古本虫がさまよう 川島なお美から猪木正道へ 「夢みる大衆」を煽る人、説得する人……間違った決断で、「民主主義はいかにして死滅するのか?」
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川島なお美から猪木正道へ 「夢みる大衆」を煽る人、説得する人……間違った決断で、「民主主義はいかにして死滅するのか?」
(2015・9・25・金曜日)



川島なお美さんが54歳の若さで亡くなられたとのこと。僕にとっては、若干「年下の女」になり、若いとき、あまり「お世話にはなっていない」ということで、個人的にはさほどの衝撃はない? 若干「年上の女」であった水沢アキ(1954年生まれ)が死んだらショックだろうが? 写真集の類も川島なお美さんのものは買ったことはない。水沢アキさんの写真集(『水沢アキの情熱』『Aki Mizusawa : 1975-1995 Photography』小学館は大事に持っている?)。
ともあれ、ご冥福を。

ところで、川島さんの二倍弱生きた、猪木正道氏(1914年(大正3年)11月5日 - 2012年(平成24年)11月5日)の『日本の運命を変えた七つの決断』 (文春学藝ライブラリー・文庫)を読んだ。
昭和50年に実業之日本社から刊行されていたもの(「付録・政治思想について」は割愛とのこと)。単行本で一読したような記憶があるが……)。

人間は努力する限りあやまちをおかす。問題は、過去のあやまちから学ぶということだ。二・二六事件を鎮圧した昭和天皇の英断、田中義一、近衛文麿による遅疑逡巡の致命的な過ち。指導者とは何か、思想とは何か。政治学の泰斗が、同時代で体験した歴史の転換点を検証した名著。



統帥権問題を政争の具にして、鳩山一郎は「国防計画は統帥部の責任である。これを政府が変更するのは一大政治的冒険である」として、海軍軍縮を進めていた浜口内閣を攻撃したりしたことを猪木氏は批判している。
用兵作戦については統帥部が責任を負うものであって首相が介入できないものの、どのくらいの兵力量を持つべきかは予算の裏付けが必要であり、これは国務として政府が決定できるという信念を浜口首相は持っていた。
事前の総選挙で浜口与党(民政党)は圧倒的多数の議席を確保しており、「これは自分が政権を失うとも、民政党を失うとも、また自分の身命を失うとも奪うべからざるかたき決心なり」ということで、ロンドン軍縮を推進しようとしていた。

「こういうのがほんとうのステイツマンシップで、生命がけの決断だった。はたして、彼はやがて生命を失うことになる」と。

このくだりを読んでいて、なんとなく今の政局を見ていると、歴史は繰り返すというべきだろうか? 

人によっては、安倍内閣は戦前の軍部同様の軍拡推進だということになろうが、戦前は統帥権に固執する「空想的軍国主義者」がはびこり、戦後は「憲法9条」に固執する「空想的平和主義者」がはびこり、適正な国防政策が推進できないでいるのではないか。「極端」を改善することが大事なのだ。「歴史の教訓」とはそういうものではないのか?

それを改善しようとすると、すさまじい反論を受ける。総選挙で圧勝し、多数議席を獲得していても、安倍内閣は、浜口内閣同様の苦難を歩んだ。それでも、どちらも「ステイツマンシップ」を発揮して、一つの事案を達成したと見ることも十分可能なはず(ステイツマンシップに関しては、佐々淳行氏も『私を通りすぎた政治家たち』文藝春秋で、その重要性を指摘していた。吉田茂のようなステイツマンか、加藤紘一のようなポリティシャンか…その違いについて)。

「空想的思考」に陥った、どちらの主張にも、拍手を送るマスコミや民衆が一定多数はいる。冷静に、国家予算の半分も軍事費に使うのは問題だからと一定の軍縮を推進するのも、あまりにも軍備や危機管理体制が不備だから、改善しようとするのも「冷静な声」だと思うが、「統帥権」「憲法9条」を金科玉条とみなす「夢見る大衆」にとって、それへの疑問を提示する政治家は許せないということになるのだろう。言っていることは、戦前と戦後と「逆」のように見えて、実は同じなのである。そういう「歴史の知性」を磨くことができる本だった。

戦前は銃殺、テロを繰り返す軍人が続出し、戦後も左右のテロは発生しているものの、近年は「言葉のテロ」レベルではおさまってきているようだ(それも問題ではあろうが)。

「在日は朝鮮に帰れ」「ヤンキーゴーホーム」「(お前(安倍)は人間じゃない)「バカ」…はまぁ、見苦しい聞き苦しいが、「言葉」だけなら、まだ言論の自由なのかも?

猪木氏は60年安保改定では、積極的に支持するほどの立場ではなく、岸政権に批判的だったと記憶している。だが、そのあと、彼は防衛大学校の校長なども務め、回顧録『私の二十世紀 猪木正道回顧録』『政治の文法』 (世界思想社)を著し、岸信介を再評価している。

今日、猪木氏生存ならば、集団的自衛権の解釈変更、安保法制の整備を行なった安倍首相の決断は高く評価するのではないか。過ちの言論を、沈黙したまま是正もせずに終えるのに比べれば、猪木氏は晩節を汚すことなく終えたともいえよう。

『日本の運命を変えた七つの決断』は、戦前~敗戦時までのもの。『戦後日本の運命を変えた七つの決断』という本も書けたことだろう。

多数講和の選択、安保改定の選択、所得倍増論の選択、日韓国交回復の選択、日中国交回復の選択、集団的自衛権解釈変更の選択……等々。その是非について。井上徹英氏の『猪木正道の歩んだ道 “戦後”と闘った自由主義者の肖像』 (有峰書店新社)も昔読んで記憶が薄れているが、彼の思想遍歴を丁寧に追っていた。

