古本虫がさまよう 朝日新聞は東大より居心地がいい?中島義道・永栄潔・木村明生・烏賀陽弘道・稲垣武の自叙伝を読み比べれば……
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朝日新聞は東大より居心地がいい?
中島義道・永栄潔・木村明生・烏賀陽弘道・稲垣武の自叙伝を読み比べれば……

(2015・4・11・土曜日)





前述の中島義道氏の『東大助手物語』 (新潮社)で描かれていたように、トンデモ上司に仕えた中島氏に比べれば、はるかに恵まれた職場環境にて、職業人生をまっとうしたのが永栄潔氏。彼の『ブンヤ暮らし三十六年 回想の朝日新聞』 (草思社)を読むかぎりそう思う。
この前、読みかけ中で、さわりをちょっと紹介したが、大変面白い回想録だった。自由自在(?)に朝日内でいいたいことをいっても、中島さんのような酷い目にあっていないから。その点で、東大に比べれば、朝日はまだ健全? いや、五十歩百歩?

ともあれ、著者は朝日に入社したのち、地方(富山)勤務などを経て、経済部を中心に整理部や雑誌編集部などに在職する。その間のさまざまな記者・編集者体験を綴っている。

朝日の論説主幹が、吉田清治の「証言」を「本人の懺悔だよ。ぼくは事実だと思うな」と述懐したエピソードは前に紹介。

そのほか、あの本田雅和記者が週刊朝日編集部にいた時、昭和天皇が亡くなった時は「死去」を使うべきだ、崩御は絶対反対です、時代錯誤だし、天皇制を認めることになるから……戦争責任を週刊誌で追及すべきだとか主張していたとか。

著者が、新人の支局時代に、何か質問はないかと支局長に聞かれ、中国の文化大革命を朝日は平等社会を目指す精神革命と見ているが、サンケイに載っている外信記事を見ると反右派闘争でしかないのではないかとか、北朝鮮と韓国の藁葺きの家を描写して、韓国のそれは朴政権の貧困の象徴と書き、北朝鮮のそれは金主席の伝統を重んじる文化政策の表れと書くのは公平を欠いているではないか等々の質問をしたことがあるそうな。それ故に、当時、若干、冷やかな目で見られたそうな?

しかし、北朝鮮と韓国の藁葺きの家を描写して、韓国のそれは朴政権の貧困の象徴と書き、北朝鮮のそれは金主席の伝統を重んじる文化政策の表れと書くのは典型的な「二枚舌」「二重基準」であることはいうまでもない。

このエピソードは、稲垣武氏が『朝日新聞血風録』 (文春文庫)でも指摘していた。

「朝日新聞に限らず日本の新聞は、農村に藁葺屋根の農家があると、『南』の場合は、『貧困の象徴』となり、『北』の場合は『民族の伝統の尊重』となる。同じように『南』に高層ビルが林立すれば、かならず『見せかけの繁栄の裏に喘ぐ庶民』にスポットが当てられねばならず、『北』の平壌に高層ビルや巨大な『記念碑的大建築物』が建つと『整然とした美しい町並み、自然と調和した未来都市』となる。『北』に招かれた特派員は、ちょっと裏通りをのぞいて見ようともせず、なぜ平壌市民が働き盛りの青壮年と子供ばかりで、老人や身体障害者の姿が他の国の都市にくらべて少ないのか、疑問を持とうともしない」

そのほか、ベトナム戦争の北の当事者であるヴァン・ティエン・ズン将軍の「サイゴン解放作戦秘録」が赤旗などに連載され、それを読むと解放戦線というのは、共産勢力が浸透していたものであり、西側のメディアをどう利用したかなどを赤裸々に書いていたので、それも尋ねると、丸山静雄論説委員から400字詰め原稿用紙数十枚の「返事」をもらったという。

