古本虫がさまよう マルクス主義史観、司馬史観に堂々と「ノー」を言った伊藤隆さんの唯一最大の失敗は、田口富久治さんを「赤」にしたことだけか?
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マルクス主義史観、司馬史観に堂々と「ノー」を言った伊藤隆さんの唯一最大の失敗は、田口富久治さんを「赤」にしたことだけか?
(2015・5・21・木曜日)





伊藤隆氏の『歴史と私 史料と歩んだ歴史家の回想』 (中公新書)は大変面白い。

伊藤氏の東大時代の寮の「先輩」に、田口富久治氏(名古屋大学名誉教授)がいて、当時、彼は「右寄り」だったそうな。しかし、伊藤さんは入学してすぐに民青、日共に入り、井上清や遠山茂樹の本を愛読し田口氏を左傾化させていく。そのあと、お二人は、左右逆転したわけだ。
もっとも田口氏も日共系学者としては、「良心的」なところがあって、ユーロコミュニズムに理解を示し、不破哲三氏と論争したりしたかと……。

共産党といえば、2015・5・18の産経新聞で、日共幹部(小池晃政策委員長)が驚くべきコメントをしている。
現行憲法への見解は?と聞かれて「全条項を守る。憲法改定に揺るがず反対する立場は明確だ」と断言。
憲法に新しい権利を盛り込むべきだとの意見もあるがと聞かれると、

「全く必要ない。新しい権利に対応できるだけの懐の深さを持った憲法だ。国民が直面している課題で憲法を変えなければ実現しない問題は何一つない」と。

かつて共産党独自の憲法案を昭和21年6月に出していたがと聞かれると、「歴史的文書だ。いまの政策ではない」と答え、憲法制定時には、自衛権すら否定するのは間違っているから「憲法制定自体は反対した。ただ、憲法ができて以来は一貫して護憲の立場で臨んできた」「国家の自衛権は当然ある。侵略されてなすすべもない、ということではないはずだ。持てる力の中に自衛隊も入る。ただ、軍事力によらない国をつくる憲法の理想は実現していこうではないかということだ」とのこと。
おやおや、結党の精神である「天皇制廃止」はどうなったの? スターリンとコミンテルンが泣いているよ?

小池氏と同じく元日共政策委員長だった筆坂秀世氏は、改憲派学者の西修氏の『いちばんよくわかる! 憲法第9条』 (海竜社)への好意的書評(2015・5・10産経)で、西氏が、共産党が現行憲法制定時、9条に唯一反対を貫いた政党であることを指摘している。そして、西氏がいうように「自衛戦争と積極的平和主義を肯定していた」ではないかと(以下引用)。

 

共産党など、護憲を叫ぶ人々は、「憲法第9条は世界の宝」と言う。では問いたい。現憲法が制定される際、この第9条に唯一反対を貫いた政党はどこか。共産党である。当時、共産党は第9条を「一個の空文」であると批判し、「民族独立のため反対しなければならない」と啖呵(たんか)を切っていた。反対の最大の理由は、自衛戦争まで吉田茂首相(当時)が否定していたからである。実に的確な批判だった。本書が指摘するように、共産党は「自衛戦争と積極的平和主義を肯定していた」のである。
 それがいまや護憲派なのである。共産党は護憲派への大転換を「吉田首相が、当初、自衛権まで否定していたが、その後、自衛権があることを認めた」からだと釈明している。大嘘である。1985年版『日本共産党の政策』には「憲法上の措置(第9条の改正)がとられた場合には、核兵器の保有は認めず、徴兵制は取らず志願制」とすると明記している。94年7月の第20回党大会までは、第9条の改正を公然と掲げていたのだ。
憲法を字面(じづら)だけで解釈してはならない、とは本書が強調するところだ。護憲派の人々は、ほとんどこの字面解釈なのだ。だから自衛隊を「憲法違反の軍隊」というのである。私が“護憲派の憲法知らず”と批判する所以(ゆえん)である。
 現憲法の骨格となったマッカーサーが示した原則では、当初、「自己の安全を保持するための戦争」も放棄することが明記されることになっていた。だがこれでは、どの国家にもある「自己保存の権利」も奪うことになるため採用されなかった。自衛軍は持てるということだ。護憲派は、自衛隊は憲法違反だと言い、日米安保にも反対だと言う。要するに“丸腰日本”というのが彼らの主張である。その無責任さは、実は護憲派も分かっている。だから即時自衛隊解体、安保廃棄とは叫べないのである。こんな無責任を放置しないためにも第9条をすっきり改正することが重要なのである。どうやって国を守るのか、その回答を持たない護憲派の最大の泣きどころこそ第9条なのである。(海竜社・1500円+税)



