古本虫がさまよう 阪神淡路大震災で忘れてはならないのは当時の政治家(村山富市・武村正義ら)の危機管理能力ゼロの無能ではないか
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阪神淡路大震災で忘れてはならないのは当時の政治家(村山富市・武村正義ら)の危機管理能力ゼロの無能ではないか
(2015・1・17・土曜日)



2015・1・17は、阪神淡路大震災からちょうど20年目ということで、いろいろな儀式が前後して行なわれている。テレビニュースなどは、震災の記憶をどう引き継ぐか‥二十歳の成人は地震を知らないとか、ステレオタイプの報道ばかりしている(そうでない報道を見落としているかもしれないが)。

だが、人間には想像力はある。二十歳の成人だって、阪神淡路大震災を知らなくとも、東日本大震災は知っているだろう。地震が怖いものだなんて分かりきっている。記憶を引き継ぐなら、NHKなどは定時ニュースの直前に、どうでもいい自社番組の予告を流すのを半分止めて、揺れる局内の映像でも流し続ければいいのだ。そんな簡単なことをなぜしようとしないのか?

そんな記憶よりも、当時、どんな無能な政治家がいたために、余計な死者を出したか、危機管理能力がいかに大事か、その記憶を消すことなく伝承していくことのほうがもっと重要ではないか。

本欄のブログの中で時々「拍手」をいただくが、「ロングセラー」の拍手として存在しているのが、以下、再録するブログである。
今朝も「拍手」をひとついただいていた。

20年前、自民・社会・さきがけ連立政権であったために、社会党の村山富市首相の無能さはまだ記憶に新しいだろうが、主要閣僚の一人であった武村正義という人の無能さも忘れてはなるまい。同じ政党に所属する阪神地域の政治家がSOSを地震発生直後、午前6時半ごろに武村氏に伝えているのに、なにもしなかったも同然なのだから。

以下関係する箇所を再録。無能な政治家がいる時大災害が起こるという「ジンクス」がある。もちろんこれは勝手な思い込み。有能な危機管理能力のある政治家がいる時には大震災は起こらないというのもジンクスでしかないが、もし、それが本当なら、今の政権が当面続いたほうがいいと思う人もいるかもしれない。

ともあれ、ネバーセイネバー。

武村正義氏の「回顧録」の驚くべき内容
• 2011/05/30(月) 05:26:48

さきがけの武村氏が出した『聞き書き武村正義回顧録』 (岩波書店・御厨貴氏&牧原出氏編)はちょっと面白いものがある。といっても感動するとかという意味ではない。 「国防にはあまり興味がない」(95ページ)と公言する人でもあるから多くのものを期待はできない?
 本書はオーラルヒストリー的に滋賀県知事から自民党代議士、脱党し新党さきがけ結成、細川連立政権の官房長官就任、自民党・社会党との連立政権樹立、大蔵大臣就任、落選、引退…の歩みを二人の政治学者による聞き書き構成でまとめたものだ。武村氏にはすでに回顧録もあるようだ。そちらは未読。

衆議院選挙に出馬した時は未公認だったが終盤当選しそうだということで投票日直前になって追加公認。めでたく「公認候補」として当選。竹下幹事長に挨拶に行くと3000万円の公認料を後払いしてもらう。安倍派入り(安倍晋太郎)ということでそこでも2000万円。他の派閥にも挨拶に行くと100万から200万円はもらえたとのこと。盆暮れにも数百万単位のお金が補填される。
こういうのはよくないと思うようになってユートピア政治研究会なるものを結成して政治資金の透明化や金のかからない選挙ということで小選挙区制度などの研究を進めていくことになる。その研究会にはあの「子供手当」の鳩山さんなども入っていたのだから、今にして思うとお笑い種? そうした動きに理解を示していた後藤田正晴氏にしても最初に参議院選挙に出馬した時には旧来の公認候補を追放し金権選挙を行ない、落選するは逮捕者続出と散々だった。人間、成長したり転向したり心を入れ換えたり、堕落したり、不変だったりするが……。皆さんはどのタイプだったのだろうか?
 
金丸信と社会党との訪朝団のメンバーとして北朝鮮に行き、あの戦後補償などトンデモない外交を展開もしてしまう。本書によるとワルイのは金丸で暴走するのを停めようと自分は躍起だったという(本当か?)。知事時代にも訪朝したことがあって金日成に何度か会ったこともあったそうな。訪朝時の金日成礼賛の言葉もどこか別の本で読んだ記憶があるが今は手元にない。
そのため、偉くなってから訪米した時、ゴア(副大統領)やペリー(国防長官)やウールジー(CIA長官)が会いたいということで会うと北朝鮮のことを根掘り葉掘り聞かれたそうな。当時のアメリカも藁にもすがる思いだったのだろう。

自民党を脱党しさきがけを作る時の政治理念の中に、護憲などを入れリベラル色濃厚なのに、皇室尊重が入っていたのだが、この尊重は「誰が入れたのかな」「皇太子が結婚されて、古めかしい服装で馬車に乗って皇居から出たり入ったりされている映像がニュースで流れていましたので、ものすごく美しいという印象がみんなに残っていた」から「日本文化の議論をしているときに、その象徴として皇室を入れようということになりました。これで締まるし、社会党と違うということもこれではっきりする」「革新ではないぞ、ということですね」と。その程度の発案でしかなかったのだ。安易!

