古本虫がさまよう 天命によって『定められたその時刻まで』、人は精一杯生きていくしかない。しかし……
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天命によって『定められたその時刻まで』、人は精一杯生きていくしかない。しかし……(2015・4・9・木曜日)





最近の飛行機墜落事故(ドイツの旅客機の墜落事故。副機長の暴走運転が原因?)を取り上げていた2015・3・27の産経抄で、原勝氏の『定められたその時刻まで』 (新潮社)という本の存在を知り、手にして読んだ(それにしても、徳島空港の自衛官の「チョンボ」。一歩間違えたら、自衛隊批判の大合唱になっていたことだろう。危機管理の鉄則からしても、人命を多数預かる職域で、「一人勤務」というのは非常識すぎるのでは。でも田舎空港だから、そんなに飛行機の発着はないか……。要は、自動車への対応が杜撰だったのだろうが…)。

この本は、1972年(昭和47年)にモスクワで墜落炎上した日航機に娘さん(原葵・27歳)が乗り合わせていたために、娘を亡くした父親の手記である。

早稲田大学を卒業し、米国の大学に留学。課程を終え、欧州経由で帰国中の事故。日本の自宅では、「葵の帰国記念に買っておいた大型のカラーテレビに、初めてスイッチを入れた。その瞬間、臨時ニュースが流れた」という。

モスクワのシェレメチェボ空港で日航機が離陸直後に墜落炎上したという事故のニュースだった。

「私は驚愕の叫びもでなかった。身体が激しく震えるだけだった。別室にいた妻は飛び出してくると、『葵ちゃん!』といったきり、テレビの前で泣き崩れた」
モスクワからその便で帰国することが判っていたから無理もない。

それから遡ること約十年…。

1963年11月23日早朝、世界の放送史上画期的な実験、太平洋を越えたテレビの宇宙中継が行われた。午前5時28分、モニターテレビに史上初めて太平洋を越えてきた映像が鮮やかに映し出された。ところが、この歴史的な電波に乗って送られてきたのは、ケネディ大統領暗殺の悲報。中継のアナウンサーは「この電波でこのような悲しいニュースをお送りしなければならないのは誠に残念」とリポートし、衝撃は全国に広がった――ことがかつてあった。

原家としては、それに匹敵する衝撃ともいえようか。

亡くなってから8年後(1980年)に本書を刊行したという。娘さんが遺した日記などをときに引用しつつ、娘さんを追悼している。文学部に進学したこともあり、自宅の部屋には文学作品的な小説も遺されていたし、日記にもそれらの作品の読後感も綴られていたとのこと。

著者は戦前戦時中上海に滞在しつつ、外交評論などを「中央公論」「改造」などに発表していたという。魯迅との交友もあった。
娘さんは特に学生運動に走ることもなく、あまり恋愛めいた体験もないまま卒業、留学。帰国する時、ハンブルクにいた高校時代の友人宅にしばし滞在し、その時には「東京に戻れば、恋愛でも、お見合いでもして結婚するわ。披露宴の時の友人代表のスピーチは誰にしてもらおうかな……」と冗談めいた口調で言っていたとも。

原勝編『定められたその時刻 : 葵の日記と書簡集』 (非売品?)という本も1974年に刊行されているようだ。著者の原氏ももうご存命ではあるまいが、娘さんの「早すぎる死」を哀しみながら人生の後半をまっとうされたことだろう。

同様に、24歳の娘さんを「不慮の事故」で亡くした関嘉彦さんのことを思い出した。その経緯は、山田宏明氏の『美少女伝説 レポート1968慶応大学の青春』 (情況新書・2011年刊行)に詳述されていることは、以前、紹介ずみ。

子供が親より先に亡くなるのは本当につらいものだろう。

元朝日記者の佐藤光房氏の『遺された親たち』 (あすなろ社)は、無法ドライバーによって、子供が殺された親の悲哀が綴られている本。佐藤氏自身が、結婚目前の娘さんをトラック運転手によって殺された体験を持っている人だった。

国際テロにせよ、暴走副操縦士(?)による飛行機事故にせよ、酔っ払い運転手による交通事故にせよ、また一年前の逃亡船長らによる韓国フェリー転覆事故にせよ、自分に落ち度がなにもない形での肉親(とりわけ子供)の「天災」「人災」「事故」による「死去」の場合、本当に遺族としては悔しくもなろう。

娘さんの日記の一節だったか、原さんの本のカバー(裏)にはこんな文字が大きく記されている(当時の本にはバーコードのようなものはなかった)

確かなことは
人間が死ぬということ
人間が定められたその時刻まで
待つということ
その間のことは何もわからない
その間のおこったことどもは
消えてなくなるもの


「ネバーセイネバー」といくら言っても、人は「必ず死ぬ」。これは否定できない現実だ。
神によってというか、天命によって『定められたその時刻まで』、人は精一杯生きていくしかない。自殺などは邪道。いわんや他人を巻き添えにするような「自殺者」も許せないが……。かといって、我先に職務をおっぽりだして、一人生き延びるんだと言わんばかりの船長にも困ったものだが……。この手合いには「死刑」や「終身刑」も許容され、妥当かもしれない。

ともあれ、ネバーセイネバー。

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子供が親より先に逝くのは最大の親不孝、その通りですね。
私も家内も両親を既に送り、最低限の親孝行は保証されたとホッとしてます。
アスペル山ちゃん  04/12/2015 Sun URL [ Edit ]
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