古本虫がさまよう 「新しい戦後」の始まりのために 鳥のタネまきと言論出版の自由
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「新しい戦後」の始まりのために 鳥のタネまきと言論出版の自由
(2015・8・4・火曜日)



アエラ(2015・8・10号)とニューズウィーク(2015・8・11&18号)が「戦後特集」をやっている。ふむふむなるほど、だが、そうかな……という感じで一読した。

ニューズウィークの編集長・横田孝氏の「日本が迫られる『戦後』の克服」にはおおむね同感。

「戦後生まれというだけで安全保障を議論することを『危うい』とするのは、偏狭ではないか」

戦争体験がないから、安易な軍拡を安倍首相以下、若い議員たちは主張するのだといった戦中派などからの批判はたしかにステレオタイプ。
戦争体験といっても、この世代の多くは、所詮は空爆から逃げたりした体験程度。なぜ、そういう事態になったのか? 簡単にいえば「同盟国」の選択を誤ったからという視点も必要になるだろうが、そういう視点にまで考えが及ばずに、ただ、ただ、戦争を起こしてはならない、だから軍隊を持ってはいけない、憲法9条死守、島国だから侵略されない? 他国に攻められても抵抗せず一定の自由があるレベルで統治されればいいではないか、PKO反対……。
そんな空想的平和主義者は、統帥権を死守せよと叫び、神の国は負けないと豪語していた空想的軍国主義者と精神構造は同じではないのか。 

ともあれ、横田氏は、安倍談話に関しては「国内の保守強硬派に迎合するだけの談話であれば、むしろ国益を損なう。閣議決定して政府の公式見解として発表できないような談話は、国際社会の疑念と誤解を招くだけだ」「必要なのは村山談話の否定ではない。謝罪でもない。過去と誠実に向き合う姿勢を内外に示しつつ、あの戦争を総括し、左右の対立を乗り越えて『戦後』を克服することだ」と。

そうそう。だからこそ、前ブログのような「未来志向の談話」が求められるのだ? 特定の国を名指しすることなく、しかし、かつての日本の軍国主義路線と瓜二つのことを戦後行ない、今もやっている武力勢力や「国家」がある事実を、村山談話を踏襲しつつ、ひとこと触れれば、それでいいのだから。

「スパ!」 (2015・8・11&18号)で、ケビン・メアさんが、「中国はどんな談話を発表しても、反発しますよ」と指摘しているが、ああいう内容だったら、さすがに天に唾することもできずに、「沈黙」を強いられるだろう。いや、意外と自国のこととは思わず、イスラム武力勢力への批判として歓迎するかも? ウイグル問題もあるから、丸い卵も切りようで四角にしてみせようとするかも? ネバーセイネバー。

ともあれ、「アエラ」では、姜尚中氏が、日独の「戦後」対応の比較をしながら論じていた。1959年の「バート・ゴーデスベルク綱領」によって、西独社民党が、大転換を遂げ民主社会主義路線に転換した事実に触れているだけでも、この人の、極めてゆるやかな歩みとはいえ、坂本義和氏的な「知的成長」ぶりがうかがえる? 
坂本氏の晩年の「成長」に関しては、 『人間と国家 ある政治学徒の回想 上下』 (岩波新書)について書評した時にも若干触れた。

トイレ(男性用小便器)によく貼りだしている「あと一歩前進せよ」(尿の飛散をふせぐために)の言葉を捧げたくなる本ではあったが。進歩的文化人として、多少の悔悟を含んだ本であったかとは思う。

「あと一歩前進せよ」は、保守系の人々にもいえる言葉かもしれない。いや、時には「あと一歩後退せよ」とも。三方一両損ではないが、結果として三方一両得にもなるように、若干の妥協をしつつも、「談話」を考えるべきなのかもしれない。中庸が一番正しいというわけではないのだが……。

鄭大均氏の『姜尚中を批判する 「在日」の犠牲者性を売り物にする進歩的文化人の功罪』 (飛鳥新社)や川人博氏の『金正日と日本の知識人 アジアに正義ある平和を』 (講談社現代新書)での姜尚中批判の指摘は忘れてはならないが、彼にも多少の認識の変化はあるのだろう。

それはさておき、直江将司氏の『わたしの森林研究 鳥のタネまきに注目して』 (さ・え・ら書房)を読んだ。

商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
植物は果実をつくり、果肉の部分を動物に食べ物として与え、その代わりに、動物は果実に含まれる種子を別の場所にまで運ぶ。このような動物によるタネまきを、動物散布という。本書は、動物散布がどのようになされているか…その調査・研究をおこなっている若き研究者の記録である。



実家の庭にもカボチャの実がなったことがあったが、あれは鳥ではなく生ゴミとして捨てていたところからの「発芽」だったか(交配は朝早く「人間」が行なった)。

鳥や獣による「タネまき」に着目しての研究の成果が綴られている。

人間の思想なども、こんなふうに「発生」「拡大」しているのかもしれない。タネの代わりに、本があり、その本を新刊書店や古本屋や図書館などで手にして一読し(積んどく?)、その影響がさまざまな形で生まれ拡散していく。

アエラでは佐藤優氏が、戦前戦中戦後現代を知る上で必要な102冊の本を紹介している。ううむ……。持っている本、積んどくしている本、読んだ本はそこそこある。しかしまだまだ未読の本もあるなぁ……。
この夏休みにチャレンジ?

それはともかくとして、このリストには若干の追加もしたい。

戦前、戦中を知る上では、中村菊男氏の『天皇制ファシズム論』 (原書房・毎日ワンズから『政党なき時代―天皇制ファシズム論と日米戦争』と改題されて刊行も最近された)を。

戦後では、稲垣武氏の『「悪魔祓い」の戦後史 進歩的文化人の言論と責任』 (文春文庫。最近、PHP研究所から復刊)。佐瀬昌盛氏の『虚報はこうして作られた 核情報をめぐる虚と実』『「朝日」の報道はここがおかしい 軍事情報をめぐる虚と実』 (力富書房)や、村田良平氏の『村田良平回想録上巻 戦いに敗れし国に仕えて』『村田良平回想録下巻 祖国の再生を次世代に託して』 (ミネルヴァ書房)も。長島陽子さんの『中国に夢を紡いだ日々 さらば「日中友好」』 (論創社)も。

日本社会党やリベラル左派になぜ、西独社民党のような、1959年の「バート・ゴーデスベルク綱領」的大転換が起らなかったか、共産神話が生まれたかを考察するためにも、佐瀬昌盛氏の『戦後ドイツ社会民主党史 政権への歩み』 (富士社会教育センター)や、仲井斌氏の『もうひとつの ドイツ ある社会主義体制の分析』 (朝日新聞社)、 『西ドイツの社会民主主義』 (岩波新書)、 『激動の東西ドイツ』 (毎日新聞社)、 『現代ドイツの試練 政治・社会の深層を読む』 (岩波書店)も。

反総評系の労働運動のリーダーであった早矢仕不二夫氏(一九二一年生まれ)の『早矢仕不二夫オーラルヒストリー』 (慶應義塾大学出版会)、元社会党職員だった上住充弘氏の『日本社会党興亡史』 (自由社)も役立つ。

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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