古本虫がさまよう 百目鬼恭三郎、板倉由明、稲垣武亡き後、渡部昇一&古森義久両氏が朝日と戦っている
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百目鬼恭三郎、板倉由明、稲垣武亡き後、渡部昇一&古森義久両氏が朝日と戦っている(2015・3・17・火曜日)





 渡部昇一氏の『朝日新聞と私の40年戦争』 (PHP研究所)を読んだ。いやはや、大変面白い本だった。

1968年に設立された日本文化会議に入り、そこで知り合った文藝春秋(諸君)の安藤満氏から杉村楚人冠の『最近新聞紙学』 (中央大学出版部)の書評を頼まれて一読し、それと当時の朝日新聞とのあまりの格差に驚き、長めの書評的原稿(1973年11月号「諸君!」)を書いたのが、朝日新聞との40年戦争の始まりだったとのこと。

というのも、杉村自身も元朝日の記者でもあり、彼が、新聞が陥りやすい欠陥について、先の書で縷々説いており、その内容が1970年代当時の朝日にも当てはまることを批判したからである。杉村の批判・自省の弁の内容は本書をひもといてもらうこととして、要は、当時の文革報道をめぐって、朝日は中共の言いなりになり、裏付けをとることもなく、林彪は生きているとか、文革はワンダフル的な報道をやっていたのだ。その酷い実態は、当時朝日新聞にいた稲垣武氏の『朝日新聞血風録』 (文春文庫)でも検証されている。

その後、週刊文春連載の『古語俗解』で大西巨人氏に関する私的問題を論じた際に朝日新聞記者の、かつての特高を想起させられるような「取材」「詰問」を受け、その影響もあって、大学に左翼団体が押しかけるようなこともあった。こうした朝日と渡部氏とは「天敵」の関係にもなっていく。

やがて教科書誤報事件も発生。いち早く、「侵略」が「進出」に書き換えさせられたという教科書が実はなかったという事実を指摘。それをめぐってサンケイ新聞のみが誤報を詫びたものの、朝日などは、回り廻った手法で、その事実をかろうじて小さく認めつつ事実上報道責任を誤魔化す手法を取った。そうした経緯も検証されている。

そうした誤報虚報の積み重ねが、慰安婦虚報にもつながり、教科書誤報事件で、日本の国際的名誉を失墜させ、さらには慰安婦問題でもその傾向を強めたものの、教科書の時にはサンケイが、慰安婦では産経のみならず読売までもが誤報虚報を看過しなかったために、2014・8・5の「屈伏」になったわけだが、それとてあわよくば「一歩後退・二歩前進」にしようと朝日はもくろんでもいたのであろう。

本書を一読して、痛感させられたのは、教科書誤報事件にしても、従軍慰安婦虚報誤報事件にしても、要は先入観で、日本という国家は悪いことをしているという思いが先行し、「侵略」を「進出」に弱めた教科書があるに違いないということで調べていたら「あった!」と錯覚し、女性を暴行強姦した例があるに決まっている、国家によって、強制的に連行された他国の婦女子がいて、彼女たちは否応なく慰安婦にさせられたに違いないと思い込み、それを告発懺悔する人が出てくると、検証もないままその言い分を垂れ流してしまう‥‥、やったぁ! スクープだ、バンザイ!‥と。

そして報道後、明らかに論理的な事実にあわない点が出てくると、いやいや、そもそも、記述がどうのこうのとか、強制性の問題とは大局的に見て云々など‥と誤魔化していくのだ。

教科書誤報事件の時も、渡部氏と共に朝日と闘った板倉由明氏によると、朝日の栗田という記者は「今回の検定においては、”侵略”を”進出”に変えた例は見当たらないが、過去においてはそういう書き換えの例がいくつもあった。問題にすべきは字句ではなくて、これまで引き続き行われてきた文部省の右傾化政策である……」 (「諸君!」1982年11月号)と言い逃れてきたのだ。これって、慰安婦の吉田偽証が明らかになった後の「強制連行」云々の弁論とも似ていることに気づくであろう(この板倉氏は、慰安婦問題でも、秦郁彦氏と並んでいち早く、朝日の欺瞞を追及した人であった。 『検証「慰安婦狩り」懺悔者の真贋--朝日新聞に公開質問!阿鼻叫喚の強制連行は本当にあったのか?』 諸君!・1992年7月号・参照)。

そうした感情論に対して、渡部氏は冷静な筆致で言論によって戦ってきたといえる。

「教育に新聞を」ということで、学校で新聞を読ませる教育をしたり、「天声人語」を筆写したり、あれこれ、つまらないことをやっているが、「教育に新聞を」というのなら、渡部氏が取り上げている過去の朝日の報道記事をコピーし、それらとこの本を手に読み比べるようなことをすればいいだろう。

朝日の元記者である百目鬼恭三郎氏も『新聞を疑え(書名修正ずみ) 』 (講談社)なる本を書いている。もちろん、百目鬼氏も渡部氏も間違えることがあるかもしれないから、十分注意して読むべきであろうが、少なくとも、この両者が指摘している新聞の問題点に関しては、軍配は両者のほうに挙げられるであろう。

一方、渡部氏に負けないほど、朝日新聞と戦っているのが古森義久氏だ。ネスコ刊行(1985年刊行)の『国際報道の読み方 特派員記事に気をつけろ』で、元朝日記者の和田俊のポル・ポト擁護の記事の大ミスを知って以来、彼が毎日から産経に転社したりしたのちも、積極的に朝日的価値観の間違いを論じているのは小気味よい。古森氏も少なくとも、この本の刊行以降から換算しても、丸30年、朝日と闘っているのだ。

彼の新著『なにがおかしいのか? 朝日新聞』 (海竜社)も、タイトルはいささかどぎついが、内容はオーソドックスな正統派的朝日批判であり、両者のこういう本を一読することによって、朝日新聞の偏向報道に惑わされない知的教養を身につけることができよう。それにしても、「素粒子」などはあまり読んだこともなかったが、かなり酷いようだ。

朝日新聞も月に一回でもいいから、古森氏や渡部氏に、一面左に400字数枚程度のコラム欄を任せればいいのに‥‥。もっとも池上氏のような中庸な見解すら掲載拒否をしてしまうのだから、そんな英断を求めるのはとてもとても無理だろうが。

ともあれ、ネバーセイネバー。
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百目鬼恭三郎『新聞を疑え』は、講談社 1984/11にて拝読しました。
過去に、2012/11/05(月)にも触れられています。『新聞を従え』は
『新聞を疑え』では。本件は些細なことにつき、恐縮しつつコメントします。
青木明  03/17/2015 Tue URL [ Edit ]
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