その内容は、その秘録が「内容的にはまったく信を置けない。南ベトナム解放民族戦線を北ベトナムがつくったと書いているのはその最たるものだ。民族戦線は南の民主勢力が自らの手で組織したもので、北は関係がない。ズン総参謀長も戦勝気分が落ち着いてくれば、誤りを修正するだろう」…と書かれていたという。しかも、その原稿用紙が「前衛」のものだったという。ふうむ……。丸山さんと共産党とはそういう関係だったのか。

永栄氏によると、丸山氏はその後、どこかに「南ベトナム民族解放戦線が北ベトナムによって組織されたものであることは、当然知っていた」旨書いていたそうな。ううむ…「絶対的自己矛盾」という言葉を丸山氏は知らなかった?

某支局長からは「お前、自分がどう見られている、知ってるか?」「狂犬、破壊分子、極左で極右。気違い…」「組合の地別で、秦(正流)を怒らせ、片野を飛ばしたろ。ベトナム戦争のことでも中国や北朝鮮のことでも、朝日にケチばかりつけて、産経の肩を持つ。俺は全部、知ってんだから」といわれたりもしたそうな。このあたりは、中島助手を「可愛がった」東大教授にも似ている?

富山支局にいた時、日教組の大会(全国教研集会)があって取材。新聞を教材に使った学習事例の報告があったが、使われる新聞は読売の記事が一本だけで後はすべて「赤旗」だったとのこと。ということで、「学習教材はほとんど『赤旗』」の仮見出しで30行ほどの原稿を出稿したところボツ。

「在職中、五本あったボツの一つ。理由は聞かずだが,もし聞いても、「現場の教師が工夫して授業に取り組んでいるのに、検閲もどきの原稿を書いたらいけない。『思想の自由』は憲法の大原則だ」と戒められたことだろう…と。
「ただ、教材のほとんどが自民党の機関誌『自由民主』だったらどうだっただろう。ボツにはならず載った気もする」と皮肉ってもいる。

そのあたり、2015・4・9産経の阿比留瑠比記者の以下のコラムとも共有する視点ともいえようか。

阿比留氏は、2015・4・7の朝日社説が「教科書はだれのものか」「教科書は国の広報誌であってはならない」と中学教科書の検定を批評しているのを皮肉っている。
近現代史に関して通説的見解がない事項の記述に関して政府見解を明記するように検定で指示していることを朝日は批判しているが、これまで日教組系の現場教師が主に務める「調査員」が採択を左右していたり、その意向を重視した教科書記述が多かった時に、「教科書は、日教組の機関紙であってはならない」とは書かなかったではないかと。一理ある。

僕が高校時代、いとこが通っていた公立高校では、学内で「民青新聞」が配布されていた。これも「自由新報」や「週刊民社」だったりしたらケシカランということになったかもしれないが。
当時、共産党などが、社会党主流の総評系の組合にあって、「組合の政党支持の自由を求める」なんてよく主張していたが、それは「社会党オンリー」ではなく「もうひとつ、共産党もよろしく」というだけで、「民社党」や「公明党」や「自民党」を含めるというものではなかった。片手落ちの「自由」の要求でしかなかった。自分だけは特別、自分たちの主張や機関紙は偏見ではないけど、相手の主張や機関紙は偏向という前提での議論は奇妙なものと感じたものだ。

ともあれ、朝日社内の「二木会」というマル秘勉強会が社論を決定しているとか? 学習院大学の河合秀和教授が、著者に、これは「社命で持たれた勉強会でしてね、朝日がめざす方向をひとつずつ固めていったんですよ。まだ秘密かな」と漏らしたという。

そのほか、「『諸君!』や『正論』に書くような連中は学者でも知識人でもない」と豪語する人も朝日社内にいたとか。
そういえば、そういう雑誌にちょっとした論文を掲載したばかりに某女子大学の専任講師か助教授になる予定だった若手学者を、その「世界」オンリー学長が、こんなやつは採用取消しだと騒いで、実際その通りになったという噂を聞いたことがある。事実だとしたら、恐るべき権威主義者?

