古本虫がさまよう 「饅頭」は美味いが、名もなき者たちの「饅頭本」は上手いか怖いか?
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「饅頭」は美味いが、名もなき者たちの「饅頭本」は上手いか怖いか?
(2015・11・2・月曜日)





出久根達郎氏の『万骨伝 饅頭本で読むあの人この人』 (ちくま文庫)を読んだ。

古書業界・出版業界では、故人をしのぶ追悼本を葬式饅頭になぞらえて饅頭本という。紅白饅頭のように配られる記念本も饅頭本のうち。古書店主であった著者が、それらの饅頭本に描かれた、強烈な人生や業績を紹介する出久根流紳士録。実業家、文化人、アスリート、さらには泥棒まで、歴史の陰に埋もれた万骨の人たち50人。文庫オリジナル。


この本に出てくる人は、そこそこ知名度のある人たち。だから「饅頭本」といっても、それなりに価値のある本もある。

説教強盗の「妻木松吉」や、 「高田元三郎」などは聞いたことがあった。高田氏の『記者の手帖から』 (時事通信社)は、積んどくしていたかとも。いろいろと面白い逸話などが書かれているようだ。

古書コレクターの実業家・谷村秋村とかも。

「私は、有名無名を問わず人の自伝を読むのが好きだが、ひとつは、その語り口の魅力にひかれて読む。芸能人などはゴースト・ライターが執筆している場合が多いけれど、しかし、やはり本人が語ったものを、できる限りその口跡を生かして文章化しているようで、それがライターの腕だから、ご本人の持ち味は感じ取れるのである」
「もうひとつ、私は人のなりわいに興味があって、その人がどのようにして日々の糧を得、また世間的に成功したのか、知りたいのである」
「自伝は、どんな謙虚な人でも、半分は自慢だから(そうでなかったら、本に著して世に出すまい)、けっこう、事業のヒントになるような重要な方法を、ポロリともらす。私は別に事業家になるつもりはないが、成功の秘密を聞くのが好きなのである」


この本に出てくる「饅頭本」関係者は、先述したように、それなりの知名度がある人ばかり。
でも、古本市などに行くと、「饅頭本」であっても、無名の人のものが少なくない。立派な箱入りであっても、「非売品」「自費出版」であったりする。
上場企業ではなく、〇〇株式会社30周年記念出版の様な形で、創業者が自叙伝的に綴っているものも少なくない。
また、学校の校長先生や一教員、大臣まではいかなかった政治家や(大臣までいった政治家ももちろんのこと)、一記者や一編集者や地方自治体の議員やら、有名無名‥さまざまな「自叙伝」「饅頭本」は出ている。本人自らが執筆したり(語ったり、騙ったり?)、亡くなったあとに、知人、友人などが追悼文を寄せてまとめたり‥‥。

『追悼森恭三記者』 (非売品)なんか以前購入したが、それを読んでいると、思いがけない人物による追悼エッセイが載っていたりする‥‥。人の縁はイデオロギーを超えているものだと?

その中で、自分の感性に少しでも触れるような内容だったら(あとお値段も安ければ?)、時々購入している。なかなか読破はできないが、そのうちに‥‥ということで、「饅頭本」は溜まっていく。

餡子入の饅頭なら、賞味期限もあるし、あっという間にたいらげるのだが‥‥。饅頭本はそうはいかない。

とはいえ、3年前には、こんな「饅頭本」を読んで感想を綴っていた(が、読了記憶も今や乏しい?)


