古本虫がさまよう つげ義春や庄司薫やサリンジャーやビートルズを読んだことも聴いたこともない人は着実に増えている?
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つげ義春や庄司薫やサリンジャーやビートルズを読んだことも聴いたこともない人は着実に増えている?
(2015・4・21・火曜日)







中学生のころ、僕が聴く洋楽といえば、エルトン・ジョン(イエスイッツミー)やらアメリカ(名前のない馬)やミシェル・ポルナレフ(シェリーに口づけ)やニール・ヤング(孤独の旅路)やポップ・トップス(マミー・ブルー)などだった。といっても、みのもんた&高橋小枝子(僕の耳には「タカハシ・タエコ」と聞こえていた)がやっていた「オールジャパンポップ20」で上位に入った曲を聴いていた程度。

だからリアルタイムではビートルズなんて知らなかった? あまりピンとこなかった。1966年に初来日とのことだが、当時、小学一年生ぐらいか? 知る由もなし。
解散したり「レットイットビー」が流れていたのが1970年ごろ? まだ小学生だったか。田舎育ち故に知る由もなし? でも同世代でも兄やおじさんがいて、彼等がビートルズファンだったりしたら、その影響を受けたりすることもあるだろう。人それぞれ。

だから、ポール・マッカトニーが来日したからといっても、「あぁ、ポール・マッカデヨー」とか揶揄していた中学生時代を思い出す程度だった?

ともあれ、同様にサリンジャー(Jerome David Salinger, 1919年1月1日 - 2010年1月27日)といっても、『ライ麦畑でつかまえて』 (白水社)を読んだのは高校生の時か大学に入ったころだったか。好きな歌手が素晴らしい作品だと推薦していたので一読したが、「ふ~ん」という読後感しか覚えていない。読解力が乏しかったのだろう。今読んだら? ううむ、同様か?
アメリカでは保守系団体が「禁書」扱いにしたとか? まぁ、宗教右派には、「中絶」問題はともかくとして、キリスト云々ではさほどの共鳴はしないが。

とはいえ、サリンジャーの本は何冊か積んどくしているし、彼の評伝のような本も何冊か積んどくしている。多分読まないままで終るだろう。

しかし、たまたま近刊のジョアンナ・ラコフの『サリンジャーと過ごした日々』 (柏書房)を手にした。訳者のあとがきぐらい読もうかと思ったのだが、あとがきを読んで「おやっ?」と感じて一読。意外と面白かった。

ラコフは大学院を出て出版エージェンシーに勤務することになった女性。ボスはサリンジャーと親しく、彼の著作権も管理している。サリンジャーへのファンレターが、英米はむろんのこと、遠く日本からもやってくるが、ラコフはせっせと、サリンジャーには手紙の回送もしないことになっているのであしからず…なんて決まりきった手紙を古いタイプライターで打っては送る役目。あまりにステレオタイプ化された返事にあきて、時々、私的コメントを忍ばせることもあった……。

作家志望の、コミュニストではない社会主義者(?)の「恋人」と同棲しているが浮気しているようでもある。自分自身、詩を書いている。そんな時、ボス宛にかかってきたサリンジャーの電話を何度か受けるようになる。いつも大きな声で電話をかけてくる「ジェリー」がサリンジャーだった。
耳が遠いのか、拡声器のようなぎこちないものを電話から感じたりもする。しかし、彼女はサリンジャーの作品を実はそれまでに一冊も読んでいなかった……。「おやっ?」と。

無理もない1972年生まれなのだ。僕より一回り若い。ビートルズが解散してから生まれたのだから。サリンジャーを読んでいないアメリカ人だって幾らでもいるだろう。

日本にも、それこそ、『ライ麦畑でつかまえて』と類似した作風の『赤頭巾ちゃん気をつけて』 (中公文庫)などを発表しつつも寡作家である庄司薫さんがいる。一世を風靡した彼の作品を、今や読んだことのない若い人もゴマンといることだろう。僕とて、『赤頭巾ちゃん気をつけて』やエッセイ集を何冊か読んだ記憶はあるが、もう30年以上昔のこと。

寡作家といえば、つげ義春氏もいるかもしれない。サリンジャーは初期のころ、自分の作品の映像化にゲンナリし、爾来、映像化の許可を一切与えないことにしたらしいが、つげ氏も、『つげ義春日記』 (講談社・昭和58年刊行)などで、似たようなゲンナリ感を綴ったりしている。いささか「変人」めいた雰囲気は、両者似ているのかも? とはいえ、つげ義春や庄司薫は「新作」というか、リバイバル刊行もそこそこされているようだし、ビートルズもいろいろとCDが出ているから眼にとまり耳にすることは、サリンジャーよりは多いだろう。

ともあれ、ラコフは、サリンジャーの原稿(『ハプワース』)を本にしたいという田舎の出版人の希望をサリンジャーがこともあろうに受け入れることになり忙しくなる……といったノンフィクションだ。

「サリンジャーと過ごした」といっても、電話の会話が数回程度。あと、会社に一度やってきた時に遭遇……。その程度。そういうサリンジャーへのなんとも形容しがたいもやもやとした思いや、アメリカの作家と出版社との間を取り持つエージェンシーの仕事ぶりなどが淡々と綴られている点がかえって面白く感じた次第。

アマゾン流にいえば、この本を読んでいる人は、ケネス・スラウェンスキーの『サリンジャー 生涯91年の真実』 (晶文社)も買っています…ということになろうが、こちらは650頁を超えて5000円近くする本。よほどのサリンジャー・ファンでなければ買ってまで読む本ではない?
 僕は拾い読みを少ししただけだが、『ハプワース』の刊行に関するサリンジャーと田舎出版社とのトラブルなども少し触れている。彼には、いろいろと気難しいところがあったようだ。

ともあれ、ネバーセイネバー。

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