古本虫がさまよう 反知性主義に陥らないための1冊(名著)といえば、『「悪魔祓い」の戦後史 進歩的文化人の言論と責任』を挙げたい
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反知性主義に陥らないための1冊(名著)といえば、『「悪魔祓い」の戦後史 進歩的文化人の言論と責任』を挙げたい
(2015・6・7・日曜日)






「文学界」(2015・7月号)で、 「反知性主義」に陥らないための必読書50冊――という特集をしていた。作家や文化人や学者が、そのための本を一冊挙げ、その理由を綴ったもの。
読んだ本もあれば、積んどくしている本もあるし、知らなかった本やらいろいろとある。こういう読書アンケートは、概して玉石混淆になることもあるかもしれないが、何はともあれ、知らないでいた面白そうな本と出会って、ひとつ読んでみようかという気になれば儲け物…と考えて、手にする。

早速、読んでみようかという本を何冊かチェック。山内昌之氏が 、『外交の戦略と志』 (産経新聞出版)を挙げていた。あぁ、そういえば、そういう本があったかと。外交官の谷内正太郎氏(聞き手高橋昌之氏)の本。そのほかにも……。

「反知性主義に陥らないための1冊」を僕が挙げるとすれば、この特集でも何人かの人が山本七平氏の本を挙げていたが(『「空気」の研究』文春文庫など)、その山本七平氏の公式的ともいえる評伝(『怒りを抑えし者 「評伝」山本七平』PHP研究所)を書いている稲垣武氏の『「悪魔祓い」の戦後史 進歩的文化人の言論と責任』 (PHP研究所・文春文庫)を推すだろう。

ちなみに、この本は「山本七平賞」を受賞もしている。文字通り、山本七平氏の軍事観・政治観にもっとも近い立場の書き手ともいえよう。

さらに、この本は、最近、PHP研究所から単行本として復刊されたばかりだから手に入りやすいし、古本屋や古本市でも文藝春秋の単行本版や文庫版もよく見かける。「戦後日本言論史」という講座が大学にあれば、テキストとして利用できる一冊だ。

反知性主義の典型な言論は、稲垣氏によって解剖されている、ここで紹介されている進歩的文化人の言論(ソ連賛美、北朝鮮賛美、文革賛美……)であったといえよう。
どちらかといえば、その末裔たちが、自分たちは「知性主義」だが、最近は、ヘイトスピーチやら他国を貶める本が増えて、しかもそこそこ売れていて困るといって、なにか騒いでいるようにも見える(といっても、そういう言論はどちらもあまりたくさんは読んでいないので確かなことは言えないが)。

だが、ほんの数年前に見られた中国などでの反日デモは、「ヘイト・スピーチ」であると同時に「ヘイト・アクション」であった。「言葉」だけならまだしも、日本大使館や日本人が経営するスーパーや食堂などを暴力で破壊したのである。

「ヘイト・スビーチ」を取り締まる法律がないとか、日本の民主主義は未熟だとまだ騒ぐ人がいるが、日本のデモ隊たちが、右であれ、左であれ、真ん中であれ、「言葉」を超えて、あれだけの破壊活動をすれば、あれだけの「ヘイト・アクション」をしたら、即座に逮捕されるであろう。その意味で、日本の民主主義は健全であり、ちゃんと守られているともいえよう。韓国の反日デモといえども、あそこまでひどくはなかろう。

ところが、中国ではどうだったのか? 「愛国無罪」だったではないのか?「反日無罪」であったのではないか? それを許容するような人たちの「ヘイト・スピーチ」批判はあまり説得力がないように思える。それこそ「反知性」的だ。

ともあれ、民主主義の違いは、こういう「ヘイト・アクション」を看過するのかどうかで判断するほうが、より「知性的」ではないのかな?