この筆坂氏の書評と、小池氏のインタビューとを読み比べてほしい。「94年7月の第20回党大会までは、第9条の改正を公然と掲げていた」くせに、「憲法ができて以来は一貫して護憲の立場で臨んできた」だなんてよくもまぁ、そんなことが言えるものだ。
密かに過去のスローガンを修正しては、矛盾は何もないとうそぶく『動物農場』 (角川文庫ほか)で描かれた「豚」の策略の手口を想起させるではないか。オーウェル的な世界とは、こういう知的態度を指すのだ。

「共産党員にいい人はいない、除名されたコミュニストだけが唯一のいい人だ」という格言があるが、筆坂氏などはその最たるものであろうか? 堂々と、論理的な9条改正論を主張しているではないか。
それなのに、現役の共産党議員である小池氏は、自衛隊と日米安保体制を弱体化させるためには9条を死守しなければならないということで、つまみ食い護憲論を批判されないために、天皇条項も改正しないと言い切るのだ。おやおや?

しかし、左翼人の中には平然と「虚言」を語れる人が少なくない……。国鉄民営化した時も、動労幹部の「虚言」には、あの屋山太郎さんでさえ一時騙されたものだ。

党派は違っても、左翼人ならば、「ブルジョア新聞」の記者にいくらでも「虚言」を言えるだろう。かつて、民主連合政権樹立のためにも、日共は、いろいろと妄言・詭弁を発していたものだ。

このあたりは、グループ1984年の『日本共産党「民主連合政府綱領」批判』 (高木書房)、林秀彦氏の『蝕まれる言論の自由 「サンケイ・日共言論裁判」の背景』 (サンケイ新聞社)が重要な文献だ。

その点、池澤夏樹さんは左派リベラル派として極めて「誠実」である(2015・4・7付朝日夕刊)。以下引用(一部略)

 

しばらく前から一冊の本を前に考え込んでいる。憲法について自分は姿勢を変えるべきなのか。
 矢部宏治さんが書いた『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル)はラディカルな、つまり過激であると同時に根源的な問題提起の本だ。この本の内容と、それをきっかけに以下ぼくが考えたところを述べる。
     *
 このところ、戦争責任を認めた村山談話が議論の対象になっている。あれは屈辱的だという意見もあるけれど、それを言うならこの七十年、外交だけでなく内政も含めて屈辱的だったのはアメリカとの関係ではないか。
 安倍政権の問題点は集団的自衛権に見るとおり、ひたすらアメリカ追従に邁進(まいしん)するところだ。ナショナリストと見える彼らは実はアメリカニストである。強い日本は強いアメリカの属国を目指す。
 アメリカの軍用機はこの国の空をどこでもどんな低空でも飛ぶことができる。オスプレイの配置に反対しても日米安保条約のもとではそれを拒む権限が日本にない。思想や感情ではなく法理がそうなっている。
 辺野古に基地を造らせないと沖縄県民が言っても、アメリカが造ると言えば日本政府には反論の権限がない。彼らは空疎な発言を「粛々と」繰り返して暴力的に建設を進めるしかない。

