古本虫がさまよう コンパをすれば会社の業績は伸びる? 無縁社会のほうが生き易い? 
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コンパをすれば会社の業績は伸びる? 無縁社会のほうが生き易い? 
(2015・7・4・土曜日)




北方雅人氏&久保俊介氏の『稲盛流コンパ 最強組織をつくる究極の飲み会』 (日経BP社)を読んだ(この本というか、ほぼ同じタイトルの雑誌(「日経トップリーダー」)の広告が、日経新聞朝刊・2015・7・3付けにも大きく出ていた)。

内容紹介
京セラ本社ビルの12階。そこには巨大な「和室」があります。畳の数はちょうど100枚。無機質な会議室が並ぶフロアの奥に、悠然とたたずむ100畳敷の大広間を初めて訪れた人は、異空間に抜け出たような奇妙な感覚を覚えずにはいられません。京セラの人々は一体、この畳部屋で何をしているのでしょうか。 それは「コンパ」です。
今から約50年前――。京セラ創業から間もなくの頃、稲盛和夫氏はある悩みを抱えていました。なぜ、部下と心から分かり合えないのか。なぜ、組織がこんなにもまとまらないのか。若き稲盛氏は煩悶し、そして生み出したのが稲盛流コンパです。ただの飲み会とは違う。真面目な飲み会だけど、もちろん会議でもない。そんな全く新しい飲み会が、京セラの発展を下支えしました。

「酒を酌み交わすのです。心をさらけ出すのです」――。
稲盛氏は従業員にそう語りかけ、社内の和室や居酒屋でしょっちゅう酒を酌み交わしました。忘年会シーズンの12月ともなると毎日のように、たとえ風邪で高熱が出ても、注射を打ってコンパに出かけたのです。
 コンパを導入すれば、経営者が変わります。
 コンパを導入すれば、従業員が火の玉のように団結します。
 コンパを導入すれば、会社の業績が大きく伸びます。
コンパがなければ、稲盛経営の代名詞とされるアメーバ経営もフィロソフィ経営も成り立ちません。これまで解明されずにいた稲盛経営の深部にもぐり、コンパ経営を解き明かしたのが本書です。企業の経営者はもちろん、あらゆる組織のリーダーに必見の究極の飲み会ノウハウが詰まっています。



酒が飲めなくてもソフトドリンクでもいいとのこと。僕は、酒は「少々」程度なら飲めるが強くはない。会社内のそうしたコンパ会場にしても、外でやるにしても「禁煙」であるかどうかがまず気になるところだ。「禁煙でなければ参加しません」という自由が確保されていればまぁいいか?

一部の進歩的文化人の類が、よく「稲盛・京セラ批判」をしているが、あまり関心を寄せたことはない。でも、「京セラ」って、何をやっている会社なのかがイメージとして浮かばない(「オリックス」も?)。その程度の認識しかない僕だが、本書を読み、また、こういうコンパ的な企画会議(?)を稲盛さんの教えから学び導入している企業の関係者のコメントを読むにつけ、ううむ…と唸ってしまった。
昼間からやるわけではなく、アフターファイブの行事だろうし(いやいや、昼間やることもあるそうな)、それなりに効果もあるのだろうが……。

世の中には、会社とも近隣とも趣味の会とも、クールに、ある意味で「有縁」を保ちつつも、ある程度はその中にあっても「無縁」に過ごすほうがいいと考える人もいるだろう……。コンパというか、歓送迎会とかはいいとしても、社内慰安旅行とかそんなのはゴメンだとか?
配偶者であれ、家族のような血縁関係で結ばれていても、一定の「無縁」を保つのもまた良しであろうし……。所詮、ある意味で、人間は「ひとりぼっち」でもあるわけだし。

赤の他人であれ、同じ会社に所属する同僚や先輩や後輩であれ、自分の妻も子供や親にであれ、必要以上に「酒を酌み交わし、心をさらけ出す」必要もあるまいに…と思わないでもなし?

僕は読書会なんて参加したのは20代のころだけだったし(ううむ、しかし、そのとき、参加したメンバーにはいまもお世話になっている天下同憂のサムライが多いか?)。
まぁ、得るものがあれば失うものがあるとのポリシーがあれば、ケースバイケースで、そうした会社の「行事」に参加するのも不参加にするのも、どっちでもいいのだろう。

とはいえ、最近も、あることで、ある案件を頭を下げてお願いごとをしたこともあった。それも、思想的な共通性もあったし、飲み仲間であったからこその「縁」もあったし。やはり「縁」は大事ですな……。

というのも……。岸本葉子さんの『二人の親を見送って』 (中央公論新社)を読んでいたら、ある行きつけの花屋さんから電話があって、お宅のお父さんが家に帰る道を思い出せないでいるようだと……。岸本さんとは別の近くのマンションに住んでいるのだが、惚けかけていたようでもあり、あわてて迎えに行ったりしたそうな。
いつもは二人で散歩がてら花屋に寄るし、以前、配達で鉢植えを注文したことが岸本さんにあり、電話番号が分かっていたから、花屋さんの機転で事なきを得たとのこと(その後、父親は90歳で死去。母親は73歳で死別とのこと)。
ううむ……。
個人情報がどうのこうのとか、一度利用したら保存しないとか言っていたら、そういう連絡ももらえないことにもなろうか。大型スーパーだけを利用するのではなく、個人経営のお店を利用していると、そういう機転による助け合いもありうるわけだ……。

ともあれ、得るものがあれば失うものがあり、失うものがあれば得るものがある……。こればっかりは一刀両断には行かないディレンマ? それでも無縁社会的なほうが、田舎のような、一歩外を出れば顔見知りばかりという煩わしい人間関係を伴う有縁社会よりいいかなぁ。

これって、10代の時にエロス本を買いあさる時の体験が根源的な精神的葛藤となっているのかも? 顔見知りのいる本屋ではそんなものは買えないから?
その点、都会の雑踏的というのか、匿名的というのか、人口多めの無縁的社会もまたよし? でも、そういう多人口社会にあっても、趣味の世界は限定的になるのか、古本屋や古本市でエロス本を見ていると、知人(しかも女性)に会ったりしてあわてることがある。
この前も飯田橋のブックオフで、そんなことが。
エロスコーナーを見る時は、周辺をよくキョロキョロと見回してからにすべき? でも、それって、万引きしようとしている人にも見える?

ともあれ、ネバーセイネバー。あとは野となれ山となれ!
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