稲垣武さんは、本書の冒頭でこう記している(1994年の単行本版に出た本の「はしがき」である。20年以上前の言葉だ)。


九一年末のソ連崩壊で、戦後長らく論壇を支配していた進歩的文化人も、ついに引導を渡され、ソ連の道連れとなって歴史の舞台から退場した。しかしこの検証と論考は、いまさら彼等の言説の非や錯誤をあげつらうのが目的ではない。彼等の現実の推移から遊離した思考がどこから由来し、どこにその歪みの原因があるのかを追究しようと試みたものである。
 彼等の思考法は、日本人、とりわけその知識層が伝統的に陥りやすいスタイルと運動法則を持っていると言える。戦前・戦中、日本を支配した全体主義的思考、現実の裏付けを欠いた願望のみが自己肥大して遂には単なる夢想に至る過程、仮想のユートピア(戦前はナチス・ドイツ、戦後はソ連・中国)を求めてそれに拝跪し、その幻影を基礎に日本の現状を論難し摸倣させようとする傾向など、戦後の進歩的文化人のたどった軌跡と驚くほど類似している。右翼と左翼の違いこそあれ、それは表の看板だけで、頭の構造は同一ではないかと疑われるほどだ。
 自分と異なった意見に対しては全く不寛容で、異常なほどの敵意を抱き、大声で言いまくることで相手を圧倒しようとする性癖まで瓜二つである。テレビの討論番組で見かける声だけが大きい進歩的文化人のモノマニアックな言動は、昔の柄の悪い関東軍参謀の姿を彷彿とさせるではないか。
 もちろん、進歩的文化人らの過去の言説に対する批判が、単なる「歴史の後知恵」であっては無意味だろう。そこで私はできるだけ、その言説がなされた時点でもこれこれのデータや情報が入手可能であったにも拘らず、彼等の言説がなぜ錯誤し歪められたかという考察をしたつもりである。それが過去を批判する者の義務であろう。
 彼等の思考様式が、日本人のものの考えかたの陥りやすい欠点を具現している以上、いまは影を潜めていても、またぞろ姿を変えて登場し、日本の発展を阻害しないという保障はない。ソ連崩壊と共に、冷戦構造が終わりを告げ、新しいパラダイムを模索しつつある世界に、海図なしに乗り出さなければならない日本にとって、戦前・戦後と同じ思考の過ちを繰り返すとふれば、それこそ破滅の道を歩むことにもなりかねないだろう。この本が二度とそういった悲喜劇を引き起こさないための、なにがしかの参考になれば幸いである。



「自分と異なった意見に対しては全く不寛容で、異常なほどの敵意を抱き、大声で言いまくることで相手を圧倒しようとする性癖」は、沖縄の米軍基地前でも、大久保のコリアタウンでも見聞できよう。「昔の柄の悪い関東軍参謀の姿を彷彿とさせるではないか」。


稲垣氏の言葉こそ、「知性主義」の言葉であろう。

そのほかにもギンズブルグの『明るい夜暗い昼 女性たちのソ連強制収容所』 (3冊・集英社文庫)や、アーサー・ケストラーの『真昼の暗黒』 (岩波文庫ほか)やジョージ・オーウェルの『動物農場』 (角川文庫ほか)や『1984』 (ハヤカワ文庫)なども挙げられようか。いずれも「人間の知性」を破壊しようとする全体主義的暴力に抵抗する本だ。ギンズブルグはノンフィクション。淡々とした筆致故に迫力を感じて一読した覚えがある。平凡社の単行本は二冊だったかと。それで読んだ。


ちなみに、反知性主義に陥るための1冊(迷著)といえば、稲垣氏の『「悪魔祓い」の戦後史』 (PHP研究所・文春文庫)を読めば、逆に「反知性主義」的な書物を書いた人がどんな面々なのかがわかる。

その代表例は、大内兵衛氏の『社会主義はどういう現実か ソ連・中国旅日記』 (岩波新書)であろう。未読の方は、図書館か古本屋で一読されるといい。岩波書店が「名著の復刊」ということで、復刊してくれるといいのだが? そのほか、岩波新書には、この手の「迷著」が多々ある(多くは絶版品切れで入手困難だが)。

もちろん、ジキルとハイドではないが、岩波新書にも名著はあることはある。
仲井斌氏の『西ドイツの社会民主主義』 や今井博氏の『モスクワ特派員』などだ。
単純にレッテルを貼ることなく(韓国人は〇〇だ、とか、朝日新聞は〇〇だとか…)、ケースバイケースで「良書」「悪書」を発掘していきたい。

また、「悪書」も時には「良書」になることもあるのが人生の不可思議でもあろうから。

「悪書追放」といって、10代半ばには相応しくない本として白いポストに捨てられたものを、老人ホームに持っていくと「良書」「青春(性春)回復のための一冊」となるかもしれないし。

ともあれ、ネバーセイネバー。

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いつも、貴重な情報を拝読し、感謝しています。記事中の稲垣武「悪魔祓い」三部作が仙台市図書館に所蔵あり。「悪魔祓い」の戦後史 1994.8 「悪魔祓い」の現在史 1997.11 「悪魔祓い」のミレニアム 2000.4 また、稲垣武「怒りを抑えし者 評伝・山本七平」PHP研究所 1997.5 501pの大著もあります。しばらくは、稲垣武氏の著書を読むことに集中します。
青木明  06/07/2015 Sun URL [ Edit ]
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