古本虫がさまよう 共産主義国家には「侵入」といえず「介入」?
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共産主義国家には「侵入」といえず「介入」?
(2015・8・3・月曜日)


早乙女勝元氏監修・長田正一氏編の『読解 平和総合年表 日本と世界/1945-2014』 (NPO草の根平和交流発行・草土文化発売)をぱらぱらとめくる。

単なる年表ではなく、ところどころ、出来事に関しての「解説」も添えられている。でも、早乙女氏の監修だからなぁ……。

故意か勘違いかはともかく、スペイン内戦に関して書いている本の中で、国際旅団のメンバーの中にジョージ・オーウェルを入れている人だから。
彼の『母と子でみるゲルニカ ナチ爆撃のスペインの町』 (草の根出版会)の中での、そうした間違いは本欄で指摘したことがある。

「彼(オーウェル)はスペイン人民と共にファシストと戦った『国際旅団』の一員だったことに、青春の輝きと誇りを忘れなかったのだろう。そのカタルニア従軍戦記に、あえて『讃歌』の二字をつけたのだが、戦争がまだ終わらぬうちに刊行された同書は不遇だった」これは真っ赤なウソ。

何度でもいうが、オーウェルは、国際旅団ではなくPOUMの一員として戦い、POUMに対する共産党の弾圧を批判して『カタロニア讃歌』を書いている。これは歴史的事実。それを早乙女氏は歪めている。

ともあれ、こちらの年表、1950・6・25の「朝鮮戦争勃発。以後GHQは日本の再軍備の動きと反共政策を強化していく」とあるだけ。北からの「進撃」とも書いていない。主語は書きたくない?

1956年のほぼ同時期に起きた国際事件に関して、10・29には「イスラエル軍がエジプトのシナイ半島に侵入」、10・30には「英仏軍、スエズ運河地帯に進撃」とある。誰が侵攻・進攻したか、主語はこのように書くべきなのに、なぜか朝鮮戦争の時は書きたくない傾向があるようだ。「正義の味方」が犯罪的行為をしては困るのか?

しかし、さすがに1956年11・4には「ソ連軍が(ハンガリーに)本格的に介入」とある。こればっかりは主語が必要。だが、他国の領土を攻めていくのも「侵入」「進撃」「介入」といろいろと使い分けるのが、この年表の特色のようだ。
「侵入」と「介入」とは大きな違いがある。

他人の家に「侵入」、他人のケンカに「介入」ならば、前者は犯罪行為だが、後者は「仲裁」程度の意味にも取れるから。巧妙な言葉の言い換え?

1979・12・27でも「ソ連軍が(アフガンに)介入して反政府ゲリラと激戦」とある。


せめて「軍事介入」とでもすればバランスが取れたのではないでしょうか? 「軍」という字が嫌いなのか?
熟読するといろいろと楽しめそうな(?)年表です。

そういえば前ブログでも触れた「民衆談話」のほうに名前の出てくる、むのたけじさんもこんなことがあった。以下再録的に(一部略)。


ソ連を愛するあまりに、ハンガリーへの侵攻は、「進撃」「進駐」になるのだろうか? (2014・1・1・水曜日)

むのたけじ氏の『99歳一日一言』 (岩波新書)を読んだ。

著者は、戦前戦中朝日記者だったが、1945・8・15、戦争責任を取る形で朝日を退社。その後、週刊新聞「たいまつ」などを創刊し、 『たいまつ十六年』 (現代教養文庫)などを刊行している。『たいまつ十六年』 はかなり昔に読んだ本なので細かいことは覚えていないが、やはり「容共リベラル」臭さの残る本だったと記憶している。

久しぶりに取り出して見ると、昭和25年の項目では「六月二十五日朝鮮戦争が勃発した」「いま必要なことは、先に手を出した者をたしかめることではない。いまその議論をすれば、水かけ論でなくて油かけ論になる」…と。

しかし、お言葉であるが、当時から北朝鮮が南に侵攻・侵入したのは明々白々だったと思うが、仕掛けたのが北朝鮮・ソ連の側だと、いろいろと拙いので、確かめたくなかっただけなのではないかと思えるのだが…。

昭和31年の項目では、スエズ運河国有をめぐって「英仏軍のスエズ侵入」との表記もあり、これには深い関心を寄せているようだが、ソ連のハンガリー侵攻に関しては、 「二個師団以上といわれるソ連軍がハンガリアへ再進撃していた」と記す程度。

そして続けては、 「歴史が動くときはこういうものだろうが、一番問題なのは、英国がなぜ唐突な武力行動に出たかということだ」「英仏軍が強大な武力でどんなにエジプトの国土をふみにじっても、彼らの力は政治的にはもう限界にきてしまった。蛮勇をふるっても、追われるものは英仏である。言葉を換えていえば大国主義の崩壊だ。どんな大国であっても、理に合わないふるまいをしたのでは、どんな弱小国をも決して屈伏させることはできないのだ。そういう歴史が、スエズで明確に証明されたことが、日がたつにつれて一層思いかえされることであろう」と、英仏批判オンリーに徹していた。

この項目、なぜか会話体で記されているが、むの氏のホンネを綴ったものであろう。しかし、不可思議である。ハンガリーについてはほんの一言触れているが、 「再進撃」とは? 「再侵攻」「再侵入」となぜ表記できないのだろうか。

