古本虫がさまよう フランス書院よ、お前もか? 検閲か? 消える「看護婦」?
2017 10 / 09 last month≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫11 next month






フランス書院よ、お前もか? 検閲か? 消える「看護婦」?
(2015・9・24・木曜日)





本日、2015・9・24に、フランス書院文庫から河里一伸氏の『女看護師寮 忍び込み』なる本が出るそうな。「看護婦」ではなく「看護師」…。ついに来たか? アダルトビデオでもタイトルから「看護婦」は消えつつあり、「ナース」や「看護師」が増えてきている。活字の世界も、すでに、フランス書院文庫の書名以外では、同様に消滅しつつあり、他のエロス文庫では、マドンナメイト文庫はじめ、「ナース」が代用されることが多くなっていた。

草凪優氏の『性純ナース』 (双葉文庫)は2005年の刊行だが、その時点で、『清純看護婦』をもじった『性純看護婦』なる書名は「タブー」となっていたから、『性純ナース』となったのではないか?
フランス書院文庫にしても、近年は、河里氏の『秘密の扉 担任女教師と女医と看護婦』が2012年5月に刊行されて以降、「看護婦」と名のつく本は刊行されていなかったのではないか?
ホームページでは、『女看護師寮 忍び込み』に関しては、以下のような紹介がされている。

登場人物 しおり(23歳)看護婦 、あけの(29歳)看護婦 、けいこ(35歳)看護婦
作品内容
「女子寮に充満する甘ったるい匂いが、たまらないぜ」 鼻孔をくすぐる牝のフェロモンに裕吾の獣性は暴発!ナース服に包まれている極上の女体を独り占めし、 誰にも見せない女看護師の私生活を次々と露わに! 新人ナース(23)独身ナース(29)未亡人ナース(35)……白衣の天使を思うがままに冒涜する、最高の楽園!

●もくじ→ プロローグ 白衣の園で 第一章 のぞく 令嬢看護師の誰にも言えない秘密 第二章 あばく 29歳、抑えられない性獣本能 第三章 つけこむ 未亡人ナースの部屋に漂う牝香 第四章 ちかわせる ハーレム女子寮と一匹の暴君 エピローグ 終わらないパラダイス



登場人物の紹介ではまだ「看護婦」という言葉を使っているが(編集者の意地?)、目次中ではやはり「看護師」「ナース」になっている。ううむ……。
もはや、「看護婦」は「支那」同様「差別語」扱いなのか? 許せない?

高島俊男氏は『本が好き、悪口を言うのはもっと好き』 (文春文庫・大和書房)で、たしか「支那」は歴史のある言葉で、差別的でも侵略的でもないと力説していたかと。
だが、「支那」はあまり使われずせいぜいで「シナ」? 「ラーメンより美味い「支那」ソバ」というのはまだ見かけるが?

ともあれ、「看護婦」もフェミニストの謀略・検閲・圧力によって(?)消滅しようとしている(のかな?)。勿論、男の「看護士」もいるから、男女ともに「看護師」と称するのも一理ある。
しかし、「教師」も昔から男女いて、いまや「女教師」のほうが多数派かもしれないが、やはり「女教師」という言葉があるといい。でないと、『狙われた女教師』や『誘惑する女教師』ならなんとなくそそるが、『狙われた教師』『誘惑する教師』ではピンとこない。ホモ小説か? 
年上の男教師が未成年の女生徒を誘惑するのは犯罪。年上の女教師が未成年の男子生徒を誘惑するのはかまわない? いや、どちらも未成年誘惑は犯罪であろう。時々、女教師が少年を誘惑して逮捕される事件も発覚している。

でも、今回の本、よくよく見ると、「看護師」に「女」をつけて、 「女看護師」としている。「教師」と「女教師」みたいなものか……。「看護婦」は死語となり、新たに「女看護師」を許容していくべきか? いやいや……。そのうち「後家」はむろんのこと「未亡人」も「看護婦」同様、「死語」「差別語」として消えていくかもしれない?

ともあれ、これから先の「病院映画・ドラマ」だと、「看護婦さん」と呼びかけることはなく「看護師さん」となるのだろうか。
去年、親が入院している時はまだ女性の看護師さんに対しては、「看護婦さん」と呼びかけていたけどなぁ(目の前にいる女性の看護師さんに「看護婦さん」と呼びかけても罰は当たらない? いや、それがいけない、差別意識に基づくものだとフェミニストは糾弾するかも?)。男の「看護師」も増えているのは間違いないし…。そもそも、スカートの「看護婦」は皆無だった。みなズボン(パンツ!)。ううむ……。そのうち、映像でも、「スカート姿の看護婦」を描くことは許されない時代になるのかも? まさか? いや、ネバーセイネバー。

それはともかくとして、高島俊男さんに、 『「看護婦」は差別語に非ず』という本を書いてもらいたいものだ? 無理か?

言葉狩りやら検閲についての関連書として、園山水郷氏の『性と検閲 日本とフランスの映画検閲と女性監督の性表現』 (彩流社)を読んだ。

内容紹介→性表現を考えるとき、忘れられない映画がある。 ヴィルジニー・デパントとコラリー・トリン・ティという女性監督による 『ベーゼ・モア』だ。 この映画が話題になった理由は過激な性描写と暴力表現。 上映途中で退出する観客が多数出た。ネガティブな印象にも かかわらず、この作品のことがこころに引っかかった。 昔からの疑問と『ベーゼ・モア』がつながった。共通するのは「性描写」。 「見せるべきでない/見るべきでない」ものとされたから 隠されたわけである。それはなぜか。 検閲の歴史において問題とされてきたのは「性」表現。 映画の検閲はどのような歴史をたどってきたのか。 「性」はなぜタブーとされるのか。 問題作はなぜ問題作とされたのか。 著者が最も興味を持った作品が日・仏の作品だった。 本書は日本とフランスの映画における「検閲」を取り上げ、徹底検証する。



マジメな本。「女性監督」というのは、本欄でも紹介したことのあるピンク映画の女性監督・浜野佐知氏(『女が映画を作るとき』平凡社新書)なども登場する。映倫関係者へのロングインタビューなども。
「ベーゼ・モア」という映画は見ていないが、本書で触れられている「愛のコリーダ」や「ラストタンゴインパリ」や「エマニエル夫人」などは高校生、大学生の時に見た。ハード、ソフト、いろんな制限付き性的映画の検閲の変遷史がよく分かる本だった。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
スポンサーサイト
 | エロス  | TB(0)  | CM(0) | Page Top↑
Secret




TrackBack URL
→http://kesutora.blog103.fc2.com/tb.php/2232-f4b37f8d

プロフィール

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

ブロとも申請フォーム

QRコード

カテゴリ