猪木氏の恩師である河合栄治郎の系列に連なる田久保忠衛氏の見解(「正論」・「安保の歪み正した首相の指導力」・2015・9・21)や、猪木氏と「同僚」であった防衛大学校名誉教授の佐瀬晶盛氏(「正論」・「抑止力強化」立証のときが来る)・2015・9・22)を読むにつけ、同様の支持を表明したのではないか。

佐瀬氏はこう「予言」している。

「時間の経過がことの当否を決めてくれます。ただし時間は強情者で、圧縮して早送りという注文に応じてはくれません。5年は5年、10年は10年なのです。だから安倍政権の新安保法制が「戦争法制」でないと立証されるまで、われわれは5年、7年、10年と待たねばならないでしょう」「だから最大野党たる民主党に忠告しておきます。今日の報道では、この寄せ集め政党は一致結束しているかに見えます。とんでもない。いまの執行部が結束しているだけの話です。数年前の民主党政権で要職にあった人々、たとえば野田佳彦元首相、前原誠司元外相、渡辺周元防衛副大臣、長島昭久元防衛副大臣といった面々は、棒を呑んだような岡田克也代表、枝野幸男幹事長らとはひと味違う柔軟派なのであって、今日の政府の新安保法制に賛成票を投じても何ら不思議はありません。
もう一人、重大人物を忘れていました。鳩山由紀夫「宇宙人」元首相で、「新憲法試案」(PHP研究所)なる迷書を書いた人です。その70ページをひもときましょう。そこには「集団的自衛権の概念を極端に縮小」してきた従来の内閣法制局見解が手厳しく批判されています。もっとも、同書の著者が本当に鳩山氏である保証はどこにもありませんが。
 私の目には民主党なる政党が鵺(ぬえ)と映ります。かつて日本の非武装中立を唱えた社会党には、それなりのバックボーンがありました。いま背骨を感じさせる野党は日本共産党あるのみです。もっともこの党は70年近く昔のそれとは似ても似つかぬ猫なで声を使っていると思えてなりません。なぜなら「革命」論議を止めたからです。
 繰り返します。我に課すに5年、7年、10年の歳月をもってせよ、です。それは長いようで、短いのかもしれません。そのあかつきに、行司軍配はどちらに上がっているでしょうか。自明です。


なるほど。世の中、ネバーセイネバーだから、もちろん、佐瀬氏の「予言」が外れる可能性もあろうが…。感銘をもって一読した次第。佐瀬氏は先の正論で、学生時代、安保反対デモを指導していた香山健一、志水速雄などが転向していった史実を指摘しているが、猪木氏や清水幾太郎氏もそれなりに変遷していったのだろう。憲法だって変遷する。いわんや人間ならば……。

そうそう、ニューズウィーク最新号(2015・9・29号)の、深田政彦氏のPERISCOPE JAPAN 「安保法案が成立した日は「民主主義が死んだ日」か」も秀逸だった。

「民主主義の終わり」と、民主党の福山哲郎幹事長代理が憤っていたようだが…。

「今回議論された安保関連法案の土台となった閣議決定は、昨年7月の閣議で決定された後、12月の総選挙で争点になっていた。現国会の勢力は、選挙当時の日本の民意の反映だ。選挙結果を『数の暴力』と呼び、自らの正当性を主張するためデモ隊の人数や学者の権威に頼り、ついには必要な防衛論議より議事妨害に明け暮れる――。日本国憲法はその前文で、選挙を通じた『国民の厳粛な信託』を国政の根幹に位置付けている。憲法の精神を忘れたこの事態こそが、本当の『民主主義の死』なのかもしれない」

「民主主義」を真摯に考えていたフランスの思想家、ジャン・フランソワ・ルヴェルの名著『民主主義国の終焉』(原題・『民主主義はいかにして死滅するか』芸艸堂)で、彼はこう述べている。

「民主主義は、危険が致命的で、焦眉の、明白なものにならないかぎり、目を覚まさないのだ。しかしその時には、危険を払いのけるには時間が足りないか、生き残るために払うべき代償が耐えがたいものになるか、どちらかである」
「民主主義の内敵は楽な勝負をしている。なぜなら民主主義そのものに内在する不和の権利を利用しているのだから。敵は、合法的な反対の下に、またあらゆる市民の特権として認められた批判の下に、民主主義そのものを破壊する意図や、絶対的権力と力の独占の積極的追求を巧みに隠している」
「かくて、あの我々が習慣的に西側と読んでいる社会では、我々が毎日経験している、あの倒錯した状況に帰着することになる。すなわち、民主主義を破壊しようとする者が正当な権利要求のために戦っているように見え、一方、民主主義を擁護しようとする者が反動的な抑圧の張本人のように見られる、という状況である。民主主義の内外の敵対者を正当な進歩的勢力と、それどころか『平和』の勢力と同一視することが、自分たちの制度を守ることしか望んでいない人々の行動の信用を失わせたり、麻痺させたりするのである

ナチスとの宥和を推進し、それを批判したチャーチルは戦争屋といわれたこともあった。ナチスの軍拡に対抗する準備を英国はしばし怠り、アメリカの参戦まで苦渋をなめた。さまざまな歴史の教訓が浮かぶ。今、「バスに乗り遅れるな」とばかりに中国の投資銀行に走ったり、その軍拡や宗教弾圧、人権弾圧を軽視したりする「一部」の「リベラル」な政治家や財界人や「市民」・「民主」団体……。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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