古本虫がさまよう 「原発安全説」や「北朝鮮性善説」や「ツバメはタカより強い説」は、いわゆる「天動説」なのか?
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「原発安全説」や「北朝鮮性善説」や「ツバメはタカより強い説」は、いわゆる「天動説」なのか?
(2015・10・28・水曜日)



 
ヤクルトの2連敗で迎えた昨日の日本シリーズ第三戦の夜……。この試合、ホークス(鷹)がスワローズ(ツバメ)に勝てば、いよいよ王手。早く帰宅し、ゆっくりと食事を楽しみながらのテレビ観戦…。ところが、……。

用意されたのは、賞味期限が切れた(といっても、2015年10月18日)スーパー特製(プライベートブランド)の1袋50円ぐらいのラーメンが、メインディッシュ。しかも、それが二つ。特製丼に入れられ、さすがに「具」はいろいろと。しかし、カロリーはかなりありそうだ。
ともあれ、結果は‥‥。球場には「鷹狩り」といったスローガンがあったそうな。反安倍勢力が神宮に集合していたようだ?

ともあれ、この前紹介した、北野慶氏の『亡国記』 (現代書館)は「小説」であるが、小倉志郎氏の『元原発技術者が伝えたいほんとうの怖さ』 (彩流社)は、ノンフィクション。

内容紹介→「原発は、ほんとうにとんでもない怪物だ。あの複雑怪奇な原発の構造を理解しているエンジニアは世界に一人もいない……」。
35 年間、現場で原発開発に携わり続けた小倉さんは福島第一原発の四号機を除くすべての号機の安全系ポンプの技術とりまとめ役をし、原発を肌身で知っている。この本は「遺言」のつもりで書いた。「原子力ムラ」の利権にたかる輩や、原発を推進する権力側にとっては、都合の悪いことも書き連ねた。読者のみなさんのなかには、「原発をつくった人間が何を今さら善人ぶりやがって!」と思われる方もいるだろう。原発をエネルギー資源の少ない日本にとってまるで「救世主」であるかのような夢を見て疑わなかった私自身、痛切に責任を感じている。いや、感じるだけでなく、責任の一端を担っていることは確かである。しかし、長年、原発の建設や保守・点検に携わった人間だからこそわかることを書き留めることで、「贖罪」の思いもこめた。(「はじめに」より)



原発推進の技術者として仕事をしてきた人ならではの見識が発揮された本であった。とりわけ3・11前の2007年に書かれたという「原発を並べて自衛戦争はできない」という論文ももっともな内容。

その論文の中で、北朝鮮性善説(?)取って、万が一の時でも原発は攻撃されないという仮定を取るのはおかしいとも指摘している。

改憲派が、「原発に対する武力攻撃があることを覚悟」しているのなら、「真剣にその場合の原発防護策を検討すべきだし、その場合、原発に対する『自爆』的『ゲリラ』攻撃に対しては、正規自衛軍があろうと無力であることを認めた上で検討し、具体的にどんな防護策があるか提示すべきである」と著者が指摘しているのはもっともなこと。正論といえる。
原発再稼働を行なうなら、少なくとも、原発周辺には自衛隊を配置する必要があろう。パトリオットも配備する必要もあるかも。

屋外にあるさまざまな機器が「武力攻撃を受けたら、ほぼ確実に原発の原子炉の冷却ができなくなると考えるべき」「すなわち、原子炉の安全が保てないということである」「原子炉が安全に保てない事態が発生するなどということは、もともと設計上考えていないのだから、それから先、どういう事態に発展するかは未知の世界である」とも。

彼が、執筆した2007年の時点では、それは「未知の世界」であったが、もはや3・11以降は「未知の世界」ではない。想像を絶する世界でもない。想像力で十分予測できる世界だ。

だとしたら、どうすべきかは自明であろう。原発反対派も、その点をもっと追及すべきだ。なのに、原発は嫌いでも北朝鮮は好きな人も反対派の中に一定勢力いるせいなのか(?)、そういう反対論を構築することが少ないように見えるのは問題だ。

「原発安全説」や「北朝鮮性善説」はいわゆる「天動説」でしかあるまい。そうした「神話」「天動説」は、2002年(平成14年)9月17日の小泉首相訪朝、及び2011年・3・11の東日本大震災の衝撃が発生して以降、完全に崩壊したといえる。

9・11以降は「北朝鮮危険説」、3・11以降は「原発危険説」が、「地動説」として確認された時ともいえよう。

にもかかわらず、昔、日本は朝鮮人を強制連行したではないかなどと北朝鮮を庇ったり(「戦時中の徴用」と「平和時の拉致」とは全く異なる概念だが、それを無視して同一のものにみなすのはおかしい。かなりの「左巻き」でないと浮かばない考えだ)、原発を擁護したりする言論はいまだに展開されている。
もちろん「言論の自由」がある日本では、そうした主張を展開するのは「自由」であろうが、論理矛盾の理屈を信奉することはなかろう。

原発危険説を唱える人の中には、いまだに「北朝性善説」に類似した思考様式を取る人もいるようだ。原発の危険性を指摘する理屈の中に、名指しをしなくても、「敵国」「テロ国家」が攻撃したらどうなるかをもっと声高に主張してもいいはずなのに、その点にはあまり触れたがらない向きも一部にはあるようだ。それって、津波の危機を軽視していたのと同様のいびつな思考原理に基づくものではないのか。

だが、論理的に、北朝鮮&原発の危険性を冷静に認識し、それへの対策を行なうことが必要であろう。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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