細川氏の先の日記本で武村氏が官房長官や首相になりたがっていた云々の記述があることに反論を展開もしている。真偽は? もはや、どうでもいいけど。

官房長官になって機密費の取り扱いやら閣議の進行ノウハウやらいろいろと出てくる。
その後、小沢一郎との対立、日本新党との仲違いなどあって、自民社会さきがけ連立政権ができる。大蔵大臣をやってほしいといわれ「私自身はさきがけのためには、外務大臣のほうが怪我がなくていいなあと思いました。昔から外務大臣というのは普通にやっていれば、一番楽とは言わないけれど、外務省が書いた原稿をきちんと頭に置いて、外国の要人と会って握手していれば、それでけっこう支持や人気が上がりますからね。マイナスの少ないポストなんだと思っていた」と。
この時代錯誤な認識には驚嘆慨嘆するしかない。なんという政治家なのだろうか? 「国防にはあまり興味がない」(95ページ)と公言する人だから、外交にもあまり興味はないだろうに。そのくせ大臣やるなら外務大臣の方がラクそうとは。

結局大蔵大臣になるのだが、心配することはなかった? こちらも楽ちん。というのも以下の通りだから。

「(サミットに行く前にも)丁寧にレクチャーを受けます」「大蔵省でも受けているし、飛行機の中でもまた受ける。会談が始まる前にまた新しいことがあれば追加して受けます。そういう説明を聞いて理解する能力さえあれば、本当に表面の外交というのは楽な仕事なんですね。最初の会議で、一回目の発言はこういうことを言ってください、と書いてある。それを読んでいるのも恰好悪いから、紙は置いて、半分視線を上げながらしゃべる。半分ぐらい記憶しておけばいい。慣れてきたら、自前でしゃべれます。そうしたら同時通訳をしてくれますから、その程度の慣れは、すぐマスターできます」
「大蔵大臣にもけっこう外交はありました。大臣室で『やあやあ』と初対面の握手をして、そこをテレビなどは映しますね。そこは慣れた恰好で、あまり腰を曲げないで握手をして、ニコニコして、それが済んだら『どうぞ』と言って奥の部屋に入って、そこで会談が始まるけれど、そこには両方とも紙が置いてあるし、見ようが見まいが、それを置きながらしゃべるわけだから、そんなに苦しい仕事ではないんですね。全部とは言いませんが、多くのものはそうですね」
と。

本書聞き書きの圧巻だ?  菅直人総理もそうした「紙」を見ながら、尖閣の後、中国政府のお偉方とやっとのことで「会談」したことがあったが、「正式」のものではなかったのでその一部始終(メモの棒読み)をカメラに写され失笑されたことがあったと記憶しているが、あれが通例なのだ。
少々無能でもお役人の「メモ」があれば大臣、総理職も遂行可能なのだ。その裏舞台をざっくばらんにあっけらかんと告白している本書は、きわめて貴重な証言録として今後も政界を目指す若人のバイブルとなるであろう?(反面教師、反面教材として活用してほしいものだが)。

法務大臣職は楽ですよ、「個別の事案についてはお答えを差し控えます」「法と証拠に基づいて適切にやっている」と言えば国会答弁はノープロブレムと豪語した柳田稔法務大臣もぜひ回顧録を書いて裏舞台を公表してほしいものだ。

それにつけても阪神大震災の時も与党だったのに、そしてさきがけの中では例外的に優秀だった神戸選出の国会議員・高見裕一氏 (『官邸応答せよ』朝日新書の著者)が、午前6時半ぐらいの段階で武村氏に「大変です」「家はほとんど壊れているし、悲鳴を上げ、泣き叫んでいる人がたくさんいるので、いま救済活動をしています」との電話もかけてきているのに、「テレビを見ている限り、全国情報としてはのんびりしたもの」で午前中は武村氏ものんびり。「大きい地震らしいということで、午前中に臨時閣議も開きましたが、閣議を開いても具体的に締まった話題がないんですね」「官邸にも全然情報が入っていない」「そして夕方になって…」と。
なんというテイタラク。信頼すべき自党の議員から現場の悲惨な情報を得ているのに何で機敏に動かなかったのか? 情けないにもホドがあるではないか。官邸応答に反応せずだったのだ。
「翌日の朝には現地に飛びました」というが…。村山首相も同様で自衛隊の出動は遅れ、米軍の支援は拒否し…。もはやいうこともない。こんな情報感覚の人が内閣の要職にあった日本の不幸!

タヒチの核実験(フランス)に抗議するために現地にまで出かけたことは嬉々としてしゃべっているが、ほぼ同時期に行なわれた中共の核実験にはそうした行動力は発揮していない。そうした二枚舌に関する「聞き書き」がないのも残念。聞き手の度量不足か?

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