2012/10/17(水) 06:20:24
石井一彦氏の『ぼくたちの野田争議  忘れられた労働運動家 松岡駒吉と野田労働争議』 (崙書房出版)を読んだ。昭和2~3年に発生した野田醤油(今のキッコーマン)のストライキに関する考察本。著者は野田の近くに住んでおり、当時の労働争議を調べだしたとのこと。そのころの労働運動の指導者松岡駒吉などの関与など、いろいろと書かれている。
戦前の労働争議や労働運動に関してはあまり勉強をしていない。個人的には松岡や西尾末広などの穏健な労働組合運動家にはシンパシーを抱いてきた。
今日とは比べ物にならない「逆境」の労働環境の場にあって、その改善をどう推進していくか。海外に進出し「市場」を得るのが当然とされ、無産政党といえども、そうした国策にある程度協力もしていた状況を考えると、空理空論のコミュニストの主張に賛成するわけにもいくまい。

その関連で、ふと手にしたのが、実家で積んどくしていた平井巳之助氏の自叙伝『名もなき者の記録 私の運動史』 (田畑書店・1981年刊行)。定価1600円。どこかの古本屋か古本市で購入したようで、スーパーやブックオフのシールのような「105円」という表示がある。安い?

著者は1905年生まれ。東京大学文学部を1930年に卒業している。貧しい家に生まれたものの、勉強はよくできたそうで、桃山中学校、大阪高等学校を経て東京大学にも進学。大阪高等学校の同級生には北朝鮮讃美派としても知られる安井郁や、森恭三(朝日論説主幹)などがいたという。東大でも一緒だった森には、大学卒業後もいろいろと金銭的な支援を受けたという。なるほど、森はやはりそういう思想的傾向があったわけだ! 彼の書いた本『風速計上下』 (朝日新聞社)などは「朝日ジャーナル」で読んでいた記憶があるけど、感心した覚えがない。そのタイトルをもじって、後年、同じようなヘンな論説を書いている論説主幹にも感心しないが…。

それはともかくとして、平井氏は、その中で、自分自身も含めて貧しい民衆の状況を見て社会運動に参画。東大セツルメントに住んだりもする。
セツルメントの活動の中で、法律相談から裁判沙汰になった際、セツルメントの支援を東大教授の穂積重遠などがしていたことから、博打ごときの犯罪者がらみの法廷であっても彼がいざ「鎮座」すると、裁判官・検事が全員起立して迎え、本来なら実刑なのに、そうせずに執行猶予をつけ、「先生、あれでよかったですか」と。
東大教授と教え子(裁判官・検事)の関係はかくも従属的であった?

共産党にも入るものの、中国侵略反対などで捕まり、偽装転向。そうした思想遍歴、活動遍歴を綴っている。
 人民統一戦線がコミンテルンの承認を得る前の段階で、社会民主主義者を毛嫌いするのはおかしいのではないかと感じていたとのことで、共産主義者にあっては柔軟派?

 西尾末広などの労働総同盟にも雑誌の売り込みなどに出掛け、本部職員の中で西尾路線にイマイチを感じていた層にも接近もしている。なるほど、コミュニストもやるね?

 戦時中は中国に居たりもするが、戦後も日中友好、日朝友好第一でいろいろと活動し、占領下、逮捕されたりGHQからスパイになれと誘われたり…。さまざまな活動をしていく。
妻が教員でその収入に依拠していたが、熟年離婚を体験もする。そのために、共産党の「ハウスキーパー論」的な生活をしていたことを自省したりもする。女性を、妻をそういう「従属」的な「性奴隷」というか「女中」扱いをしていたのは間違っていたのではないかと。

コミュニストにしては誠実に過去を振り返っているようにも見えるが、やはり1981年に刊行しているのだから、北朝鮮への帰国運動などの反省なども当然書かれてしかるべきだろうが、何もない。
朝鮮戦争も北朝鮮から攻めた事実も指摘もされず、あたかも侵略され酷い目にあったかのように描かれている。日朝間の科学者の交流などを推進したことを嬉しそうに綴っているが、そういうことをしたために北朝鮮の核開発などにつながったのではないかという視点も皆無。所詮は限界のある哀れなコミュニストによる回顧録でしかないが、戦前、戦中、戦後、自分の「信念」に忠実に生きてきた一人の人間の記録としては、それなりの「モノ」はある。だが、やはり…。

ところで、この人にはもう一冊本があるそうな。 『老根拠地にて わが八路軍体験記』 (田畑書店)という本が。読んでみようか、古本屋か図書館にあるかなと思って調べようとしたら、自分のブログで以前、この本を購入していることを知った(以下略)。



ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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