そして延々と英仏、英軍のスエズ「侵入」「武力行動」「領土をふみにじっても」「理にあわないふるまい」「決して屈伏させることはできない」と何度も批判しているのに、ソ連相手にはそんなコメントはないのだ。

少なくとも、当時の、むの氏は、ほぼ同じ時期に発生したソ連の蛮勇と英仏の蛮勇、ソ連のハンガリー侵攻と、英仏のスエズ侵攻とを同じ比重で等しく批判しなかったのは、まぎれもない歴史的事実というしかないだろう。
しかし、英仏は未だに存在しているが、「ソ連」はなくなった。

ハンガリー以降も、ベルリンの壁構築やチェコ「進撃」やポーランド危機などを引き起したソ連は消滅した。

ハンガリ-反革命というか、ハンガリー動乱の時に、 「大国主義の崩壊だ。どんな大国であっても、理に合わないふるまいをしたのでは、どんな弱小国をも決して屈伏させることはできないのだ。そういう歴史が、ハンガリーで明確に証明されたことが、日がたつにつれて一層思いかえされることであろう」と、むの氏が指摘していれば、ノストラダムスも驚く大予言適中となっていたことだろう。残念至極!?


こういうふうに、同じ侵略、侵攻であっても、相手によって「再進撃」「進駐」と平気で言い換える人を、僕は「リベラル」とも思わないし、尊敬することもできない。

こういう人たちと、「退却」「敗退」を「転進」、「全滅」を「玉砕」と言い換えた戦時中の「空想的軍国主義者」と、その精神構造性において、何処がどう違うのだろうか?

単細胞的な空想的平和主義者も空想的軍国主義者も「同根」というしかない。その証拠が、こういう言葉の奇妙な言い換えであろう。

とはいえ、今回の本の少し前の2008年に刊行した『戦争絶滅へ、人間復活へ 九三歳・ジャーナリズトの発言』 (岩波新書)では、むの氏は「レーニンと毛沢東を裁く」と題して、両者を批判はしている(少し遅すぎるが一歩前進?)。

2011/10/24(月) 04:19:55
 1915年生まれの、むのたけじ氏の『希望は絶望のど真ん中に』 (岩波新書)を読んだ。著者は敗戦の日に朝日新聞を退社したことで知られるジャーナリスト。その点はケジメをつける人として立派にも感じるが、以前『たいまつ十六年』 (現代教養文庫・岩波現代文庫)を読んだ時に、その左翼的体質にいささか辟易とした覚えがある。
 
 中国に対しても本書(岩波新書)では一党独裁をいましめる提言などは若干なされてはいるが、著者の本質はさほど変化はしていないように思える。

「日本軍に殺された中国人民は2000万人であった、と中国政府は発表したが、これに対して日本国と日本国民はどのような償いをしたか」と大上段に構えている。

 だが、2000万人という数字を鵜呑みにしたり、6兆円のODAなどの援助が償いにならないと考えているのだろうか?
 戦前の日本の軍国主義体制などを批判するのは当然としても、それと同じような体制を今日でも確立している北朝鮮に関しては無関心のようだし、それと五十歩百歩の中共の一党独裁・植民地支配体制に関しては、おおらかな見解を表明しているだけ。物足りない?

「私は中国に人口と面積だけでなく、何よりも心の働きの大きな、おおらかな国になってほしい。それが中国の天地に最もふさわしい姿ですな。そのために一党独裁の解消です。西欧流の間接デモクラシーのくたびれて腐った政治方式への移転なんかではない。まだどこでもやっていない直接デモクラシーの、人民が真に主人公である直接デモクラシーの実現へ進んでほしい。もう一つ、少数民族の問題です。五五の少数民族が中国の全人口の六%ということですね。その人たちに100%でなく一五〇%の行動の自由を保障し、その営みの中で新しい連合体を組むべきではありませんか。この改革を中国は必ずやれますね」

 自由世界からの圧力なしでは、やれないでしょうね。民族自決の原則尊重はむろんのこと、周辺国家の領土領海領空侵犯・武力の威嚇による外交推進などもやめない国に、こんな甘言を言ってもナンセンスであろう。

 むのたけじ氏の本と、以前紹介したこともある元岩波書店社員の長島陽子氏の『中国に夢を紡いだ日々 さらば「日中友好」』 (論創社)と読み比べるといい。同じ長老で中国に幻想を抱いた人でも、目覚める人目覚めない人、さまざまな人生模様を知ることができる。どちらを参考にすべきかは言うまでもない。ソ連中共北朝鮮キューバベトナム(北欧)などに夢を紡ぐのももうほどほどにすべきだろう。

 以前も紹介したフランク・ディケーターの『毛沢東の大飢饉 史上最も悲惨で破壊的な人災1958▷↑1962』 (草思社)によれば、1958年から1962年にかけて大躍進政策によって4500万人が本来避けられたはずの死を遂げたという。むのたけじ氏は、その頃毛沢東の来日を望んでいたかもしれないが、確かに彼が中国を離れたら、人民はひといきついていたかもしれない。日本軍が殺したという(?)2000万の2倍以上を毛沢東が殺戮した「事実」を直視すべきだろう。
 こうした事実を無視する進歩的文化人の氏の本と同時に、長島氏の本やこういう本も手にすべきであろう。歴史を学ぶためには複眼的視野を持つことが必要なのだから。



ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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