 国家の最高法規は憲法であり、その下に他国との間で交わされる条約があり、更に下に法律・条例がある。他者が関わるから条約は尊重される。
 では憲法はというと、アメリカがらみの課題について最高裁は「統治行為論」という詭弁(きべん)によって責任を放棄してしまった。事実上、日米安保条約は日本国憲法の上位にある。行政の頂点には日米合同委員会がある。
 つまりこの国はおよそ主権国家の体を成していない。そういう事態が六十年以上続いてきた。
     *
 ここまではぼくもうすうす知らないではなかった。
 この本は、なぜこういうことになったのか、その由来を丁寧に説明する。
 日本国憲法が制定された経緯を論じた本は多いが、矢部さんは更に遡(さかのぼ)って淵源(えんげん)を一九四一年にルーズベルトとチャーチルがまとめた「大西洋憲章」に求める。「平和を愛する諸国民」と「世界のすべての国民が、武力の使用を放棄するようにならなければならない」という文言はそのまま前文と第九条に引き継がれた。
 ナチス・ドイツが進撃を続けている時期にどうして彼らはここまで理想主義を掲げることができたのだろう。
 理想主義だからこそ現実はそれを裏書きすることができなかった。ドイツと日本には勝ったが、国連軍の構想は冷戦の中で消滅した。ちなみに勝ったのは「連合国」であり、それはそのまま「国際連合」になった。両者は英語では同じ言葉、United Nations である。戦後世界の秩序は彼らのヘゲモニーのもとに構築された。
 だから日本は今でも国連=戦勝国連合にとっては「敵国」のままだ。このラベルは撤回されていない。我々は今もって敗戦国なのであり、条約と法律の体系はそれを反映している。国家主権を確立した独立国ではないのだ。
  さて憲法。
 日本国憲法をGHQ(連合国軍総司令部)が作ったことは認めざるを得ない、と矢部さんは言う――
(1)占領軍が密室で書いて、受け入れを強要した。
(2)その内容の多く(とくに人権条項)は、日本人にはとても書けない良いものだった。
 このねじれが問題。成立の過程にすぎない(1)を捨てて、実である(2)を取るか。これまで(ぼくも含めて)いわゆる護憲派は(2)が大事なために(1)をないことにしてきた。言ってみれば右折の改憲を止めるために直進と言い張ってきた。
 しかし、今はもう左折の改憲を考えるべき時かもしれない。
 この本の真価は改憲の提案にある。
 憲法を改正することで屈辱的な条約を無効にできる。
 改正憲法に、「施行後、外国の軍事基地、軍隊、施設は、国内のいかなる場所においても許可されない」という条項を入れれば、日本国内からアメリカ軍基地は一掃され、日本は国家主権を回復できる。もちろんアメリカは嫌がるだろうが、日本国民の総意とあれば従わざるを得ない。それを実現したフィリピンの実例もある。
 さあ、どうするか。



矢部宏治氏の『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』 (集英社インターナショナル)は積んどくしているが、その本に触発されて、池澤氏のように考えるのは、日共の現役政策委員長の見苦しい「詭弁」の数々に比べると、はるかに理性的である。

日共のように誤魔化すために憲法について姿勢を変えるのではなく、思想信条に忠実を貫くために憲法について姿勢を変えるのは知的に誠実といえよう。リベラル左派は、左翼政党よりも冷静である。
こういう論理的対立で、議論をするのは意義があろう。さあ、どうするか?