そんな、朝日新聞内部のいろいろと面白いエピソードが出てくる。それ故に、こういう名著は、朝日新聞の書評には載らないだろう(いや、ネバーセイネバー?)。

同様に朝日新聞の記者(モスクワ支局長など)だった木村明生氏の回顧録というか評論集である『知られざる隣人たちの素顔 ユーラシア観察60年』 (防衛弘済会)を読んだ。

国際情勢に関する言及の中で、ご本人の事実上の「モスクワ追放」の舞台裏が綴られている。
1970年代前半モスクワ特派員時代だった時に発信する記事が、「朝日ともあろうものが…」というわけではないが、「反ソ」的だとして、ソ連当局の怒りを買い、朝日本社に圧力がかかったそうな(ちなみに、元朝日記者の烏賀陽弘道氏の『「朝日」ともあろうものが。』 (河出文庫) も優れた朝日回想録)。

自由世界の新聞社なら、そんな脅しに屈することなく、追放したければどうぞということになろうが、中共相手にも秋岡特派員を後生大事にと抱えたりしていたのと同様、下手に追放されると、あとの補充が大変と思ったのか、通常の社内異動のような形で処理されたとのこと。

むしろ、特派員としては「追放」は勲章になるから、そうしてほしいと木村さんは本社にかけあったそうだが、容共リベラル色の濃い当時の(いまも?)朝日はソ連とケンカせずにすませたようだ。
となると、当然、後任の特派員には「節度」を求められたことになるのではないか。

だからこそ、そのあと、朝日新聞は『ソ連は「脅威」か』 (朝日新聞社)なんて本を出す。もちろん、脅威ではないといった趣旨のものである。

さらには、下村満子氏の小学生以下の作文と評されるような『ソ連人のアメリカ観』 (朝日文庫)みたいなトンデモインタビュー記事を恥ずかしげもなく掲載連載して本にまでしてしまった。

朝日から訳出された『操られる情報』の著者・パウル・レンドヴァイが下村氏のソ連ヨイショ記事を読んで、そう語っていた→(「諸君!」1985年6月号&7月号「ソ連外交に加担した朝日新聞 下村満子記者『ソ連人の米国観』は『小学生の作文だ』」 聞き手吉成大志氏)。

レンドヴァイはハンガリーからの亡命知識人であるが、ソ連・東欧の閉鎖的報道体質を鋭く批判した人であり、それに知らず知らずのうちに取り込まれる西側・自由世界の一部知識人やジャーナリズムの愚かさに警鐘を鳴らしていた。『操られる情報』は、今でも再読する価値のある書だ。

ともあれ、いまにして思えば、下村氏の『アメリカ人のソ連観』(朝日文庫)はちゃんとした本。それを見て、ソ連の宣伝版ができるのではないかと社内の親ソ派幹部が考え、下村氏が「操られた」のかもしれない。
 
木村氏は、ソ連のディスインフォメーションとしての工作(CIAのスパイリストに名前がイニシャルで掲載?)の対象にもなったようだ。もっとも、毒殺されるようなソ連からの亡命者などもいたことを思えば、まだ良かったのだろうが……。

ともあれ、ネバーセイネバー。
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古本虫太郎様、ブログ記事数 2000達成(間近)おめでとうございます。4年3ヶ月余での達成は、平常心、日々の積み重ねの結果です。その時々の思いを綴られて来て、一区切りとなる2000記事を達成されました。その日々の記事に老い先短い地方の一老人が励まされています。的外れなコメントばかりでご迷惑をおかけしていますが、今後も、日々の記事を楽しみにしております。御健勝で古本探究に勤しまれますよう、仙台市泉区より応援しています。
青木明  04/11/2015 Sat URL [ Edit ]
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  04/14/2015 Tue [ Edit ]
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