏語で本を出している。恩恵を感じるだけに教養主義の復権を唱えずにはいられない。私が学際的につきあった人は理系社会系を問わず詩文の教養があり外国語が達者な人が多かった。外国人と食卓で豊かな会話もできぬような専門家では寂しいではないか。
 では21世紀の要請に応え得る教養人の形成は具体的にどうするか、その一石二鳥の語学教育法を披露したい。人文主義的な教養教育の基礎は外国語古典の講読で、徳川時代は漢文、明治・大正・昭和前期は高校では独仏の短編などを習った。西洋では以前はラテン・ギリシャhumanites classiquesを習ったが、近年は近代語古典 humanites modernesへ重点が移行した。
英語の読み書き話しの力はグローバル人材に必要だが、問題は有限の時間を効率的に使うこと。そのために英語とともに国際関係・歴史など別の科目も同時に学ぶこと。教材にルーズベルトの対日宣戦布告、チャーチルの演説、ポツダム宣言等の英文も用いれば外国が日本をどう見たかもわかる。
 そして日本側の非とともに理のあるところも考えさせ、外国語による自己主張も訓練せねばならない。そのためには日本人であることに自信のある人が望ましい。
 《「複眼の士」養成が大学の任務》
 『源氏物語』を原文とウェイリー英訳とともに講読すれば、外国語を学びながら自己の日本人性にも目覚める。平安朝の洗練を知れば日本人として妙な卑下はしないだろう。もっともこんな授業は大学院でも無理かもしれないが。
 しかし、文化的無国籍者でなく、世界に通用する日本人を育てることは国防上からも大切だ。そんな日本と外国に二本の足をおろして活躍できる人を育てることこそが教養教育の王道で、「複眼の士」を養成することが大学の任務だろう。
だが今の日本では餅は餅屋式の専門分化の考えが邪魔立てし、一人の教師が『源氏』の原文も英訳も教えるなどできない相談と思いこんでいる。ハーンの英語怪談の日本語原拠を調べることすら英文学の専門の枠外だと思っていたのだ。専門白痴は困ったものだ。これから先は、主専攻とともに副専攻を自覚させることが肝心だ。
 しかし安倍晋三首相の70年談話なら一人の教師で原文も英訳も教えることはできるだろう。丁寧に読めば問題点もある。事変、侵略、戦争について日本語では主語が不特定多数だが、英文では主語はわれわれ日本で「二度と武力の威嚇はしない」と誓うのだから日本は侵略したと読める、などと指摘する人も出てこよう。そうした文法的・歴史的かつ政治的問題を学生と議論することこそ大切だ。


 
平川氏の諸説もっともだ。「竹山道雄氏の往年の新聞コラムを本に編んでいる」とのこと。本になるのが楽しみだ。一石二鳥として、英語の教材に、ルーズベルトの対日宣戦布告、チャーチルの演説、ポツダム宣言等の英文も用いればいいというのもその通り。ついでに、ケネディの就任演説やレーガンのベルリンの壁に向けての演説なんかもいいだろう。外交官の試験など、単に語学だけではなく、そういうテキストを使って、知的思考力を問いただす内容にしておけば、もう少しマシな外交官を輩出しただろうに‥と思う。
もっとも「外国人と食卓で豊かな会話もできぬような専門家では寂しいではないか」と言われても、日本語でもできかねる僕のような身では偉そうなことも言えない。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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