ともあれ、伊藤氏の本に話を戻すが、彼は60年安保反対闘争にも参画。亡くなった美智子さんの追悼セレモニーも党派を超えて企画して実行する。
しかし、徐々にマルクス主義から離れていく。

「昭和史」を中心に研究するが、一次史料が乏しい分、当時の政治指導者などへのオーラルヒストリーや「日記」などの蒐集に明け暮れても行く。そんな知的遍歴が綴られている。

恩師やら同世代の仲間(とりわけ佐藤誠三郎氏)やら後輩や教え子らとも共に一歩一歩前進していく。その過程では、いろいろと仲違いや反発やらもあったようだ。そのあたりは淡々と語られている。
不肖の弟子(某氏・某女?)も多々いたようだ。
まぁ、仕方ない。ゼミで学んだからといって、先生と同じ考えに染まるというわけでもない。親子でも考えが180度異なるなんてこともよくある。

例えばであるが……。

父親が古本好きでも子がそうなるとは限らない(「読みもしないくせに、また同じ本を買ってきて、こんな汚い本、どうするの…」と罵られる父親を見れば子供が本好きになるはずもない?)。
父親が女好きでも子がそうなるとは限らない(「母親に同情することもありうるから」)。
父親が国立大学医学部出の医者でも、子が医者になるとは限らない(「母親がちょっと学力が低いと?」)。
父親が美男でも息子がイケメンになるとは限らない(「母親がブスだと?」)。


伊藤氏の専門書は積んどくしていることが多いが、 『近衛新体制 大政翼賛会への道』 (中公新書)や『日本の内と外』 (中央公論新社)などは一読している。

戦前戦時中の日本の政治体制を「ファシズム」体制と定義づける進歩派学者を小気味よく批判していたかと。同感。
この点は、中村菊男氏の『天皇制ファシズム論』 (原書房ほか)も詳しい。竹山道雄氏も『昭和の精神史』(講談社学術文庫他)で、西義之氏も『誰がファシストか』 (ゴマブックス)で、戦前戦時中の日本はファシズム体制ではなかったことを指摘実証していた。

それにしても、そうした歴史学会の主流から離れた見解を提示する伊藤氏に対する「書評」などでは、かなりの批判が左派側からなされたようである。左翼イデオロギーに固執しているバカに付けるクスリはない?

そのほか、伊藤氏が手がけたオーラルヒストリー本は何冊か読んでいる。竹下登の本(『政治とは何か 竹下登回顧録』 講談社)は面白くないなと思っていたが、本書によると病気で中断してしまい、もっと聞く予定(彼のスキャンダルなど?)がダメになったという事情もあったようだ。ならば無理はない。

民主的労働運動のリーダーたちの本→『労働運動の証言 天池清次』 (日本労働会館)、宇佐美忠信氏の『志に生きる 足は職場に、胸には祖国を、眼は世界へ』 (富士社会教育センター)などは、なるほどと読んだ記憶がある。

巷の噂で、伊藤氏は共産党時代、山村工作隊の一員としてリュックを担いで山中を彷徨っていたとのこと(真偽不明)。

ともあれ、佐藤誠三郎さんなどは天下同憂の友だったとのこと。彼が早く亡くなり残念。

司馬遼太郎氏と「中央公論」の企画で対談し、その歴史認識(「司馬史観」)を批判し、掲載が没になったり、『佐藤栄作日記』をめぐって、出版元の朝日新聞と喧嘩をしたり、かといって平泉澄にはちょっと面食らったり……。

中央公論社の平林孝さんの名前がよく出てくる。担当編集者だったようだ。60歳前に亡くなっている。

勝野金政のインタビューなども彼と同行したという(『中央公論 歴史と人物』昭和48年11月号、49年1、3、5月号に掲載)。勝野金政といえば、何冊かの古本を購入したまま、ちょっと読んだだけで半ば積んどくしているが、以前、戦時中、彼のいる職場で働いたことのある女性の手記などを本欄で紹介したこともあった。

それは、戦時中対外向けの伝単制作に関与した体験者である小林久子氏の『猫のしっぽ』 (文芸社)という本。
この『猫のしっぽ』は、一九二五年生まれで女学校を出たばかりで国策会社・伝単制作事務所(?)に一九四三年六月に義兄の親友の紹介で就職した著者の体験記。以下ちょっと再録。

「ここで見たり聞いたりした事を、家に帰って決して言わないで下さいね。防諜上まずいですからね」と釘を刺される。

ロシア語の出来る「勝田さん」という人が事務所に居て、「彼は、毎朝どこかへ電話をかける。相手はいつも同じらしい。みんなロシア語で、何をしゃべっているのかわからない。やたらとダーダーとやっている」「タイピストの太田さんの話では、勝田さんは以前共産党員で、ソ連に越境して行ったが、信用してもらえなくて、監獄へ入れられたので、又脱出して来たのだそうで、『赤露脱出記』などという著書があった」という。
 
おぉ、この勝田さんというのは勝野金政氏のことで、『赤露脱出記』(日本評論社)、『ソ連邦脱出記 入党から転向まで』(日露通信社出版部)、『ソヴェート滞在記』(千倉書房)の著者のことではないか。
これらの本、数年前に、やっと見つけて購入したばかり。以前『新潮』(平成13年12月号)で山口昌男氏が彼のことを紹介しており、それでこれらの本のことを知ってしばし探求中であった。まだ積ん読しているが、彼女の言う「勝田」さんとは「勝野」さんのことではないか。

 日本軍に協力する英米の捕虜や白系ロシア人などが、この事務所にやってきては宣伝用のビラなどを作っていたようだ。彼女は下働きの資料切り抜きなどの仕事が多くて実務の業務にはタッチしていないようだが、「企画資料というのを一寸のぞいて見たら、アメリカ人は、鼻をハンカチでかむが、日本人は紙でかんで、その度に捨てるから、日本人の方が清潔だとか、西洋人の目はくぼんで猿に似ているが、日本人の目はふくらんで、猿の進化したチンパンジーの方に似ているから、日本人の方が高等だと、さる学者がとなえたとか、あんまり敬服するようなことは書いてない……」と。
 
戦況悪化により空襲を受けるようになるが、東京ローズがこの事務所には捕虜がいるぞと言ったので東京のど真ん中なのに空襲の心配はなかったともいう。が、会社を辞め地方に疎開していき、「終戦」を迎える。再就職先も疎開先での軍事関連の事務所だったが、八月十五日の夜は山の中の温泉宿でどんちゃん騒ぎをしたそうな。隠匿していた食糧を一気に開放したらしい。末尾に一九六八年記とあるが、刊行されたのは二〇〇三年。草思社を「買収」した自費出版の文芸社であるが、こういう佳作も出しているとは知らなかった。


というふうに、さまざまな知的刺激を受ける本であった。
基本的に、伊藤氏の主義主張の多くに共鳴を覚えるからということもあろうが、一家言をもって一つのことをなし遂げてきた人の自叙伝というのは、右であれ、左であれ、真ん中であれ、面白いことが多い。

自叙伝といえば、学者の林健太郎氏の『昭和史と私』 (文春文庫)や、粕谷一希氏の『中央公論社と私』 (文藝春秋)も面白く読めた一冊。平林孝さんという方も、粕谷さんの後継者的な編集者でもあったそうな(「中央公論」の編集長をしたこともあり、そのときの「中央公論」で執筆する筆者の「右傾化」はめざましいものがあったと言われている?)。

彼の回顧録などもきっと面白いものがあったに違いない。還暦を前にして亡くなるとは……。せめてエフトシェンコの書名ではないが、『早すぎる自叙伝』 (新潮社)のような題名の本を書いてほしかったものだ。人生、やはり「還暦」前で終るのは少し早すぎる。せめて、「古稀」ぐらいまでは生きたいものだ。

ともあれ、ネバーセイネバー。
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古本虫様のブログは、書籍についての一大宝庫ですね。先日も有栖川有栖で貴ブログ内を検索して(その情報は無かったのですが)栗本和夫なる人物を知り、利用図書館から「一図書館の由来記」栗本和夫/著 中央公論美術出版 (1980)87頁の小著を借受けた経験がありました。古本虫様の博覧強記振りに日々敬服しています。
青木明  05/21/2015 Thu URL [ Edit ]
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